六、ウォーゲームとプラスチック物差し(4)
航ちゃんのお母さんはもう帰ってきていた。
そして先ほど、菓子盆をてんこ盛りにして、麦茶と一緒に部屋に持ってきてくれたのだった。
お母さんに会うのは二回目だけど、うちのお母さんよりだいぶ若く見える。
背の高い美人で、物腰も穏やかだ。この前のお泊りの時に初めて会う前は、航ちゃんの気ッ風のいい性格から、肝っ玉母ちゃんみたいなのを想像していたので、ちょっと意外だった。
「つくば万博、いく?」
エンゼルパイを頬張りながら、航ちゃんが言った。
航ちゃんがどういう連想をしてつくば博の話が出てきたかはわからないけど、目下開催中のロス五輪の話題も、世間を騒がす「かい人21面相」の話題も終わっていたので、残るは科学万博の話題、ということのようだ。
「うちは春休みに家族で行こうってか、って話になってるよ」
私はホワイトロリータに手を伸ばしつつ、今のところの我が家の予定を伝えた。
「兄貴たちの都合によっては、来年の夏休みまで伸びるかもだけど」
茨城県の筑波研究学園都市で来年春から開催される予定の、国際科学技術博覧会、通称「科学万博・つくば’85」は着々と準備が進められており、学年別の学習雑誌などでもパビリオンのイメージ図などが掲載されて、盛り上がる機運を見せている。
マスコットキャラの「コスモ星丸」のかわいらしさもあって、専門的な科学技術の博覧会であるにもかかわらず、世間にはソフトなイメージで受け入れられているようだった。
「ボクも行きたいんだけど、交通の便がね。どの汽車に乗っていったらいいか、よくわかんないんだよね」
「常磐線特急じゃない?」
「ひたち一本で行けるのかな? 新幹線とリレー号で上野まで行って、周遊券で土浦方面に行く方が早いかも。どっちにしても土浦で降りた後はバス移動になるっぽいし」
「そうなんだ。うちは車で行く予定だけど、常磐自動車道がこっちまで伸びてないから、やっぱり一回東京の方にいって折り返す感じになるみたい」
我が家は盆と正月、毎年のように車で関西の両親の実家まで帰っていたので、長距離の車移動にも躊躇がない。
「どっちにしても大変だなあ」
「うん。泊りがけの大旅行になるから、春休みとか夏休みがいいなってお父さんが言ってた」
インドア派趣味の私だけど、実は旅行に行くのは嫌いではない。
土地土地の観光名所になっている風景や建物を実際に見ることは、模型を作る際の想像力を養う事にもつながると思っている。
茨城県には今まで行ったことが無かったから、道のりの困難も含めて、かなり楽しみにしているのだ。
「茨城って、他にどんな観光地あったっけ」
どうせお父さんの車で回るなら、つくば万博にかこつけて、近場の観光地などもめぐってみたい。
航ちゃんは机の引き出しから社会科でつかう学習地図帳を取り出して、茨城県が大きな縮尺で乗っているページを見た。
「県庁所在地は水戸だよね。偕楽園とか……千波湖とか、あと水戸黄門にまつわるいろいろがあるんじゃないかな」
「水戸黄門より銭形平次が好きだけど、偕楽園はいいね」
梅の名所だったはずだ。行くのが春休みならちょうどいい。
「あとは……ここなんてどう?」
航ちゃんは地図上で指をすべらせ、海岸沿いの町を指さした。
「大洗町?」
聞いたことがない町だった。
「うちのお父さんが仕事でここの港に寄ったことがあって、お魚がおいしいって言ってた。あんこう鍋とか、しらす丼とか。古い神社があって、大きな海水浴場もあって、関東ではサーフィンとかマリンスポーツの隠れたメッカらしいよ」
そういえば、航ちゃんのお父さんは船のお仕事だった。
「しらす丼もあんこう鍋も美味しそうだけど、サーフィンかぁ、さすがに縁遠い趣味だなあ」
ボードを抱えて荒波に向かう自分というのは想像しがたい。
そもそもスポーツはそんなに得意な方ではない。嫌いとか苦手というほどでもないけど、好んで取り組もうとまでは思わなかった。
「せめて戦車でも置いてあれば見に行くんだけどなあ……」
「何をどう間違ったら大洗に戦車なんか置かれるのさ」
航ちゃんはあきれ顔だ。
それもそうか。




