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《第一部 召喚》 第1話 失敗は成功のモト?


この世の全てを手に入れた。

人間が望む不老不死も何故欲するのかが分からない。だって、『彼』は生まれながらにして何者よりも強い生命力と再生力を持っていた。世界の始まりから生きていたような気もするが、それから何年たって何歳になったかなんてさして興味もない。

何を欲するでもなくただ息をするように『彼』は『覇者』となっていた。


「貴方様の欲っするものを必ずや献上いたしましょう。」


そんな己に『欲っするもの』とかいうから興味を抱いたのだ。

その術者が何か好からぬことを企んでいるのは分かっていたが、それも余興だと思っていた。

どうせ、己に害を為すことなどできやしないのだから。


だから、渋る部下たちを無視して術者に目の前で魔法陣を展開することを許可した。

気が付いたのはわりとすぐだった。

巧みに変えてはあるが、昔馴染みのあった術式と基はまったく同じもの。

たちまちに興味を削がれた。中断してしまうことも考えたが、やけに自信ありげな術師の絶望に染まる顔を見るのも一興か、と冷めた気分で玉座に深く腰掛ける。

古参の部下は何人か気がついたようだが、そうでないものは未だ警戒して術師を眺めている。

一同が一言も発さずに見守る中、遂に術式は完成した。

己の術式に絶対の自信を持つ術師は、一度玉座の上の『彼』をチラリと見上げた後、己のこれから為すであろう偉業に興奮した様子で魔法陣に杖を突き立てる。一部は警戒して武器を抜きかけ、逆に『彼』は『何も起こらない』と思って見るともなしに見ていたが……『彼』の予想に反して、それは青白く光った。

術師は益々興奮して、己の必ず訪れるであろう勝利に酔った。こみ上げてくる笑いを隠そうともせずに高らかに宣言する。これが、己が世界の覇者となる第一歩だと信じて。


「出でよ、異界の王『サターン』よ!!目の前の悪を打ち滅ぼすがいい!!」


光が益々激しくなり、謁見の間全体に満たされた。

刺激に強い種族の者も思わず目を瞑る光が消え、そこに現れたのは。


「「「ひゃっ?!」」」


腰掛けている状態が急に空気椅子になり、思わず尻餅をついてしまった3人の少女たち。


「これは……」


予想だにしなかった事態に、『彼』は気だるげにもたれていた身体を真っ直ぐに起こした。

訝しげに赤の双眸を眇めて魔法陣の上に座る少女たちを見つめ、そのまま術者を見やる。

術者も想像図とはかすりもしないようなモノが召喚されてきたはずだ。そこで異常を感じても良かったはずだが、術師の人間はどこまでも己の腕を過信しているらしい。


「さ、さすが異界の王!敵を油断させるための仮の姿をとるとは油断ならない!!」


『異界の王』だの散々呼んでおいて油断も何もないとは思うが。

それでも『彼』の部下にも単純というか素直な者がいたようで、魔法陣の上にへたり込んだ娘たちに警戒の視線を投げ打つ。仮の姿だと断定された少女たちは未だに思考が追いついていないのか、呆然とお互いの目を合わせていた。

先に焦れたのは術者だった。苛立ったように一番近い少女の横に音を立てて杖を振り下ろす。


「いつまで呆けたふりを――ぐふっ?!」


一番油断していたのは術者だったのかもしれない。

突如腹に訪れた衝撃に術者は文字通り吹っ飛んだ。


「うるさいっ!ちょっと黙ってなさいよ!!」


黒く艶やかな髪を真っ直ぐに伸ばした美しい少女の無造作な裏拳によって。

この事態を見守り警戒していた者たちの間に衝撃が走る。

術者の『仮の姿』という言葉を思い出し、警戒を強める者が増え、3人のうちの1人が立ち上がったときには己の武器に手をかける者が半数以上にのぼった。


「……物騒なところじゃのぅ。」


立ち上がったのは、3人の娘たちの中では大柄に見える少女だった。

くっきりとした顔立ちと低音で紡がれる口調が少女の年齢や本質を不確かなものに変えている。長い睫毛に覆われた黒い瞳が広間やそこに居並ぶ者たちをゆっくりと見渡し……自然と、玉座の上の『彼』に辿り着く。

黒い瞳が面白そうに事態を見ていた赤の瞳と一瞬交差したかと思うと、すぐにぐっと眉を寄せその瞳を眇めた。それは強い警戒だ。『彼』は武器を手にしているわけではないのに、黒い瞳は真っ先に『彼』に危険を感じたらしい。未だにへたり込んでいる後の2人に手を伸ばし、自分の背で庇うようにして赤い瞳を睨み上げる。

くっ、と『彼』の喉が鳴った。


「き、貴様ぁっ!!」


張り詰めた空気を読まずに吠えたのは、吹っ飛ばされた術者だった。

だだっと駆け寄り、杖を目の前に掲げて怒りの声を上げる。距離をあけた辺り、少し学習したらしい。


「貴様らを召喚したのは私だぞ!!いくら貴様が最強と言われど、主に向かってそのような態度をとっていいと思っているのか!!」


いかに力が優れようとも、自分を召喚した主には絶対服従。

その常識に吠える術師に、されど返ってきたのは沈黙だった。

術師を見もせずに吹っ飛ばした少女はうるさそうに耳を塞いで顔をしかめ、立ち上がった少女はその声には僅かな注意も向けずに『彼』に全神経を飛ばして警戒している。残ったもう1人はと言えば、何故か己の人差し指を凝視してへたり込んだままだ。


「サターンよ!!召喚の定義、貴様に思い知らせて……!!」


顔を真っ赤にした術者が最後まで言い終えることはなかった。


「サターンとは……懐かしいのぅ。」


今まで一言も発さなかった『彼』の言葉によって。

さして大声をあげたわけでもないのに広間に響き渡った低音に、術師は大きく身体を震わせて縋るように杖を握り締めた。先刻『彼』に向かって自信満々に微笑んでみせた者と同一だとはとても思えない怯えようだ。

その情けない人間を、『彼』は少女に向けていた赤い瞳に写した。


「それは、余のかつての異名だ。」

「な、なに……?!」


理解が追いつかない。

そんな表情で引きつった声をだす術者だが、丁寧に説明をしてやるほど『彼』は優しくもなければ関心も持っていなかった。


「成功するはずもない術式だったが……何故か、異界の扉は開けたようだな。」


再び『彼』の関心は魔法陣の上の三人の少女へ向かう。

術師はなおも言い募ろうとしたようだが、すでに周りは『彼』の部下に囲まれており、一言の弁明も許されず何処かへと連れ去られてしまった。その場で消されなかった分、まだ幸せだったのかもしれない。


「見たところ人間のようだが、貴様らは何故ここへ喚ばれた?」


『彼』が直接言葉を与えるのは、少しでも関心を持ったからだ。

だから部下たちもすぐに手を出そうとはしないのだが……逆に、少女たちは『彼』に関心を持っていなかった。

へたり込んだままの少女が震える手で自分と他の少女の手の先を指し示すものだから。3人の少女はそろって自分の人差し指の先を見て、蒼白な表情で呟いた。


「「「ない。」」」


何のことか、と彼らが疑問に思う間も警戒する間もなかった。


「きゃ~!!離しちゃったっ、離しちゃったよぅ!!」

「ち、ち、千秋さんっ!!うっかり離してしまった場合はどうなるんじゃったかのっ?!」

「呪われるわ!精神が錯乱状態になり、見えないものが見え、見えているものが見えず……きゃーー!!ミカゲくんも認識できなくなっちゃうのかしらっ?!」


ムンクの叫びが3つ揃った。




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