二、自転車と卓袱台(4)
二日連続で「模型のかとう」に来るとは思っていなかった。
ただし、今日は月曜日なので休業中。ショーケースの前にはシャッターが下ろされ、内側にカーテンが曳かれたガラス扉の前に「月曜定休日」の札がかけられていた。
店の前にはすでに航ちゃんがいた。
昨日とは違うTシャツに、綿地のハーフパンツを穿いている。私と孝美が自転車で近寄ると、手を振って「こんにちは~」と声を掛けてきた。
「あれ? 孝美ちゃんも?」
ピンクの自転車にまたがる孝美の姿を見とめて、航ちゃんは少しびっくりしたようだった。
「うん。ついてきちゃった。ダメだった?」
孝美が訊くと、航ちゃんは「いや、大歓迎だよ!」と鷹揚に笑った。
航ちゃんは徒歩だったので、私たちも自転車を降りて、坂道を押して上る。
今日は曇り空で、昨日よりはましな気温だけど、歩いていると汗ばんでくる程度には暑い。時々吹く風も湿気をはらんだ熱風で、まるで涼しくない。
昨日も通った市民プール前をひいこら上って通り過ぎ、左手に曲がって、市立図書館方面の路地に入る。
緩やかな丘の斜面はここまでくると平坦で、道はやがて下り坂にかわっていく。
路地の右手は崖になっていて、そこから階段を降りた先が住宅地になっている。航ちゃんの先導についていくと、やがて、切妻の青いトタン屋根をかぶった二階建ての住宅が見えてきた。
駐車場付きの大きな家で、「佐浦」と書かれた立派な表札が出ている。
「とうちゃーく! 自転車は駐車場に寄せといてね」
案内されるままに、私たちは自転車を置きにいった。
玄関をくぐって「お邪魔します」と挨拶をすると、
「いらっしゃい、ごゆっくりね」
と、簾のかかったダイニングらしき部屋の方から、大人の女性の声が聞こえてきた。
顔は見えないが航ちゃんのお母さんだと思う。
声が若いので、お姉さんの可能性もなくはないが。
階段を上ってすぐのところにあるドアを開けると、そこが航ちゃんの自室だった。
「うわあ」
と孝美が部屋に入るなり声をあげ、きょろきょろと部屋のあちこちに目を向けた。
「朔子ちゃんの部屋みたいだねぇ……」
「モデラ―の部屋なんてみんな似たようなもんだよ、たぶん」
本棚に本じゃなく完成作品が飾ってあったり、ドアが開けっぱなしのクローゼットの中に未製作キットの箱が積んであったり、勉強机の上に文房具よりも製作用ツールがたくさん置いてあったり。
私の部屋と違うのは、およそ八畳間くらいで広いのと、飾ってあるプラモデルのジャンルの偏りくらいだ。
北側の窓は開けっぱなしで、扇風機が回っている。
部屋の真ん中には円い卓袱台があって、すでに座布団が二枚敷かれていた。航ちゃんは私たちにそこへ座るよう勧め、自分は勉強机の椅子の上にあったクッションを外して持ってきて、それを差布団代わりにして着座した。
「この部屋暑くてごめんね。エアコン茶の間にしかないから」
「いや、外より全然ましだよ」
裏庭に背が高く枝ぶりもいい木が一本植えられていて、窓の外に木陰を作ってくれているおかげで、部屋に入ってくる風は比較的涼やかだった。
それにしても、部屋に卓袱台を置く広さの余裕があるのは、ちょっとうらやましい。友達を呼んで小粋なお茶会なんかもできそうだ。
でも今日そこに置かれるのは、お茶やお菓子ではなく、新聞紙とカッターマットとランナーのはずだ。
「ちょっと休んでて。麦茶持ってくるから」
航ちゃんは思い出したようにぴんと立ち上がり、いそいそと階下に降りて行った。
前言撤回。どうやらお茶やお菓子も出るらしい。
残った私と孝美は、手提げの中から各々持ってきたキットを取り出し、卓袱台の上に置いて箱をあけた。
「ねえ朔子ちゃん。作り方って、説明書みたらわかるの?」
ちょっと不安そうに、孝美が訊いてきた。
「うーん……組み立てる順番は書いてあるけど、基本的な作業はいちいち書いてないかも」
「ふうん」
孝美はアッガイの箱からガンプラ名物、カラー印刷の組み立て説明書を取り出して読み始めた。
「この色塗りって、先にやんないとだめ?」
「説明書では分かりやすいように切り出し前の状態で塗ってあるけど、ほんとは部分部分が組みあがってから塗装するの。でも塗装は難しいから、今日はやんなくてもいいんじゃないかな」
そこで航ちゃんが、お盆の上に三人分のコップと、菓子鉢に盛られたチョコ&コーヒービスケット、麦茶がなみなみと入ったプラスチックの蓋つき瓶を乗せて部屋に戻ってきた。瓶の中の氷がからころと音を立てている。
「おまたせー。あ、もう始めてた?」
「初心者講習してたよ」
「おー。わかんなかったらボクにも訊いてね孝美ちゃん」
航ちゃんは言いながら、お盆を卓袱台の脇に置いて、冷たい麦茶をコップに注いで出してくれた。私は今朝ほど篤志から献上されたオランダせんべいを、孝美はいつも持ち歩いているカンロ飴を、それぞれ茶菓子として提供した。
一息ついたところで、卓袱台の上を整理して、製作に取り掛かる。
航ちゃんは昨日買ったファントムを作るようだ。
「孝美ちゃんはガンプラだね。昨日買ってたのはそれかー」
航ちゃんが孝美の手元をちらりと見て言った。
孝美は横目で私の方を見て、ほらね? と言わんばかりに胸を張る。孝美が買い物していたのを私が覚えてなかった事を、まだ根に持っているらしい。
私は「はいはい」とため息を吐いた。




