ミネラルウォーター宇宙の水
この世には疲れた人々がたくさんいる。
そんな人々に一時の癒やしを与える飲み物が世に溢れている。
果汁飲料、清涼飲料水、エナジードリンク、ミネラルウォーター。
どれも身体に活力を与え、気分を変えてくれる。
しかし中には、それ以上の効果をもたらす飲み物があるという。
ある日、ドラッグストアの飲料コーナーの片隅に、
無名の新製品の缶が陳列された。
その名も、宇宙の水。
種別としてはミネラルウォーターなのだが、
説明によればなんと、地球外の宇宙で採られた水なのだという。
早速、新しいもの好きの女子高生達が集まっている。
「ねえ、見てこれ。新発売だって。」
「宇宙の水・・・?これ、宇宙で採られたんだって。」
「まさかそんな。
NASAだかどこかの外国の宇宙研究機関でも、
地球外の水は採取されてないんじゃ。」
「いや、水があることは確認されてるんじゃなかった?
それを採ってきたって話は聞かないけど。」
「インチキじゃない?」
「でも気になる。あたし、ちょっと飲んでみよう。」
女子高生の一人が会計を済ませ、宇宙の水の缶を開けた。
炭酸でも入っているのか、プシュッと軽快な音がした。
早速飲んでみる。すると、身体が筋骨隆々になったり・・・はしなかった。
「・・・どう?」
「特に何とも無い。ただの炭酸水みたい。
でもなんか・・・変な感じがする。」
「変な感じ?」
「身体がぽわぽわするっていうか、むずむずするって言うか。
とにかく全身が何か感じるの。ちょっと気持ちいいかも。」
「そう?じゃああたしも飲んでみよう!」
「わたしも!」
最初の一人の感想が悪くなかったので、
女子高生達は宇宙の水に群がった。
プシュッ、カシュッ、と缶を開ける音が続く。
そして宇宙の水を飲んだ女子高生達は、
ある者は身体をむず痒そうにもじもじさせ、
ある者は身体を巡る感覚に恍惚とさせていた。
こうして、若者の間で、宇宙の水が流行することになった。
あれから間を置かず、宇宙の水は若者に流行っていた。
それもただのミネラルウォーターとしてのものではない。
身体に巡る不思議な感覚を求めて、一種の合法ドラッグといったところか。
子供達から大人達へ、宇宙の水の流行は広がりを見せていた。
国民が快楽に耽るのを許す国はない。
本邦でも例外なく、保健所などの役所が、宇宙の水の調査に乗り出した。
しかし、宇宙の水の採取場所は不明。
製造場所として記載されている場所は、ただの空き地だった。
宇宙の水はどこの誰がどこで作っているのか。
全く足取りは掴めなかった。
また、宇宙の水の、その成分も不明で、
どこの研究施設で調査しても、成分は正体不明だった。
こうしてお役所からの報告を経て、国は宇宙の水を販売停止とした。
「どうして?身体に害があるわけでもないのに?」
「税金なら払ってるじゃないか。」
国の決定に、人々は不満を噴出させていた。
宇宙の水が販売停止となって、しばらくの後。
宇宙の水は店頭から公には姿を消した。
しかし、宇宙の水には一種の常習性があるようで、
宇宙の水を求める人々の熱意は並大抵ではなかった。
ある薬局では、宇宙の水に漢方薬を微量加え、
別の薬の名前を装って売りに出した。
またあるドラッグストアでは、他の商品のおまけとして宇宙の水を配った。
あるいは人々は、人気のない路地裏で宇宙の水をやり取りした。
宇宙の水は、発売禁止になったものの、製造禁止にはなっていない。
法の抜け穴を利用して、どこからか宇宙の水を手に入れてくる売人達がいた。
こうして今も人々は人の目を盗むようにして、宇宙の水の快楽に溺れた。
宇宙の水が裏で流通するようになって、変化が現れていた。
宇宙の水を飲んでいる人の身体が変異していく。
それは販売禁止の抜け道をつくために混ぜられた不純物のせいか、
それとも、宇宙の水が元々持っていた効能なのか、誰にもわからない。
ただ、身体に異変が起こっているのは、いずれにしろ同じで。
ある者は頭に小さな触手のようなものが生えてきた。
ある者は、指が異様に長く伸びていった。
またある者は、人の心の声が聞こえるようになった。
そうした宇宙の水由来と思われる体の変化は、
むしろ大勢の宇宙の水の常用者には歓迎された。
「俺達、宇宙人になれるんじゃねえ?」
「いや、超能力者かも。あたし、あんたの頭の中、わかるもん。」
この様な事態は国や役所の知るところとなり、
とうとう宇宙の水を含む全ての製品の譲渡が禁止になってしまった。
宇宙の水の譲渡が禁止になって。
宇宙の水を常用していた人々はすぐに苦しむことになった。
「宇宙の水をくれ・・・一口だけでいいから。」
「何も悪い事をしてないのに、どうして禁止されるんだ?」
今では残り少なくなった未開封の宇宙の水を求めて、
人々は彷徨い争った。
ある者は大金を積んで宇宙の水を買った。
ある者は盗みを働いて宇宙の水を手に入れた。
そうしている間に、未開封の宇宙の水は少なくなっていく。
そしてある日、宇宙の水が手に入らなくなった時、人々の不満は爆発した。
今、保健所などの役所の周りを、人々が取り囲んでいる。
参加しているのは、宇宙の水を常用していた人達。
宇宙の水を禁止され、その禁断症状と欲望に突き動かされ、
宇宙の水解禁運動を起こしたのだった。
「宇宙の水を解禁しろー!」
「宇宙の水は毒じゃない!」
「宇宙の水は好きな人だけが飲んでいるただの嗜好品だ。」
人々は宇宙の水欲しさに、熱意を持って抗議運動をしていた。
しかしお役所は頑として首を縦に振らない。
国民が享楽に耽るのは、国の崩壊を意味するから。
にらみ合いのまま事態は膠着状態。
するとそこで、人々にメッセージが届けられた。
メッセージと言っても、手紙などではない。
一種のテレパシーだろうか。
宇宙の水を飲んでいた人達に、頭の中で声が聞こえた。
「宇宙の水の製造場所の空き地に来てください。
あなたたちを苦しみから救って差し上げます。」
人々はすぐに大騒ぎになった。
「おい、今の聞こえたか?」
「ああ!宇宙の水の製造場所に来いってさ!」
「誰だかわからんけど、とにかく行ってみよう。」
宇宙の水解禁運動をしていた人達は、ゾロゾロと移動していった。
理由のわからない役所の人々は、とりあえず胸を撫で下ろした。
頭の中の声が誘導する。
「そこの道を左です。そして真っすぐ・・・」
そうして誘導された人々がたどり着いたのは、
宇宙の水の製造場所として登録されていた場所だった。
「ここ、ただの空き地だったよな?」
その声に答えるように、空き地が虹色に輝いた。
後に現れたのは、銀色の円盤のような乗り物。
「お、おい、あれまさかUFOか?」
「間違いない。円盤型のUFOだ!」
人々はざわめいている。
宇宙の水を求めていたら、まさかUFOに出会うとは思わなかったから。
驚きはそれだけでは終わらない。
UFOの一部がパカッと開いたかと思うと、中から何者かがでてきた。
それは全身が銀色で人型の、大きな黒目をした生物。
よくある宇宙人の姿そのままだったから。
さすがに出来すぎていると、人々は疑い始めた。
「おい、これは何のいたずらだ?」
「私達、騙されたの?」
しかしそんな声に、銀色の生物は頭を横に振った。
「いいえ、いたずらなどではありません。
宇宙の水は、我々が作ったもの。
さあ、まずは宇宙の水を召し上がってください。」
今では御禁制となった宇宙の水が、大量に配られた。
「水だ・・・!宇宙の水だ!」
人々は飢えた獣のように、宇宙の水を飲み干した。
それに応じて、体の変化が少し進んだことには、無頓着だった。
銀色の生物は、宇宙の水で喉を潤す人々を、穏やかに見ていた。
そして穏やかな表情のままで口を開く。
「その宇宙の水は、宇宙で採れたもの。
宇宙では、この地球のような真水が採れる星は珍しいのです。
宇宙で生活するには、宇宙の水への適応が欠かせない。
我々は共に宇宙を旅する仲間を探していました。
そのために、宇宙の水を販売したのです。
宇宙の水を飲んで身体に変化が出たのは、宇宙に出る準備です。
宇宙の水を飲む人は、宇宙に旅立つ準備が整っています。
さあ、我々と一緒に、宇宙へ旅立ってみませんか?」
銀色の生物は、穏やかなほほ笑みとともに手を差し出す。
その手を取るか、それとも。
人々は岐路に立たされようとしていた。
「ではみなさん、お元気で!」
たくさんの人々を乗せたUFOが、ゆっくり空へと登っていく。
それを地上から見送るのは、宇宙へ行くのを選ばなかった人々。
その人々はこれから、宇宙の水がない生活が待っている。
きっと苦しい思いをすることになるだろう。
でもそれも最初だけ。かならず常習性を克服してみせる。
そして、今までの生活を取り戻す。
それが、地球に残った人々の選択だった。
苦しく迫害にも晒されかねない選択。
しかしそれは、UFOに乗って宇宙に行くことを選んだ人々も同じ。
宇宙に行けば、宇宙の水は容易く手に入る。
その代わり、身体は変異をしていき、いずれ原型は失くなる。
出発してから聞いたことなのだが、銀色の生物も、
元は地球人とそう変わらない外見をしていたそうだ。
それが宇宙の水によって宇宙環境に適応した結果、銀色の生物になった。
これから自分はどんな生物に変わるのだろう。
宇宙のどこへ行くのだろう。すべては闇の中だ。
どうしてみんな一緒に地球にいられなかったのだろう。
宇宙の水が美味しすぎたから?常習性があるから?
それは後付けの理由に過ぎない。
一番の問題は、国や役所にとって、
国民が享楽に耽るのは、都合が悪かったから。
享楽に耽ることはどこでも受け入れられない。
支配から逃れるには、宇宙にでも行くしか無い。
しかし忘れてはならない。
宇宙では、銀色の生物の支配が待っている。
宇宙の水やエナジードリンクは、一時の安らぎを与えてくれる。
しかしそれらは、本当の希望を与えてくれることは決してないのだから。
終わり。
エナジードリンクは元気が出るけれど、身体には?
ということで私は水を飲むことが多いです。
でも水にも色々あって、中には異物混入で回収されたり。
絶対に安全な飲み物など、地球上には存在しないかも。
じゃあいっそ宇宙から持ってきてしまえ、というのがこの話の元です。
宇宙の水は果たして安全な飲み物なのでしょうか。
水にも何らかの効果があれば規制の対象にもなりえる。
安全かどうか以前に、宇宙の水は規制の対象にされ、
宇宙の水を選んだ人々は地球を旅立ちました。
そこに希望はあるのか。宇宙の水は希望を授けてくれるのか。
お読み頂きありがとうございました。