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昭和ブンドド娘~あるいは、私たちは如何にして終末論を克服したか~  作者: まつたきりか
八、アイスコーヒーとチョコレートサンデー
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八、アイスコーヒーとチョコレートサンデー(2)

 夏休みに入ってからというもの、ほとんど天気は晴ればかりで雨が降らず、西日本では水不足になるのではないかというニュースも流れていた。

 今日も例にもれずのカンカン照りだ。

 朝食の後、私は父に車を出してもらい、市民プールに向かった。

 毎週のプール課題のノルマも、そろそろ達成できそうだった。


 駐車場で車を降りて、階段を駆け上がったところで、一足先に来ていたらしい孝美とばったり顔を合わせることになった。待ち合わせていたわけではないけど、同じクラスで同じ棟に住んでいて、似たような家庭環境だから、プールに来るのも同じ時間になりがちだった。

「さっきぶりだね」

 ラジオ体操の時のことを言っているのだろう。孝美はつとめて明るく声を掛けてきた。今日は水玉のワンピースだ。

 私も無理やり口角を引っ張り上げて挨拶を返す。

「うん。今朝はごめんね、心配かけて」

「いいよ。仕方ないよ」

 私と孝美は受付をすますと、連れだって更衣室に向かい、スクール水着とゴムの水泳キャップ、水中メガネといういでたちに着替える。


 連日の猛暑で、プールは大盛況だった。芋洗いとはこういう状態を言うのだろう。誰もかれも、他の人の合間を縫って泳いでいる感じだ。

 市民プールは天井の高い屋内プール施設で、五十メートル八コースのメインプールと、幼児用の円いプールが隣接している。

 メインプールは公式の競技会でも使用できる規格のもので、学校のプールよりも水深が深く、一番深いところでは顔を出したまま足をついて立てない深さだ。水が苦手な孝美は、比較的浅いところを、コースを横断する方向に平泳ぎで泳いでいる。


 学校の課題はとりあえず、受付でハンコをもらって少し泳いで帰って来るだけでよいので、泳ぎ方とか、何メートル泳がなければならない、といった目標は特に定められてはいない。

 私は準備体操の後、背泳ぎで五十メートルを往復二本ほど流してから、水中メガネを外し、水着の裾にたまった水を抜くと、プールサイドにあがって少し休憩した。


「朔子ちゃん、背泳ぎばっかり」

 孝美も同じくらいのタイミングであがってきて、私の横に体育座りになった。

「クロールとか平泳ぎよりも楽だからね」

「あー、水の抵抗がってこと?」

 孝美は私の胸元に視線を落として、少し口を尖らせた。

「ちがうちがう。なんか仰向けに寝てる感じがして」

「ホントかなあ」

「……水の抵抗のせいも、ちょっとあるかな」

「ほらぁ!」

 孝美は平手で、私の背中をぱしんと叩いた。

「やめろ、痛いって」

「朔子ちゃんがボイン自慢するから」

「自慢はしてないだろ」

 孝美の言い方が少しおかしくて、反駁しながら思わずくすっと笑ってしまった。

「あ、やっと笑った」

 孝美がにっこりと笑みを返す。

「体動かして、ちょっとは気がまぎれた?」

「え、ああ……」

 そういえば、そうかも。


「今朝からずっと、ぶすーっとしてたから、心配してたんだよね」

「ごめんね」

「だから、仕方ないって」

 孝美は立ち上がって伸びをした。

「あのね、朔子ちゃん。昨日は言えなかったんだけど、あたしも朔子ちゃんと同じ高校には行かないかも」

「ああ。そういえば、そうなんだよね」

 特に意外ではなかった。


 私もそれは考えて、思い当っていたことだった。

 成績に差がつくかもしれない、というのもあるけど、何より孝美は、できれば将人の行く学校に入りたいに違いない。

 野球強豪校は男子校が多いけど、あいつが共学高を選ぶ可能性はあるし、そうでなくても通学路が重なる高校とか、いずれにせよあいつに近いところに行きたいに違いないのだ。

 そういえば、中学でも野球部のマネージャーをやりたいと以前言ってた気がする。そうなったら工作部との掛け持ちだって難しいだろう。


「きっと、あたしたちが今思ってるよりすぐに、みんな進路が分かれてさ、ずっと一緒にはいられなくなっちゃうんだよ。航ちゃんはたまたま早く決めちゃっただけで、あたしたちもそのうち決めなくちゃいけなくなるなって、昨日の夜ずっと考えてた」

「孝美はしっかりしてるな、やっぱり」

「ううん、そんなことないよ。諦めてるだけかも」

「冷静なんだよ」

「そうかな。――でね、そうなった時に、朔子ちゃんも航ちゃんも、お友達じゃなくなっちゃうのかな、ってちょっと不安になった。朔子ちゃんはどう思う?」

「それはない。進路が分かれたって、孝美は友達だよ」

 少なくとも私から縁を切ろうとは思わない。電話もするし年賀状も出すと思う。

 一緒に遊ぶ時間は少なくなるだろうけど、嫌いになって別れたわけじゃないのなら、人の縁は続くだろう。

 孝美は大きくうなずいた。


「だったら、航ちゃんがどんな道に進んだとしても、あの子の考えを大事にしたいと思うの。だいいち、中学校の三年間は一緒なんだから、そこでたくさん思い出作らなくちゃね。将来のことを考えすぎて、中学校生活を楽しめなかったら、それこそ本末転倒じゃない?」

「だよね、確かに」

 この夏の出来事を、私は一生忘れないだろう。それと同じくらい、楽しく充実した中学校生活を航ちゃんと一緒に過ごせるなら、そのあとがどうなっても、一生の宝物になるに違いない。


 永遠はないと知った。

 限りあるひとときの輝きもまた無価値ではないのだとも思えた。

 でも。それでも――

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