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昭和ブンドド娘~あるいは、私たちは如何にして終末論を克服したか~  作者: まつたきりか
八、アイスコーヒーとチョコレートサンデー
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八、アイスコーヒーとチョコレートサンデー(1)

 一晩寝て朝起きても、苛立いらだちはおさまっていなかった。


 苛立つと同時に、私はいま明確に落ち込んでいる。

 今朝のラジオ体操には孝美も来ていたけど、昨日の話題には一切触れず、二言三言ありきたりで無難な言葉を交わしただけにとどまった。

 一緒に来ていた妹の仁美ちゃんに「だいじょうぶ?」って心配されるほど、見た目にも私の落胆はわかるものらしい。


 はじめて(わたる)ちゃんと出会ったあの日以来、この夏休み、何があっても辛くはなかった。茹だるような暑さも、孝美との喧嘩と仲直りも、にがみを残して途切れた淡い恋でさえ、悪くなかったと思えていた。

 それはすべて、私と航ちゃんの友情の永遠をどこかで信じていたからだ。しかし昨日、そうではないことが明示されたことで、すべてが反転してしまった。

 今は何をやっても、何を思っても楽しくなかった。


「朔子、お前ほんとに大丈夫か?」

 朝食の席で、理博みちひろが心配して声をかけてきた。

 本山家は今日久しぶりに、家族そろって朝の食卓を囲んでいる。私はトーストにジャムを何度も塗りつけながらぼーっとしていたらしい。

 理博は、私の製作のモチベーションアップのために展示会のチラシを持ってきてくれたのに、帰って来てからあからさまに気落ちしている私をみて、責任を感じているようだった。


「ごめん、大丈夫」

「全然大丈夫じゃ無さそう」

 篤志がぽつりと指摘する。

「ほな、一丁なんか元気の出る歌いってみるか?」

「やめなさい、食事中に」

 立ち上がって、背後のソファに立てかけてあったギターに手をかけた崇一郎を、母が咎める。

「朔子も。いつまでも辛気しんきくさい顔してんと、ちゃんと食べなさい」

「はい……」

 私までついでに叱られてしまった。


 父は何も言わずに、ポットに残った二煎目の紅茶を自分のカップに全部注いてから、茶葉を入れ替えた。母は空になったサラダボウルをテーブルの上からどけて、流し台まで持って行った。

「お父さんたちって、なんで結婚したんだっけ?」

 席に戻った父に、私は訊ねた。

 ふいに口をついて出た質問だった。何故そんなことを今訊きたくなったのか、自分でもわからない。

「なんで、て。ええ人やとおもたからやんなあ」

 答えたのは父ではなく、台所から戻ってきた母だった。私は彼女の方に向き直った。


「そんなん、すぐ分かるもんなん?」

「分かるわからんやのうて、ピンときたんや。お母さんがそうおもただけや」

「お父さんは?」

「そらまあ、こっちも一緒や。なんや恥ずかしいな、娘にこんな話すんのん」

「一生のこと、そんなんで決めるの?」

 さらに問うと、父は歯を見せて笑った。

「人の縁やからな。そういうもんやねん。――でも、どないしたん、藪から棒に」

 問い返されて、私は一瞬言葉に詰まった。昨日からのことを家族に相談すべきかを逡巡したのだ。その沈黙がかえって皆の注目をあつめるきっかけになってしまった。


「例の気になってた男子のことか?」

 と崇一郎。

「いつも電話してくる航ってやつのこと?」

 と篤志。

「やっぱり、昨日の展示会で何かあったのか?」

 と理博。

 気遣いはありがたいけど、ほぼ同時に言うのはやめてほしい。

 いずれにせよ、私が何か答えないと家族の興味が私からそれることはなさそうなので、ため息を一ついてから、昨日の事情を話すことにした。


「崇一郎だけハズレ。昨日、航ちゃんとちょっとね」

「どうした、喧嘩でもしたか」

 父は心配そうに訊いてきた。平日は仕事ばかりでほぼ家にいないので、私の交友関係についてはあまり把握していないと思うけど、航ちゃんという新しい友達ができたらしいということは知っていた筈だ。

「喧嘩できればまだよかったんだけどね」

 私はまたため息を吐く。


 そこから、笠高模型同好会の話や、航ちゃんと将来の話をしたこと、高校にはいかないと断言されたこと、そしてその理由が許嫁であることなどを、順を追って説明しつつ打ち明けた。

「ねえ、それってさ、昔朔子が兄貴たちに渡してた「けっこんしょうめいしょ」みたいな話とは違うの?」

 篤志が言った。

「あんたね、嫌なことを思い出させてくれるじゃない」

 私は少し顔をしかめて、これ以上私を不機嫌にさせるな、と隣に座る弟を横目で睨んだ。

 その昔、私がいたいけな幼稚園児だった時分に、崇一郎と理博が他の女の子にとられるのが嫌で、画用紙にクレヨンで「けっこんしょうめいしょ」を書いて渡したことがあった。篤志はまだ幼稚園にも行っていなかったから、私が年少さんの頃だ。もちろんその時は兄妹が結婚できないことも、二人一緒に結婚できないこともよく知らなかった。

 思い出すと顔から火が出るほど恥ずかしい。

「はは、よく覚えてたなそんなの」

「あの頃は朔子もかわいかった」

 崇一郎と理博は苦笑いしている。っていうか「あの頃は」ってどういうことだよ。今もかわいいだろ。


 閑話休題。

「まあ朔子の話を聞く限りやと、そういう可愛らしい話ではなさそうやけどな」

 崇一郎の言う通り、航ちゃんは養子に入るとか、親戚に挨拶みたいな話もしていたから、そこから察する限り、家同士のレベルで決まっている事なのだろうとは予想できた。

「そやねえ。ひと昔前まではようあった話やし。さぞ良家ええとこのお嬢さんなんやろな。本人が嫌がってないんやったら、他人が踏み込んでどうこう言う話とちゃうなあ。朔子にとったら寂しい話やろけど」

 母は私の語った内容を咀嚼するように、頷きながら言った。


「いや、理不尽やないか」

 崇一郎が憤然とした口調で反駁した。

「その航ちゃん? 彼女の意志で決まった話やないやろ。今の民法にはかなわんのとちゃうか?」

「年齢が足りてないからすぐ結婚するってわけじゃないし、婚約に法的な拘束力はないだろうけど、事後でも本人が合意していれば、話は進んでしまうんやろうね」

 理博はデザートのカップアイスをスプーンでつつきながら、冷静にそう言った。

「僕もそういう法律に詳しいわけじゃないけど、昔の感覚だと結婚てのは家同士のものだから」

「そう……だよね」

 自分でも何となくそんな気がしていたけど、兄たちのやりとりで改めて事態を認識し、私はしょんぼりとテーブルに顔を伏せた。


「ねえ、お母さんから教育委員会に言って何かしてもらえないの?」

 見かねた篤志が言った。

 母は六小のPTA会長で、元教師という経歴もあって、先生たちにも顔が効く。それを踏まえてのことだ。

 だが母は首を横に振った。

「そんなん出来ひんし、出来たとしても、やったらあかん。そんな権利ありません」

 それはそうだ。PTA会長の権力はそこまで強くない。

 しかし母はそのあとに、もう一言付け加えるように言った。

「嫌やったら、あんたがその子本人にちゃんとはなしして、こうしてほしい、ああしてほしい、って言うたげなあかんのちゃうの?」

「でもそれこそ、そんなこと言う権利なんて、私には――」

「お友達に無かったら誰にあるねんな。シャンとしなさい」

 母はうなだれる私を叱咤するように、背中を平手でぽんと叩いた。


 家族の励ましは嬉しかった。

 でも今の私には、彼女に会ったところで何を話していいのか、さっぱりわからないままだった。

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