十、ポケコンとルーズリーフ(2)
ただ欲を言えば、ゲーム的にはもう少し複雑な仕組みがあった方が良いように思えた。
「航空機が地上目標を攻撃する時と、その逆の時で計算式が同じなのはちょっとディティール甘いかも。地上の兵器でも対空攻撃に特化したのもあるから、条件の入力がややこしくなるかもだけど」
「なるほどな。ならば、地対地、空対空、空対地、地対空の各適正に合わせて乱数値に補正がかかるようにするか」
「やり方は任せるよ」
「まあ、これはテスト版だからな。拡張性を考えてシンプルに作ったところはある。シンプルすぎるというのなら、もう少しいろいろな要素を加味してみるが、他にはないか?」
「そうねえ」
私はそのほかにもいくつか、気になった点や追加してほしい点を、いま思いつく限り提案した。
理博は修正された要求仕様について、自分のルーズリーフにメモをとった。
「……というところかな。土曜日までにお願いできる?」
「やってみるさ。メモリや使える変数の数には限りがあるから、出来る限りはってことにはなるが」
「ごめんね、大変なこと頼んで」
「まったくだ。――ところでお前、「開発費」のことを忘れてないだろうな?」
兄はポケコンのスイッチをオフにすると、今度は崇一郎の机から赤いラジカセを持ってきた。グラフィックイコライザー付きで、ダビングや録音も可能なダブルラジカセだ。
「いいタイミングだし、ここでやってもらうことにしよう」
「うっ」
そうだ、忘れてた。
このプログラムを作ってくれる代償として、私の声で恥ずかしいセリフをカセットテープに録音するように要求されていたのだった。関西の暑さに脳みそが茹だってる時に言われたので、冷静な判断力を失っていたのだろう。
「ほんとにやるの?」
「当然だ。媚びた感じの猫撫で声で一言「おにいちゃん……」と吹き込んでくれるだけでいい」
くそう、普段はそう呼ぶと「名前で呼べ」って怒るくせに、こんな時だけ!
顔が良かったら何を言っても許されると思うなよ、変態め。と、そこまで心の中で悪態をついてから、ふと心配になって、理博から一歩距離を置いた。
「ねえ、まさかそれ、理博が変なことに使うんちゃうよね?」
「アホぬかすな。言っただろう、ダビングして一本五千円で仲間内に売るだけだ」
それはそれでどうなんだろう。
「本来なら金をとるところを、兄妹のよしみで、それで勘弁してやろうというんだ。正当な対価だろう」
「はー……わかったわよ」
私はため息をついて、おとなしく兄の要求を呑んだ。
一言といってたのに、ディレクションを変えて同じセリフを十テイクくらい録らされた。
何か大事なものを失った気がする……。
そんなこんなで土曜日。いよいよ決戦の日が来た。
「じゃあ、お昼食べてから行くから」
「うん、待ってる」
航ちゃんの電話は朝早くにかかってきた。お互いに約束を忘れていないことを伝えあい、午後に私が航ちゃんの家へお邪魔することを確認した。
今日の荷物は多い。
五月の修学旅行の時に使った青いリュックサックに、今日作る予定のキットと、「ルールのあるブンドド」に参戦する選りすぐりの過去作品を重ねて詰め込み、母の自転車をまた借りて、待ち合わせ場所の「模型のかとう」の前までたどり着いた。
「今日も暑いね」
ピンクの自転車でついてきた孝美が、額の汗を首にかけたタオルで拭いながら言った。
「あの日のことを思い出すよね」
「まあ、あれからずっと暑かったけどね」
孝美が言う「あの日」というのは、たぶん私と航ちゃんが初めて会った日のことだろう。
あの日は私が店に置いてもらうための作品を持ってきて、それが飾られていることを確認しに、プールの帰り道にまた「かとう」に寄ったのだった。
ガラスのショーケースを挟んで、航ちゃんと目と目が合った。
すべてはそこから始まったのだ。
その時の四号戦車H型と、航ちゃんのバルキリーはまだ「かとう」の店先に飾られている。
航ちゃんはその作品の前で、あの日と同じような黒いTシャツとピンクのサンバイザーの姿で待っていた。
意図したわけではないけれど、私の方も大体あの日と同じ服装で、麦わら帽子に白ブラウスだ。今日は自転車に乗るためにキュロットではなくデニム地のショートパンツを穿いているところだけが違った。
「こんにちは」
私が声を掛けると、ショーウィンドウの方を見ていた航ちゃんは、私たちに気づいて振り向いた。
「朔子ちゃん! 孝美ちゃんも久しぶり!」
「あたしはお話しするのも一週間ぶりだね」
孝美と航ちゃんがお互いに手を振りあう。
航ちゃんはそこで、そして私のリュックサックに目をとめた。
「またずいぶん大荷物だね」
「ほら、今朝の電話でちょっと話したけど、やってみたいことがあって」
「ああ! 例のやつか。ボクもちょっと楽しみにしてるんだ、「ルールのあるブンドド」がどんな感じなのか」
ちゃんと航ちゃんが乗り気らしいのは何よりだった。興味を持ってくれなかったり、怪しまれたりしてゲームに付き合ってくれなかったら、この作戦自体がそこで頓挫してしまう。
「期待していいよ。今朝試しに孝美とやってみたけど、ちゃんとゲームになってた」
「お、いいね。――ま、今日も暑いしさ。ルールの説明とかはボクん家でやろう」




