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13月の解放区  作者: まつかく
10章 百匹目のヒツジ
104/125

10-5 1120億の矛盾


ジンロクが目覚めてから3日目。

出発の段取りが決まった。


夜明け前、T.E.O.Tたちの目を盗んで、外へ。

杜倉グループが外に出ることに表立って反対しないタカユキだったが、なるべくトラブルを避けるため憂理たちはその時間を選んだ。


『ジンロクの怪我が酷く、数週間は動けない』という翔吾が流したデマはT.E.O.Tたちの警戒心を大きく緩める結果を生み、それは様々な必需品をかき集めることを容易にもした。

センタールームが密閉されていたおかげで、電気系統に壊滅的な被害はなく、主要な照明はほとんど回復したと言っていい。もっともT.E.O.Tたちの生活拠点である上階には浸水の被害がほとんどない。

地下階の水は依然として残っていたが、大半の水が大区画へと流入し、歩く分には不自由しない程度にはなりつつあった。

そのぶん、大区画は汚水の海と化してはいたが。


タカユキの指示がどうであれT.E.O.Tの監視が緩んだのは、この大区画の状況も影響しているに違いない。このぶんでは大エレベーターが使えず、脱走経路が塞がれている形だからだ。

だがジンロクが途中まで開けた『穴』は残っている。憂理が休んでいる間に翔吾やツカサがこっそりとその作業を引き継ぎ、穴を貫通させた。


コンクリート片を組み込み、見た目には未貫通であるかのように偽装し、いつでも穴の向こうへ抜けられるよう工作されている。

怪我人として翔吾たちの『準備作業』を免除された憂理は半村尚志の元へ行き、兄の『遺言』を伝えた。


もっとも、それは大した意味をなさなかった。


1120億の孤独。

地球上で生まれ、そして死んでいった1120億の人類。

誰もが死ぬときは独り。だから人の目を気にしすぎるな。

お前を非難する奴も群れた羊も、死ぬ時は独り。そんな奴らに無理して迎合するな。自分の人生を後悔なく生きろ。


それは、半村が尚志に何度も教え込んだ事らしく、彼の弟はその伝言にヘラヘラ笑って応じただけだった。


半村が弟に残した言葉。それは憂理にとってあまりにも寂しい哲学に思えた。だが、これが半村の本心かと考えたとき、そうでない気もした。

きっと、疎外なり迫害された弟を導かんとする、肯定せんとする、心配性の兄の箴言なのだと、憂理はそう思う。


憂理などは半村なきあと『暴君の弟』という立場のせいで、半村尚志がT.E.O.Tに迫害されるかと思っていたが、これは取り越し苦労だった。

旧知であるノボルを中心としたT.E.O.T男子たちによって、手厚い待遇を受けており、思いのほか和気藹々とやっている。


施設のインフラを稼働させる技能を持つ半村尚志は、必要な人材と判断されたのだろう。少なくとも――現時点では。



「翔吾。上って……。ちゃんと外に繋がってるのか?」


憂理がだらしなくベッドに転がったまま戻ってきた翔吾に訊くと、翔吾は懐中電灯を憂理にフワリと投げ、不敵に笑う。


「バッチシよ」


「外出た?」


「正面玄関から堂々と、な。ただ問題がある」


「どんな」


「食料が全然ない」


「T.E.O.Tに貰ったんじゃ?」


「いや、イツキの件があったからか知らん、急に連中、渋くなりやがってよ。イツキが裏から手を回してんじゃねぇのか」


「どうだかなぁ」


「ここで食う分はくれるけどな」


「無くてもなんとかなるだろ」


「ああ、ケンタがいなけりゃな。まぁ今ある2食分で街までは行けっだろ。街まで行きゃあ何とかなる」


「ああ」


食料が少ないのも、プラス思考にとらえれば荷物が少なくて済むということ。ジンロクが手負いである今、むしろこれで良かったのかも知れない。


やがて、ツカサとナオが医務室に戻ってくると、出発時間までめいめいが仮眠をとった。とはいえ、憂理が見る限り、ナオ以外は全員起きていたが。

憂理自身、消灯された医務室の天井をジッと見つめて考え事に耽っていた。


――とうとう、出る。

ひどく遠回りをした気がする。

見たくないものを、見て、知りたくないものを、知った気がする。


この施設――タカユキの理想郷が、これからどうなってゆくのか、憂理にはわからない。社会から隔絶された環境で、新しい社会を作る。

それは独立国家の建国とも言える。だが、タカユキの手は理想を語るに、いささか汚れすぎたのではないか。


痩せ女を殺した犯人は、おそらくタカユキだ。

今更ながらに憂理はそう確信していた。


『脱走していないかも』と翔吾が呟いたサイジョー。彼もあるいは。

きっと、自分たちがタカユキに感じていた『ヤバさ』その得体の知れない評価は、それらをつぶさに感じ取った第六感によって導かれたものかも知れない。

どの時点でタカユキがこの施設での『新世界創造』を始めたか。それがわかれば、全てにハマる鍵となる――。


「ユーリ。起きてっか」


翔吾の声に目を開く。


「ああ、まだ」


「まだ、じゃねぇよ。時間だ。ロク、起きてるな」


「ああ」


「ツカサ」


「はい、寝てません」


「ナオ」

さすがにナオだけは点呼に応じず、翔吾がベッドへ歩み寄り小さな頭を揺さぶる。


憂理は体に負担をかけないよう起き上がると、靴を爪先にひっかけて、そそくさと診療机へと歩み寄った。そして表紙に『ツカサノーツ』と題された大学ノートを開き、その最後のページを破りとる。


「あっ! トクラさん! 僕の秘密ノートに何するんですか!」


すぐさまツカサが駆け寄ってきて、憂理の手からツカサノーツを取り戻した。「もう!」


「手紙を書くから一枚もらった」


「手紙? 誰にです?」


「誰か、だよ。タカユキのやった事、誰かに知らせとくべきだ」


「はぁ。わかりました」


憂理が椅子を引き、机に向かうと翔吾が新兵をしつける軍曹がごとく声を張る。


「タラタラすんな! ツカサ、荷物もて! ユーリ、テメ何やってんだ! さっさとしろ」


「待ってくれ、2分だけ!」


憂理は殴り書きで紙にボールペンを走らせた。

これは告発だ。

タカユキが深川の娘を殺したかも知れないこと。

タカユキがサイジョーを殺したかも知れないこと。

タカユキはかなり早い段階から地下に行っていたこと。

合成ドラッグを使用していること。

薬で人体実験していること。

みんな騙されていること。

『聖地』にはきっと、半村以外にタカユキしか知らない何かが隠されているであろう事。


箇条書きでタカユキの罪を告発すると、憂理は紙を四つ折りにした。そうして数秒悩んだ挙句、宛名に『イツキへ』と書いた。

さすがに、これで全てが解決するなどとは考えていない。ただ、告発する義務はあるような気がしていた。誰でもいい、誰かに。小さくても良い、波紋を。


「おい、ユーリ! タラタラしてんな! ツカサも! そんな本置いてけ、かさばるからよ!」


かくして、ほとんど夜逃げのようなありさまで憂理たちは医務室を出た。

怪我が完治していない憂理やジンロクは比較的軽い荷物を背負うが、ツカサや翔吾などはいつかの『行商スタイル』だ。


「な、七井さん、これって、重くないですか」


「文句言っても軽くなるわけじゃねーんだから、黙って歩け。修行だろ、修行。男の苦労は修行」


「はい……」


ツカサの華奢な体格では行商スタイルはかなりキツイらしく、歩みは遅い。だがそのスピードは傷の癒えないジンロクや憂理にはちょうど良い歩みだった。

優雅とも言えるほどゆっくりと、静まり返った通路を進み、やがて中央階段へとたどり着いた。

ツカサはほとんど泣き出す直前の顔で言う。


「これ。上がるんですよね」


「修行!」


「はい……」


一歩、また一歩と憂理は様々なことに想いを巡らせながら階段を上がった。

ジンロクもかなり傷への負担が大きいらしく、ときおり微かに表情をゆがめている。荷物を背負ったナオが心配そうに兄を見上げているので、ジンロクもあからさまに痛みを訴えないのだろう。


やがてT.E.O.Tが本拠地とるする階へたどり着くと、仲間たちは示し合わせたかのように足音を忍ばせた。



いまさら施設からの脱走を止められるいわれはない。

だが、今までの事を思えばT.E.O.T連中に理屈は通じないことぐらいはわかる。

彼らは自分たちの都合の良い事を吐く舌と、正論を寄せ付けない脳をもっているからだ。

抜足、差し足でゆっくりと踊り場を過ぎ、さらに階上を目指す。次の階段を前にしても、今度ばかりはツカサも文句を垂れない。


葬送行列よりも静かに、おごそかに、一段ずつ、確実に上って行くと、やがて、憂理は階段の先に障害物を見た。


それは人影だ。

階段を上りきった先、その中央に腰をかけている。まず翔吾が立ち止まり、気付かないツカサが翔吾の荷物にぶつかり、ナオも玉突き衝突する。

――見張りか。


その人影は憂理たちを見下ろして、微かに揺れた。

そしてゆっくりと立ち上がる。

すらりと伸びた体。長い髪。これは女だ。

憂理たちが動けずにいると、やがてその人影が言葉を発した。


「ユーリくん?」


その声に憂理は聞き覚えがある。そう唇の触れ合う距離で聞いた事がある声だ。


「イツキ?」


人影は小さく頷いた。


「いまから、出るの?」


翔吾などは警戒心むき出しで応じる。


「見張りか、てめぇ。俺ら、お前らに止められる筋合いねーから」


「そんなんじゃない。私も……行く」


憂理には憂理の、翔吾には翔吾の、それぞれの驚きが小さな声になって、暗い階段に響いた。


「お前……」


「私、もう後悔したくないから。もう二度と」


暗がりでイツキの表情は読めない。だがその声には確固たる意志が感じられた。

だが、翔吾は認めない。


「そんなん知るか。あのな、お前の後悔とか、俺らに関係ねぇから」


「七井くんについて行くワケじゃない。私はユーリ君について行く」


これに対して、憂理が一言物申そうとした瞬間、イツキが声のトーンを上げた。


「大声出して、みんなを呼ぶ事もできる。導師は本当はユーリ君を逃がしたくないみたいだから、また捕まると思う。でもそんな事はしたくない。でも、無理矢理ついて行くなんて事もしたくない。ユーリ君に迷惑に思われたくない。でも冷たくもされたくない。でも『重い』って思われたくない。でも……」


イツキが涙声になって、言葉を重ねている。この心情の吐露に偽りはない――そう思わせる説得力があった。複雑で、非論理的で、ちぐはぐな言葉。だからこそ、剥き出しの――人の本心であるように思えた。


この飾りっ気のない感情に対し、最初にほだされたのはツカサだった。


「と、杜倉さん、連れて行ってあげてくださいよ。なんだか僕は気持ちわかります! 誰にだって、付いていきたい誰かがいると思います! ねぇ、ジンロクさんも何か言ってくださいよ!」


おそらく、ジンロクなら加勢してくれると踏んでの名指しだ。指名されたジンロクは「むう」と唸って、やがて言う。


「なぁ、憂理。女にここまで言わせたんだ。連れて行け――と強制する気はないが……少し考えてやったらどうだ? 憂理にはちゃんと向き合う義務もあるな。責任も」


全員の視線が自分に集まると、憂理は途端に居心地が悪くなった。

だが、どう応じれば?

言葉に詰まったままの憂理に、イツキが涙声で言う。


「本当はこんなのイヤ。嫌われるのもイヤ。面倒な女だって思われるのもイヤ。でも、このままじゃ行っちゃうもん。私、また置いて行かれるもん。それが一番イヤ。それなら嫌われてもいいから……」


人は矛盾の生き物だ。数え切れない矛盾を内包して生きている。

ときおり、それが行動にまであらわれる。

半村もそう、タカユキも、深川も、そして今、憂理の目の前にいるイツキも。


人は誰かの矛盾を受け止めたり、自らの矛盾を笑うようになって初めて大人になるのかも知れない。憂理はそんな風に思う。

そして、自分が今から抱える矛盾も、誰かが笑ってくれるだろう。


「来いよ」憂理は言った。

「お前の言いたい事、本当はよくわからないけど、それでいいよ。お前の気持ちに応えるとか、そんなのまだわからないけど、お前が来たいならもう止めない。来いよ。一緒に。いいよな? 翔吾」


T.E.O.Tアレルギーである翔吾に伺いを立てるが、猫少年も浅いため息を一つして、頷いた。

「……まぁ。ユーリが言うなら別に文句はねぇよ? ただ来る以上は役に立てよ」


「ってこと。いいよイツキ。一緒に行こう」


瞬間、パッと階上からイツキが跳ねて、憂理に飛びついてきた。

宙を飛んで抱きついてきた全体重を受け止めきれず、ジンロクが咄嗟に支えてくれねば階下へ転落していたところだ。


「ありがとう! 好き! ありがとう!」


「あ、ああ、まぁ、こちらこそ」


抱きつかれた憂理を尻目に、七井軍団は隊長の舌打ちを合図にまた階段を上がり始めた。


「なんだよイツキ。お前も結構デカイ荷物用意してんじゃん」


翔吾に言われても、イツキは振り向こうともせず、憂理の肩に顔を埋めながら言う。

「食べ物、沢山持ってきたよ、ユーリ君のために」


「あ、ああ、助かるよ」


「返事、今じゃなくていい。ずっと先でもいい。ユーリ君の『ありがとう』『助かる』だけで幸せになれる」


「うーん。イツキ、近いって。とりあえず、行こう、な?」


憂理に諭されてイツキはようやく絡まった腕を離し、自らの荷物の元へ駆け戻る。甘い香りが残香となって憂理の鼻先をくすぐる。

そしてイツキは自らの華奢な体に不釣り合いなほど大きな荷物を背負い『行商スタイル』となった。


――矛盾か。

憂理自身、こうしてイツキと言う名の矛盾を抱える事になった。


だがきっと、これでいい。

なりたい自分、実現したい自分へのアプローチは一つではない。葛藤も矛盾も錯誤も、その全てを受け入れて、自分の中で消化すればいい。それまでは、野暮ったく頭を掻いていよう。


こうして誰もが大人になってゆくのだろう。苦笑いばかり上手くなって。

でもそれでいいじゃないか。

その苦笑いはきっと、優しさで、自嘲で、謙遜で、思慮深さで、心の隅にある正論で、良心だ。

だから、きっとそれでいい。矛盾に気付けてさえいれば。


「行こう」


再び上へ上へと進みながら、憂理は『置き手紙』を思い出していた。宛名をイツキにしていたが、当の本人が受け取る事はなさそうだ。

そうなれば、誰の目に触れるだろうか。

願わくば――良心あるものに。



 *  *  *



穴を順番に抜けて、上へ、さらに上へ。

階段は確実に憂理たちの体力を奪い、それに伴って口数も減る。


――このまま天国まで続くんじゃないか。


そんな風に思えるほど、階段は長く、高い。

生活棟や地下階が地獄である以上、それよしはマシな場所へは続いていると言える。そして、天国へ続くなら、これぐらいの苦役は必要なのかも知れない。


翔吾がどんどん上がって行くせいで、休憩するタイミングも取れず、ひたすらに上り続けた。

やがてグループからかなり先行していた翔吾が、階段を上りきったらしく遥か階上で扉が開かれた。

薄暗い階段の先に、四角い光が見える。まさに光の入り口だ。


「お前ら、タラタラしてんなよ!」


そう言って翔吾が光の向こうへと消えた。


「ユーリ君、大丈夫? 傷口開いてない?」


「ああ、お前こそ大丈夫かよ。その荷物めちゃくちゃ重そうだけど」


「私はいま最強だから!」


そう言ってイツキは照れ臭そうに笑う。

あと数メートル。あと1メートル。あと半メートル。なかばゲームのように段を数え、やがて憂理も光のドアの前に立った。

長らく過ごしながら、ほとんど知らない地上階だ。小さな達成感が吐息になって口から漏れる。


そうして光の向こうへ進んで見れば、階段から見た明るさが嘘のようだった。

思いの外、薄暗い。広い玄関ホールはガラス張りで、天井まであるガラスが一定間隔で並んでいる。

そのガラスの向こうから差し込んでくる光はあまりに頼りない。


「雨のちの曇り……ってワケじゃなさそうだよな」


夜明け前、あるいは日没後の残光かと思えるほど外は暗い。

憂理がつぶやくと、フロアに荷物を投げ出し、だらしなく座った翔吾が言う。


「曇りのち曇り、のち曇り、曇り、曇り。ずっとこうだわ。昼間はもうちっとだけ明るいけどな」


「これが……外」


憂理はガラス窓へと歩み寄り、そこから見える景色を見た。

薄暗い世界。高台から見る山並みは、灰色ばかりで色彩に欠ける。

その年老いたような山々の上空には、重金属のような雲が複雑にわだかまっていた。うねる雲の谷間にときおり雷光が走り、灰や黒の雲を薄紫に染める。

これが翔吾たちの言っていた灰色の雲か。


憂理の傍にイツキがそっとやって来て、ぽかんとその不思議な風景を眺める。

憂理と同じく、はじめてその風景を眺めたイツキは、小さく眉を寄せて感想を漏らした。


「これが導師の言ってた。世界の終わり……」


ジンロクも表情が硬い。


「こりゃあ……。凄いな。ナル子たちはこの中を出て行ったのか」


いつか翔吾が言った言葉、『助けを求めようにも、むしろ外の人間が助けを求めてるのではないか』その言葉がいかにも真実味を帯びて感じられる。

チラチラと瞬く雷光が、異形の雲を照らし、美しい。

だが、雷鳴は聞こえない。ただ静かに、毛細血管のごとき稲光が縦横無尽に空を這う。


「雷、落ちないのか?」


憂理がそう問うと、翔吾は床から腰を上げながら答えた。


「さぁな。少なくとも俺が外に出てた時と、ここから見てる間はなかったな」


あるいは降り積もった灰が落雷を抑止しているのか。憂理にはわからない。憂理たちがぼんやりと景色を眺めていると、その静寂を無粋な音がやぶった。


「七井さん! いいの見つけましたよ! コレ! これで荷物運びましょう!」


ガラガラと派手な音を立てて、ツカサが奥から台車を押してきた。荷台に埃が積もっているものの、まだ充分に使用できそうだ。これには師匠もパッと表情を明るくする。


「おっ、いいじゃん! よくやったツカサ! 手柄手柄! よし、のっけろのっけろ」


それを尻目に憂理は風景をもう一度観察する。

うっすら確認できる道路はやはり降灰に埋もれている。あの道路、そもそも通行できるのだろうか。


「イツキ。火山が噴火したと思う?」


「わからないよ。でも、この辺に噴火しそうな活火山ってあったのかな? 導師は破局噴火の可能性もあるって言ってたけど……」


「破局噴火?」


「うん。スーパーボルケーノ? それが大噴火して、周囲を壊滅させるんだって。アメリカのイエローストーンが噴火したら、少なくとも北米とヨーロッパは終わる……って。そしてそれは、必ず来る未来なんだ、って」


「ふーん。でも日本って、アジアじゃなかったっけ?」


「そだね。だからわかんないよ。そもそも火山灰なのかな……」


「さあな……。お前、戻るなら今のうちだぞ? コレ、マジ洒落になってねぇみたい。ここのが安全かも」


「そう言われて……戻ると思う?」


「いや」


かくして憂理とイツキが話しているうちに台車には荷物が高く積まれ、それがゴム紐で無理やり固定され、さらには数本の引き綱まで取り付けられた。


できそこないの祭りの山車――見た目には不恰好ではあるが、背負うよりもはるかに負担は少ない。この際、見た目は問うまい。

車輪というのは人類の宝だ。


「よっしゃ、完璧だぞユーリ!」


「じゃあ」憂理は仲間たち全員を見回して言った。「行こうか。遅刻確定だけど」


心のどこかに不安があるが、同時に高揚もあった。

この世界をもっと見てみたい。この世界がどうしてこうなったか、知りたい。

そんな欲求があった。

もしかしたら、これまでの自分たちよりも遙かに劣悪な環境に置かれている人たちがいるかも知れない。


この見慣れない風景に変わった世界で、人々はどうやって生きているのか。

この世界は、生きるに値する世界か。

もっと、知りたい。


すべての過去を振り切って、杜倉憂理はゆく。




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