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ぼくらのアトモスフィア  作者: わた雨
Ⅰ章 Shangri-La
4/6

出雲シズルの場合〜決意孤立〜

 古びた木造りの校舎の、長い廊下をシズルは歩いていた。

 窓が多くて風通しが良く、髪の隙間いっぱいに空気が通る。湿度の高くなる季節だが、今現在は爽やかな天気でとても心地がいい。そもそも、この島は高温多湿な日本本土よりかなり離れており気候が異なるのだ。四季はあれどそこまで大きな気温の変化はないし、雨量の変動も少ない。ハワイ島のようなとは流石に言えないが、リゾート地にはもってこいの島だ。ただ、文化は全く発展していないのが残念。ただの田舎島だ。

 ……いや、違うか、とシズルは思った。

 ここは楽園だ。地球上で最後のシャングリラ……。

 シズルは既にすべてを知っている。そして、実際にその目で見てきている。

 日本という国は、とうの昔に地図の上から消滅しているということを。

 日本だけではなく、各大陸の名だたる国々も、その姿を完全に失っているということを。

 そして……『奴ら』が、この地球という星の環境に、適応し終えたということを。

 ハワイ、リゾート地など、最早存在しないということを。

 あらゆる『島』が、避難場所としての役割を失ったということを。

 人類にはもう逃げ場など無いということを……。

 そして、遂にこの蒼空島も……。

「……」

 シズルは険しい顔つきで、一室の戸の前に足を止めた。戸の上に直角に掛けられている札には、生徒会室と達筆な筆で書かれている。

 迷いなく、戸を開く。

「おわあああ!」

 驚く声が上がった。もちろん、常に冷静なシズルはそんな情けない声は出さない。

 シズルは部屋を見渡した。冊子で埋まった棚と、用途の分からない物が詰め込まれたダンボール箱、二つくっつけて並べた長机に、無駄に多いパイプ椅子と、物という物がごった返したその部屋には、見知った顔が三つ、見知らぬ顔が一つこちらを向いていた。皆、椅子に座って長机を囲んでいる。

「の……ノックくらいしろよな!!」

 その中の一人が、焦りの表情で言葉を発した。鋭い目つきに前髪と襟足の長い髪型が特徴の細身の少年で、名は大鳥ケンヤだ。

「……帰って来てたのか、シズル」

 その隣で、長机に頬杖をついたまま、驚いた顔でこちらを見つめている少女が続けて呟いた。色白で端正な顔立ちとつり目が印象的だ。髪型はウェーブのかかったショートヘアで、前髪は右分け。ボーイッシュな雰囲気が強い容姿に仕上がっている。名は東間カエデという。

「何をしている」

 シズルは四人を冷淡な声色で問い(ただ)す。まぁ、それは長机の上に広げられた『それ』を見れば一目瞭然なのだが、敢えて言わせる。

「ま、麻雀だよ……! 悪いか!?」

「悪いな。学校にテーブルゲームの類を持ち込むことは禁じられている。即没収だ」

 ケンヤの返答に対して、容赦のない言葉でシズルは畳み掛ける。ケンヤはたじろいたが、勢いのない大声で反論する。

「お、お前がいくら生徒会長だからって、そんな権限ねぇだろうが!」

「そうだな。ただ、俺はこれから職員室へ向かう。その権限を持った人物をここへ呼ぶのは簡単だ」

 ぐうう、と奥歯を噛み締めて唸るケンヤ。

「まぁ、お前らが今すぐにそれを持って帰宅するならば、俺の教師への告げ口は無駄になるわけだが……どうする?」

「止めようぜ、ケンヤ。シズルに討論で勝てる訳ない。無駄なことはよしてとっとと退散しよう」

 ケンヤの向かいに座る立派な図体の少年が、ケンヤをなだめた。凛々しい顔つきでどっしりと構えたソフトモヒカンのその少年は、なれた手つきで麻雀セットを片していく。名は大楯レンジ。

「オレは負けず嫌いなんだよ。分かってるだろ?」

「なら負ける前に退散だ。先生呼ばれてペナルティを課せられるのが、負けだからな」

 レンジが片し終えた麻雀セットを掲げながら、言う。本当に手早くて、思わずシズルは「ほう……」と声を出して感心してしまった。

「そんなに怒られたいなら一人でやってな。アタシはペナルティなんかゴメンだね」

 カエデは席を立って、シズルの横をすり抜けて部屋を後にした。続いてレンジも立ち去り、ケンヤは戸惑いつつも、舌打ちをしながら去っていった。廊下を猛ダッシュする音が聞こえて、シズルは小さくため息を吐いた。そして、

「で、君は?」

 残りの見知らぬ一人に、声を掛ける。

 少女だったが、カエデたちより幾分か幼い。後輩なのだろう。ぺこりと深くお辞儀をしてきた。

「お初にお目にかかります……。生徒会長の出雲シズル先輩ですね……。私は篠宮(しのみや)カンナと申します……。新生徒会員として、できる限りの努力は致しますので、どうかよろしくお願い致します……」

 ……まるでひそひそ話のような、細い息と共に発せられる声は、彼女の存在感を薄めてしまうほどだった。華奢で背は低く、影が薄そうな目立たない雰囲気を醸し出していた。ふんわりとしたショートボブの髪はやや紫がかっていて、左目が隠れている。授業の際、前髪が邪魔にならないように上げるためか、桃色のリボンカチューシャをしていた。

「裏で工作をするのは血筋家柄で得意ですので、遠慮なく使ってください……」

「……よく分からんが、俺が留守の間に入ったのか。まぁ、あんな模範にならない三年生ばかりだが、よろしく頼む」

 シズルからも挨拶を済ませると、カンナはもじもじと上目遣いでシズルを見つめてきた。

「お咎めは……無しですか……?」

 そういえば、カンナも麻雀に参加していた。律儀で素直な良い後輩だ。

「お咎め? そんなもの」

「ケジメです」

 少し語気が強くなった。強情でもあるらしい。

「そうか。なら……」

 シズルは少し間を置いて、不意にカンナにチョップを食らわした。まぁ、女子相手なので非常に軽めだが。

「これで勘弁してやる。よし、帰れ」

「御意。お先に失礼致します……」

 ぺこりとお辞儀をして、カンナは部屋を後にした。

 生徒会室は、生徒会長だけを残して、物だけが溢れる閑散とした場所になった。

「さて」

 シズルはここに来た本文を果たすことにした。部屋の隅のガラス戸の棚の側まで歩み寄ると、ガラス戸の下の引き出しを開く。するとそこには、見分けのつかない大量の鍵がしまい込まれていた。しかし、シズルには分かる。どの鍵がどこの鍵なのかが。『木を隠すなら森の中』とか言うあの手法だ。

 複数の鍵を迷うことなく選び取り、引き出しを閉める。

「……職員室に向かうとするか」

 おもむろに呟いた後、少し時間をかけすぎたか、とシズルは思った。

 そして、あんな醜い形でもケンヤたちとまだ関わっていたいという、己の女々しさに、暗い苦笑いを浮かべてしまうのだった。

 それはまだ、彼らの中に自分の居場所はきっとあると、心のどこかで信じているからかもしれない。

 しかし、そんな甘さはいい加減捨てなければならない。

 これからは、非情なる指揮者として、彼らを操ることになるのだ。

 シズルは、笑みを殺し、右手の中の鍵を強く握り締める。瞳には、冷徹な氷を携えて。

 部屋を後にした。


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