二章〜オールドの正体
「オールド様、お帰りなさいませ。例のお方を見つけられたのですね。」
黒いスーツにメガネをかけ、深緑色の髪の毛はワックスで撫で付けられている。
いかにも有能そうな執事である。
「ユアン、彼女を私のベッドで寝かせます。
起きたら教えてください。」
「かしこまりました。」
ユアンと呼ばれた彼はメガネをクイッと持ち上げ
頭を下げる。
「私は仕事に戻ります。」
そう言って彼は短く詠唱するとシュッと消えた。
ユアンはすやすやと眠っている彼女を見下ろし、
「女性の方でしたか‥。」
ホッとしたようなでも男性の方が良かったのではないかと複雑な表情をしたのであった。
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「おーい、オールドはいるか?」
勢いよく執務室のドアが開けられた。
「マリウス殿下、毎回ノックもせずにいきなり入ってくるとはいかがなものでしょうか。」
オールドは怪訝そうな顔で殿下をチラリと睨む。
「ははは、ノックなんかしてもオールドは俺を部屋に入れてくれないだろ。」
「本当は常に鍵もかけておきたいぐらいですがね。」
オールドの嫌味にも慣れているのか、
マリウス殿下と呼ばれた彼は深紅の髪をくしゃりとかきあげニヤリと笑った。
「で、例の魔力を持つ人物は見つかったのか?」
マリウスはソファに腰掛け、いつの間にか用意されたブラックコーヒーを片手にお前もこっちに来いと目で合図をする。
オールドは手にしていたペンを置き、
同じくソファへ座り甘めの紅茶を飲む。
「今は私の部屋で寝ています。目覚めたら様子を見に行くつもりです。」
「…目覚めたら?ってお前まさか掻っ攫ってきたのか?」
「ちゃんと君が欲しいと伝えましたよ。」
途中意識がなくなってしまいましたがと
爽やかな笑顔でニコリと微笑む。
「お前のベッドで寝させているということは、
魔力持ちは女だったのか。」
「当たり前でしょう。男ならとっくに魔力を全て吸い上げ、記憶を無くして遠いところへ送っていたでしょう。」
ふふっと笑うオールドの笑顔にはどう見ても黒い邪悪なオーラが漂っていた。
「お、女でよかったな‥。いや、当の本人にとってはよくないかもしれないが‥な。」
彼女が目を覚ましたら大変なことになるであろうことは予想がついた。この男に目をつけられたものは簡単には逃げられない。狙った獲物は飼い慣らしじっくりとその魔力を研究し服従させていくであろう。
「少しだけ魔力の味見をしました。」
「お、おう、どうだったんだ?」
少しだけというのがなんだか怖いが、オールドは嬉しそうだ。
「とても‥素晴らしい魔力です。あのペンダントを早く外してしまいたい。」
オールドは思い出したのか、恍惚な表情になる。
「ペンダント…?」
「ええ、彼女がつけているペンダントは魔力を抑える効果があります。しかし、外すには何らかの仕掛けがあるみたいで、すぐにはご馳走はいただけないみたいですね。」
早く魔力を解放して自分のものと混ぜ合わせたいが、焦ってはあの仕掛けが解けない。ペンダントについて早々に調べなければ。
「ということで、私は仕事の続きがありますので、そろそろよろしいでしょうか。」
ニコリと笑ってはいるが、早く帰れと顔に書いてある。
両手でやれやれという仕草をし、マリウスは帰ることにした。
「お前は魔力のことになると手に負えないよな。
今度はその彼女とやらにも会わせろよ。」
そう言い残し、マリウスは去っていった。
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夢を見ていた。
7歳ぐらいの小さい男の子だろうか、
肩まで伸びている白いサラサラな髪と印象的なあどけない金色の目。魔法を使うのだろうか、魔法使いを思い起こさせるような足元まで隠れる白いローブを纏っている。
彼は小さな塔で1人で暮らしていた。
窓のそばで何か本を読んでいて、
足元には魔法陣のようなものが描かれた紙が数枚落ちている。
誰かに似ている気がするんだけど――
あの、あなたはっ!?
と声に出そうとしたところで視界が揺らぎ目が覚めた。
「広い天井…?」
ここはどこ?まだ外は明るいみたいだけど、
この大きくてふかふかなベッドは誰の?
私何をしてたんだっけ…
ゆっくりと体を起こして辺りを見回す。
「どう見ても自分の部屋ではないわよね…。」
部屋は白と青を基調とした部屋で余計な物は置いていなかった。
今何時だろう、あっ、お店!開店の時間は!?
辺りをキョロキョロと時計を探してみるが、
見つからなかった。
そもそも朝起きて訪問してきた奴がいて、
あああ!思い出したわ!
あのイケメンクソキス野郎…!
「オールドと言ったっけ、あいつどこにいるのかしら!絶対許さない!」
コンコン
突然ノックの音が響く。
やばい、オールドが帰ってきてしまったのか!?
思わずぎゃっと叫んで扉に向かって身構える。
「驚かせてすみません。目覚めましたか?」
その声はオールドの声ではなく知らない落ち着いた男性の声だった。
「は、はい。」
ガチャリと開けて入ってきたのは黒いスーツに
深緑色の髪を撫で付けてメガネをかけている
イケメンの男であった。
「またしてもイケメン…」
1日に2人もイケメンを見たことがないため、
ふらっとよろめきそうになる。
イケメンにはついさっき酷いことをされたばかりなので、良い印象がまったくない。
「私はこの屋敷の主人、オールド様に仕えるユアンと申します。突然のことで驚かれているかと思いますが、何かあればお申し付けください。」
「あ、は、はい。ありがとうございます。
私の名前はリーネです。」
「リーネ様の部屋をご用意しておきましたので、
そちらにご案内します。」
淡々とした口調で話す彼は少し怖くも感じた。
長い廊下を歩きながら気になることをユアンに聞いてみることにした。
「あの、私のお店はどうなってしまったの?」
「ご心配なく。しばらくは休業ということにして看板を立ててあります。それと魔力がないものは入れないように結界を貼ってあります。」
「え!?そんな勝手なこと!?
ってか両親は帰ってきた時入れるの?」
「魔力があれば簡単に破ることができます。
失礼ながらご両親についても調べさせていただきました。」
「いつの間に!?私の両親が知ったらすぐにここに駆けつけてオールドなんてやっつけちゃうんだから!」
お母さんの魔力とお父さんの剣の腕前はすごいことは幼いながらも昔から分かっていた。誘拐されたなど知ったらきっと私を心配してすぐに助けに来てくれるはずだわ。
「ふふ、それはないですね。」
あ、なんか後ろから嫌な声がするーー
ぎこちなく振り返るとそこには私のファーストキスを奪ったあの男がいたのであった。