四章〜契約初日
カーテンの隙間から入る日差しが心地よい。
広いベッドにふかふかの寝具。
快適に眠るのに申し分無いはずなのだが、
リーネは悲しいことに殆ど眠れないまま
朝を迎えることになった。
「ね、眠れなかった…。」
それもこれも昨日のメイドのローザの一言が原因である。
《明日の夜からは、旦那様のお部屋で寝ていただくことになりますので》
今日からオールド様と一緒に寝るなんて…
はぁ、最悪だわ。
私の魔力を狙っているのは確かだし、
あげられるなら全てあげてすぐにでも
ここから逃げ出したい気持ちもある。
しかし、これは大好きな母から受け継いだ力でもあり、なくなれば自慢の薬を作る時のワンポイントエッセンスもなくなってしまう。
リーネ、30日、30日間だけうまくやり過ごせば
お金も貰えて家にも帰れてハッピーエンドよ!
そう自分を鼓舞しガッツポーズを決めた。
「リーネ様、どうされたのですか…」
「へっ?」
誰かがいるとは思っていなかったので
マヌケな声が出てしまう。
部屋の入り口を見るとローザが不思議そうな顔で
こちらを見ていたのであった。
「お、おはようローザ。いつからそこに?」
「リーネ様、おはようございます。私は先程からおりました。ノックをしても返事がなかったもので、どうかされたのかと…」
ガッツポーズをした姿を見られていたなんて……
何だかすごく恥ずかしくなってしまい俯いた。
「朝食の準備ができましたので、お持ちしてもよろしいでしょうか。」
「は、はいっ!」
うまくやり過ごさなければならないのだが、
2日目にしてすでにリーネの胃袋は掴まれてしまった。
普段食べている硬めのパンや野菜のスープも十分美味しいのだが、庶民には滅多に口にできないであろう、柔らかいお肉や甘い果実のケーキなど16歳になったばかりの彼女からしたら、どれも魅力的なものばかりであった。
「かしこまりました。すぐにお持ちします。」
リーネはふと、疑問に思ったことを口にした。
「あの、オールド様は朝食は取らないのですか?」
「簡単なフルーツなどはたまに召し上がったりもされますが、基本は朝食は取らずに屋敷内の執務室で仕事をされています。」
仕事人間なのか、それともただ食べるのも面倒くさいだけのグータラ野郎なのかしら。
とりあえず一緒に朝食は取らなくても良いってことよね。ラッキーじゃない。
それではとお辞儀をしローザが朝食をとりに行ったのとすれ違いざまに、執事のユアンがやってきた。
「リーネ様おはようございます。朝食のあとで構いませんので、オールド様の寝室に来ていただけませんか。」
え、あいつまだ寝てるの?
ってか朝から寝室とかな、なんで!?
ユアンは神妙な面持ちでリーネを見つめる。
「昨日の夜の仕事でかなり魔力を消費してしまったようで、心配なのです。」
「へっ?…」
変な想像を一瞬でもしてしまった自分を後悔した。
「わ、わかりました。」
「ありがとうございます。」
普段キリっとしていて近寄りがたい雰囲気の
ユアンがほんの一瞬ふわっと笑った
ドキッ
「では、また後ほどお迎えに参ります。」
…ように見えたのだが、
すぐにいつもの表情へ戻ってしまった。
この屋敷イケメン多すぎない?
リーネは自分の心臓が30日も持つのか不安になった。
_______
朝食後、ユアンが迎えにやってきたので
オールドの自室までの長い廊下を2人で歩く。
「最近、オールド様は仕事が忙しいとのことで、度々夜に外出されております。今回は特に顔色が悪いような気がして、魔力を持つリーネ様に様子を見てきていただきたいのです。」
昨日最後に会った時はそんな感じしなかったけどなぁ。
「私にできるかことがあるのか分かりませんが、様子を見てくれば良いんですよね。やってみます。」
ユアンはお願いしますと一礼をした。
気がつけば部屋の前まで来ていたらしい。
ユアンが軽くノックをしたあと、
「オールド様、リーネ様が入ります。」
さあ、どうぞとユアンは促してそのまま帰って行った。
1人ポツンと残されたリーネは緊張しながら、
そっと扉を開けた。
部屋は朝なのに遮光カーテンで隠されている。
うっすらとカーテンの隙間から日差しが入っているため、部屋は真っ暗ではなく薄暗い。
「あ、あのオールド様…?」
恐る恐るベッドの主に向かって名前を呼んでみる。
「リーネですか。おはようございます。」
オールドはベッドから上体起こし、少し気怠げな感じにも見える。
やっぱり、具合が悪いのかな?
「あの、ユアンから様子について頼まれて…」
「そうですか。私は少し休めば大丈夫ですので、お気遣いありがとうございます。」
そう言ってオールドは優しく微笑んだ。
あれ?いつものオールドに見えるけど…?
オールドはゆっくりとベッドからでて、少し乱れた寝巻きのままリーネへ少しずつ歩み寄ってくる。
「え」
先程まで寝ていたのだろう、オールドの寝巻きの胸元が開いていて、ドキッとして反射的に後ろへ数歩下がってしまう。
じりじりと無言の笑みで寄ってくるので、
イケメンに対する免疫体制がないリーネは一定の間隔を保ちながら下がっていく。
「オールド様、な、なんか変じゃないですか!?
ってか無言で近寄ってこないでくださいっ!!」
「心配して会いに来てくれたのですよね?」
「ゆ、ユアンに頼まれてですけれど、」
尚も後ずさるリーネであったが、
ドン
「あ」
しまった、後ろは壁だわ!
リーネはとうとう後ろに下がれなくなった。
すぐ目の前にはオールドの顔が迫っていた。