十一、朔子と航(4)
スイッチを入れなおしても、状況は変わらないようだった。
「ひょっとして、ポケコンの電池切れちゃった?」
「……そうみたい」
ポケコンは持ち運びできるというのが最大の特徴だ。だから電源はコンセントからとるのではなく、四本の単三乾電池だった。電池が切れたり弱くなったりしたら、画面の表示が消えるのは必然だ。
電池を入れ替えれば再起動するけど、メモリの内容も消えてしまったので、理博が打ち込んでくれていたプログラムも消えたということになる。
「朝からつけっぱなしだったもんね……」
と孝美。
「暑いと消耗が早いらしいしね」
と航ちゃん。
「一応、マニュアルの最後のページに兄貴がプログラムの全文を貼ってくれてるけど、今から私たちで打ち直すのはねえ」
プログラムの行番号は八百を超えていて、慣れない私たちが打ち直すのには時間がかかりそうだし、絶対どこかミスるだろう。
盛り上がってきたところだったのに、一気に場の空気が冷めてしまった。
「どうする? 勝負は持ち越しにする?」
「うーん……」
私としては、どうしても今日、航ちゃんにあの話をしたかった。私の気持ちを伝えたかった。航ちゃんの気持ちを知りたかった。
「こうなったら、普通のブンドドいっちゃおうか」
無理筋なのはわかっているけど、今はそれしか思いつかない。
「それだと、さしものララァだって二十ミリ機銃で蜂の巣だけどいいの?」
航ちゃんはまた呆れ顔だ。
それはそうか。あくまでスケール差がアドバンテージになる「ルールのあるブンドド」だったからこその選択で、普通に考えたら、いくらニュータイプでも生身の人間が戦闘機と戦うのは無理がある。
「難しく考えずに、ここで引き分けでいいんじゃないかなあ」
頭を抱えている私たちに、孝美がやんわりとした口調で言った。
「そもそも、勝負をつけなくちゃならなかったのは、朔子ちゃんが航ちゃんに言う事きいてもらうためだったんでしょ?」
「うん」
「航ちゃんの方の要求はわかんないけど、別に今なら、勝ち負けを決めなくたって、お互いに言いたいことを言えるんじゃないかな」
「……それもそうだね。孝美ちゃんの言う通りだ」
航ちゃんは紫電改をしばし見つめ、その後立ち上がってそれを本棚に戻した。
「さっきまでの勝負はほんとに楽しかったし、朔子ちゃんの本気が伝わってきたから。この後のお話の前哨戦としては、もう十分かな」
「そうね――勝負に勝って言う事きかせるなんて、セコいこと考えてたけど、なくていいよね、もう」
ルールのあるブンドドを戦う中で、二人の間には妙な一体感が生まれていたのも事実だ。すでに意図を知られている以上、決着にこだわることはない。
「だいたいさ、さっきも言った通り、朔子ちゃんが僕にさせたい事なんてだいたい予想がついてるし」
航ちゃんはまた卓袱台の前に座って、ため息を吐いた。
「信介さんのことでしょ。許嫁を解消しろ、って」
「違うよ!」
私は強めに反駁した。
一週間前ならともかく、今は違う。
「そんなこと、今の航ちゃんが承知するはずないのはわかってるもの」
「そうなの?」
「そうよ。――私が航ちゃんにしてもらいたかったのはね、私の言うことを一回真剣に考えて聞いてほしいってこと」
「…………わかった。聞く」
航ちゃんが真顔で頷いて承知したのを確認し、私は姿勢を正して話し始めた。
「展示会の日にさ、航ちゃんから、結婚する予定だから一緒の高校には行かない、って言われて、びっくりしたし、がっかりしたし、悲しかった」
「それは――ほんとにごめんね」
「いいよ。でね、その後ずっと考えてたの。なんで私はこんな気持ちになっちゃったんだろう、って」
展示会の日の夜も、次の日曜も、ずっとそのことを考えていた。
「家族と話して、信介さんと偶然会って事情を詳しく聞いて、航ちゃんのお母さんからも航ちゃんが生まれた時のお話を聞いて、思ったの。これって結局、私のわがままだな、って」
「わがまま?」
「そう、わがまま。――航ちゃんにはさ、航ちゃんを大事にしてくれる人たちが周りにいるじゃん」
「うん。たくさんいる」
「そんな航ちゃんの世界の中で今まで生きてきて、そこで決めた将来なんだから、ぽっと出の私なんかがしゃしゃり出て「やめろ」なんて言える筋合いはないじゃない。ただのわがまま――航ちゃんの思い描いてる未来に、私の居場所がないのが寂しい、ってだけ」
結局のところ、私がイライラしていた原因は、それだけだった。
私の知らない所で、私のいない未来を、航ちゃんが一人で何もかも決めこんでしまっているのが悲しかったのだ。
「航ちゃんのお母さんからは、航ちゃんが許嫁の話にこだわってるのは、ご両親が親戚からいじめられないように責任感じてるのかもって聞いたけど、それだけ?」
「それもある。でも、それだけじゃないよ」
「だったら、航ちゃんのほんとの気持ちを聞きたい。全部聞きたい。どうして、私と一緒にいる未来を考えてくれないの? って。これは責めてるわけじゃなくて、興味本位とかでもなくて、真剣に聞いてるの。――教えてくれる?」
私が欲しいのは、その答えだけだ。




