五、クーラーボックスとスケッチブック(3)
帰り道、団地の入り口の手前にある短い横断歩道にさしかかり、赤信号で立ち止まった。
そこで孝美がニコニコしながら、
「で、どうだったかな?」
と訊いてきた。
「どう、って……」
終始、孝美と将人がイチャイチャしてるとこを眺めていただけで、これが恋でござい、と言われましてもねえ。なんやねん――というのが今のところ率直な感想なのだけど、いろいろ心配して誘ってくれた孝美に、それをそのまま言うほど薄情ではない。
少し考えてから、
「不思議だった、かな」
と答えた。
「不思議って?」
「あれだけ孝美が積極的なのに、なんで将人は気づいてないの? おかしいでしょ」
「おー、朔子ちゃんにしては穿ったことを言うねえ」
どういう事?
「理由は二つあって」
「二つ?」
「うん。――ひとつ目はね、将人くんはどこまでいっても、あたしのことを幼馴染の一人としか見ていないの」
そんな、まさか。
「嘘でしょ、あんなに一生懸命、献身的に世話してるのに?」
「そう。当たり前になっちゃってるの。近藤孝美はそういうやつだ、って。どこまでもお友達なの」
「ひどい話だわ」
鈍感とかそういうレベルじゃない。罰当たりだ。あのクーラーボックスの重さを知った今となっては、到底将人を擁護できない。魔女のバァさんに呪われろ!
ちなみに、帰り道は氏家さんがクーラーボックスを引き取っていった。持ち回りなのだそうな。
「――でもいいんだ。今の関係が壊れちゃうのも怖いし」
「そうなんだ」
なんともいじらしい。
無邪気に好意を発露しているだけかと思っていたが、孝美も結構考えたり悩んだりしているんだなあ。ますます応援したくなる。
「で、ふたつ目は?」
「ふたつ目は……なっちゃんが何か言ってなかった?」
「氏家さん?」
はて。あの短い会話の中で、何かあっただろうか。
「ひょっとして、バレンタインの話かな?」
「そう! それ!」
「告白してフラれたんでしょ?」
「……聞いたのはそれだけ?」
「他になにかあるの?」
訊き返すと、孝美はうーん、と唸った。
「なっちゃんが言ってないなら、私も言わない方がいいかなぁ」
「そう」
まあ、深く詮索する気もない。将人のことだから、どうせしょうもない、ガキみたいな理由だろう。考えれば考えるほど、あいつがモテる理由がわからない。
「ねえ朔子ちゃん」
「なに?」
「今日のあたしやなっちゃん、どう見えたかな? 不憫そうとか、辛そうに見えた?」
「いや――そういうのもあるっちゃあるけど」
報われないことが分かっている恋。
いつまでも振り向いてもらえない恋。
それでも。
「……なんだかね、輝いてたよ。正直、将人のどこが良いんだかわかんないけど、あいつのためにひたむきで、まっすぐで一生懸命。そこだけはちょっと羨ましくなった」
「でしょ? でしょ?」
孝美は満面の笑顔で、両手で私の肩を叩いた。
「それを分かってもらえたなら、初心者講習は合格!」
歩行者用信号が青に変わる。
なんとなく、今日孝美が私に見せたかったものはわかった気がした。
恋する乙女は、たしかに美しく、勁い。
自分が孝美や氏家さんのようになれるのかと言えば、また別問題だけど。そもそも浅野くんに対するモヤモヤが、孝美の言うように本当に恋なのかどうかすらまだわからないけど。
ただ、これは恋じゃない、って意地を張って拒絶するようなものでもないのかな、とは思えた。
真上から降り注ぐ日差しをうけて、麦わら帽子の影がアスファルトの路面に落ちる。
猛暑の中、ようやく自宅のある棟の前までたどり着いたところで、階段の入り口前に見覚えのある赤い自転車が置いてあるのが目に留まった。
「あれ?」
「おっかえりー」
出入り口を仕切る引き戸の陰から元気よく、ボーダーシャツとサロペットに身を包んだ航ちゃんが飛び出してきた。
「航ちゃん! 来てたの?」
出会ってからこのかた、私の方から航ちゃんの家の方に出向くことばかりで、団地に航ちゃんが来るのは初めてだ。
「朔子ちゃんの面白い姿が見られると聞いてね。とばしてきちゃったよ」
聞いて……?
はっとして、横目で孝美を睨む。
「呼んだのはお前かあ!」
「うん。昨日の夜にね、お電話したの」
のほほんとした調子のまま孝美は肯定する。
こいつら、いつの間に電話番号を。
いや、今問題なのはそこじゃなくて。
「要するに、私を茶化しに来たわけね」
「恋する乙女の百面相を肴にしてプラモ作るのは、愉しいよねえ、きっと」
小悪魔のような表情で航ちゃんはそう言った。
それは愉しかろうよ。自分が当事者じゃなかったら、ね!




