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五、クーラーボックスとスケッチブック(4)

 例によって、本山家の両親は留守だ。理博みちひろはまた電気屋だろう。

 崇一郎そういちろう篤志あつしは茶の間で並んで、とても女子には見せられない恰好でオリンピックの再放送を見ている。彼らを子供部屋に追いやってから、航ちゃんと孝美をそこに通して、テーブルに着くように勧めた。

「お昼まだでしょ。作るから待ってて」

 私はいそいそとエプロンをかけて台所に入り、お中元でいただいたそうめんを箱から三束とって茹で上げ、氷水でしめた。

 母の作り置きの麺つゆに、おろし生姜を入れ、申し訳程度の分量の笹かまぼこを切って小鉢で添える。

 ガラス鉢に盛った麵の上には、青紫蘇あおじその葉を刻んで散らした。


 出来上がったものを友人たちの前に出すと、

「おおー!」

 と謎の歓声が二人から上がった。

「あいかわらずの手際だねえ」

 孝美は手を合わせて一礼し、そうめんに箸をつける。航ちゃんもそれに倣った。

「嫁に欲しい……」

「あたしもー」

 そうめん一つで大袈裟な。

「アホなこと言ってないで、ぬるくならないうちに食べちゃいな」


 食事を済ませるとすぐに、もうすっかり恒例になった製作会を始める。

 私の部屋でやるのは今回が初めてで、しかも急なことだったので、部屋のセッティングなどもしていない。

 この四畳半に納まるような卓袱台はわが家には無かったし、お洒落なクッションもない。

 ちょっと考えて、勉強机をすこしずらし、壁との間に隙間を造って、私と航ちゃんが対面で椅子に座れるようにした。航ちゃんの分の椅子は、篤志のを子供部屋から拝借してきた。


 孝美は今日作るキットが無いので、私のベッドの上に腹ばいに寝転んで、自分の家から持ち込んだ少女マンガを読み始めていた。

 M4A3(シャーマン)の製作は、昨日から遅々として進んでいない。

 丸みのある特徴的な鋳造砲塔に、防盾としっかり接合された七十五ミリ砲をはめ込んでいく。


 作っている間ずっと、航ちゃんに根掘り葉掘り昨日の話を聞かれた。

 私が答えあぐねたところは、ベッドの上から孝美が都度補完していく。


 航ちゃんはこの前のファントムを作り終えて、次の一機を持ってきていた。タミヤ製の四十八分の一、海軍零式艦上戦闘機五二丙型。いわゆるゼロ戦だ。

 私にジェット機ばかりと指摘されたので、レシプロ機を作りたくなったのだという。


「ちょっと妬けるねー」

 おおよそ事情のあらましを聞き終えた航ちゃんは、ちょっと口を尖らせた。

「ボク以外に気になる人がいるなんてさ。しかも男の子」

「こっちは至ってまじめなんですけどねえ」

 上目遣いになって、じとりと航ちゃんをにらむ。

「ボクもまじめだよ」

 航ちゃんはウィンクを返してきた。

 悔しい。一瞬でもドキッとしてしまった自分をゲルリッヒ砲に詰めてシャーマンの正面装甲にブチあてたい。


「それはそれとしてさ。その浅野くん? 下馬駅で電車のスケッチしてたんだよね」

「そう。人づてに聞いただけだけど」

「その子かどうかわからないけど、ボクも昨日見たよ。下馬で電車のスケッチしてる男子」

「え?」

 私の手が止まった。

「もし同じ子なら、毎日来てるのかもね」


 航ちゃんの証言によると、昨日隣市の模型店に遠征し、ゼロ戦を買ってきた帰り道、電車を降りた下馬駅のホームの椅子で、スケッチブックを広げている男の子を見たらしい。

 その子は航ちゃんが下りるのと入れ違いで、荷物をまとめて上りの電車に乗り込んでいったそうだ。

 上り電車の行く先には六小の校区がある。

「けっこう目立ってたね。近くにいた女子高生っぽいお姉さんたちが覗き込んで、上手いなーって騒いでた」

「それ、昨日の何時ごろ?」

「三時ぐらいだったかなあ。午後の」

 反射的に、机の上のデジタル時計を見る。

 ちょうど午後二時を過ぎたところだった。


 がたりと音を立てて、私は椅子から立ち上がった。

「……いくの?」

 航ちゃんも手を止めた。

 私は無言で頷いた。

 気晴らしをして、趣味に没頭して。新しい友達と笑いあって。

 そのうち、モヤモヤした想いは枯れていって、いつの間にか「想い出」になってしまうのだろう。


 あの日の紙飛行機ように。


 過去になって、忘れてしまって、思いだして、懐かしんで。

 けど、今ならまだ、手を伸ばせば届くところに、この気持ちの答えがある。

 走っていけば追いつく距離に、その人がいるかもしれない。

 だから――。

「じゃ、いこうか」

 航ちゃんも席を立って、白い歯を見せて笑った。

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