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13月の解放区  作者: まつかく
10章 百匹目のヒツジ
103/125

10-4 ショッピング

菜瑠の目の前には、ガラス戸があった。


これを破らねばならない。

破って、中にあるであろう様々な必需品を『借用』せねばならない。生きるために。


都合の良い言い換えは慣れたモノだったが、いざ破壊して進入する段になるとやはり躊躇してしまう。しかし、やらねば。

菜瑠は駐車場内の柱をいくつか照らし、『目当てのモノ』を見つけると駆け寄った。


「ちょっと、乱暴だけど……」


独りごちながら消火器を持ち、

大きく深呼吸をして、覚悟を決める。


そして菜瑠はガラス戸へ向かって走り出した。助走数メートルの勢いのままに、手にした消化器を思いっきりガラス戸へ投げつける。

菜瑠の手を離れた消火器は、軸を中心にして宙で回転をみせ、そのまま吸い込まれるようにしてガラス戸へ向かい、直撃した。


闇の中に大小のガラス片が飛散し、懐中電灯の光線にキラキラ反射する。開いた穴からフワリと空気が逃げ出して、汗ばんだ菜瑠の肌を洗った。


なんとも派手にやったモノだが、問題解決だ。物理的な壁と、精神的な壁の両方を乗り越えた。

菜瑠はそろそろと破れたガラス戸に近づき、中の様子をうかがってみた。


「真っ暗……だな」


しっとりとした闇が、生温い風を運んでくる。懐中電灯で中を照らしてみれば、稼働を停止した自動販売機が数台並び、その向こうにはエスカレーターが見えた。もちろん、これも稼働していない。


菜瑠はガラス戸の穴からそっと手を差し入れ、扉を解錠した。そして、割れたガラスが落ちないよう、慎重にガラス戸を開ける。

そうして、体一つ分の隙間から内部へと侵入した。


体感、気温がいくらか高い。闇そのものにまるで温度があるかのように、包まれているだけで体温が上昇する。

菜瑠は怖じ気を体の一番深い部分に押し込んで、そろりそろりと歩みを進めた。

ガラス片を踏むたびに細やかなそれが、靴のソールでさらに割れる。


在りし日にここを訪れていれば、きっと店内は明るく、活気に満ちていただろう。だが全ての灯が消えた今、デザイン、汚れの目立たない新しさ、その全てが寒々しい。


半ばすり足のような足取りでエスカレーターまでやってくると、菜瑠は『ただの階段』と化したそれをゆっくりと下ってゆく。

今にも、動き出すんじゃないか。そんな風に思えて、手すりから手が離せない。もちろん、鉄の階段が動き出すはずがなく、ひたすら積もったホコリに手を汚すだけだったが。


折り返しの踊り場を過ぎて、次のエスカレーターに乗ったところで、進む先に光が見えた。

エスカレーターを降り切った先が、ぼんやりと明るい。その朧げな光に導かれるまま先に進むと、広大なフロアに出た。


光源は、空だった。


高い天井にはめられた天窓から、外の光が差し込んでいる。

ただでさえ厚い雲に覆われた陽光が、天窓を汚す薄い灰に遮られている。


それは、決してまぶしいモノでも、まばゆいモノでもなかった。だが、弱々しくもどこか頼もしい光に思えた。

陽光があること。それはさりげなくも、何気なくも、素晴らしい事だった。


フロアは一階からの吹き抜けになっており、それぞれ両サイドに通路が伸び、商店が並んでいる。

菜瑠は懐中電灯を消すと、吹き抜けの手摺りまで歩み寄った。

そこから全体を眺めてみれば、2階フロアはアパレルが多く見られ、1階フロアにはドラッグストアや電気店なども見て取れる。そして、遠く通路の先にはホームセンターも。


菜瑠は手摺り沿いに通路を進み、階下へ繋がるエスカレーターを降りる。


静かだった。

広大なフロアに、誰一人いない。


自分の足音だけが遠くまで届き、やがて反響を聞かせる。

まるで、世界に自分だけが取り残された――あるいは、自分が異世界に迷い込んだ――そんな錯覚まで覚える。


だが不思議と孤独感はなかった。

どこか、心地よくも思えてしまう。人格などがすべて消え去り、自分自身も景色の一部であるような、同化したような、そんな気がした。

描きかけの絵画の中を歩いているような、現像前の写真の中を歩いているような、未確定を感じさせる浮遊感があった。


1階フロアを歩き、絵画なり写真なりの出口を探す。


どの店舗もシャッターなどで閉鎖されていないのは、都合が良かった。店舗ごとのシャッターが存在しないのか、どの店も店先を緑色のネットで囲うばかりで、『借りる』に苦労は無さそうだ。


仲間たちはどの辺りにいるのだろうか。

すっかり方向感覚が失われて、自分がどこから来たのかも朧げになってしまっている。

行くあても分からぬまま不確定の世界をさまよっていると、やがて『関係者以外 立ち入り禁止』と書かれたドアが目に付いた。


菜瑠はそのドアの前に立つと、ゆっくりノブを回した。

いまさらではあるが、『立ち入り禁止』などと書かれると、気が引けてしまう。


ドアの向こうは天窓の陽光もなく、また闇が潜んでいる。懐中電灯を灯し、光を投げかけてみれば、そこは殺風景な通路。台車、ダンボール、カゴ。商品の搬入などに使われていたのだろう。


外からの搬入口があるはず――。

そうアタリをつけた菜瑠は従業員用通路へと足を踏み入れた。


まさに裏通りと言わんがばかりの殺風景な通路だ。ドアに貼られたプレートを確認しながら、外部へ繋がる場所を探す。


曲がり、進み、やがて、少し広い場所に出た。

大きなシャッターと、港のようになった段差。ここが搬入口に違いない。


懐中電灯の光線に照らされたシャッターは、ゆうに大型トラック数台が入り込める規模のものだ。これは開きそうにない。

だが、その脇には鉄製のドアがあった。無愛想なクリーム色のそれは、所々の塗装が剥げてはいたが、錆ついてはいない。

菜瑠は『港』から飛び降りると、そのドアへと歩み寄った。

無愛想なドアらしく、デザインより機能性を重視したノブにはサムターンがついている。


それを、ゆっくり回す。


金属が硬く触れ合って、重い封印が解かれた。解錠してドアを開くと、フワリと空気が動いて、菜瑠はまた陽光の下に出た。

外だ。


灰まみれの世界に……戻ってきた。



 *  *  *



ゾロゾロと正面エントランスまでやって来ると、それぞれの目がそれぞれの興味を追う。


「このリストにあるもの、手分けして集めよう」


今朝までに書き足されたモノも含め、必要品は結構な品数になっている。食料大臣はそのリストを覗き込み、すぐに顔にシワを寄せた。


「あー覚えらんない。ケンタとユキはアタシと食料班! 食べ物探すよ!」


「ちょりーす」


「じゃあ」菜瑠は残った四季と遼に目配せした。「私たちでリストのもの集めよう」


四季は黙って頷き、遼も了承する。


「そうだね。まず何から……」


「とりあえず、ホームセンターに行ってみようよ。一番奥の方にあったから」


「わかった。そうしよう」


ぼんやりと明るい通路を歩き始めると、ようやく心に余裕が生まれて、菜瑠は通り過ぎぎわに様々なショップを観察する。


コーヒー豆や輸入雑貨を置く洒落た店。ドラッグストア、靴の量販店。

携帯キャリアのショップもあるが、近未来的なスマートな店内デザインがこの状況にあって寒々しい。


たしかにモールだ。

中規模な店舗が見渡す限り並び、様々な色彩が自己主張している。


「色んな店があったんだね」


「かなり大規模なショッピングモールだ。空き店舗もほとんどないし、繁盛してたんだろうね」


ここなら、必要な物はほとんど揃いそうだ。便利な時代だと思う。

ぼんやりとした光に照らされるショッピングモールを進み、やがて菜瑠たちはホームセンターにたどり着いた。


店舗に奥行きがあるせいで、奥までは光が届かない。その仄暗い闇の遠くから、濃縮のキツい木材の匂いだけが漂ってくる。


手前にはレジと梱包スペースが並び、荒らされた様子はまったくない。やはり一番乗りであることは間違いないようだ。

菜瑠たちはまず、レジ近くの陳列棚に向かい、そこで電池を幾つか入手すると、近くにあった懐中電灯にそれを装着した。


これにより、人数分の光源は確保される。

菜瑠は商品を積み込むために大型のショッピングカートを引き出してから、闇の奥に光線を向けた。


「じゃあ手分けして必要なものを集めよう? 私は細々としたもの集めてくる」


遼も自らのぶん、そして四季のぶんのカートを引っ張り出しながら言う。


「ナル子、あれ見て。あそこの売り場ミネラルウォーターが箱で積んである」


「ほんとだ」


「結構な量だね。運びきれない。とりあえず、飲料用だけでも持って帰ろう」


その『飲料用』だけでもかなりの荷物になるだろう。運搬方法を考えるだけで頭が痛い。

菜瑠はカートを押しながら陳列される様々な商品を見て回った。


さすがにホームセンターというべきか、生活用品だけでなく、使用法の判然としない工具も散見される。

以前なら興味なく通り過ぎた工具の売り場も、無意識のうちに足を止めて『なにかに使えるんじゃないか』と考えてしまう。

電動ドリルの陳列棚など、以前の菜瑠の人生に全く関わりないシロモノだったが、今はそうでない。


情勢や環境が変わると、本能的に興味の対象も変わるのだろう。


ノコギリはどうか?

なにか板を切る場面はあるだろうか。薪を作る時に使えるのではないか。

否、それなら手斧の方が便利だろう。


ハンマーはどうか?

なにか作る必要があれば、必ず必要になるだろう。使い方次第では武器にもなる。だが、釘もいる。

釘は様々な種類が小分けで陳列されており、その違いや用途が菜瑠にはいまいちわからない。


ネジと釘の違いはわかる。

だがビスとはなんだ? インパクト? ボルト? アンカー? 皿、丸?


売り場の前で腕を組んで考え込んでしまう。

きっと、必要があって多様な分類が生まれ、多様な名称がつけられたのだろう。

それは、建築家なり大工なりがアイデアを蓄積し、生み出してきたモノに違いない。目の前の陳列棚は壮大な歴史の最適解なのだ。


だが、いま、それを菜瑠に解説してくれる者はいない。

アンカーとは。ビスとは。


『ご不明な点は係員まで!』と柔らかなフォントで書かれた案内表示が、今は虚しい。


「んー……。わかんないよ」


菜瑠は軽い自己嫌悪を覚えながらも、カラカラとカートを押して陳列棚の間を進んだ。とりあえず、深く考えるのはやめて、使えそうなものをカートに放り込んでゆく。


生きるために何が必要か、いざ目の前に色々と並べられるとわからないものだ。こういう時には直感で行動すべきだろう。

それでも、リストにある物は少しずつ集まり、やがて陳列棚の交差点で四季と鉢合わせた。


見れば、四季のカートにはシャンプーだの、リンスだの、コンディショナーだの、明らかに個人的なものばかりが積み込まれている。


「四季……。そんなにいっぱい運べないよ。必要なモノだけにしなきゃ」


「問題ない。このカートごとホテルに転がしてゆくわ」


なんだか回答がズレている気がするが、カートごと運搬するというのは合理的なアイデアに思えた。軽トラの燃料が尽きかけた今、この大型カートを有効に活用すべきなのは確かだろう。


「菜瑠。あれも必要だわ」


そう言って四季は売り場の片隅を照らす。

そこには金属の棒が規則正しく立てかけられている。


「鉄……パイプ?」


「そう。木の棒より頑丈」


「必要……かな? あとで考えよう?」


たしかに護身具はバージョンアップすべきかも知れない。四季は暗闇でコクリと頷いて、またどこへともなくカートをガラガラ押してゆく。

遠くでは、遼の声。


「あったよ! タンクだ! 折りたためるやつ! やった!」


着実に必要なモノは集まりつつあった。



そうして、1時間ほど経過した頃には3人のカートには目一杯に商品が積み上がっていた。これは、実際に購入すれば数万円で収まるレベルではない。

これらに加えて、さらに空のカートに飲料水のダンボールが積み込まれた。

2リットルのペットボトル6本入りのダンボールがカートの積載限界まで。


「なんか、すごい量になっちゃったね」


我ながら感心してしまうが、なんだか爽快な気分ではある。買い物はストレス解消に良いというのは本当かも知れない。個人的なモノばかりのカートを完成させた四季は、なおさらご満悦だろう。


「菜瑠ぅ! 必要なのあったー?」


モールの遠くから現れたエイミ組も、それぞれにショッピングカートを押していた。

見れば缶詰やシリアルなど、日持ちしそうな保存食がブロック遊びがごとく限界まで積み上げられていた。


「すごい! そんなにたくさん!」


菜瑠が驚くと、エイミはニヤリと笑って得意げに言う。


「イケそうなやつ、あらかた回収してやったわ。でも……吐き気がひどい……」


「どうしたの?」


「いや、ひどいのよ、食料品売り場。もうね、息が出来ないレベル。やばすぎて奥までは入れない」


いかにも『ゲー』と擬音がつきそうな表情で舌を出したエイミ隊長の発言に、ケンタが補足する。


「臭いが凄まじいよ。生鮮系が発酵して、新しい何かに生まれ変わってる。たぶん牛乳がチーズになって、そのチーズが超チーズになって、さらに最終形態になってる」


「ありゃあ、酷かったわね。ガスマスクがいるわ。あんなとこ長くいたらせっかく着替えた服に臭いが染み付くんじゃ、って話よ」


ここでようやく菜瑠はエイミたちの変化に気がついた。見れば3人とも施設の制服ではなくなっている。


「服……着替えてる?」


「トーゼン! あんな施設のゲロダサな服、二度とごめんよ」


見れば、エイミは薄ピンクのフード付きの上着を着て、下はスカートになっている。目を引くのはピンクと黒のストライプ柄ニーハイと、装飾過多なブーツ。


これはいまから、なにかのオーディションにでも出そうな装いだ。


「エイミ……おヘソが出てる」


「ノン。出してるの」


ケンタなどは地味なもので、ほとんど施設の制服と変わっていないが、ユキは『プチエイミ』になっていた。


「菜瑠、上に良いショップいっぱいあるから、アンタたちも着替えなさいよ。この荷物アタシらが出口まで運んどくからさ。ほら菜瑠も四季も遼も行った行った」


たしかに、デザインはともかく、制服以外の着替えは必要に思われた。

エイミに指示されるまま、菜瑠たちは停止したエスカレーターを上がり、アパレル街へ足を踏み入れた。

実際のところ、施設の制服でもさほど不便はなく、センスに自信のない菜瑠などは、着こなしに迷わなくて良いぶん制服が楽だと思っている。


そんなところで、いざ好きなものを着ろと言われても困惑してしまう。人はそれほど多くの選択肢を持っていないものだ。

遼は意外と楽しそうにカジュアル系の店舗へと足を向け、四季もフワフワと歩き去って行った。


さて、どうしたものか。


なにを、どう着ればよいのか。

エイミほどフリーダムな装いは望むべくもないが、せめて、『ポイントは押さえてる』と評されるぐらいにはありたい。

こうなってくると、苦手だった「なにかお探しですかー」と声をかけてくる気安いショップ店員が恋しい。


かくして取り残された菜瑠は、周囲の店を見渡し、なんとなくオシャレに見えるショップにアタリをつけて『閉店用の網』をくぐった。

天窓からのぼんやりとした光で見る限り、なんだか『フリフリ』なやつが多い。


「かわいい。……けど、これ……私じゃ駄目だよね」


自分を卑下するつもりはないが、あまりにも乙女チックな装いは自分には似合わないと思う。

菜瑠だって、かわいい服を着たい。だが菜瑠には自信も、勇気もなかった。


決して裕福とは言えない家庭に育った菜瑠は、このような服を着る経験もなかったし、似合うかどうか考えたこともなかった。ゆえにどうしても、その一線が越えがたいものに感じてしまう。これは『線』でなく、『壁』と呼ぶべきかも知れない。


きっと、その一線を越える自信と勇気を持ち合わせた者だけが晴れてファッション・モンスターとなれるのだろう。エイミなら着こなすのかも知れないが――。


とはいえ、なんだか見ているだけでも心は躍る。

値札を気にせず、気に入ったものを自由に選べるというのは、経験したことのない、えも言われぬ開放感があった。

いっそ、この場でだけでも――皆にバレない一瞬だけ、少し憧れていたロリータファッションというやつに挑戦してみようか、と『フリフリ』のものを横目で見て回る。


「め……メイド服?」


フリフリコーナーの一角でそれは異彩を放っていた。

これは、どちらかといえば、コスプレの域に入るのではないか。だが、これは……。

挑戦してみたい。

だが、それは許されるのか。人として。道乃後菜瑠として。


メイド服を着て、この荒廃した灰色の世界をうろつく……。

想像してみると、なんだか着る前から恥ずかしくなり、周囲を見回してしまう。

自分一人なら、あるいはそうしたかも知れない。だが、菜瑠には仲間があり、その仲間たちにその姿を晒す勇気がどうしても持てなかった。


――四季と二人の時なら……あるいは。


着る理由、着ない理由をそれぞれ検討しているうちに、パタパタと足音が近づいてきて、閉店網の向こうにエイミが現れた。


「なに! 菜瑠、まだ選んでないの!? んでフリフリ!? 菜瑠が!? やるねぇ! いくねー!」


「ち、違う! こんなの、動きにくいな、って!」


「いや、正直に生きないといかんよ、道乃後くん。着たいなら着ればいいじゃん。ファッションは永遠のフリーダムよ。カワイイは作れる正義」


「な、なにか私に似合うのないかな!?」


菜瑠が慌てて『フリフリコーナー外』の服を照らすと、エイミがアゴに手を当て「そうねぇ」と目を細めた。


「えっと、あんまり派手じゃなくて、そのおヘソとか出さない系で。ぽ、ポイントは一応押さえてるやつ」


「ふむ。アタシの好みになるけど、じゃあ、コレとか。コレにコレ合わせて、バランスとるためにーこれを」


エイミは次々と服を選び、菜瑠に手渡してくる。


「んじゃ菜瑠、着ながら合わせよう」


菜瑠は「はぁ」と控えめの返事をして、試着ブースへ向かった。

そうして、カーテンを閉めて、制服を脱ぎ、それらに着替え始める。そんな恐る恐るの菜瑠を尻目に、カーテンの外からはどんどん服が投げ込まれる。


「靴は外に置いとくしね」


「うん」


「四季は?」


「なんか、フワフワどっか行った」


エイミの用意した服は、エイミほどではないにせよ、菜瑠には露出が多く感じられた。太もものほとんどが露わになるショートパンツにガーターベルトで吊るニーハイ。

ニーハイにより太ももの半分ほどは一応隠されてはいるが、これなら普通のパンツで良いのではないか――そう考えてしまうのが自分の限界なのかも知れない。


上半身は薄手の無地カーディガンではあるが、インナーは『ギリギリへそが出ない』程度のカットソーだ。


全体的に地味めの色であるのは好ましいことではあるが。

とりあえず、全て身につけ、最後にマフラーだかストールだかスヌードだか菜瑠には判別のつかない薄手の布を首に巻いた。


そうしてカーテンをおずおず開くと、待ち構えていたエイミが審査するような表情で菜瑠を眺め、やがて小さな頷きを繰り返した。


「うん、アリアリ。ちよっと地味すぎかもだけど、まぁ全然なくはないね」


「これ地味かなぁ……太ももが見えて……」


菜瑠が抗弁しかけた時、フワフワと四季が戻ってきた。そのイデタチは菜瑠とエイミに衝撃を与える。

それは、ツナギだ。

上着とズボンが一体化した服。服飾業界でなく、工業業界の受け持ちである服。

灰色のツナギを着た四季が、驚く二人に小さく頷く。


「着替えたわ」


「アンタね、それ今時ペンキ屋さんでも着ないわよ!」


「す、水道管工事のひと?」


あるいはF1レーサーか。しかし四季は動じない。もちろん永良四季だからだ。


「この灰だらけの街では合理的な服だわ。ポケットも大きく、動きやすい」


なるほどそうかも知れない。だが、本当にそれでいいのだろうか。

しかも、小脇に同じツナギらしきモノがパッケージングされた包みを幾つか持っている。


「いや四季、せっかくの機会なんだからさ、もっとこうチャレンジをね」


四季はエイミの説得に耳を貸さず、ただ目を閉じ、小さく首を振るだけだ。

だが、冷静にその作業員姿を見てみれば、ツナギとはいえタイト気味で、四季の均整の取れた体にフィットしている。いかにもスマートな雰囲気だ。

これは機能美と呼ばれる美しさだろうか。


「わぁ……四季、すごくカッコいいね」


遅れてやってきた遼は、白いカッターに黒のチノパンという青年的な格好になっている。生意気なことに、細いネクタイまでしめて、官僚スタイルを完成させている。

この二人が並ぶと、労働者と資本家、ブルーカラーとホワイトカラーの対比といった趣きがあった。


「アンタらねぇ……」


「まぁ、いいじゃないエイミ。個性、個性」


四季に習って幾つかの予備を小脇に抱え、菜瑠たちは階下へと降りた。

服が違うだけで、いつものメンバーにかなりの違和感がある。


菜瑠自身、風通しの良くなった太ももに居心地の悪さを感じてしまう。ブーツも重い。オシャレとは非合理なものだな、と菜瑠は思う。





 *  *  *


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