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一、麦藁帽とサンバイザー(2)

 やがて道路の左手に、カラフルなひさしの張り出た一軒の店が見えた。

 〈模型のかとう〉

 と、その庇に目立つ大きな文字で書いてあり、その下にやや小さな文字で、

 〈プラモデル・Nゲージ・木製帆船・RC〉と添えられている。

 その店舗の道路に面した一辺はすべてガラス張りで、その大部分がショーケースになっており、なじみのお客さんが制作した模型――プラモデルや木製帆船――が並べて飾られていた。


 道沿いに設けられた入り口は、やや狭い。

 磨かれたような艶のある、銀色のフレームに縁どられた一枚ガラスの扉が開いて、買い物を終えた高校生ぐらいのお兄さんたち連れだって出てきた。それを待ってから、私たちは店内に足を踏み入れる。

「こんにちは」

 入店を知らせるベルが鳴り、店主のおじさんが「いらっしゃい」と声を掛けてくれる。

 ちゃんとクーラーが効いていて涼しく、耳にも心地よい有線放送のBGMがかかっていた。

 模型店特有の紙箱の匂いを吸うと、生き返ったような気分になる。なんなら自宅より落ち着く。


 店舗は南北に長く、そこそこの広さがあった。

 内壁をぐるりと埋める商品棚の品ぞろえは、市内に二店舗しかない模型専門店の一つとして、過不足ないものだ。

 入ってすぐのところには、模型用の塗料がずらりと並んだ専用棚が据えられている。

 そこから左手、南側の壁の陳列棚は一面、ガンプラをはじめとするテレビアニメの登場メカが積まれ、派手なボックスアートが目を引く。その棚の前では、第一小学校(いちしょう)の名札を付けた男子たちが数名たむろして「プラモ狂四郎」の話題で盛り上がっているようだった。


 入り口正面の西側の棚はミリタリーミニチュア――戦車や戦闘機、艦船模型のコーナーだ。

 もう一軒の模型店に比べ、「模型のかとう」はこのコーナーが非常に充実している。

 タミヤの新商品はもちろん、海外メーカーや比較的マイナーなキット、兵士のフィギュアや、土嚢やレンガ壁、ドラム缶といった情景用の小物アイテムもコンスタントに仕入れてくれていた。

 私が造るのは主に戦車模型――厳密にいうと「戦車」だけじゃないから、「装甲戦闘車輌(AFV)」なんて呼ばれるけど――なので、ここが行きつけになるのも道理というものだ。


 入り口から遠い北側の奥の棚がカーモデルやバイクモデル。

 そしてすべての棚の最上段、天井近くには、RCカーや木製帆船、城郭模型のキットの大きな箱が鎮座し、こちらを睥睨へいげいしている。

 小学生には物理的にも金額的にも手が届かない商品だ。見上げる都度「お前にはまだ早い」と言われているような気がした。


 棚に囲まれた店舗内の中央付近は、背の低いガラスケースが矩形に組まれてカウンターのようになっている。

 ケースの中にはプラ板プラ棒といった素材や、Nゲージの鉄道模型のサンプル、模型雑誌のバックナンバーなどが置かれていた。

 そのカウンターの内側にレジがあって、店主のおじさんが座っている。レジの脇には「タミヤニュース」や「模型情報」が積んであって、「立ち読み禁止!」と黒マジックで手書きされた紙が載せられていた。


 店主は四十がらみのおじさんで、この店の二階に自宅があるらしい。たまに奥さんや息子さんが顔を見せることもある。店の名前が「模型のかとう」だから、たぶん苗字は加藤さんだと思うのだけど、訊いて確かめたことはない。

 おじさんは入店した私に挨拶をした後、同年配くらいの常連客とカウンター越しの会話を再開していた。内容はよくわからないが、話がはずんでいるようだった。

「おじさん!」

 私は少し強引に、その会話に割り込んで店主に声を掛けた。そうしないと、なかなか話が終わらないことを、この何年かで学んでいた。

 おじさんはすこしびっくりした顔をこちらに向けて、

「ああ、ごめんごめん。どうしました?」

 と、やさしい声で言った。

 話し相手だった常連客は、それがいい区切りだったのか、じゃあまた今度、と挨拶もそこそこに退店していった。


「あの! 私の作品て――」

 どうなりましたか、と言い終える前に、店主は「ああ、そうそう! 本山さん」と手を打ち、いそいそとレジの囲みから出て、通りに面したショーケースの裏手に駆け寄った。

 私と孝美はそのあとをトコトコついていく。

「もう飾らせてもらいましたよ。ホントよくできてる」

「ほ、ほんとですか?」

 声が思わず大きくなる。

「まあもちろん、小学生にしては、だけどね。そこはでも、気にするところじゃないですよ。感心しました」

「あ、ありがとうございます」

 店主が「ここね」と指さした先を見ると、確かに私の作った四号戦車H型が、勇ましく砲口を店外に向けて展示されているのが見えた。

 夏休み前に、どうしてもこのショーケースに置いてほしくて、魂を込めて製作したものだった。


 ショーケースに空きスペースができていることは事前に知っていた。

 今日のプールの行きがけに手続きだけして預け、もし展示してもらえるようならお願いします、と依頼していたのだ。

 店主はケースの裏側の板ガラスをとめていた鍵を開け、戦車に添えられたネームプレートだけを取り出した。そして、名前や学校名、学年に間違いがないか私に確かめてから、元の位置に戻し、また鍵を閉めた。

「小学生コーナーは三か月で交代だから、長くて十月末くらいまでは置かせてもらいますけど、いいですね?」

「はい!」

 元気よく返事をすると、店主は「では、お預かりします」と言って、レジに戻っていった。

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