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二、自転車と卓袱台(2)

 二十二棟の四角く無機質な鉄筋コンクリート造アパートが連なる、広大な国家公務員団地。

 そのうち一棟の最上階にある一室が、私の住む本山家の住居だった。


 六人家族が住むにはあきらかに手狭だけど、本山家にはまだ一戸建てに引っ越すお金も機会もない。

 父母と、歳の離れた高校生の兄が二人、私と年子としごで小五の弟が一人。

 以前は、私も含めた子供たち四人全員が東側にある六畳間で生活していた。しかし去年の秋にみんなでお赤飯を食べた日からは、西の四畳半が私だけの部屋になった。


 夢から覚めて、ロフトベッドの梯子を下り、洗面所で顔を洗う。

 (わたる)ちゃんとの出会いから一夜明けて、今朝はなんと四時前に起きてしまった。

 ――変な夢みたなあ。

 秘密基地の想い出なんて、ここ何年も忘れていたことだ。


 あの空き地は、いまの十七号棟以降が造成される前に、団地の北側にひらけていた場所だ。現在はもうかつての風景はない。

 秘密基地になっていたアーチ形の謎の建物は、この団地がその昔は海軍の兵器工廠だったことの名残だ、というのを、一年生の時の年配の担任から教えてもらった。


 ――ほんとにあの時、孝美と何を約束したんだっけなあ。

 気になったけど、いくら思い出そうとしても、記憶からすっぽり抜けてしまっているようで、まったく心当たりがない。


 せっかく早起きしたので、夏休みの宿題を余分に進め、ラジオ体操の集合時間までゆっくり朝風呂を使わせてもらった。

 その後、弟の篤志あつしを叩き起こして、団地の集会所前の広場で行われるラジオ体操に参加した。

 集会所までは徒歩で一分もかからない。今朝の参加率はあまり良くなかった。真面目な孝美すら不参加だ。オリンピックの中継が今朝方まであったから、その影響だろうか。


 ラジオ体操から帰宅して、弟と朝食をとった。

 他の家族はまだ起きてきていない。自分でハムエッグを作り、トーストを焼き、牛乳とバナナを添えて一食まかなった。

 歯を磨いて自室に戻ると、さっそく押し入れの戸を開ける。

 そこに山と積まれた未製作のキットの箱は、可能性の宝庫だ。昨日の航ちゃんとの出会いで、次の作品に対するモチベーションも上がっていた。

 座布団に胡坐あぐらをかいてそれを眺めながら、次は何を作ろうかと思案していると、入り口のふすまの向こうから篤志が声を掛けてきた。


朔子(さくこ)、ちょっと話いい?」

 兄たちの定めた(おきて)により、我が家では子供同士は長幼男女の序列なしに、下の名前で呼び合う。

「いいよ、入りな」

 私の許可が下りたのを確認して、そっとふすまを引き、篤志は神妙な表情で入室してきた。

 彼はラジオ体操の時と同じく、学校の半袖体操着を着っぱなしだった。他の家族が近くにいないことを確かめるようにきょろきょろと周囲を見渡してから、ふすまを丁寧に閉める。

 入るなり、篤志はやおら両膝をついて正座し、丁寧に一礼した。


「なんだよ、改まって。気色悪いな」

「まずはこれを」

 篤志は両手で押し頂くように、亀田製菓の「オランダせんべい」一袋を差し出した。

 弟がこういう態度をとって来るのは、たいてい何か頼みごとがある時だ。

「ほお……で、何してほしいの?」

「今夜の家族会議、俺に一票いれてくれ」

「あー、そういうことね」


 昨晩の夕食の際に、今年の夏のボーナスの使い道を、今日の夜に話し合って決めよう、ということになっていたのだ。

 父は、昨年の冬のボーナスの時に「ロス五輪を見るために大きいテレビを」という希望を出して通っているので、今回は候補を出す権利がない。

 私と、上の兄の崇一郎そういちろうは候補を出していない。

 残る三人――母と、次兄の理博みちひろ、そして末弟の篤志がそれぞれ候補を出していた。

 母の希望はエアコン。

 理博の希望はパソコン。

 そして篤志の希望はファミコン。

 どの「コン」にするかの決選投票だ。


 父はたぶん母に味方するだろうし、崇一郎はどうやら理博と結託している気配がある。

 残る浮動票である私を味方につけなければ、篤志に勝ち目はない。

 友人の家で先んじてファミコンのゲームで遊んだ弟は、いたく感動したらしく、どうしても欲しくなったのだと言っていた。

「まあ、いいよ。オランダせんべい一袋分くらいの援護射撃はしてやる」

「やった!」

「言っとくけど、私ファミコンやったことないからね」

「いいよ、それで」

 弟は同盟成立を確認すると、ほくほく顔で部屋を出ていった。


 そこで玄関先の電話が鳴った。玄関先というのはつまり、私の部屋を出てすぐのところだ。

 自然ななりゆきで、そこにいた篤志が受話器を取った。

「はい、本山です……はい……姉です……います……ちょっとお待ちください」

「私?」

 確認すると、篤志は無言でうなずいた。

「はい、もしもし」

 立ち上がって電話を替わる。受話器越しに、つい昨日聞いたばかりの声が聞こえた。

「あ、朔子ちゃん?」

わたるちゃん!」


「へへー、電話しちゃった。朝早くにごめんね」

「起きてたからいいよ。うれしい」

「早速だけど、一緒に作らない? ボクんでおしゃべりしながら製作会!」

 何を?とか野暮なことは訊かない。私と航ちゃんが作るものと言ったらプラモしかない。

「航ちゃんの家で?」

「思い付きで言ってるから、都合悪かったらごめんだけど」

「楽しそう! やろう!」

「日にちとかどうする?」

「いつでもいいよ」

「今日でも?」

「うん、午後からなら!」

 断る理由なんてない。

 話はまとまり、これから「模型のかとう」の前で待ち合わせて、航ちゃんの家に初めてお邪魔することになったのだった。

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