七、パイプ椅子とヴィネット(1)
水景を見ながら自転車を馳せていると、心持ち暑気が緩やかになるような気がした。
笠神高校の模型同好会が主催する展示会の会場は、市域の東部にある第四小学校の校区内の公民館で、私の自宅からは片道およそ三キロほどの道のりだった。
暑い中自転車で行くには遠いかもしれない、と思っていたが、そうでもなかった。
自宅から出発して、団地の前のバス通りを道なりに南に進むと、いったん右に大きくカーブを描いて、川を渡る橋につながる。
そこで橋を渡らずに東向きに切り返し、まっすぐ土手の上の堤防道路をひた走る。
走行中は向かい風になるので、麦藁帽がときどき頭の後ろにとんで、あご紐が首を絞めてくる。だけどそれを除けば、およそ快適な道行きだった。
公民館にたどり着いたのは、正午を少し過ぎた頃だ。
「お昼、早めに食べてきておいて正解だったねー」
孝美はピンクの自転車を降りて、指定された駐輪場まで曳いてスタンドを立てると、しっかりとチェーンロックをかけた。
私はうなずいて、母に借りたママチャリを孝美の自転車と並べて駐める。
「航ちゃんはまだ来てないか」
「車で送ってもらうって言ってたけど……」
この会場は、私たちの住宅からはギリギリ自転車でたどり着ける距離だけど、航ちゃんの家からはだいぶ遠い。あるいは、ご自慢のBMXであれば来られなくもないかもしれないが、疲れ切って肝心の展示を見る余裕がなくなったら本末転倒だろう。帰り道のこともあるし。
などと考えていると、駐車場に一台の目立つ銀色の車が入ってきた。
乗用車の車種にそれほど詳しくない私でも、チョロQをそのまま大きくしたようなその独特なフォルムには心当たりがある。
「あ、ホンダ・シティだ」
孝美も知っているようだった。まあ、あれだけテレビのCMで、条件反射で頭の中に音楽が流れ出すくらい車名を連呼されたら、そりゃ覚えるだろう。
ボンネットに少し出っ張りがあるし、車体の横に大きく「TURBO」と書いてあるので、シティ・ターボという奴だろうか。近所で走っているのはあまり見たことがなかった。
品川ナンバーをつけたその銀ピカのシティは、公民館の建物の入り口近くまで来ると、そこでエンジンをかけたまま止まった。
驚いたことに、シティの助手席からドアを開けて出てきたのは私たちの顔見知りだった。
「信介さん、ありがとう」
運転席にいる二十代くらいの若い男性に一声かけてからドアを閉め、航ちゃんは私たちの方に向き直った。
今日は珍しくスカートを穿いている。よそ行きな感じの、薄手の生地の青いジャンパースカートで、裾下から膝が見えていた。相変わらず小学生とは思えぬスタイルの良さだ。
彼女のトレードマークともいえるポニーテールとピンクのサンバイザーはいつも通りだった。
「やっほー、来たよー」
右手を大きく伸ばして振りながら、航ちゃんは元気よく声をかけてきた。
「おはよう航ちゃん。ねえ、その人って……?」
改めて運転席の男性を見る。
お父さんにしては若いし、そもそも航海でしばらく帰ってこないと言っていた。お兄さんがいるという話も聞いてない。
航ちゃんは訝しむ私たちを気にすることなく、
「あ、紹介するね。こないだ朔子ちゃんには話してたと思うけど、従兄の信介さん」
と軽い調子で答えた。
「ええ? あの、航ちゃんの師匠の?」
従兄の信介さん、と紹介された男性は、フロントガラスの向こうから「どうも」とにこやかに手を振ってきた。
セルロイド縁のサングラスをかけ、ラルフローレンの白いポロシャツの襟をゆるくあけて着こなしている。やわらかいウェーブのかかった短い髪の毛の先は明るい色に染められていた。
ぱっと見、航ちゃんにプラモを仕込んだ師匠というイメージからは程遠い。
それから、これは完全に私のやきもちだけど、親戚とはいえ航ちゃんの隣に見知らぬ男が並んでいる、という図にはちょっと抵抗を感じた。
「大学が夏休みで実家に戻ってるらしいんだけど、ちょうど昨日うちに挨拶に来ててさ。泊まってもらって、今日の送り迎えをしてもらうことにしたんだ」
私のもやもやした気持ちなど知る由もなく、航ちゃんが嬉しそうに事情を説明してくれた。
彼――信介さんは、帰りの時間について窓越しに二言三言航ちゃんと打ち合わせた後、シティをゆっくり発進させて駐車場から去っていった。




