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13月の解放区  作者: まつかく
10章 百匹目のヒツジ
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10-1 戦後処理


嵐が過ぎて、施設には静けさがあった。


例外なく、誰もが疲れ切っていた。


施設を掌握したT.E.O.T、杜倉グループ、半村奴隷。その大半が何かしらの怪我を負っており、応急処置をした者、された者、それらが順にポツポツと眠りの世界へ旅立って行った。


憂理やジンロクなどはツカサによる傷の縫合が上手くいかず、さらなるダメージを負わされた。

針を『しの字』に曲げる事により、縫合が容易になる事にツカサが気付いたのは、半村捕縛から5時間以上経過した頃だった。


憂理が肩に負った刺し傷はツカサ基準で『7針』で、ジンロクは『38針』だった。

ナイフの刃が短かかったせいか、失血死には至らなかったのが不幸中の幸いというやつか。


こうして痛みで目が覚めた事は腹立たしくも、ありがたく感じられる。

永遠に眠り続けるような事にならなかったのは、日頃の行いがよいからだと憂理は思う。

だが、血が足りないのは感じる。底なしの疲労感と、冷や汗に寒気、不明瞭な意識。これは失血性ショック寸前だった証拠であろう。


蔵書室から引っ張り出してきたらしい応急処置マニュアル本のおかげで、命を拾ったと憂理は思う。

ツカサが血まみれの両手で包帯を巻いたせいで、ジンロクともども『傷病兵』のような風体になってしまっているが、文句は言うまい。


刺された肩と、噛まれた首に負担をかけないよう半身を起こし、憂理は医務室内をゆっくりと見回した。

いつだか、半村に殴られ気絶した時も目覚めた時に同じ風景を見た。あの時と違う点といえば、椅子に座っているのが菜瑠でなく翔吾であることか。


猫科の少年は椅子の背もたれを限界まで倒し、頭の後ろで手を組み、ぼんやりと天井を見上げていた。


「翔吾」


憂理に呼ばれると、翔吾は黒目だけを動かして憂理を見やり、言う。

「終わったぞ。全部」


「ああ。知ってる」


「半村奴隷は一人ずつ裁判にかけるんだとよ」


「ユキエは?」


憂理が気にかけている少女の名を口に出すと、翔吾の黒目がスッと天井に戻った。


「それがよ。いねぇんだわ」


「いない?」


「ああ。T.E.O.Tの連中とかツカサとかがケガの手当てでテンヤワンヤだったからよ、俺とアツシで施設中パトロールしたんだけどよ」


「見つからなかった?」


「ああ。少なくとも、水面から上にはな」


「ちゃんと探したのかよ」


「たぶん。鍵の解除されたとこ全部みた」


翔吾の返答がどこか『うわの空』である。これは、翔吾自身も納得がいっていない証拠だろう。不可解極まる、といったところか。

憂理は本物の傷病兵のごとく、ゆっくりとベッドから足を下ろし、足の爪先を靴に差し込んだ。


「ユキエ、外に出たってことか?」


「どこからよ?」


「どっかから」


無責任な憂理の発言に、翔吾は天井を見つめながら小さく首を振る。


「言ってなかったけどよ。妙なんだよな」


「なにが?」


「サイジョーの奴、何処に行ったんだ?」


これは異な事を言う。サイジョーは憂理たちに先んじて脱走したではないか。

憂理は翔吾の言わんとする事が理解出来ない。憂理は自分の知るままに言った。


「サイジョーって、外に出たんだろ」


「どっから?」


「いや、大区画からエレベーターに乗って……そのお前らが外に出たシャッターから?」


「俺もそう思ってたけどよ。よくよく考えたら、あのシャッター『開けた形跡』がなかったんだわ。俺ら汚ねぇハンドルを使ってシャッター開けたけど、サイジョーもそうして外に出たなら、どうやって閉めた? どうやってハンドルを戻した?」


現場を知らない憂理にはなんとも言えない。シャッターから出たのではないのか。憂理が返答に困っていると、矢継ぎ早に翔吾から質問が飛んでくる。


「本当に逃げたのか? どっから? いつ?」


憂理はサイジョーなりユキエの研究家でもマニアでもない。そんなことに答えられるはずもない。

逃げた。

施設に見当たらない以上、そう考えるのが自然であろう。他に可能性があるとすれば――。

考えを巡らせようとした憂理に、翔吾が言葉を重ねる。


「ま、正直こんなん、どうでもいい事なんだけどよ。なんか、フとマジで終わったのかよ、って思うわけよ。マジ、どうでもいいっちゃあどうでもいい話だけどな」


翔吾は背もたれをバネに勢いよく立ち上がり、スッと体を伸ばした。いかにも柔軟そうな体の中で骨が鳴る。


「半村は?」


「監禁されてるってよ」


「裁判して、殺す……のか?」


「いや、なんか、よくわからんけど、アツシ情報によると半村だけ裁判ナシらしいわ」


「裁判なしで死刑に?」


「それがまた良くわかんねぇんだわ。半村に関する全部が『タカユキ預かり』案件らしくてよ、アツシだけじゃなく、他の幹部連中も把握してないらしい」


翔吾は眉を見るかのように黒目を上に上げ、思い出しながら他の状況を伝えた。

翔吾の得た情報によると、タバタもイツキも重傷ではあるが無事で、他も酷くて骨折程度。


そして、今回あげた功績によりサトリ・アヤカが師長に昇格し、T.E.O.T内部にアヤカを中心とした急進派が生まれつつあるという不穏な話を最後に翔吾は黒目を憂理に向けた。


「さっさと出発したほうが良さげ。だわ」


「ああ。俺もそう思う」


憂理だって、これ以上のトラブルはごめんだ。

何かあるたびに血を流していたら、そのうち血管内を水だけが行き来する事になりそうだ。せめて、血が乾くまでは大人しくしておこうと思う。


「ツカサは?」


「あー、忘れてた」翔吾はその名から何やら想起したらしく、ポケットに手を突っ込んだ。


「ちょい待てよ?」


憂理にそう告げてからゆうに20秒以上経過してから、ようやく翔吾は何かをポケットから取り出した。ポケットの整理ぐらいはしておくべきだと憂理は思う。


「これ。飲めってよ」


翔吾が憂理の眼前まで突き出したソレは、幾つかの錠剤が梱包されたPTPシート数枚だった。


「なんの薬だ?」


受け取りながら尋ねると、翔吾は少しだけ肩をすくめて答える。

「あー痛み止め? あと腐り止め?」


「腐り止め?」


「膿み止め?」


「あー化膿止めか。ツカサが飲めって? アイツ、そういう知識あるのか」


「アホ、あるわけねぇだろ、あのエロ小坊主によ。頭ん中、エイミの裸しかねぇよ」


「それって……。飲んで大丈夫なのか?」


「ああ、問題ねぇよ? 本からの知識だし、大丈夫だろ。アイツ、なんか応急処置とか、薬とか、必死こいて蔵書室で勉強してるわ」


なるほど。ツカサはツカサなりに努力しているらしい。鎮痛剤と化膿止めだけでも、ないよりはマシだ。

憂理が薬のシートから錠剤を取り出そうとすると、翔吾が近くにあったペットボトルを差し出してくる。


「サンキュ」


「お前はしぶといからトモカクだけどよ。ロクは大丈夫なんかな」


憂理は指先で薬のシートを押しながら聞く。


「ロク……酷いのか?」


「そりゃ、ショボいナイフとはいえ、ザクザクやられてっからな」


「そか。ナオは?」


「ツカサと蔵書室」


「そか」


憂理は会話を交わしながらも、薬のシートと指先で格闘していた。時間がかかりすぎている事に気付いた翔吾が訝しげに眉をひそめた。


「お前、何やってんの?」


「薬が出せない」


「かー。不器用な奴だな。ほら、ペットボトル持ってやる」


翔吾にペットボトルを返したが、それでもシートから薬が取り出せない。


「指先に……力が入らない。感覚がおかしい」


指先に痺れを感じるが、それだけではない。指の付け根、甲、そして手首までがまるで凍ったように感覚が薄い。


「お前。大丈夫か?」


翔吾がより一層訝しそうに眉を寄せるが、大丈夫かどうかなんて憂理にもわからない。


「感覚が……」


「しゃあねぇな、貸せよ」


翔吾は素早く震える憂理の手からシートを奪うと、プツリと難なく薬を取り出し、言う。


「口開けろ」


「あー」


「もっとデカく」


「んあー」


最大限に開いた瞬間、翔吾が指弾の要領で薬を弾いた。

親指から放たれた錠剤はあっさり憂理の口にスリーポイント。化膿止めと合わせて、6ポイントをあっさり決める。


「まだ飲むなよ? つぎ、水。上向け」


「んあー」


間抜けに口を開けた憂理の口にペットボトルからドバドバと水がそそがれ、憂理は半ば溺れそうになりながらも薬と共にそれを嚥下した。


「ちゃんと飲んだか?」


「ああ」


「隠してないか? 口開けろ」


「飲んだよ。ちゃんと」


「次は食後な」


美人の優しい年上女性にならともかく、こんな粗野な看護師に看病されるのはいやだ。逆らったら『全治』期間が上乗せさせられるに違いない。なるべく早く回復しようと憂理は思う。

翔吾はペットボトルに蓋をしながら、患者の問診などをする。


「指が痺れるって、いつからよ」


「わからん。今気付いたもん」


「他に痺れるとこはよ?」


「足の指先も変な感じ。全身ダルい感じも……。先生、おれ、もうダメっすか?」


「死にます」


こうもアッサリ余命宣告されたのでは、動揺する暇もない。ツカサによるセカンドオピニオンを受けようと思う。


――血が足りないのかも知れない。


憂理自身の見立てでは、そうなる。

これは貧血に起因するモノに違いない。だとすると、血を補給せねばならない。

だが、血はどうやったら増やせるのか?


憂理は短絡的に輸血などを連想するが、この施設に血液のストックなどあるのだろうか、と訝しく思う。あったとしても、『本を参考にしながら』の注射だの点滴だのは避けたい。

そうやってぼんやりと血液の事を考えていた憂理に対し、翔吾はベッドを指差して、アゴで指示する。


「とりあえず寝とけ。どのみちロクが復活しねぇと動けねぇしな」


憂理が素直に指示に従い、フラフラとベッドへ戻ると、粗野な看護師はため息を一つついて、肩をすくめた。


「大区画が汚水プール状態で食料もまだ準備できてねぇし……。お前らがダウンしてる間になんとかしなきゃ、だわ」


「まだ地下の水は引いてないのか」


「ジャブジャブよ。T.E.O.T連中もひと段落ついたら排水と必要品回収に本格的に動き始めると思うけどな。アイツらの手に渡る前に、俺らの分を確保しとかねーと、また『妙なモノ』を混入されるかも、だしな」


「頼むよ。あと腹が減った」


「うるせぇな。わかってんよ。後でなんか持って来てやる。T.E.O.T経由じゃない食いモンをよ」


「肉系がいい。ちゃんと温めたやつ。ソーセージか、もっと肉々しいやつ」


「まったくよ……」


「あと、ベッドのシーツも換えてくれ」


「わかったよ。後でやらせる」


「包帯も換えてくれ」


「ツカサに言っとく」


なんだか、翔吾が少しばかり優しく感じるのはケガのおかげだろうか。だとしたら傷病兵扱いも悪くないなと憂理は思う。

この際、めいっぱい楽をしてやろう。なにしろ『療養』が最優先なのだから。


だいいち、今までが過酷すぎたのだ。少しは休息があってもいい。


翔吾やツカサには見えやしないだろうし、見せる気もないが、『外』だけじゃなく『ウチ』だって傷だらけなのだから。




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