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第2話 衝撃の爆弾宣言



「狐さんが、狐さんがやってきちゃうよぉっ!!」


一番小さな少女――美里がムンクの叫びの顔のまま、あとの2人の周りをくるくると走り回る。


「さっき喚んだんじゃから、もうきとるわ!」


背の高い少女――翠は警戒するように周りを窺うが、ムンクの叫びの顔のままで、何故か両手はキツネのポーズ。


「早く帰ってもらわないと、呪われてしまうわ!!」


2人の中間の背の少女――千秋はよよよ、と泣き崩れた……ムンクの叫びの顔のまま。

警戒してた周りもつられたようにポカンと口を開けるが、必死な彼女たちは気付かない。


「千秋さんっ!やり直しはきくのんか?!」

「分からないわよっ!とりあえず、やってみないと!!」

「ほぅか!早く紙に魔法陣と文字盤を……あぁ、紙っ!!」


翠がハッとしたように辺りを見渡した。

が、当然天井には豪奢なシャンデリア、床は大理石と赤いカーペットのこの謁見の間に紙が無造作に置かれているわけがない。

あまりの必死さに思わず紙を一緒に探しそうになった者は数名いるが。


「この際よ!!この紙でいいわ!!」


千秋が胸元のポケットから小さな手帳を取り出した。

そのまま二枚ほど無造作に引きちぎる。

それは生徒手帳というもので、そう簡単に引きちぎれるものではなかったが、他の者たちには分かるはずもなかった。


「あたしも、あたしも何かするっ!!」


引きちぎられた紙に他の2人が真剣な顔で向かおうとする中、美里がぴょんぴょんと跳ねた。

2つに結われた三つ編みもぴょんぴょんと揺れる。


「美里さんはさっきと同じ……あぁ!!」


ハタ、と3人同時に顔を上げた。


「「「10円玉!!」」」


勿論、こんなところにそんなもの、あるはずもなく。

制服の胸ポケットやスカートのポケットを探してみるが、そこにあるならそもそもそれを使っていたわけで。



――『彼』はその3人の少女を壇上から面白そうに眺めていた。

彼女たちは果たして現状を把握しているのか。

いや、ついさっき、1人の少女と視線を交わしたのだから少なくともアレは気付いているはずだ。

召喚されたときの呆然とした様子からも何らかの異常事態は感じているようなのに、今アレらはお互いしか見えていない。

そして、最初こそ『彼』の意思を窺おうとしていた部下たちも今や彼女らに釘付けだ。

この誰もが『彼』を意識せざるを得ない空間で、彼女たちは自分たちの空気を作ってしまっている。


――なんて、なんて面白い。


だから少女らが『10円玉』を探して駆け出しそうになったとき、彼は小さく右手をあげた。

呼び止めるためではない。

その力の片鱗で、彼女たちの動きを止めようとしただけだ。

しかし――


「じゅうたんの裏に案外落ちているもんじゃ!!」

「分かったわ!片っ端からめくるわよ!!」


確かに力を向けたはずなのに、彼女らは全く気付いた様子もなく赤い絨毯をめくり始めた。

『彼』は眉を上げ、少女たちを止めようと動き出した部下たちに右手を向け力を発する。


「へ、へへへ陛下?!」


部下たちの足は縫いつけられたかのようにピクリとも動かなくなった。

どうやら、力がなくなったわけではないらしい。

『彼』は不思議そうに己の右手を見つめた。

と、視線を感じてその先を辿る。そこには大騒ぎしながら絨毯をめくり続ける少女2人をよそにじっと己を見つめる少女が1人。

彼女には効いたのかと思って目を細めると、何故か少女は瞳を輝かせて駆け寄ってきた。

まだ捲られていない赤い絨毯の上を走り、玉座の階段を駆け上る。通常だったら、そんな無礼者を排除すべく部下たちが動くのだが、主に身体の動きを封じられていてどうすることもできない。部下たちに守られないといけないような弱い『彼』ではなかったが、だからこそ警戒せずに小さな少女を迎えてみると。


「ひょっ?!」


見事にこけた。

『彼』の、膝の上に。


「「「「「!!!!!?」」」」」


動きを封じられてしまった部下たちが一様に息を呑む。

そして『彼』は自分の膝にきた小さな衝撃と温かい感触に、らしくもなく次の行動をとれずにいた。


「いたたたっ。ご、ごめんなさい……」

「……構わん」


人間が己に触れて不快でない……「温かい」と感じるなど初めてであった。


「また何もないところで転んどるか、おぬしは」

「何もなくないもん!!」

「あら、段差に躓いたようには見えなかったけど?」


『彼』がほんの少し意識をそらしているうちに、後の2人の娘も壇上に上がってきていた。

手を伸ばせば届く距離で『彼』に気おされた様子もなく言い合いを始める。

こんな人間、初めてだ。


「絨毯の毛につまずきました!!」

「「そんなわけあるか!」」


確かに絨毯はふかふかしているが、長毛ではなく短毛である。

上質の毛のぴっしり敷き詰められた絨毯で躓く者など、そうおるまい。

そんな珍しい人間は両側から愛ある張り手をいただいてもう一度転びそうになっていた。思わず……完全に無意識だった……手を伸ばして支えてやる。すると、少女は嬉しそうに笑い、たれ目がちの大きな瞳で『彼』を真っ直ぐに見上げてきた。


「おじさんっ、10円玉持ってない?」


動きを止められた部下たちの気がまた騒がしくなる。が。


「ジュウエンダマ?」


『彼』はまず初めて聞く音に興味を抱いた。


「もう!持ってるの?持ってないの?はっきりしなさいよ!!」

「ジュウエンダマとはなんだ?」

「10円玉も知らんのか?!お主、馬鹿じゃのぅ」


凄い剣幕で迫られ、心の底からあきれ返られる。

こんな体験、初めてだ。


「ジュウエンダマが、お前たちの『欲するもの』か?」

「勿論、そうに決まっているわ!」


『彼』の瞳は感情を乗せて怪しく禍々しく赤い色味を増していく。


「何故、それを欲する?」

「あのね、それがないとね、オキツネ様に呪われちゃうの!!」


いつの間にか『彼』の膝に身を乗り出すようにして幼い少女が必死に訴えている。


「キツネ?狐ごとき、余の敵ではない。」

「ただの狐じゃないんじゃぞ?!オバケじゃ!悪霊じゃ~!!」

「死霊のことか?それは我が配下だ。気に病む必要はない。」


派手な顔立ちに似合わない話し方をする少女に視線を向ける。

初め、『彼』に警戒を向けていたただ1人。それなのに、今はどれだけ気を探っても警戒のけの字も見当たらない。


「死霊が配下?!趣味悪っ!!」

「……。」


警戒どころか心の底からそう叫ばれて『彼』はなんだか面白くない気分になった。

だが、それさえも新鮮だ。


「お前たちが『欲するもの』は『ジュウエンダマ』か?それとも狐の死霊から身を守る手段か?」

「「「どっちも!!」」」


身を守れたって、再び『こっくりさん』で帰っていただかないと儀式は終わらない。

身を守りつつも『こっくりさん』を完成させられたなら1番だ。

だが、そんなことは知らない『彼』には『欲するもの』は2つだと堂々と言える彼女たちが目新しく。


「『ジュウエンダマ』とやらはこの世界にはない」


その言葉にきょとんと目を丸める者、訝しげに眉を寄せる者。

やはり、娘たちはこの状況をイマイチ把握しきれていないようだ。

普通の人間たちには刺激の強すぎるこの場において。


「だが、身を守る手段なら余が与えても良いぞ」


普通の者なら最強の後ろ盾となり得るその言葉にも、彼女たちは首を傾げるだけ。

それどころか、キレのいい裏拳を見せた娘は苛立たしげに『彼』を睨み上げた。


「偉そうにっ!あなた、何様なわけ?」


彼女たちは召喚されたばかりで未だ状況を知らない。


「余はこの世界ただ1人の『王』だ」

「おじさん、王様なの?」


状況を、『彼』が誰かを知った時、娘たちはどう変わるのか。

それを、『彼』は知りたい。


「あぁ。――『魔王』と呼ばれることが多いがな」

「「「魔王?!」」」


まず、彼女たちは驚いたようだった。

顔を見合わせ、黒い瞳を見交わして困惑げに騒ぎ出す。


「魔王って、あれ?世界征服を企んでいる……」

「世界征服はもう終わった。」

「「「えええええええ?!」」」


次にやっぱり、飛び上がらんばかりに……むしろ飛び上がって驚いた。

辺りを見渡し、ようやく自分たちに起こった異変に気がつき始めたようだった。


「た、たいへんっ!魔王様で世界征服済み……ってことは、此処って」

「異世か……」

「二次元ね?!」


3人ぴったりの反応に、1つ誤差が現れた。


「ち、千秋さん?二次元つーか、いせ……」

「『こっくりさん』のときに私があまりにもミカゲくんのことを思っていたから、オキツネ様が願いを叶えてくれたのね!」


ポケットから定期入れを取り出し、それを恍惚と眺める少女。

定期入れというか、そこの中のカードを、なのだが異界の者には分かるはずがない。


「『こっくりさん』てそんな儀式だったっけ?翠ちゃん」

「ただ質問に答えてくれるだけじゃったぞ、美里さん」


呆れたように交わされる2人の会話にも、当然少女が気付くはずもない。


「あぁ、2人ともごめんなさい!私の願いに引きずり込んでしまって。でも、大丈夫!カゲツとかカイオウとかセイトとか有望株は他にもいるし、そこは好きにしていいから!!勿論、ミカゲくんは駄目よ?!私だけの王子様なんだから!!」


むしろ今、彼女は彼女だけの世界にいて、他のことなどアウトオブ眼中以上である。


「ねーねー、ここってちーちゃんが好きなアニメの中だと思う?」

「……世界征服済みの魔王様、なんて設定なかったと思うんじゃが」

「あぁ、こうしちゃいられないわ!早く、悪の集団だばだばー聖星団に囚われているミカゲくんを探しにいかなくちゃ!!」


1人を置いて真面目に状況把握に勤しむ2人だったが……


「だばだばだ♪だばだばだ♪」

「「だーば♪だーばー♪」」

「ハッ!!だめだよ、翠ちゃん!敵の登場曲は覚えてるけど、あとの設定は覚えてないよ!」

「案ずるな、美里さん!わしもじゃ!!」


どうやっても真面目に見えないのは何故だろう。

いたって真剣ではあるのだが。


「待っててね、ミカゲくん!今助けに行くわ!」

「まてーぃ。この状況下で離れるな、ばかもん」


首根っこを掴んで、引き止める。が、何を隠そうこの暴走――妄走中もうそうちゅうの少女は怪力だ。首を掴まれ、胴に抱きつかれ……2人がかりで引き止めても全く止められる様子はない。


「やめて!止めないで!!これは私の氏名なの!!」

「「それを言うなら使命だよ(じゃ)!!」」


やっぱりどうやっても真面目には見えないのだが、2対1の攻防戦が今まさに始まろうとしていた、が。


「娘らよ」


頭上から降ってきたその声にハッとしたように2人の娘が『彼』――魔王様を振り返った。

その拍子に手が離れ、バランスを失った妄走中の少女がつんのめってこけるが、2人は気にしない。

背の高い少女が「忘れてた」と小さく呟き、背の低い少女は目を丸めて駆け寄ってくる。

今度は転びはしなかったが、再びぬくもりが魔王様の膝にやってきた。


「あのねあのね、魔王様。あたしは美里っていいます。よろしく~」

「わしは翠じゃ。じじぃと呼んでくれて構わん。で、このオタクは……」

「いったぁ~。ちょっとぉ、2人とも!あとで覚えてなさいよ!あ、魔王様。千秋です、よろしくお願いします」


美里は視線を合わせようと魔王様の膝の上に乗り出し、翠は胸を張って仰々しそうに、千秋はついでのようにお淑やかさを装って名乗る。

『魔王様』はただの名前であるかのように、全く態度が変わることはない。


「娘らよ」

「魔王様、名前で呼んでほしいの」


どころか、魔王様の言葉を途中で遮るのだ。


「そうじゃ。なんのために名前を教えたと思ってるんじゃ」

「私たちは貴方の娘ではないもの。ねぇ?」


妄走モードの収まった千秋の言葉に他の2人もうんうん、と首を縦にふる。

魔王様は今、愉快でならなかった。


「そうか。では、美里、翠、千秋よ。余が恐ろしくはないのか?」

「「「なんで?」」」


3対の黒い瞳が真っ直ぐに魔王様を見上げた。

恐れなど、全く含まれていない瞳。


「余が『王』であるのは名だけではないぞ?力でもって世界を征服した。人間はおろか獣も竜も精霊も他どんな種族であっても余に叶う者はいない。人間の国を指1つで潰したこともある余を恐ろしくない、と?」


赤い瞳に力を入れ、彼女たちを見下ろす。

瞳は、力だ。力の強い者は瞳だけで相手を殺すこともできるという。力の弱い者は相手の瞳に警報を読み取ってそれなりの反応を示すというものだ。魔王様の血の如き赤い瞳なら尚更。

だが彼女たちはいい意味で魔王様の予想を打ち破ってくれる。


「竜がおるのんか?会ってみたいのぅ」


1番視線の近い背の高い少女、翠は嬉しそうに頬を綻ばせて言う。

彼は知らない。彼女もまた、何かに興味を示して喜ぶことは少ないのだ、と。


「本当に違う世界なのね!ミカゲくんを探すついでに観光するのもいいかも」


まるで魔王様自身のことなんてどうでもいいかのように千秋は言う。

彼は知らない。彼女の好きなアニメに魔王様は名前しか出たことがないから興味ないだけだ、と。


「えへへ。すごいね~世界征服しちゃった魔王様とお友達になれちゃった~」


ただ1人魔王様に興味を示したような美里も、彼のほぼ膝の上から離れることなく笑っている。

彼は知らない。彼女の中での名前を聞いたらお友達、おじさんたちはみな良い人という彼女の偏った常識を。


ただただ面白かった。

自身がいかに瞳で警戒を促しても所業を告げて脅しても笑う娘たちが。

瞳を逸らさず、無邪気に言葉を投げかけてくる娘たちが。


「娘らよ、気に入った!」


――欲しい。


「もー魔王様ったら!」

「また名前を忘れとるぞ~」

「言ってるでしょう?貴方の娘でもないのに――」


あの術師の言葉もあながち間違いではなかったのかもしれない。

自分は、これらを欲している。


「ではこうしよう、美里、翠、千秋の3人の娘たちよ」


愉快さを隠そうともしない魔王様の言葉に3人揃って不思議そうに顔を上げる。


「『ジュウエンダマ』はないが、身を守る術なら与えよう。お主らにふさわしい力と何より余自身の力を貸し与えよう。この世界で見たいものがあるなら自由にそれらを観て周るがよい。ただし、その代わりに」


自身の思いついた考えに抑えきれない興奮が魔力となって、空気に流れ出す。

少女たちと同じ黒い髪がうねり、彼の服、足を伝わって絨毯の毛も逆立つ。

彼女たちもさすがに異変を感じたが、輝きを増す赤い瞳に今度こそ惹きつけられ、ただその言葉を待った。


「余の娘となるがよい」


それが、全ての幕開けの言葉となった。



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