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四、紙飛行機とジャガイモ(5)

 いそいそと三階に降りて、「おじゃまします」と挨拶してから孝美の家に入る。

 住宅の間取りは、階段を挟んで左右対称になっているということ以外、実質的に棟内全部同じだ。


 孝美の部屋は、私の家では男兄弟たちが共用している子供部屋に相当する洋間で、私の部屋よりすこし広い。

 小綺麗に片付いていて、自分用の鏡台やら、パステルカラーの衣装箪笥(だんす)やらといった、私の部屋には無い女の子然とした家具が置かれていた。


 学習机の前棚には教科書とノートが整然と並んでいるが、パーティションで三つに仕切られているうち一つが、小物を置くための空きスペースになっていた。

 そこには、小さなフェルトのぬいぐるみやビーズ細工の動物、お手製のポプリ袋、ファンシーな陶製人形などが飾られている。


 そしてなんと、この前のアッガイが、そこに何食わぬ顔で仲間入りを果たしていた。


 孝美はあの日以来、私と航ちゃんの協力のもと、アッガイを組み上げ、色を塗るところまで自分でやり遂げていた。

 出来上がりは初心者にしては綺麗な方だと思うけど、周囲の雰囲気とのミスマッチが気になりすぎる。地上界に追い出されたオーラバトラーみたいな違和感があった。


 そこまで見回したところで、ふとあることに気づいた。

「あれ、仁美ひとみちゃんは?」

 孝美には今年小学校に上がったばかりの妹がいるはずだが、今日は姿が見えない。

「お母さんと街にお買い物。ちょっと遅くなるって」

「へえ、今日は孝美一人で留守番か」

 と、そこまで口に出してから、ようやく気付いた。

 もし私がサボってたら、孝美と将人がここで二人っきりになってたわけだ。

 なるほどね。それでちょっと焦ってプリプリしてたのか。


「ねえ、ひょっとして私、来ない方が良かった?」

 将人に聞こえないように、声をひそめてこっそり訊いてみる。

「またそういうこと言う」

 孝美も小声で言い返してきた。

「今日はまじめな集まりなんだからね!」


 当の将人は玄関に上がるなり、勝手知ったる他所の家とばかりに台所に直行した。そしてなんの断りもなく冷凍庫を開けて、キンキンに凍ったアイスキャンディ「ミルちゃんフルーツ」を三本取り出して持ってきた。

 孝美も特にとがめる様子はない。

「あ、ありがとう、将人くん」

 むしろ感謝している。

「将人あんたねえ、その調子で孝美の箪笥とか開けちゃだめよ」

「やらねえよ。あたりまえだろ」

 将人はむきになって否定した。孝美はその隣で真っ赤になっている。

「どうだかねえ」

 と、差し出された「ミルちゃんフルーツ」を将人の手から取ろうとすると、寸前でひっこめられて、私の手は空を切った。

 将人を睨みつけて、もう一度つかもうとしたが、それも(かわ)される。

 何回かそれを繰り返してから、ようやく「ほれ」と渡してくれたが、そのしたり顔には本当にムカついたので、受け取る時に隙をついて肘鉄(エルボー)を一撃腹にくれてやった。

「うおっ」

 将人はふざけて痛そうな素振りを見せたけど、日々の練習で鍛えられた腹筋に、それほどダメージは入っていないだろう。


 少年野球チームに入ってから、将人はぐんぐん背丈が伸びていって、去年ついに抜かされてしまった。しかし精神の方はまだガキのままだ。お前いつまでそんな事やってるんだ、というもどかしさもあったが、付き合い方を変えなくていいのは安心でもある。


 座布団を敷いて車座になり、妙に気合の入った孝美によって、打ち合わせは粛々と進められた。

 花火大会、と銘打ってはいるけれど、大きな打ち上げ花火をあげるわけではなくて、団地の真ん中にある児童公園で、みんなで集まって、各々花火を楽しもう、という程度のものだ。町内会の盆踊りのおまけのようなイベントだった。

 毎年のことでもあり、いまさら特に話し合って決を採るようなこともない。主に孝美が出してくるアイディアに対して、私と将人が追認するだけなので、波乱もなく短時間で終わった。


「さて、こんなもんかな。ちょっと休憩しようぜ」

 と、将人がノートを閉じて伸びをする。

 孝美は「そうだね」と席を立ち、台所へアイスコーヒーのおかわりをれに行った。

 私と将人だけが部屋に残される。

「そういえば将人さぁ」

「なんだ?」

「四年のときまで一緒だった浅野くん覚えてる?」

「え? ああ。……もちろん」

 急に話を振られて、将人は一瞬面食らった様子だった。

 私にとっては午前中からずっと気になっていたことだけど、間を持たせるための話題としては唐突すぎたかもしれない。


 ちなみに、今ここにいる三人は、何の因果か六年間ずっと同じクラスだから、面識のあるクラスメイトも大体かぶっている。腐れ縁にもほどがある。

「今朝、沢口とジャガイモ当番だったんだけどさ。久しぶりに浅野くんに会ったって話されて」

「へ、へえ。懐かしいな」

 将人の声が少しうわずったのを、私は聞き逃さなかった。

 話をそこで終わらせてもよかったが、ついつい私のいたずら心がうごめいて、確かめたくなった。

「浅野くん、三小にいた頃、好きな女子がいたらしいんだけど、誰だか知ってる?」

「あ……いや、なにも知らないな」

 と、将人は目をそらす。

 ふうん。知っていたのか。

「そっか――まあ、どうでもいいけどね」

「そう、だな」

 なんともわかりやすい。将人もやっぱり男子だなあ。素直というか単純というか。ここからどうひねくれたら、うちの兄貴たちみたいなのが出来上がるのか。

「お待たせー」

 そこでちょうど孝美が戻ってきた。

 将人との会話はそれきりになった。


 孝美が出してくれたお菓子を食べて一息ついた後、将人は一人でそそくさと帰っていった。

 孝美の弁によると、明日は朝練があるらしい。

 私はもう少しだけ孝美とおしゃべりしてから帰ることにした。浅野くんの件を真剣に相談するなら、やはり絶賛恋愛中の幼馴染は外せない。少なくとも崇一郎よりは役に立つ助言をくれるのではないだろうか。

 そう考えて、私が切り出そうとした矢先。


「気になってたんだけど」

 と、孝美が心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「今日の朔子ちゃん、時々ぼんやりしてるみたいだったけど、何かあった?」

「あー……」

 さすがにわかられていたか。この子には隠し事ができない。

 まあ先手はとられたけれど、元から相談するつもりだったから、渡りに船ではある。

「実はね――」

 私はジャガイモ当番のくだりから、今日一日のことを一通り孝美に話して聞かせた。

 孝美は口を挟まず、最後まで聞いてくれた。

 そして、腕組みをして「うんうん」と頷いたあと、かっと目を見開いて、腕をぐんと前に出し、右手の人差し指で私の鼻先を貫かんばかりの勢いで指さした。


「それはズバリ、恋ね!」

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