十、ポケコンとルーズリーフ(4)
先手後手は交代制だけど、先鋒戦だけはジャンケンで決めて、航ちゃんが先攻を取った。あとは自動的に、次鋒戦と副将戦は私が先攻、中堅戦と大将戦は航ちゃん先攻ということになる。
「では、先鋒戦、出場するプラモを航ちゃんからどうぞ」
「ボクの軍団の先陣を切るのはこいつだ! 米軍攻撃機、F-8E、クルーセイダー!」
「おお!……って、クルーセイダー? クルセイダーじゃないの?」
「だって箱にそう書いてあるんだもん」
ボックスを見せてもらうと、確かにその表示だ。伸ばし棒一本余計なのではないだろうか。
「確か、前に読ませてもらった『エリア88』で、風間真が最初に乗っていた機体だよね?」
「そう! その影響で作ったんだ。でも風間真仕様じゃなくて、米海軍の103飛行隊っぽく、尾翼には別のキットのデカールでドクロマークを付けてみた」
「へえ、そういうのがあるんだ。ロイ・フォッカー・スペシャルかと思った」
「あはは、確かに」
何が面白いのか、という顔で孝美が首をかしげたが、そこは特に解説せずに流す。航ちゃんは一気に勝負を決めるべく、攻撃力高めの能力値をノートの切れ端に書いて、孝美に申告した。
孝美はそれを確認しながら、先手番の能力値として、理博から借りたポケコンに入力していく。
「まあ、朔子ちゃんの主力は戦車だと思うし、空対地攻撃能力が高い機体を持ってくるのは当然だよね」
「でもジェット機のスケールって七十二分の一が多いよね。そのクル……ーセイダーもそうだし」
「うっ。痛いところを」
戦車模型の一般的なスケールである三十五分の一に対して、四十八分の一や七十二分の一が多い航空機模型は割り振れるポイントがどうしても少なくなるようにできている。空対地有利と言っても、スケール差がありすぎるとその限りではなくなるのだ。
そして、当然のことながら、私が航空機主力となるであろう航ちゃんの軍団に対して対策を練ってこないわけがない。
「はい、では朔子ちゃんの先鋒のプラモをどうぞ」
孝美に促され、私はリュックサックの中から慎重に、そのキットの箱を取り出した。
「私はこれよ! 西ドイツ・ゲパルト対空戦車!」
「な、なにぃ!」
航ちゃんは北斗の拳の敵役のならず者のように、大仰に驚いて見せた。
「ふふん、戦車ばっかりと侮ったわね。こちとら西側最強の対空能力を持つゲパルトよ。スケールは当然三十五分の一! 七十二分の一の飛行機が、この三十五ミリ連装砲に正面から突っ込んでくればどうなるか、わかる?」
「くっそー、やられた」
能力値の最大値は当然のことながら私のゲパルトが上。しかも、地対空適正のある対空戦車なので、クルーセイダーの対地攻撃適正は相殺される。
「それじゃ、判定行きまーす。ぽちっとな」
画面上の<セントウカイシ?>という表示に対して、孝美がアルファベットのYのボタンを押すと、ダメージ判定が始まる。
航ちゃんのクルーセイダーが最初に与えたダメージは、ゲパルトの全耐久力の四割ほどを削っただけだった。
続いて私のゲパルトの攻撃。そもそも攻撃力偏重で耐久値をあまり振っていなかったクルーセイダーに対して大きなダメージを与え、一撃で耐久力をゼロにした。
〈ハカイサレマシタ〉
〈ゴテ ノ ショウリ〉
私の勝ちを示す文字列が表示される。それを見て、高らかに孝美が宣言した。
「先鋒戦は、朔子ちゃんの勝ち!」
私は安堵のため息を吐いた。
「まずは一勝ね」
「やってくれたねー。でも今のでボクも要領はつかんだ。今度はこっちが後手だ」
「じゃあ、次いくね」
次鋒戦の開始を孝美が告げた。
「今度は朔子ちゃんからだよ」
今度は私の方が先手なので、先に出場させる作品を提示しなければならない。再びリュックの中から、これはと思う一作を選び、箱を開けて、輸送の都合上外してあった砲塔を車体に乗せた。
「私の次鋒はこれよ! イスラエル・メルカバ主力戦車、三十五分の一!」
西側第三世代の主力戦車でほぼ唯一「実戦」を経験しているイスラエル軍の主力戦車メルカバは、搭乗している兵士の生存性の高さが高く評価されており、私が孝美に申告する能力値も防御力と耐久力を高めに割り振ってある。
ただ、元の戦車のイメージに合わせるとなるとどうしても、適正は地対地だ。
さっきのような対地攻撃を旨とするような航空機に普通の戦車が対抗するには、攻撃に耐え続け、相手に消耗を強いるしかない。理博のブンドド・プログラムの仕様では、攻撃に失敗した場合には攻撃側の耐久力が一だけ減ることになっており、防御力の高さが相手の攻撃の成功率を下げる役目を持っている。攻撃を失敗させ続けることができれば、勝ち目が見えるはずだ。
しかしそれを見て、航ちゃんは不敵な笑みを浮かべた。
「ふうん、やっぱり朔子ちゃんの主力は戦車みたいだね。スケール差の有利がどこまで味方してくれるかな?」
「じゃあ、後手、航ちゃんの次鋒のプラモを出してください」
「じゃじゃーん! ジェット機にも四十八分の一ってのがあるんだよねー! 傑作機シー・ハリアー、FRS・1! 垂直離着陸機で、爆装してれば当然空対地適正だ!」
「おお! でかい!」
さっきのクルーセイダーに比べて明らかに大きな作品で、ディティールも細かく、機体両側のエアインテークから中のエンジンの造形まで見える。
「四十八分の一なら三十五分の一のポイントに対抗できるし、空対地適正で機動力と攻撃力も伸びるから、戦車の防御力を越えてダメージを与えてくよ!」
「うぉおおお!」
私は悲鳴を上げた。
「それじゃ、次鋒戦の判定しまーす」
孝美はまたYボタンを押して、判定の画面を確認する。
当然のことながら、地対地適正のメルカバの主砲はハリアーをとらえきれず、上空から襲い来る敵の三回目の攻撃で耐久力を削り切られ、破壊されてしまった。




