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四、紙飛行機とジャガイモ(1)

 小さい頃から、手先が器用だとよく褒められた。


 言葉を覚えるより先にはさみの正しい使い方を身につけていて、家族の証言によると、二歳の頃には新聞紙を切り抜いて拙い切り絵のようなものを作っていたらしい。

 幼稚園にあがる前は、折り紙や段ボール工作に凝ったこともあった。


 たぶん、両親の影響が大きい。

 父は電気工作が趣味で、自作のラジオを私のために作ってくれたこともある。

 母は裁縫が得意で、古着や古布を、ぬいぐるみや小物に変身させてくれた。

 手を動かして小さな物を作ることが、まるで魔法のようにみえた。出来上がりを想像することにワクワクした。幼い私の心はそれに魅了された。

 

 そんな私が幼稚園の年長組に上がったころ、時間を忘れて夢中になったのが、紙飛行機だった。

 紙飛行機、といっても、チラシを折って作るようなものではない。


 『よく飛ぶ紙飛行機』という本があった。


 著者は二宮康明さんという人で、書籍の体裁ではあるけれど、「本」としてはかなり特殊なものだ。

 ほとんどのページが厚手のケント紙でできている。ページは切り取ることができるようになっており、飛行機の翼や胴体をかたどった図形が印刷されている。その図を輪郭に沿ってカッターで切り抜き、書面の指示通りに加工して接着剤で張り合わせていくと、ペーパークラフトの機体が出来上がるのだ。


 表題に偽りなく、この本から作る飛行機はよく飛んだ。

 収録されている機体を全部作ってしまうと、本はページが抜けてスカスカになる。

 シリーズで続刊が出ると、父は毎回買ってきてくれた。そして兄妹弟(きょうだい)四人で、どの機体を作るか取り合いになった。

 これは自慢だけれど、兄妹弟の中では私が一番きれいに作り上げることができ、当然、飛距離や飛行姿勢も一番良かった。


 機体は実機をモチーフにしたものや、紙飛行機でしか実現できないような特殊な翼形状のものまでさまざまだった。

 図面の余白部分には、モチーフになっている実機の説明も書いてあったから、飛行機そのものに興味を持つきっかけにもなった。

 興味を持った名機の系譜や開発史のエピソードなどを、図書館で図鑑を借りて調べたりもした。

 あまり飛行機模型アヴィエーションモデルを作らない私が、なぜか飛行機の名前にはそこそこ詳しいのはそういう次第だ。


 考えてみれば、「パーツを切り出して整形し、接着剤で組み立てる」という工程に快楽を覚えるようになったのは、この紙飛行機づくりが源流(ルーツ)かもしれない。


 それほどのめりこんでいだ『よく飛ぶ紙飛行機』だったけれど、いつの間にか熱が冷めて、小学校にあがってしばらくすると、すっかり作らなくなってしまった。

 プラモデルに傾倒し始めたというのもある。

 北の空き地がなくなって、近所で遠くまで飛ばせる場所が減ったのもある。

 紙飛行機自体が嫌いになったわけでもないのに、無意識のうちに「思い出」にしてしまっていた。


 あの日、彼が思い出させてくれるまでは。



 夏休みの宿題で、厄介なのは日記とジャガイモの世話だ。

 日記は毎日つけないと、どこかでボロが出る。

 ジャガイモ当番の方は週に二回、班の中での持ち回りだから、夏休みの間を通して一人当たり二回か三回というところだけど、暑い中を学校の畑まで出向かないといけないのがつらい。

 我らが第三小学校は丘のてっぺんにあって、たどり着くには長い坂を上っていかなければならないのだ。

 生育が悪ければ、二学期にやる予定のでんぷんの実験などにも影響が出かねないから、班に対する責任もあってサボるわけにはいかない。


 当番は二人一組なので、私のようなはみ出し者は組になっている相手との会話が続かず、気まずい空気になりがちだった。

 特に男子。


 六年生のジャガイモ畑と、五年生のアブラナ畑は、昇降口に続く大階段の前、学校付属の二十五メートルプールに隣接した場所にある。

 他の日なら、草色に塗られた金網の向こうから、騒がしく泳ぐ本校児童の声が聞こえるかもしれない時間だが、今日は清掃日でプールが閉鎖されていて、蝉の声だけがコンクリート壁にしみいるしずかさだった。

 校舎の大時計の針は十一時を指している。


「本山さあ」

 と、今日の相方の沢口くんは、気まずさに耐えかねてか、ノートに茎の太さの記録をつけながら話しかけてきた。

 沢口くんとは目を合わせないまま、私は葉脈のスケッチをしつつ、

「ん? なに?」

 と不愛想に応じた。

 沢口くんは三年生の頃からクラスが同じで、交友は薄かったが、いちおう古なじみではあった。

浅野(あさの)って昔いたじゃん。覚えてる?」

「いたね」

 浅野敬一(けいいち)くんは、三、四年生の時の私のプラモ仲間の一人だった。


 あの頃は、私と気脈を通づるクラスメイトが周りに何人かいた。

 プラモデルは作らないけどガンダムのアニメが好きな女子の及川さん。男子のガンプラ仲間で、いつも二人でつるんでいた工藤くんと中野くん。

 そして、趣味は合わないけど私に付き合ってくれてた孝美。

 浅野くんは、そのグループの中心人物だった。


 彼も手先が器用で、プラモデルだけではなく絵も上手くて、マンガの模写が得意だった。

 『キン肉マン』の超人をリクエストすると、ノートの端っこに上手に書いてくれたので、男子から人気があった。私もウォーズマンを描いてもらった覚えがある。

 孝美は無理を言って『ときめきトゥナイト』の真壁くんを書いてもらっていたが、顎の長いテリーマンみたいなのが返ってきて落胆していた。少女漫画タッチは苦手だったのかもしれない。


 みんなで家で作ってきたガンプラを学校に持ち寄って、休み時間に教室の隅で見せあったりもした。それは先生から明確に禁止されるまで続いた。

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