七、パイプ椅子とヴィネット(3)
展示会の会場となっていたのは、公民館の中にある会議室だった。
壁面にはパイプ椅子が並べられて荷物置き場になっていたが、私たちは今日は手ぶらできたので、そこに用はない。
早速、入り口近くに展示されている作品から順番に見て回る。
自由に巡回できるよう、いくつかの島に組まれた長机の上に、同好会員や交流のある町のモデラ―さんが作った作品が所せましと並べられていた。
ジャンルも多岐にわたり、スケールも大小さまざまで、出来栄えもピンキリだったが、とにかく愛を込めて作られているのが伝わってくるものばかりだ。
展示会場には意外なほどお客さんがいた。
おしくらまんじゅうになる程ではないにせよ、順路で立ち止まって見ていると後ろから無言で急かされるくらいには列ができている。
人出の中には、出展している模型同好会の会員自身やその関係者も含まれていると思うけど、手作りの展示会としては盛況といっていいだろう。
「やっぱりガンプラは多いね」
航ちゃんは迫力満点のトリプル・ドムを、角度を変えながら鑑賞しつつ言った。
展示されているガンプラからは作り手の鋭気がにじみ出ていた。技術的には一番拙いように見える作品ですら、良くできていると思っていた孝美のアッガイが見劣りするほどの覇気がある。
魂の入り方が違う。
改造されているものも多く、塗装のムラもなく、ポーズにも工夫が凝らされていた。
「高校生でも作るんだねえ」
孝美は、ライフルを頭上に放つ頭と左腕のないガンダムを嘆息しながら眺めていた。劇中のガンダムの最後の雄姿だ。大きなスケールなので六十分の一だろう。あちこち削ったり盛ったりして、映画のポスターのようなスタイリッシュなフォルムに改造されている。
孝美にとってはまだ、アニメモデルは低年齢の子供が作るイメージだったらしい。
「そりゃ、ブームが最高潮だったころ中学生だった人たちだし。――きっとこの人たちは、お父さんになってもガンプラ作ってると思うわよ」
展示品には一作品ごとに、製作者が書いた作品カードが添えられているのだが、作者の名前と学年、タイトルのほかに、作品説明が入っていて、何のどういう場面なのかといったことが思い入れをもって綴られていた。
「このへんは朔子ちゃんの好きそうなコーナーだね」
場所を移動して、航ちゃんが指さしたのは、ミリタリーミニチュアがずらりと並ぶ一角だった。
カードを読んでみると、タミヤだけでなく、イタレリ、モノグラム、エレールといった海外メーカーのキットに挑戦した作品もあるようだ。
私が心惹かれたのは、ごついAFVが並ぶ中にあって、あえて非装甲車両を主役に据えた小情景だった。
半装軌オートバイが雪道を走っている情景で、前輪を浮かせてギャップを越える瞬間をとらえている。
キットの仕上げ自体もうまいけど、小さな台座の表面の、雪の積もった泥土の表現が素晴らしい。砂絵のような細かく白い粒子に、履帯の跡がくっきりついている。運転している兵士のフィギュアも表情がつけられ、生き生きとしていた。
「それの良さがわかるとは、お目が高いね」
うっとりとその作品を眺めていた私に、傍にいた男の人がいきなり声を掛けてきた。
私は少しびっくりして振り向くと、笠高の制服を着て銀縁メガネをかけた、小太りの男子生徒がひとり立っていた。顎先に右手の指をかけて、「ふふ」と不敵な笑みを浮かべている。
「お兄さんが造ったんですか?」
「いや、僕にはこんなの作れないよ。顧問の先生の作品なんだ」
「へえ……」
「もともとこの同好会を立ち上げたのは、大河内先生っていう稀代のモデラ―がいたからこそなんだよね」
「さすがにお上手ですね」
「うん。君たちも作るの?」
「はい」
「戦車が得意なんだよね」
と、いつの間にか私の隣にいた孝美が割り込んで口を添えた。
「はいはーい! ボクも飛行機とか作ってます!」
航ちゃんも負けじと主張してきた。
「いいね。女子モデラ―は貴重だから、ぜひ続けてほしいな」
「貴重、ですか」
そんなことを言われたのは初めてだった。
私が実際クラスで孤立しているのもあるけど、モデラ―界隈は男臭くて、女子供を寄せ付けないような閉鎖的で排他的なファンダムだとばかり思っていた。
それを言うと、お兄さんは「いやいや」と首を横に振った。
「確かに野郎が多いけど、プラモデルは男女ともに楽しめるホビーだし、現にそれを作った大河内先生は女性だよ」
「「「ええ!」」」
私たちは三人そろって驚きの声をあげた。
マジかよ。
「ガンプラのコンテストとか、タミヤのパチコンなんかでも一定数女性の応募はあるみたいだしね。先生が言うには、お化粧や裁縫に凝るのと似たようなもんなんだってさ」
私自身はまだお化粧をしたことはないけど、母がPTAの寄り合いに先立って、鏡台の前で時間をかけて顔を作ってるのは見たことがある。確かに通じるものがなくはない。
「――ほら、空の半分は女性が支えてるってジョン・レノンも言ってるじゃない? プラモが女性向けの趣味じゃないなんてのは偏見だよ。好きなら、そんなものは気にしないで続けてくれよな」
私の孤立感というのは、ひょっとするといま見ている私の世界が狭いだけで、世の中には探せばいくらでも同好の女子がいるのかもしれない。
「あ、そうだ。隣の視聴覚室で、先生がプラモ製作体験コーナーやってるんだよ。良かったらそっちにも顔出してみてね」
そう言い残して、お兄さんは私たちの傍を離れていき、列の後ろにいたおばさんの一団にガンプラの説明をはじめた。




