Contact〜War in a certain South Pole〜
―――A number of more years or before―――
大気を震わすほどの爆音がしきりに鳴り響く。
ここは地球の最南端。南緯九〇度地点の南極点を中心とする大陸およびその周辺の島嶼・海域などを含む地域、南極。
地球上で最も寒冷な地域のひとつであり、一面が純白の氷床に覆われている。周囲の海には、陸地から連結している棚氷や、洋上に浮かんでいる氷山などもあった。
今、そんな純白の世界の中に、普段は在るはずのない異物と異質が、数え切れぬほど蠢いていた。
機械と生物。
洋上にはいくつもの戦艦が陣形を成して並び、空中には数え切れないほどの戦闘機が飛び交い、陸地に向かって砲火の雨を降らせている。戦艦の中には勿論、生物がせわしなく働いていた。人間―――軍人だ。
そして、数々の大国からかき集められた戦艦、軍人たちは、とある目標の殲滅の為にこの地を訪れている。
―――『それ』は、南極の陸地に群れる、人間とは異なる別の生物。いや、地球上の全ての生物とは異なる異質の存在だった。
「撃て! 撃ち続けろ! 奴らを陸地から一匹たりとも出すな!」
先頭に立つ戦艦の指揮官が、声を張り上げて攻撃を煽り立てている。部下たちは険しい顔つきで次々と戦艦に搭載されている武装を操作する。
艦の前方は、艦隊による一斉砲火で爆炎に包まれており、何も状況が掴めない。やみくもに響く爆音だけが、唯一得られる情報だった。
それは彼らは劣勢を強いられ、半ば自暴自棄になっている証拠である。
唐突に、指揮官から見て右側に座っていたオペレーターが声を上げた。
「せ、戦闘機隊、次々とロストしていきます! このままではっ!」
その戦況の報告の直後、隣の戦艦が爆発し、黒煙を昇らせながら艦体が真っ二つになった。それを目撃している乗員たちの顔がみるみる青ざめていく。指揮官は立ち上がり、口を開いて唖然としている。
すると不意に、乗員たちが叫び声を上げた。
指揮官はその声にハッと我を取り戻し、艦の前方へ目を向けた。
そこには―――巨大な体躯をした『それ』が、こちらを向いて浮遊していた。
『それ』は成人男性のような姿態をしており、全身の色は主に白で部分的に桜色が見られた。羽衣のような物を纏っており、上半身には腹筋のような模様が見られる。頭部は、髪は生えておらず、それどころか顔がない。丸い突起物に横線が一本、中央に入っているだけだった。背中からは大小二枚ずつの翼を生やしており、浮かんでいるのに羽ばたいていない。腰の後ろからは、先の尖った無数の触手が垂れていた。
まるでその姿は――――――。
「て……天使……?」
指揮官が辛うじて声になっている声で呟いた。
刹那、『それ』の頭部に刻まれた横線が開き―――禍々しい大きな瞳が晒された。
「あ、悪魔……っ!!」
狼狽える指揮官。乗員たちは震えて動けなくなっていた。
もうここで、彼らの末路は確定した。
「う……撃てっ! 早く奴を撃ち落とせ! 主砲でもミサイルでもなんでもいいっ! 早く撃てぇぇぇえぇ!!」
叫ぶ。嘆く。喚く。しかし、指示などもう通らない。皆、絶望して目に光がない。
すると不意に爆撃音が響き、『それ』は爆炎と爆煙に包まれた。衝撃で戦艦も大きく振動する。
「うおおおっ! え、援護かっ!?」
更に複数のミサイルが、次々と『それ』に命中した。それを見た乗員たちは少しずつ歓声を上げ始めた。
微量ながら気力を取り戻した乗員たちは、その援護と共に自らの艦の砲火を『それ』に向かって放った。
重なり増す爆炎と爆煙。それは、敵がただの戦艦だった場合、跡形も残らないほどの攻撃だったであろう。
「や、やったか!?」
しかし、この援護と攻撃は乗員たちを更に絶望させる結果に終わる。
もう十分だろうと、攻撃の手が止んだそのとき、
「――――――――――――」
その声と共に『それ』のいた場所の爆煙が一瞬で吹き飛んだ。乗員たちがどよめく。
「な……む、無傷……だと……!?」
『それ』は、攻撃を受ける前の佇まいから全く動くことなく、翼を一度羽ばたかせただけだった。
「こ、こんな……こんなのが……あんな大群で……?」
『それ』は、全く動かずにその場で、瞳からどす黒い光を発した。
「人類は……地球は……もう……終わりだ……」
『それ』は、もう動くことはなかった。動く必要がなかった。
―――戦艦は文字通り、跡形もなく『消えて』しまった。
数時間が経ち、他の艦隊も『それ』らの襲撃を受け、洋上にはもう機械と人間の姿はなく、陸地と空中には『それ』らだけが残った。
爆撃による煙は地域特有の強風で流されて消え、南極大陸の空はすっかり澄み渡っていた。
そして、大陸の中央には、その空に突き刺さるようにひとつの柱がそびえ立っていた。
後に『大敗戦』と呼ばれるこの戦いとその後で、人類が得た情報は―――
その柱は、地球のものではないということ。
『それ』らは地球の生物ではないということ。
『それ』らは確かな意思を持って、人類を攻撃しているということ。
『それ』らには既存の人類の兵器は一切通用しないということ。
人類は、滅びの時を迎えたということ。
―――これだけだった。
しかし、真実は違った。
『それ』らは人類を殲滅しようとしているのではない。攻撃など以ての外だ。
なぜなら、彼らは呼びかけているから。
「――――――――――――」
と、明確に声を発して。
その言葉を、実践しているだけに過ぎないからだ。
が、それが人類にとっては大誤算だった。
人類は己の愚かさによって、己自身を滅ぼす道に進んでしまった。
それだけのことだった。
その真実を人類が知ったのは、ずっと先、しかもごく一部の人間だけだった。
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