十二、線香花火とブンドド娘(3)
ここで参加者には、先に配った花火セットとは別に用意された、伝統的な線香花火が一本づつ配られた。
孝美はリーダーとして、将人と一緒に配る方に回っている。
私と航は街灯の灯が届かない公園の外周付近の暗がりにいって、二人でかがんで膝を突き合わせ、配られた花火に火をつけた。
この時間、もう蜩の声は止み、キリギリスやコオロギの鳴く声に替わっている。
宵闇の中で、オレンジの光がぱちぱちとはじけて、小さな輝きをとばす。
「線香花火って、なんだかしんみりするね」
航が静かに言ったので、私は無言で頷いた。
光を散らしながら、十二歳の夏がゆっくりと終わっていく。
航と出会ったことがすべてのきっかけになって、それから今日までの間に、たくさんの忘れがたい思い出ができた。
こんな夏なら、悪くない。
いまなら間違いなくそう思える。
そのひと夏の締めくくりにふさわしい静かな時間を、一本の線香花火がゆっくりと燃え尽きていくのを眺めながら航と一緒に過ごすのは、なかなかに味わい深い風情があった。
「あのあとさ、結局ボクと信介さんの例の話はなくなったよ」
航がぽつりと言った。
「え? なくなったって、本当に?」
例の話というのが何を意味するのかは言うまでもない。でも、私と一緒に高校に行くと約束してくれてから、昨日の今日でそんなところまで話が変わったのは驚きだった。
航はうなずいて話を続けた。
「信介さんが先週から暗躍しててさ。親戚一同を訪ねて説得してまわって、金原穂の本家のお屋敷にまで押し掛けたらしくて。昨日の夜ボクが母さんに朔子との約束の話をしたらね、そこから将棋倒しみたいにパタパタ話が進んで。今日の朝にはあっけなく解消ってことになってたみたい。――聞くところによると信介さん、なんかこっそり誰かさんと示し合わせてたらしいじゃん?」
線香花火が仄かに照らす中で、にっこりとほほ笑みを浮かべながらも、目だけは鋭く、航は私の表情をうかがうように見た。
「あはは、誰だろねー」
ごまかせるとも思っていないけど、私は一応乾いた笑いを浮かべつつそう言った。
「まあ、高校卒業してからでも信介さんが独身なら貰ってもらえる目はあると思うんだけど――ボクが行き遅れたら朔子のせいだからね」
「知らないよ、そんなの。そうなったらちゃんと彼氏作りなよ」
「いーや、そうなったら、責任取って朔子がボクをお嫁にもらうこと」
「ええ? ねえ、私に好きな人いるの知ってるよね?」
「じゃあ、朔子が浅野くんにフラれたらでいいや」
「縁起でもない!」
「だってさー」
不貞腐れるようにぷいと横を向いた航に、頬が少しづつ紅潮していくのを自覚しながら、私は少し声のトーンを落として、ささやくように言った。
「しょうがないわね。わかった。いいよ、それなら」
「え?」
「私が航を貰ってあげる。未来の話なら、女の子同士ってのもありよね」
「え、っと……あの……」
言い出しっぺの航の方が、今度は顔を真っ赤にして言いよどんだ。やり返されて急に恥ずかしくなってしまったのだろう。照れてもじもじした表情もかわいいな、私の嫁。
「じょ、冗談だから。冗談。ね?」
「えー、本気にしたのになー」
「勘弁してよ!」
「あー、また二人でイチャイチャしてるー」
孝美が役目を終えて、二人の間に入ってきた。
ちょうど、二人の線香花火がはかなく燃え尽きて菊を散らすところだった。
「終わっちゃったね……」
航は最後の火球が落ちていくのを見つめつつ、名残惜しそうに言った。が、孝美は余韻もへったくれもなく、すぐにもう一本づつ、新しい線香花火を取り出して配った。
「はい、リーダー特権でもう一本づつあげます」
「おおー」
航ちゃんはなぜか感激したように声をあげたが、私は冷たく言った。
「余ってただけでしょ。まったく、二本目なんて風情もなにもありゃしないわ」
「朔子ちゃんはもう、また意地悪言うんだから。――そうだけどさ。三人そろってブンドド娘なんだから、三人でやりたいじゃない?」
「三人そろっては良いとして、なんだそのブンドド娘って。ネーミングがダサすぎるだろ」
「いいじゃん、ブンドド娘。ボクも賛成! 孝美ちゃんも一緒にやろう」
航はあんまり気にしてないみたいだ。
夜も遅い時間になってきて、他の子たちはぼちぼち家路につきはじめている。
「わかったわよ、もう。――でもこれで、今度こそ終わりだからね」
私たちは三人で車座に向き合って、この夏最後の花火に火をつけた。
本編、ここまでとなります。
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