七、パイプ椅子とヴィネット(4)
「製作体験コーナー、かぁ」
孝美が興味津々という顔で、私と航ちゃんの様子を交互にうかがう。
「行きたい?」
私が訊ねると、
「うん、楽しそう!」
と、孝美は元気に答えた。
――楽しそう、か。
自然と私の頬はほころんだ。
「よし、じゃあ三人で行ってみよっか!」
航ちゃんが先導して、会議室を出て視聴覚室に入る。
展示会場よりすこし人気はまばらだったが、私たちと同い年くらいの男の子たちが長机の上にキットを広げて、組み立て説明書と首っ引きで製作中だった。
彼らの背後を、三十代くらいの大人の女の人が巡回するように行き来して、ときたま質問を受けたり、助言をしたりしている。
彼女は私たちに気づくと、
「あら、製作体験ご希望ですか?」
と声を掛けてきた。
「はい、……あの、もしかして大河内先生でいらっしゃいますか?」
「そうだけど――ああ、沼田くんの紹介かな。はじめまして。大河内知世といいます」
先ほどのお兄さんが話していた顧問の先生だ。
「第三小学校六年、本山朔子です」
「同じく近藤孝美です」
「第一小学校六年、佐浦航です!」
「あら元気ね。あなたたちは普段プラモデル作るのかしら?」
「はい!」
大河内先生と私たちはすこしプラモ談義をした後、同好会が用意してくれたキットの中から好きなものを選んで、製作を開始することになった。
そのキットの中になんと、私の想い出の品であるタミヤの二号戦車F/G型があった。
「これよ、これ!」
「それかぁ。そういえば、模型屋で見たことあるよ」
航ちゃんはそう言いつつ、自分用にガンプラのコアブースターを選んで手に取った。
「パーツ数が少なくても作りでのあるキットを選んでくれてるみたいだね」
「あたしはこれにしようかな」
孝美が選んだのは、平べったい箱にランナー一枚だけが入ったガンプラだった。
二百五十分の一ガンダム。
箱は蓋つきではなく、フックにかける穴のついたヘッダーがはみ出した平べったいもので、そのヘッダー部分に「イロプラ」と大きな文字で印刷してあった。
特徴的なのは、その一枚のランナーの中に成型色の異なる部品が含まれていることだった。
プラモデルが射出成型という方法で量産されている以上、普通はランナー一枚のプラスチックの地色は単色で、異なる色のパーツをキットに入れる場合はその色のランナーを別に成型して同梱される。しかしこのキットは、ランナーの端々につなぎ手のようなものがあって、それで色違いのランナー同士が一枚に組まれているのだ。
多色成型、というバンダイの新技術らしいが、ガンプラでもこの二百五十分の一シリーズ以外では見ないものだった。
「へえ、珍しいね。存在は知ってはいたけど、あんまり出回ってないよそれ」
航ちゃんは感心したように言った。
「私、同じシリーズのグフを作ったことあるよ」
確か去年の夏休み、お父さんの実家に行った時、お爺ちゃんが私と篤志を放出のおもちゃ屋に連れて行ってくれて、その時見つけたのだった。
グフなのでほとんど真っ青だったけど。
「スナップフィットだから接着剤なしで作れるし、色分けされてるから塗装しなくても見栄えしていいんだよね」
「こんな技術があるなら、もっと普及してほしいよね。孝美ちゃんみたいな人たち、結構いると思うし」
航ちゃんの言わんとするところはわかる。そうなったら、初心者がプラモデルを始めるハードルはぐんと下がるに違いないのだ。
三者三様のキットを持ってきて、製作用の席に着き、私たちは大河内先生のアドバイスを受けながら作り始めた。
ツールや接着剤などは用意されていて、手ぶらで来ても飛び入り参加できた。
大河内先生のモデラ―としての含蓄と技術力は相当なもので、航ちゃんでさえ舌を巻くほどだった。
やがて私たちの作品は完成し、展示コーナーに置かれる運びとなった。
「おおお! 上手い!」
コアブースターと、セットのコアファイターが並べて展示されると、男の子たちが歓声をあげる。
さすがに航ちゃんの技術は段違いだった。
二機とも丁寧な整形と表面処理で、合わせ目の段差も分からないほどぴったり組み上げられている。ほぼ素組みで白単色なのに、一塊の機体として十分絵になっていた。
降着装置の細かい溝はナイフの削りこみだけでディティールアップされていて、タイヤの部分は黒のガンダムマーカーで塗ってあった。欲を言うならモールドの墨入れがほしいけど、生憎と会場にはマーカー以外の塗料の準備が無かった。
「こっちのもなかなかだぞ」
と褒められたのは私の二号戦車だった。
パテは用意されていなかったので合わせ目処理は不十分で、履帯は焼き止めできなかったのでホチキスでつないである。それでもそれなりに綺麗に組みあがった。
「この短時間で戦車をよくここまで組めるな」
そりゃまあ、これを作るのはもう四輌目なので。手が作り方を覚えているレベルだし。
「しゅごい……」
孝美の小さなガンダムも、傍にいた初心者らしい低学年の男の子から憧憬の目で見られていた。
バンダイの多色成型技術に対する感嘆が五割だと思うけど、それにしても前回アッガイに苦戦していたのが噓のように、今日の孝美はすいすい手を進めていた。大河内先生の指導と協力があったとはいえ、完成までの時間は私たちとほとんど変わらない。
「成長を感じるね」
「えへへ」
孝美はご満悦のようだ。
「あら、なかなかの出来栄えね。じゃあこれを書いて、作品の近くに置いておいてちょうだいね」
大河内先生から、会議室に展示してある作品と同じ書式の作品カードを手渡されたので、私たちはそれに自分の名前と作品名、使用キットの名前を書き込んだ。
作品説明の欄は「体験コーナーで一生懸命作りました」ぐらいでいいだろうか。そう思ったが、少し考えて「友達と一緒に」の一言を付け加えた。
これはいい思い出になる。




