三章〜逃げなくちゃいけないのに
「お、オールド様!?いつの間に!!」
まるで幽霊を見たかのようにリーネは飛び退きた。
「目覚めましたか?貴女の部屋はこちらです。」
リーネの反応など気にしないらしく、
ニコリと扉を開ける。
いつの間にか用意されていた自分の部屋に戸惑いを隠せないまま、渋々案内された部屋へ入る。
全体が白で統一されたシンプルな部屋である。
執事のユウリがソファに座る2人に素早く紅茶を淹れる。
「あの、先程の両親の助けが来ないってどういうことですか。」
やっぱり私拉致られて大変なことになっているのでは…。何とか逃げなきゃいけないのでは――
「リーネのお母様にチャンスをいただいたのですよ。」
「チャンス?ってか何で旅しているお母さんと接触できるのよ!?」
「私は移動魔法が使えますので。」
この人今さらりとすごいことを言った気がする。
「で、でも場所がわからないと無理でしょう?
娘の私でさえどこにいるか分からないんだから。」
「いいえ、写真や身につけていたアクセサリーなど何かその人と繋がるものがあれば飛ぶことは可能です。」
そう言ってオールドはリーネの目の前に、
店に飾ってあったはずの家族写真を差し出した。
「すみません。お借りしました。」
ニコリと笑顔でこちらを見ているが、
どう見てもやばい奴である。
イケメンじゃなければ即捕まるレベルだ。
「今日から貴女にはこの屋敷で30日間、過ごしてもらいます。」
「え、30日…っていきなりなによ!?」
「この期間私の仕事の手伝いをしてもらいます。それ以外は屋敷の中であれば自由に過ごしてもらいます。」
「ちょっと待って下さい!魔術師様の仕事の手伝いなんて知識も何もない私にはできま…!」
突然オールドが身を乗り出して私の唇に人差し指を当ててくる。その軽やかな仕草に不意にドキッとしてしまった。
「貴女にはとても魅力的なアレがあるじゃないですか。」
アレとは魔力のことだとは瞬時にわかった。
やばい、笑顔ではあるが今はぜったい背中を見せちゃいけない気がする。例えるなら猛獣に出会った時の行動というのか…
「わ、私の魔力ですか…」
オールドはそうだというかわりにゆっくりと頷く。
「30日経っても貴女がここを出たいと言うのなら、その時は解放してあげましょう。もちろんここにいる間は衣食住を保証します。お給料も出します。どうですか、良い案件でしょう。」
ぐぬぬ、とても魅力的な案件で私には断る理由がないけれど、このまま了承するのもなんか癪に触る。
意を決してリーネは最後の抵抗をしてみる。
「か、仮にですよ?もし私が嫌だと言ったら…?」
ニッコリとしたまま表情は変えず彼は自分の白い軍服に付いている胸のバッジをそっと指差した。
「‥あ、ははは、やっぱり力ずくじゃないですかぁ‥」
涙目になった少女はこの男から逃げることはもはや不可能だと悟った。
_______
猛獣に捕まってしまった哀れな私は、
契約は明日から始まるということで与えられた自室で待機をしている。
コンコン 控えめなノックの音が聞こえる。
リーネ様失礼します。
「どうぞ」
カチャリと入ってきたのは私の世話をしてくれる
メイドである。
「リーネ様の担当をしますメイドのローザと申します。」
肩につかないぐらいの長さで、黒髪で前髪がピシッと揃えられており、落ち着いた雰囲気の女性である。
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします。」
「本日は旦那様が夜は仕事で出かけるため、リーネ様は夕飯は自室で取るようにとのことです。」
「え、あいつ…じゃなかったオールド様は夜も働いているのですか?」
「はい。魔術師としてこの国の守護にあたっておられる方の1人です。」
「守護…?」
イケメン拉致クソ野郎は私が思っているよりも、実はものすごくすごい奴なのかしら。
「はい。ですので契約は明日からとのことなのです。」
こんな時間からも仕事だなんて、
かなり大変なんだなぁとリーネは少しだけ同情した。
「明日の夜からは、旦那様のお部屋で寝ていただくことになりますので、湯浴みと支度はわたくしにお任せください。」
「はへっ!?」
突然のことで理解ができず変な声が出てしまう。
え…
今なんて言ったのかしら?
「あれ?旦那様から聞いておりませんでしたか?
リーネ様に仕事を手伝ってもらうという…」
なぜかファーストキスを奪われた時のことが
思い浮かんだ。
リーネの顔はみるみる真っ赤に染まる。
《 君の魔力が欲しい 》
「あ…」
あのクソイケメン野郎ーーーー!!
こうして30日だけの契約がスタートすることとなった。