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六、ウォーゲームとプラスチック物差し(5)

 窓の外から、蝉の声にまじって、近所の小さな子供たちが大声で騒ぎながら表の道路を()け去っていくのが聞こえた。

 風鈴が揺れて、涼しい音を鳴らす。


「それにしても、朔子ちゃんほんとに戦車が好きだよね」

 卓袱台に肘をついて、航ちゃんはしみじみとそう言った。

「まあね」

 ミリタリー趣味の先達たちの知識には遠く及ばないのもわかっているが、私としてはいっぱしの戦車(タンク)マニアを気取ってはいた。


「戦車模型が好きってだけじゃなくてさ。戦車の歴史とか、性能とか、そういうのも知ってるじゃない?」

「そんなの、模型の組み立て説明書(インスト)の解説を読んでたら詳しくもなるよ」

 と言ったものの、実はそれだけでもない。

 私の場合は系統だった本格的な資料に触れたわけではなく、低学年の頃に読んだ図鑑から得たものや、二人の兄がくれたもの、「模型のかとう」のおじさんに教わったものなど断片的な知識が、パズルのピースのように組み合わされていって、今の自分の知識が形成されている。


「きっかけは何だったの?」

「そうね……」

 思い返すと、明確なターニングポイントがあった。

「三歳の時に行った駐屯地祭かなあ」

「ちゅーとん・ちさい、って?」

「うちの団地の隣に、陸上自衛隊の駐屯地があるんだよ」

「それは知ってるけど。――あ、そこのお祭りってこと?」

 どうやら言葉を区切る場所を勘違いしていたらしい。

「そうそう。地域住民との交流イベントがあって。年に一回ぐらいかな。駐屯地の敷地に入れるようになってね……」


 その年の駐屯地祭には、孝美や近所の男の子たちと一緒に参加した。

 その頃の私は自衛隊がどういう組織なのかもわからなかったし、軍事についての知識もまるでない頃だったけど、子供たちをジープに乗せて、やさしい自衛官のお兄さんが敷地内を案内してくれたり、音楽隊の演奏があったりで、なかなか楽しかった思い出がある。


 その会場の一角に、戦車を展示するコーナーがあった。

 普通科の駐屯地では普段めったに見ることができない、その当時の主力戦車・61(ロクヒト)式が展示してあったのだ。

 本当は周囲から見学することができるだけだったようだが、まるっこいキューポラに心惹かれた私は「のぼりたい」と駄々をこね、担当の自衛官さんのご厚意でまんまと砲塔の上にあげてもらった。


「それが私の戦車原体験ね。んで、装甲に直接手で触れて、戦車砲を間近で見て――その時のことが忘れられなくて、段ボール工作で戦車作ったりしてた」

「まだその頃はプラモじゃなかったんだね」

「うん。プラモ趣味自体はガンプラからだったんだけど、その思い出があったから、戦車のプラモにも当然興味があったのよ。でも小学生のお小遣いでホイホイ買える値段じゃないし、箱を開けたら(こンま)い部品がたくさん並んでるしで、なかなかハードルが高くてね。――でも小三のクリスマス、出会ってしまったの。――タミヤ三十五分の一、二号戦車F/G型に!」

「へえ……?」

 さしもの航ちゃんでも反応が薄い。

 そういえば戦車模型はほとんど作ったことがないって言ってたっけ。

 これは――説明せねばなるまい。


「MMのナンバー九、二号戦車F/G型は、戦車モデラ―のマストアイテムにして登竜門! 作りやすいパーツ構成でありながら丁寧に作ればナイスフォルム! モータライズ前提から本格ディスプレイモデルへと舵を切った、タミヤMMミリタリー・ミニチュアの歴史に残る一品ひとしななの!」

「お、おう」

 しまった。熱く語りすぎて引かれてる感じか。

「え、ええと。まあ、それをクリスマスプレゼントにもらって、戦車熱が再燃して、今に至る、ってとこかな」

 取り繕うようにそう言って、乾いた笑いを浮かべる。

 航ちゃんはそんな私のあわてっぷりもお見通しのようで、可笑しげにくすくす笑った。

「よくわかったよ。朔子ちゃんの戦車愛が伝わってきた」


「航ちゃんは、なんで飛行機模型を?」

 逆に訊いてみる。航ちゃんは「そうだなあ」と少し考えてから、なにか懐かしい人を思い出すような表情になって言った。

「ボクの場合はねえ――こないだ言ってた『よく飛ぶ紙飛行機』の影響ももちろんだけど、それより前に、従兄のお兄さんが飛行機模型好きでさ。ほら、さっきのバルジ大作戦くれた人」

「ふうん、結構影響受けてるんだね、その人から」

 ミリタリーマニアなのだろうか。

「大げさに言うなら、ボクの師匠だったからねー」

 師匠ときたか。


()()()機の師匠。さては一子相伝の……」

「北斗神拳じゃないっての」

 傍に置いてあった三十センチのプラスチック物差しで、航ちゃんは私のおでこを軽く小突くふりをした。

「あべし!」

 私は秘孔を突かれて破裂する悪役のものまねをする。航ちゃんはやや呆れたように、冷たい視線を向けてから、話を続けた。


「前に話したかな。紫電改を作ったって」

 航ちゃんは立ち上がって、壁の本棚に並んでいる彼女の作品の中から、一つだけアクリルケースで覆われて展示されている一作を丁寧に持ち上げ、慎重に卓袱台の上に移動させた。


 川西N1K2-J「紫電改」。


 大戦末期に作られた日本海軍の戦闘機だ。

 小スケールなので多分七十二分の一(ななにい)だろうか。航空機模型アヴィエーションモデルの製造元にはあまり詳しくないが、おそらくハセガワ製だろうか。

 凸モールド処理などに拙いところも見えるが、降着装置などの細かい部品も丁寧に組まれていて、アンテナの張り線もきちんと再現されている。

 アクリルケースもお手製らしく、大事に保管しているのが見てとれた。


「これ、ボク一人じゃなくて、その従兄と一緒に作ったんだよね。プラモの原体験だったなぁ」

 初めて作ったのがこれ? 手伝ってもらったにしても、けっこう上手いよ。

「それ、何歳ぐらいの時の話?」

「六歳。幼稚園の年長の時」

 天才か!

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