第三話 脱落者
現れた〈そいつ〉は、某世界的人気キャラクターにそっくりだった。
赤い服に身をつつみ、まん丸な黒い耳と不自然に上がった口角。唯一違うのは、「血まみれ」であること。たったそれだけの違いで、愛らしい見た目が、一気に猟奇的に見える。
「なんだよこれ」
奏太がつぶやく。理解が追いつかなかった。
〈そいつ〉はこれからショーでも始めるみたいに手を振って、「ハハッ!」と笑った。
「みなさんはじめまして、〈ムッキー〉だよ!」
かわいらしく〈そいつ〉はポーズをとった。
「心が無いから〈無ッキー〉ってなんて呼ばれてるけどちがうよ! ぼくちゃんと心あるからね!」
高い声だけが、体育館にむなしく反響する。
奏太は、ただ固まって〈そいつ〉の言葉をきいていた。状況がつかめず、悪い夢でも見ているみたいだった。
「ハハッ! 反応わるいなあ! まあいいんだけどね! これから大事なことを言うから、つぎはよく聞いておいてね!」
一体なんなんだ。
頭がおかしくなりそうだった。
僕は死ねたのか? だからこんな意味の分からない夢を見させられているのか? それなら僕は地獄におちたということか。地獄ならまたあの人と会えるのだろうか。
混乱する奏太をよそに、〈そいつ〉は戸惑う人を眺めて笑っている。
そしてショーの始まりのように、大きくポーズをとって言った。
「みなさんにはデスゲームをしてもらいます! ハハッ!」
鼻のかかった笑い声が、体育館に響く。
デスゲーム?
奏太は痛みはじめた頭を押さえて、なんとか〈そいつ〉を睨む。
「デスゲームと言っても、負けたら死ぬわけじゃないから安心してね! このゲームは勝った人だけが死ぬんだ!」
〈そいつ〉が反応を待つように、耳に手を当てた。
奏太は反応できなかった。あまりにも意味が分からない。状況がのみこめない。
それは他の人も同様だった。
「ハハッ! 反応うすいなあ! ぼくがせっかくみんなにチャンスを与えてるのに、もっと盛り上がってよ!」
〈そいつ〉は口角を上げたまま、落胆するようにうなだれた。
「じゃあもういい。簡潔に話すよ」
声のトーンが一つ下がる。
「君たちは自殺に失敗した。君たちには死ぬ気が、あるいは知識が足りなかった。中途半端に身体と脳が傷つけられて、現実の君たちは仮死状態にある。意識を失ったまま、生でも死でもない、宙ぶらりんな場所にいる」
え——?
奏太は呆然と、言葉を反芻した。
自殺に、失敗。仮死状態。……僕は、死ねなかったのか?
困惑したまま、壇上を見た。
〈そいつ〉は、真っ黒な目で人々を見下ろしていた。
「だからぼくが助けにきたんだ。本当に死にたいなら、このゲームに勝て」
もし負けたら、と〈そいつ〉は笑う。
「ハハッ! そのときはまた現実で生きてね。君たちが拒絶した地獄の世界で」
奏太は絶望した頭で、考える。
ああ。
ダメだ
それは、ダメだ。
僕は死なないといけない。絶対に。
冷たい汗が、背中を走っていった。
そのときだった。
「さっきから何ふざけたことを言ってんだ!」
体育館の前方にいる男が、〈そいつ〉に向かって声をあげた。
「わたしにはこんな茶番に付き合っているヒマはないんだよ! どうやってここに連れてきたのかは知らんが、帰らせてもらう!」
その男は右側のドアに向かって歩いていく。
ジャラジャラと音がするのは、その男が腕に巻き付けている数珠のせいだった。どこの宗教かは分からないが、白装束のその背中には十字架と月と仏が描かれていた。
「わたしは全宇宙の神に告げられた。わたしが必要だからいますぐ天界に行くようにと」
男はドアをひねるが、施錠されたようにピクリとも動かない。
「おいはやく鍵をあけろ! 下民の遊びにつきあってるヒマはないといっているだろう!」
いらだちドアを叩く男に、〈そいつ〉は笑った。
「ハハッ! きみはとってもすごい人だね! 全宇宙の神が必要とするなんてさ!」
「あたりまえだ。わたしは下民とは違うんだよ」
「そうなんだ! じゃあ一つだけ質問! その神はどうやってきみにそのことを伝えたの?」
「……直接はきいていない。ただ神と交信できるマサコさんに、教えてもらったんだ。あなたに神からのお告げがでているって」
その瞬間、〈そいつ〉は腹をおさえて、苦しそうに悶えはじめた。
「ハハッ! ハハハハハッ! おもしろいね! やっぱり人間はおろかだ! ハハッ!」
悶えている〈そいつ〉に、男が向かっていく。
「わたしは、人とは違うんだ……」
壇上をのぼり、〈そいつ〉まで歩いていく。
声が震えていた。
「わたしは、神にえらばれたんだ……」
「ハハッ! おもしろいけど残念! きみがこのゲームを棄権するなら退場させるね!」
〈そいつ〉は右の指をこすり合わせて、パチンとはじく。
「わたしは弱くない、わたしの頭は悪くない。ただ神に与えられた力だから、下民どもには分からな——」
その瞬間、男の身体がつぶれた。




