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一、麦藁帽とサンバイザー(3)

 そこで背後にいた孝美がひょいと顔を前に出して、展示されている私の作品を見た。

「すっごい! これ朔子ちゃんが作ったの? うまーい!」

「ありがと」

「でもやっぱり女の子っぽくないね。戦車って」

「一言多い」

「あはは――でも、これだけ上手かったら続けちゃうよねえ」

「いやー、まだまだだよ」

「そうなの?」

「上には上が、ってね」

 私はそう言って、「小学生コーナー」の自分の作品の隣に展示されているバルキリーを指さした。

「この飛行機?」

「そう。ちゃんと情景になっててすごいの」

 アニメ『超時空要塞マクロス』に登場する可変戦闘機バルキリー。それが人型バトロイドに変形する前の戦闘機ファイター形態で、空母の飛行甲板から発艦する直前の情景をとらえた小さなジオラマ(ヴィネット)だった。


 バルキリーが実在する現役の米軍機であるF―14艦上戦闘機(トムキャット)をモデルにしているのは知っているが、その実機を思わせる実在感(リアリティ)がある。

 絶妙な角度で固定された機体は、細部まで丁寧に作りこまれ、アラの一つも見えない。空母プロメテウスの飛行甲板を模した台座部分は、よく見るとスチレンボード製で、フルスクラッチらしいことがわかる。その造作がアニメの公式設定準拠かどうかまでは私のにわか知識では判断できないが、下手に作ったら上に乗った機体の出来を損ねかねないものなのは確かだ。しかしこの作品はそれを見事に成功させている。

 塗装もデカールの処理も丁寧で、大人が造ったものと比べても遜色ない。「小学生にしては」なんて但し書きもいらないくらい上手い。

「これ作ったの、同じ学年の子なんだよ」

「ええ! うそでしょ?」

「外からだとネームプレートが見えるんだけど、佐浦さうらこうくんっていう一小いちしょうの六年生」


 その作品は、私の四号戦車に先立つこと二週間前にここに展示された。それ以前にもショーケースの同じ場所に同じ名前の子の作品が飾られていたのも知っていて、私は同学年にしてこれほどの製作技術を持っている子がいることにショックを受けていた。

 まだ見ぬライバル、サウラ・コウに対して対抗意識が高まった私は一念発起して、誕生日に買ってもらったばかりのタミヤ四号戦車H型を、徹底的に綺麗に仕上げることに決めたのだった。

 自分の作品の仕上がりにはかなり満足している。

 それでも、佐浦くんの作品には、アイディアや構図の点で遠く及ばない。

「この人、前にもすごいアイディアのジオラマ作ってて、このショーケースの常連なんだよ」

「へー」

 と、孝美は改めて感心したような表情でその作品バルキリーに見入った。


 私もつられて少し顔を前に出したところで、はたと、店外からショーケースを覗いていたポニーテールの女の子とガラスしに目が合った。

 黒のTシャツにデニム地の短パン、ビニールのつばのついたピンク色のサンバイザー、靴はスニーカーという活動的ないでたちで、肌は小麦色に焼けている。私のと同じようなプールバッグを、右手で紐をひいて肩に回す格好で背中にかけていた。たぶん彼女もプール課題の帰りなのだろう。

 名札の色と校章からして、一小いちしょう生のようだが、ビニールの名札ケースに陽光ひかりが反射して、名前までは読めない。

 一瞬、気まずい時間が流れたが、彼女もショーケース越しに私をみとめ、歯を見せてにっこりとほほ笑んだ。

 それを受けて、私もちょっと硬めの笑みを返す。

 ポニーテール少女はそこでぷいと横を向き、足早にショーケースの前を離れ、そのまま駆けこむような勢いで店内に入ってきた。


 ガンプラの前にたむろしていた一小生男子たちが「あ、男女オトコオンナが来た!」と聞こえよがしにはやすのが聞こえたが、それを気に留める素振りも見せず、彼女は私たちの方にまっすぐ近寄ると、大声で、

「ねー、この戦車作ったの、キミなの?」

 と、私の作品を指さしながら訊いてきた。

 その間、わずか三十秒足らず。

 勢いに押され、私は面食らって言葉も出せないまま首を縦に振った。

「第三小学校六年、本山朔子さん?」

「あ、はい」

 名前を呼ばれて、条件反射で返事をする。

 そうか。

 そういえば私、プールバッグを名前を晒すような持ち方で抱えてた。作品のネームプレートを見て――

「すごーい!」

 少女はぱっと顔を輝かせて、私と私の四号戦車を交互に見ながら言った。

「戦車とか、ぜんっぜん作ったことないけど、それでもすごいのがわかるのがすごいよ!」

「え……?」

 作ったことって――

 この子も女子モデラ―なの?

 ていうか、同じ市内でプラモ作ってる女子が二人もいるもんなの?

 つーか、この誰やねん。

 いろんな「?」が頭の中をぐるぐる回る。

 孝美も、少女の言動のあまりの突飛さに当惑して、いつもみたいに私のフォローに回る余裕も無いようだった。

 うろたえ気味の私の様子を見て、少女はさらに歩み寄って距離を詰め、がっしと私の両手を包むように握ってきた。

「さうらわたる!」

「へ?」

「ボクの名前ね。また次の作ったら見せてよ!」

 さうらわたる――佐浦、わたる……って!

「え、このバルキリー作った?」

「うん! さっき褒めてくれてたでしょ? ちょっとだけ外まで聞こえてた」

「ええー!」


 絶対に男の子だと思ってた。

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