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君はカワイイ僕の娘

作者: 岡野佐夜

茨木桂は見慣れぬ土地で一人、地図を片手に辺りを見回した。

様々な科学が発展した、この時代にしては緑が溢れ、とても喜ばしい場所だ。

現代社会は料理や掃除、洗濯や買い物など全てが機械で出来る時代。そんな時代に生まれた若者たちは今度は機械には出来ない技術を求めた。

そのために必要な知識を学ぶ為、若者たちは一つの箱庭へと足を運んだ。

それがここ、裏家業専門養成学校。

人を生かすものから殺すものなど、様々な才を持った若者が集うその学園は、外からは決して踏み入る事の出来ない、不思議な箱庭として知れ渡っていた。

そして桂がこんな場所をうろつく羽目になったのはこの学園の広さのせいだ。

見渡す限りの森。もう三時間程歩いているのに人一人見当たらない。

桂は幼い頃から人形師になるのが夢だった。どんなに同じ様に造っても、その者の心次第で幾色もの表情を生み出せる人形。そんな人形も今では機械によってガラクタ同然に作られている。桂にはそれが許せなかったのだ。

桂の父親は有名な人形師だ。繊細に丁寧に造られた父の人形は、今にも動き出しそうに人々の心に語りかける。そんな人形師になる、ずっとそう思ってきた。

それなのに後期入学となってしまった理由は桂の母親にある。

母親は桂が人形師になる事を快く思ってはいない。

人形師だった父が死んでから、母は人形を恐れている様だった。

仲睦ましい夫婦だった両親。父親の死因は過労だった。だから、母親は桂が父親と同じ道を歩むのではと心配する、母親の気持ちは分らなくもないが、それと桂が人形師になるという話は別物だった。

桂は二年半という長い時間を使ってやっとの思いで母親を説得した。

「一体ここはどこなんだよ」

とうとう桂は音をあげた。それもそのはず、桂がこの学園の敷地に足を踏み入れたのは三時間も前で、しかも両手には人形を造るために必要な道具類が入ったバックを持っているのだ。それにいい加減人気の無い森の中を歩くのは精神的にも辛いものがある。

静かだった風が、木々を揺らすように、ざわめき出す。不意に何処からか、視線を感じた。

『こっちだよ〜』

その声にそっと後ろを振り返る。

振り返った先には誰の姿も無い。さっきと同じように木々が生い茂り風に靡いているだけだ。空耳かと桂は再び地図に目を向けた。

そうはいっても、現在地さえも分らない今となっては、地図など、気休めにもならない。

『桂〜、こっちこっち〜』

桂は自分の耳を疑った。再びさっきの“声”が聴こえたのだ。脳に直接響く少女の様なソプラノが、確かに自分を呼んでいる。

「誰?」

桂の疑問など届いていないかの様に、その“声”は桂を急かす。

『はやくしないと〜遅れちゃうよ〜?』

その言葉に、桂は時間がない事を思い出し、少しずつ離れていく“声”を、慌てて追いかけた。


 結局、桂はその“声”に導かれるように、学校にたどり着いた。

それから連れられたのは、沢山の講師たちの待つ職員室の様な部屋。

桂が室内に入ると、一人の男が立ち上がった。

「俺がお前のクラスの担任と人形師の講師をやっている、西野だ」

「茨木桂です。よろしくお願いします」

二人は互いに頭を下げた。その後、西野は桂を教室へと案内してくれた。

クラス中の視線が集まる中で、桂は無事に自己紹介を終え、自分に宛がわれた席に腰を落ち着けてため息を漏らした。

落ち着いた事で、さっき聴こえた“声”について西野に、聞いてみた。あの“声”は必ず迷う転校生対策に三代前の校長が手懐けた霊の声だと、教えてくれた。

詳しくは西野自身も、知らないのだが、守護霊の一種だとか。

それに助けてもらっておいて言う言葉ではないのかもしれないが、怖いからもっと普通に案内して欲しいモノだ。

案内だけではない。この学校は、桂の予想していたものと随分違っていた。こんな時代に自分の才能を伸ばそうとする人なら、みんな一生懸命で真っ直ぐだと思っていたのに、目の前に広がる光景といったら…部屋のあちこちに霊が浮遊し、それを祓おうとする陰陽師たち。ヤンキーと呼ばれるような人達と山田組という法被の様なモノを着たヤクザの様な者までが、喧嘩までしている。

ついでに、桂が珍しいのか、男達はすぐ隣りであれやこれやと世話を焼いてくる。

「ほっといてくれていいのに…」

「茨木君!これはどうだい?最高級のワインだよ!」

男はにこやかに、桂にお酒を勧めてきた。ここにいるのは桂の様な義務教育を終えたばかりの生徒だけではない。二十歳を超えた人だって沢山いるのだ。ただあまりに年をとっていれば、機械化の時代に胡坐をかいている者の方が圧倒的に多いのだが。

「僕は未成年です」

いい加減あしらうのも鬱陶しくなって来た頃、どこからか、目の前の男の噂が聞こえてきた。

「……将来ホストになるんですって…」

桂を軽く頭を抱えた。

「ホストって…そんなの学校に来る必要ないんじゃないんじゃないの?」

そう言って教室を後にする。訳のわからない男の存在に苛立ちを覚えながらも向かう先は技術系の講師である、西野のいる特別教室だ。自分一人の力で人形を造るのは、本当に初めてで、桂の心は浮き足立っていた。

技術系の教室は割りと桂のクラスの近くにある。基本的に荷物の多い者たちの集まる場所だという、理事長の配慮らしい。

それは桂にとってとてもありがたい事だった。

何しろ、人形師というのは、荷物が多く、基本的に重い物ばかりだ。

桂は、自分の荷物の中から、人形を造る為の道具を取り出して、机に広げた。桂がまだ小さい頃から父の隣りにずっとあったこの道具達は父の遺言によって桂に受け継がれた。丁寧に扱われてきた道具は何十年と使い込まれてきた物にはとても見えない。父親の、人形に対する想いを現しているかの様に綺麗だ。

桂はゆっくりと道具を取り出し、人形を造り始めた。両腕で抱けるくらいのサイズの人形。今は亡き父から引き継いだ方法で、桂は人形を作成していく。

何度も何度も隣りで父が人形を造る様を、桂は見てきた。人形に関わっている時の父はとても優しい顔で笑うのだ。人形師になるに当たってどんなに辛い事も、きっとあの笑顔を思い出せば乗り越えられる。そう思えるのだ。

体を丁寧に彫刻し、接続する。間接がしっかりするように、チェックをいれながら球体を取り付ける。そして大きな碧の格子の瞳を嵌め込む。その人形の、腰にまで流れる髪は、先程の森から見えた空をイメージした藍。

桂は、ゆっくりと緊張の糸を切った。

「出来た……」

桂は時計に目をやった。人形を造り始めてから早五時間。

何度も失敗した。昔父親に怒られたように、西野にもなんども駄目出しをされた。それでも桂は人形を造ることを止めなかった。

桂は、手にしていた出来たばかりの人形をそっと机の上に置いた。その時横から伸びてきた手によって人形は桂の視界から消えた。桂は人形を取り戻そうと慌てる。

人形は小さな少女によって大切ように抱えられていた。

「この人形…素敵ね。造った人の愛情が籠もってる…でも、この人形には魂が無いわ」

桂は愛しそうに人形を見つめる少女に、一瞬だけ目を奪われた。桂の視線に気が付いたのか、少女は慌てたように桂に向き直った。

「あ、急にごめんなさいね。私は人形使いなの。…今まで沢山の人形師に依頼して人形を造って貰ったけれど、こんなに美しい人形は初めて見たわ」

少女はそれだけをいうと人形を桂の手に戻して微笑んだ。

名前も名乗らずに少女は去っていった。桂は少女の言葉を思い出し、微笑んだ。

桂も講師に一言お礼を言ってから自分のクラスへと戻った。

この後、とんでもない事が起こるとは、知る由も無く。

人形を教室の机に置いたまま、トイレへ行った。少しぐらいなら大丈夫だろう、とたかをくくっていたのが仇になった。

トイレから戻ると、机の上においてあったはずの人形がいない。桂は必死に人形を探し始めた。

あれは初めて桂が、誰の手も借りずに造った、初めての人形だった。父には叶わずとも、愛着がある。

だが暫くして目を大きく見開く。

造ったばかりの人形が桂の目の前をその足で歩いた。桂は何が起こっているのか分からず、ただ呆然と立ち尽くした。

「な、なんだこりゃ!」

桂の悲鳴に答えるように人形が近づいてきた。

『はじめまして。媒介を与えてくれて、ありがとう』

桂はじっとその人形を見つめる。

「…媒介?」

人形も桂をじっと見たまま、微笑んでいる。すると、後ろから聞き覚えのある声がした。

桂は振り返ってその声に主を見た。そこに立っていたのは、先ほど桂の人形を褒めてくれた少女がいた。

「桂さん…あの、私の妹は霊媒師なんですけど………どうしてもそのお人形が欲しくて、妹に頼んで…」

そこで少しだけ、少女は言いよどむ。嫌な予感がしてその続きを促す。

「たっ、頼んで?」

どうしてこんなに冷や汗が出るのか、桂はじっと少女の言葉を待った。

「浮幽霊、入れちゃいました」

「なにぃぃぃぃぃぃぃ」

桂はそう言ってうな垂れた。

……確かに人形に魂は無いさ!でもな、僕の人形には、父さんには叶わなくても、精一杯の愛情が籠もってるんだ。なのに、それなのに…。

「浮幽霊を入れただぁ!どうすんだよっ。僕が始めて一人で造ったモノだったのに…っ!」

桂は半泣きになりながらも、人形を手なずけた少女を睨む。桂の気持ちを知ってか知らずか、人形は少女をマスター、マスターと言ってついて回っている。

「だいたいどうしてあんたがマスターなわけ?人形造ったのは僕なのに」

僕の言葉に、少女は反論してきた。

「そんなに怒らなくてもいいではないですか。この子が私をマスターと呼んだ。それだけでいいではないですか」

その日から、至る所で見える新米人形師と、人形遣いの追いかけっこがこの、閉ざされた箱庭の名物となった。


こんなオチでスミマセンなんですが、どうか、感想をいただけると幸いです!!

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