三、夕焼けとゆびきり(4)
私と孝美が航ちゃんの家についたのは、午後六時になる少し前だった。
「……そう……そう。ちゃんと明日の朝には……うん、だから晩ご飯いらん。あ、家族会議はファミコンに一票ね。……なんでて、面白そうやから?……あ、篤志いたら替わって」
三人でお泊りすることに決まり、電話を借りて、母に事情を説明する。案の定ぷりぷり怒ってる。
あとは、今夜の家族会議で味方する約束だった弟のフォローだ。
「篤志?……うん。ごめんな……あとな、理博の本棚にあるテクノポリス五月号って今見れる? 付箋はさまってるとこ見てみ。広告も……わかった? これで印象操作できると思うから、あとはお父さん味方につけてな。……がんばりやー、ほな」
受話器を置いて振り向くと、孝美と航ちゃんがクスクス笑っていた。
「なによ」
「朔子ちゃんて、家族と話す時ちょっと関西弁ぽいんだねーって」
航ちゃんは、言いながらまた吹き出しそうになっている。
おかしい。自分では標準語しゃべってたつもりなんだけど。イントネーションか?
「ご両親が関西出身なんだよね。あと、ホッとして油断してるせいもあると思うの」
私に代わって、事情をよく知る孝美が完璧な説明をする。
近藤家の門限は我が家より厳しいので、お泊りの件は孝美の方が先に家に報告済みだ。すでに遅い時間ということもあって、案の定こっぴどく叱られていたようだが、私を悪者にしてもらって、何とかオーケーを取り付けたようだった。
「やっぱり孝美ちゃんは、朔子ちゃんのことを良く知ってるね」
「そりゃあね。長い付き合いだもん」
孝美は胸を張った。
「朔子ちゃんのことで、他にも気になったことがあったら訊いてね。本人が言いたがらないことは、あたしが教えてあげる。プラモデル教えてくれたお礼ね」
すっかりいつもの調子に戻っている。
「小さい頃の恥ずかしい話とかね」
「おおー、聞きたい聞きたい!」
「おい、やめろ!」
私の抗議も空しく、孝美の暴露話が始まる。
航ちゃんは楽しそうに笑いながら、そのまま私たちをダイニングに案内してくれた。
航ちゃんのお母さん(やっぱりお母さんだった)が用意してくれていた野菜入りの塩ラーメンをいただいたあと、二階に上がって、三人一緒に部屋を片付けた。
「お父さんは、帰り遅いの?」
私が訊くと、航ちゃんは首を横に振った。
「いまは海の上なんだ。しばらく家に帰ってこないから」
なんでも、航ちゃんのお父さんは商船職員で、今月の頭から航海に出ているのだという。
「一年の半分くらいは家にいないんだよね」
「ほえー」
「大変なお仕事だね」
「今日の晩ごはん、久しぶりに賑やかで楽しかったよ」
部屋の片づけが一段落したところで、彼女は青いバスタオルを渡してきた。
「お風呂、ちょっと狭くて。全員一緒は無理だから、一人づつね。布団はお母さんが敷いてくれてるから、ゆっくり浸かっておいでよ」
佐浦家のお風呂は二畳間程度の広さだったが、最新式のユニットバスだった。水圧の強いシャワー付きだ。公務員住宅にある古いタイル張りのバランス釜浴室より断熱性能が良く、熱気がたまって蒸し風呂のようになるので、換気扇を回さないとのぼせてしまいそうだった。
シャワーで石鹸の泡を流して、肩まで湯船に浸かると、こわばっていた心も体も、お湯にふんわり溶けていく。
今頃、航ちゃんと孝美は何を話してるんだろう。
私のことかな。それは自意識過剰か。
プラモデルのことかもしれない。
今日の喧嘩で、孝美はますますプラモデルを嫌いになってしまったりしないだろうか?
「孝美も一緒に遊べたら、楽しいんだろうな」
声に出してみる。ユニットバスの壁にその声が響く。
でも無理強いするのは良くない。
いい思い出をたくさん積み重ねて、少しづつ好きになってもらおう。
そう思いつつ、百まで数えてから浴室を出た。




