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非日常に潜む謎

 「やあ諸君、調子はどうだ?」

「先生、見ての通り暇を持て余していマスよ。先生こそ、どうされたんデスか?」

「いや、顧問なんだから顔を出したっていいだろ。仕事をサボるにはうってつけだからな、ここは」


 顧問。なんでも小鳥遊先生は前に部員がそこそこいた頃の文化部の顧問だったらしい。廃部すると思っていたから初めは来ていなかったそうだ。


 最近はよく顔を出している、大抵部活の終わる頃にやってくる。


「学生で暇を持て余すとは寂しいな、というか君たちいつもここにいるが勉強とかしているのか?」

「ええ、帰ったらやってますの。」

「私も、やってます。」

「私もなんとか」

「ワタシもデス。」

「、、、、、、俺も。」

「間があったな。三軒茶屋。」


 バレたか、勉強なんて嫌だ。


「お前なあ、このなかで一番成績低いんだからしっかりやれよ。社会なんて一般常識でギリわかりそうなところしか埋めてないよな。勉強しろよ。」

「はい、、、次の次は頑張ります。」

「舐めてんのか?」


 これガチでまあまあキレてるやつだ。こ、ここは前々から考えていた秘策を発表するしかない。


「次のテストで自分より成績の高かったやつを全員殺していけば、次の次では平均点を超えられるという算段です。」


 先生は完全に怒りを通り越して呆れ顔だ。まあまあいい計画だと思ったんだけれどなあ。


「、、、あのなあ、お前成績最下位なんだから、全員殺してもお前の点が平均になって一生超えられないぞ。」

「は!確かに。」


 こんな完璧と思われた計画にそんな陥穽があったなんて、うかつだった。結局は勉強する以外に手立てはないのか、、、


 先生の発言を聞いた他の部員たちがドン引きしている。くっそ、孔明の罠だったのか。ところで孔明の罠ってどういう意味なんだ?


「え、扉最下位なんデスか、流石にそれはshookデスよ。」

「うん、流石に勉強した方がいいよ。」


 勉強した方がいいのは百も承知なんだけれどね。


「先輩、最下位は流石に笑えないですよ。」

「間違いありませんの。」


 後輩からもなんだこの情けない生き物みたいな目で見られた。身から出た錆とはいえ辛い。次は本気だそう、、、


「まあ、次のテスト期間の時はお前らが手伝ってやってくれ。あと真白、お前も三軒茶屋ほどじゃあないが英語以外はあまり良くないんだから三軒茶屋と一緒にしっかり勉強しろよ。」

「はい、分かりまシタ!」

「勉強は置いておいて、暇な君たちに朗報だ。」

「なんですか?」

「君たちに依頼がきているんだ。」


 依頼とな。そんなものは募集したりしてなどいないのだけれど。奉仕部でもあるまいし。


「依頼ですか、的どうして僕らに?」

「いや、君たち文化部はいささか立場が危ういんだ。うちの部活動は細々したやつが多いからな、何か形に残る活動をしていないと廃部になってしまうんだ。この部室も無くなるし、校則に則りどこかの部活へ入らなくてはならない。」


 なるほど、変な部活ものの定番、廃部の危機が早くもご登場のようだ。早すぎじゃあない?


「それで、形に残る活動が依頼というわけですか。」

「ああ、色々あったがこれが一番楽しそうだったんでな。行事の手伝いとかだと退屈だろう。」


 楽しそうて、毎日来てるんだから一回持ち帰って相談とかしてくれよん。それでも行事の手伝いを選ぶことはないだろうけれど。


「そうですか、で、その依頼とは?」

「ああそうそう、まあざっと説明すると、、、、」


 その後先生が語ってくれた依頼の内容はこんな感じである。


 最近、謎の傷害事件が起こっているそうだ。その事件の解決を依頼したいらしい。そんな依頼を学生にするなんてよっぽど単孤無頼なのだろうか。


「傷害事件なら警察とかに任せた方がいいんじゃあないですか?」

「普通ならそうするんだがなあ、一回我々の方で調査したんだが、彼らがいうことと防犯カメラの映像なんかに食い違いが出て、本当かどうかすら怪しいんだ。」


 というと、彼らは嘘の告発をしているのか?それとも本当のことが言えない理由でもあるのだろうか。何かトラブルに巻き込まれているとか、だったらかなり面倒な依頼になりそうだ。


「なるほど、被害者はどんな人ですの?」

「計五人だな、全員二年生だ。詳しくは後で書類なんかが見れるからそこで確認してくれ。」

「ふむ、でも犯行が不可能となると、彼らが喧嘩やら危ないことでもして怪我をした、ぐらいにしか考えられませんの。」

「学校もお前と似たような結論を出した。まあ、解決できなくても、行動したというだけで実績になるだろう。」


 それはありがたい、だが、やるからには解決してみたいものだ。どうせやることもないだろうし。


「無理を言ってすまんな。」

「ノープロブレムデスよ!楽しそうデスし。」

「そうか、書類はここに置いておく。私は集会があるから、何か進捗なんかがあったっら教えてくれ。」


 そういうと先生は帰ってしまった。



 まずは書類に目を通して、刑事ドラマっぽくホワイトボードに書き出してみることにした。


 それによると被害者は竜崎化霖りゅうざきけりん 左端九さたんここの 蛇腹只折じゃばらただおり 亜烏稀有あがらすけう 致道蕨ちどうわらびの計五人、いずれも男。


「書き出しても特にわかりませんね。怪我の度合いは、致道さんが他に比べ少し重いそうです。」

「致道さん以外の人なら前友達にサッカー部の練習に連れて行かれた時に見たよ。」

「なるほど、わかりましたの。」


 それしかわからなかった。学校側も大した調査は行なっていないようで、自分たちの足で情報を拾っていくしかないようだった。


「じゃあ、今度被害者に聞き込み調査でもいきましょうよ、捜査の基本ですし。」

「私も異論はありませんわ。」

「じゃあ、それでいいんじゃないデスか?」



 ーー竜崎の証言ーー


 Q、被害を受けた時の状況は?


 A、「夕方ぐらいだったかな。部活が終わった後に友達とちょっと話して、大体六時半くらいかな。そいつと別れて一人で歩いてたら突然突き飛ばされたんだよ。階段の途中だったから手首を軽くねんざした。まあそれくらいで済んでよかったんだけれど。」


 Q、犯人の特徴は?


 A、「いや、すぐ後ろ振り返ったんだけれど、何も見えんかったわ。足音とかもしなかったような。まあ痛くて階段登るのに時間かかったからその間に逃げられたんだと思う。」



 ーー左端の証言ーー


 Q、被害を受けた時の状況は?


 A、「夜中だった。ちょっとコンビニに出かけたんだが、そこでな。九時ごろだ。突き飛ばされて、車に轢かれかけた。止まってくれたからよかったんだが、本当に危なかった。早く解決してくれ。」


 Q、犯人の特徴は?


 A、「暗かったから、わからなかったなあ。後ろ姿も見えなかった。」


 ーー蛇腹の証言ーー


 Q、被害を受けた時の状況は?


 A、「塾の帰り。自転車乗ってたら急に横から押されて転んだ。足を結構切っちゃったよ。部活も休まなきゃいけなくて大変だよ。」


 Q、犯人の特徴は?


 A、「いや、みんなと同じでわからなかったな。すまんな。」


 ーー亜烏の証言ーー


 Q、被害を受けた時の状況は?


 A、「夕飯後にちょっとランニングに出かけていた時に俺も突き飛ばされて、足を捻挫したんだ。」


 Q、犯人の特徴は?


 A、「いや、ちょっと見れなかった。」


 ーー致道の証言ーー


 Q、被害を受けた時の状況は?


 A、「、、、昼休みに一人で昼食をとっていたらいきなり。囲まれて五発くらい殴られました。」


 Q、犯人の特徴は?


 A、「すいません、わかりませんでした。」



「以上のような証言が集まりましたの。」


 と、已結と海住が自慢げに発表した。前回集まったのは水曜日、木曜日は基本的に部活動がないため、その間に自主的にこれを聞きに行ったことになる。すごい行動力というか、フットワークの軽さが凄いな。


「凄いね!ずいぶんこれで捗るよ。」

「ホントデスよ!」


 ひとしきり後輩二人組を褒めたあと、みんなで考え始めた。


「みんな犯人の顔を見ていないっていうのが不思議というか不自然だよね。」

「そうだな、五人も被害者がいて誰にも顔を見られないなんてことはそうないだろうな。」

「他に見てわかったことはなにかある?」

「特には、、、」


「「、、、、、、、」」


 発言が止まってしまった。会議は踊る、されど進まず、というか踊ってすらいないような感じ。


 何かわかることはないだろうか。まずやはり疑問点は誰も顔を見ていないということだ、このことに防犯カメラなんかに犯人が写っていなかったという先生の話を加味すると、やっぱりみんなで適当なことを言っているように思える。ただイタズラだとして普通に怪我をしている奴がいることにはかなりの疑問が残ると言った感じだろうか。


 それとわかるのは怪我の具合だ。目立った怪我をしているのは蛇腹と致道だが、左端のものなんて一歩間違えれば大事件に発展するだろう、よほど恨みがあるのだろうか。


 と、これだけでわかることはざっとそれくらいだろうか。


「あまり収穫ありませんでしたね。調査不足でしょうか、、、」


 残念そうな申し訳なさそうな顔をする海住。


「そんなことはない。こういうのはある程度進んでから効いてくるものだし。」

「そうだね。まずは怪しそうな人を見つけたほうがいいかもね。」

「先輩方、、、ありがとうございます。」


 ひとまずこの話は置いておき、まずは容疑者を絞っていくことにした。


「どんな人が犯人だと思う?」

「そうだな。やっぱり被害者と関わりがあるものなんじゃないか?致道とやら以外は全員サッカー部だと聞いたし。」


 無差別ってことはあるまい、彼らと今、もしくは過去にトラブル何かを起こしたものが犯行に及んでいると考えるのが妥当だろう。


「そうですね、ではやはり今回の鍵になってくるのは致道、彼のようですね。」

「そうだな。」


 やはり俺の予想は正しいようだ。たまには主人公らしい活躍を見せられそうで嬉しい。コナンと全巻と犯人たちの事件簿持っている俺の推理力は伊達では無いのだ


 だが、他の奴らは理解していないようだった。


「なんで致道さん?」


 ここは俺がカッコよく説明してやろう。


「海住、被害者の人間関係について調査したか?」

「え?まあ一応は。」

「致道と他の人との接点はあるか?」

「いえ特には、致道は親しい人間もあまりいないようで、、、なるほど!私もわかりました!」


 海住たちもわかってくれたようだ。だが残りの二人は顔にクエスチョンマークを浮かべたままでいる。よしよし


「竜崎、蛇腹、左端、烏音の四人はサッカー部で、交友関係も広い。ここから容疑者を絞るのは少々骨が折れる。」

「でも、親しい人がほとんどいないような致道ならどうですの?」


 ここでようやく残りの二人も理解したようだ。気持ちいい!これがいいところで現れて全部掻っ攫っていく主人公の気分かあ。


「致道さんなら交友関係が少ないから調べるのも簡単ってことだね!」

「それで致道がキーということデスか」


 そう、この五人の中で致道が特異点になっているのだ。彼とサッカー部の面々と共通した知り合いなんてそういないだろうし、ここから絞っていくのがいいだろう。


「じゃ、そこを調べていきましょうか。」


 と、文化部の方針が固まったところで戸を叩く音が聞こえた。小鳥遊先生だろうか?照葉が返事をする。


「どうぞ」

「失礼しまーす、ここが文化部で間違いない?」


 入ってきたのは小鳥遊先生ではない、上背のある女だった。どこか幼さを感じる顔立ちだから教員ではなくひとつ上の先輩だろうか。


 何か見覚えがあるような気がしないではないのだが、なんだろう、思い出せない。声もどっかで聞いたことあるんだよなあ、なんだろう。


「ええ、そうですが、、、どちら様で、、、?」


 照葉の言葉に彼女はショックを受けているようだった。


「ええ、、、私の顔、知らない?」

「えと、、、扉くん」

「え?俺?すいません、どっかで見たことがあるんですけれど、、、」

「、、、まあそんなもんだよねえ、生徒会なんて。かくいう私も興味が出るまでほとんど知らなかったわけだし。」

「あ!生徒会長の!」


 照葉が声をあげた。どおりで聞き覚えのある声だったわけだ。始業式かなんかでよく喋っているしというか生徒会役員共ってそれ以外の活動ってなにしているのだろうか。恋愛頭脳戦とかインフレ言語バトルとかそこら辺だろうか。


「結構選挙活動頑張ったんだけれどねえ。そう、私は生徒会会長の北谷和旅ちゃたんわたび覚えといてね。」


 俺も今思い出した。確か副会候補が谷茶で北谷と谷茶で覚えてね的なことを応援演説で言ってた気がする。チャンタが二翻なの割に合わなくね?


「その会長さんがどういったご用件ですの?」

「ああそうそう、もう小鳥遊先生に聞いたと思うんだけれど、君たち文化部は今廃部の危機に瀕してるわけなんだよね。」

「ええ、存じてますの。」

「そうそう、それで生徒会からも一応通告ってことで今日はきたんだよ。」


 なるほど、その言葉を聞いて真白が目を輝かせた。最初に海住に買わんだ時と同じ顔をしている。なんかまたしょうもないことを考えているんだろうな。


「これってあれデスよね、会長さんはエネミーってことデスよね!」

「え、なんで?違うけれど。」

「でも会長さんはうちの部活を潰しに来たんデスよね?」

「いやいやいや、まさかそんなことしないよ。恨みとかないし。私は二年前この学校にいたんだよ、文化部がなくなるなんて寂しいよ。」

「なんだ、敵ってわけではないんデスか。」

「なんで落胆してるわけ?」


 会長さんは顔にクエスチョンマークを浮かべている。そりゃあ俺も真白が何考えているのか全くわからないから初対面でわかるわけない。


 というかそもそも女心は秋の空とか猫の目とか言われているわけだから、わからないのは当然である。


「まあいいや、ところで部費なんだけれど、今はもらっていないよね。何か必要があったら申請してくれればある程度は出せるけれど、何ああるかな?」

「そうですね、まあ今は大丈夫です。」

「そう、ならよかった。じゃあ頑張ってね。結果は今度の部活連会議までに出せばいいから、焦らないでも大丈夫だけれど、あんまり気長にやりすぎないように頑張ってね。じゃ、私はこれでお暇するね。」

「ええ、全力を尽くしますわ。」

「私の名前は北谷和旅だからね、覚えてね。」

「あ、はいワタミさん」

「生徒会は全然ブラックじゃあないよ!?」

「ワタミももう校正されて更生したらしですよ。」

「そうなんだ、、、いやいや、そういう問題じゃないから!和旅ね和旅!。北谷和旅ね。」


 会長さんは和旅和旅と唱えながら去って行った。俺の中の会長像とは乖離する根明そうな人だったが、よく考えたら実際のところ生徒会なんて指定校推薦が欲しいかつ票が集められる陽キャだよな。


 ちなみに選挙も駆け引きとかでなく、人数多い部活に入ってるやつとか演説でスタバ誘致しまーすウェーイとかやってるバカが当選しがち。本屋か美味いラーメン屋誘致してくれないかしらん。


 ーーーーーーーーーー


 例によってホームルームが終わると、真白が話しかけてきた。


「扉!調査、いきまショウ!」


 照葉あたりの友達が多そうなやつに任せておこうと思っていたのだが、こう正面から誘われてしまっては応えるしかあるまい。なんかこうなる気はしていたのだが。


「調査とかいっても誰に聞くとか、目星はついているのか?」

「of course!致道と同じクラスの友達にアポもとってありマス!」


 なるほど、他のクラスに知り合いがいるとは、流石だな。部活以外で他のクラスの人間とのネットワークってどうやって構築していくものなのだろうか。世界七大七×七不思議の一つに数えられるだろう。なお全部で333?くらい、多分。


「もしかして扉にも計画ありまシタ?」

「いいや、ない。」


 いく気なかったしね。


「まあそうデスよね。扉に聞ける友達とかいないだろうし。」

「おい、さらっとディスんな。」

「ジョークデスよ。まあ扉が他の友人とかの事を話してるの聞いたことありませんし。」

「ふっ、多くは語らないのが美徳だからな、A secret makes a woman womanってやつよ。」

「でも扉はma、、、そうデスよね。ダイバーシティの時代デスからね。」

「、、、」


 いらない配慮だけはする系女子やめろ。


 といっても、友達はいないからね。でもお前からも友達の話も聞いたことないよ?


「ていうか扉って、自分の話ほとんどしませんよね。」

「話す内容がないような薄い人生送ってるからな。」

「内容がないようってww」

「、、、」


 そうこうしている間に、目的地に到着した。目的地とは二年五組、ちなみに俺は一組である。


「この人デス。」


 真白に紹介されたその人は明るそうな女の子であった。なかなか可愛らしい顔つきをしており、いかにも友達が多そうな感じだった。こういうやつ苦手なんだよなあ、、、トラウマめいたものを思い出してしまうから。


 流石の俺でもクラスのやつの顔くらいはわかる。そんな俺が知らないから、この人はおそらく別のクラスの人間だろう。すると必然的に真白とも別のクラスということになる。俺が苦手とはいえ別のクラスの転入生の真白とすでに友好関係を築いている人だ。真白の紹介の割には頼りになりそうだ。何か気づきがあるといいが。


「よろしくね!扉くん。私は花守二手。」


 花守とやらは、手を差し出してきた。これは握手の意なのだろうか。なかなかにパーソナルスペースというか人との距離が近い人のようだ。密です!ソーシャルディスタンスとって!


 握手は普通に嫌だが、ここで変に断っても仕方がないので手を取ると、花守はにこっと笑った。強い、、、こいつ宝貝持ってる?テンプテーションにかかりそう。


「よろしく、ていうか、なんで俺の名前を?」

「ふふふ、彼女、すごいんデスよ。」


 なぜか真白が自慢げにいう。


「この学年の人の顔と名前を全て一致させているんデスよ。」

「え?まじ?」

「うん、まあね。」


 それはすごい、俺なんてせいぜいクラスの男子くらいしか覚えている人いない(そのうち半数以上はしゃべったこともない)。


 なぜ話したこともないやつの顔と名前を覚えているのかというと、いつ話しかけられても対応できるようにするためである。今のところほぼ使ったことはない。容量メモリのムダ使い。


「すごいな、なんでそんなことを?」

「ほとんど趣味みたいなものかな、ほら、一期一会って言うし。出会いを大切にしたいんだ。」


 一期一会か、人生は食べてみないとわからない、チョコレートの箱と同じって言うしな。


「なんと二手は、ある程度の人間関係も把握してるんデス。」

「誰と誰が仲良いかくらいならだいたいわかるよ。女子の好きな人はだいたい把握してるし。」


 いやはや、ここまでくると何も言えない。好きな人まで把握しているとは、ずいぶん厚い信頼があるのだろう。これなら聞いても問題ないだろうし、有益な情報も手に入るだろう。


「いや、真白。ナイスだ。」

「ふふん、そうでショウ。こんなすごい人とフレンドなんてワタシの顔の広さに驚きまシタか?」

「いや、驚くのは花守さんの顔の広さの方だろ。」


 なんで顔が広い人と友達なことを誇るんだよ。


「確かに。」


 何納得してんだ。


「ふふ、仲良いんだね。それと扉くん、さんなんてよそよそしいからつけなくていいよ。私たち、もう友達でしょ?」

「友達のハードル低いな、、、」


 2回会ったら友達だって?嘘はやめてね。ってハガレンのOPでも言ってたよ。なんなら初対面なんだけれど。


「一回会ったら私にとっては友達だよ。ま、とにかくよろしく。」


 強引な人だなあ。でも、時には強引さだって必要だろう。相手が不快にならないライン、この人はそこらへんの見極めがしっかりできている。


「さてさて、だいぶ脱線しちゃったけど、聞きたいことがあるんだったっけ?」

「ああ、そうでシタね。」


 本来の目的忘れちゃってるじゃん、俺もだけれど。


「致道蕨、という人物について知っていることはないか?」

「致道、、、」


 花守は少し苦い顔をした。


「知らない、か?」

「ううん、知ってるよ。去年は同じクラスだったからね。でも、どんな人かはあまりわからないかな、あまり友達が多い感じでもなかったし。なんかそういう人特有の、近づくなオーラがあったから私もほとんど話したことがないんだ。」


 ぼっちの習性だな。汎用人型決戦兵器に乗るわけでもないのにATフィールド張っちゃう、ってやつ。花守のアンチATフィールドを持ってしても中和はできなかったか。


「人間関係とかについては知らないか?」

「それならある程度は知ってるよ。一人だけ仲良い人がいたかな。確か名前は、、、そうそう、財田川くん。」


 花守は徐にスマホを取り出すと、一年生の時の集合写真と思わしき写真を見せて、一人を指さした。


「この人だね。フルネームは財田川手向ざいたがわ たむけくん一緒に部員が二人だけの部活に所属していたみたいだけれど、なんかあったのかな、今は全く話したりしてないみたい。私が知ってるのはこれくらいかな、ごめんね。」

「いや、十分すぎるくらいだ。非常に役に立つ。」

「ほんとですよ、個人名が出たのは大きいデスね。」


 今までどこから手をつけるべきかわからなかったのが、今回のおかげで財田川をメインで洗って行くと言う指針ができたと言うわけだ。唯一の友達が持つ意味は非常に大きい。


 もし犯人ではなかったとしても、真実にある程度近づくことはできるだろう。


「いやー、助かる。ありがとう。」

「全然大したことじゃないよ。私にできることならいつでも言って、私たち、友達でしょ。」

「真白の知り合いにこんないい人がいるとは驚きだな。」

「ワタシのことなんだと思ってるんデスか、、、」

「そんなことないよ。私なんてまだまだ。」

「いや、実際二手はすごいデスよ。」


 真白のいう通りだ。友達が多い、それだけでいい人というのはほぼ確定していると俺は思う。リア充キャラは往々にして性格悪かったり、人をいじめていたりするものだが、現実は多分違う。


 そんな奴らは運動部入って調子に乗っている二軍が関の山だ。やはりスクールカーストの頂点に立つということは、それなりの所以があるのだろう。まあ実情は知らないんだけど。


 俺も友達が多いやつに憧れることもあったが到底無理そうだ。童貞チェリーソーダ。絶望のあまり韻を踏んでしまったりもする。


「Oh!ワタシ、用事を思い出しまシタ。帰らないと。」

「やべ、俺もだ。」

「そっか、じゃあまた今度ね。」

「はい、また。」

「じゃ。」


 そう告げると、俺と真白は回れ右で帰路についた。


「、、、私はそんないい人じゃないよ。今もこうやって全部わかってるのに結局言えなくてさ。卑怯だよね。」


 二人の背中を見つめながら花守が放った小さなつぶやきは、扉にも、真白にも届かなかった。


 真白と扉はこのあと同じイベントで会いました。(伏線回収)


 さて、次の文化部定例会議(俺が勝手に呼んでる)にて


「と、分かったことは以上デス。」

「なるほど、じゃあやっぱりその財田川くんが一番怪しいってことでいいのかな。」

「まあそういうことになりそうだな、というか、他に怪しい人が見つかっていないしな。」

「それもそうだね。」


「そうですわね。でもこれからどうアプローチして行くかが問題ですわ。」


 言われてみれば確かにザリガニ、けつからズワイガニである。


 怪しい奴の目星がついても、どうやって容疑を固めるか全く考えていなかった。


「そんなのイージーデスよ。探偵モノの基本、尾行デス!」


 ーーーーーーーーーー


「、、、これ、なんかの条例とかに引っかからないのか?」

「何かイリーガルな雰囲気を感じマスね。」

「ストーカー規制法というものが普通にあるそうですの。」


 ああ、見つかったら冷たい檻の中で臭いご飯を食べなきゃいけないのか。


 実際のところ、俺一人ならともかくこんな大人数で尾行したら遊びくらいにしか思われないんだろうけれど。


「でも、こういうのってスリルがあってエキサイティングデスよね。」

「わかる。」

「結局楽しんでるじゃないですか。」

「でも、気持ちはとてもよく分かりますの。」


 しばらく歩く、こいつッどこまで歩くんだあ?


「てか今日四月なのに恐ろしく暑くないか?」

「ほんとだよね。私なんて一回外出てから長袖から半袖に着替えたよ。」

「観測史上四月で一番暑いそうですの。」


 そりゃあ暑いわけだ。それにしても観測史上最高ってよく聞くよな。地球にもガタが来てるのかもしれない。はたらく人類BLACKって感じかな。


 さてさて、雑談まじりに尾行を続けていると、目標(名前を忘れた)は喫茶店に入った。


「おっ、あいつ喫茶店に入ったぞ。執筆活動でもすんのかな?」

「誰かと待ち合わせでもしているのでしょうか?それともただのイキリか、、、いずれにしても執筆活動ではないと思いますの。」


 多分イキリだな。スタバでスターバース◯・ス◯リームでもするんだろう。ここスタバじゃないけど。何はともあれ暑すぎるので室内に入ってくれるのはありがたい。


 目標が喫茶店に入って少し間をおいて、俺たちも入店した。壁一枚を隔てた席に陣取り、適当な飲み物を注文した。ここなら何をしても筒抜けである。


「おーこれがクリームソーダデスか!一度は飲んでみたかったんデスよ。」

「クリームソーダってイギリスにはないのか?」

「ありマスよ。でもバニラフレーバーのソーダのことをいうので全然別物デス。」


 はえー、というかよく考えたらクリームソーダってメロンのイメージだけれどメロンのメの字もないもんね。ってかなんなら全部に文字がないわ。


「よく考えたら俺も飲んだことないな。」


 クリームソーダと言えばナポリタンと並んで喫茶店を象徴する商品の一つである。が、そもそも喫茶店にほぼ行くこともなく、もし仮に行ったとしてもイキることを至上とする男子高校生に選ばれる感じのメニューではない。


「確かに、意外と頼まないよね。真白ちゃん、一口ちょうだい。」

「もちろんデス。」


 真白があーんスタイルで照葉にクリームをあげる。百合はいいぞ。そう言い残すと男は塵になって消えた。


「扉も、どうぞ」

「「へ?」」


 どういうわけか今度は俺の方へ真白はスプーンを突き出してきた。


「扉も食べたことないんデスよね。美味しいデスよ。」

「いや、そういう問題ではなく、、、」


 俺がなんとか言ってる間に真白は口にスプーンを突っ込んできた。次の瞬間口に広がったであろうクリームソーダの味は、うまい。普通にうまい。


 初体験が訳もわからないまま終了した処女の気分を味わった気がした。味だけに。なぜかキレが悪い。


 顔を赤らめている俺と照葉をよそに真白は顔にクエスチョンマークを浮かべている。

 それを見て後輩二人は何か小声で話していた。


「真白先輩、大胆ですのね。」

「そうだね。ほんとに無自覚っぽいのが、、、」

「扉先輩も一度に二人と間接キスを済ませるとは、やりますね。」

「うるせえ、お前は何後輩だよ。」


 めっちゃ已結に白い目で見られた。


 そんなことをしていると、来客が現れた。致道だ。


「あたり、ですかね。」

「かもな。」


 この会話、かっこよくて痺れるなあ。


 致道は辺りを見回すと、目標に気付き目標の席に座った。

 俺らは固唾を飲んで見守る、もとい耳守る。先に声を発したのは目標だった。


 ーーーーーーーーーー


 蕨がやってきてから何分ほど経っただろうか、実際にはほんの数分なのだろうけれど、僕にとっては十分にも、二十分にも思えた。それだけ重苦しい時間だった。


 このままずっと黙っていても仕方ないだろう。


「蕨、あれ、本気なのか?」

「当然だ、俺はこのままなんて嫌なんだよ。お前は、今のままでいいのか?」


 今のままでいいのか、そう問われると何も返すことができなかった。


 高校生になれば、何かが変わると思っていた。実際、初めのうちは楽しかった。でも、もう、あの日、変わってしまったのだ。変わったというよりむしろ戻ってしまったというべきかもしれない。


 今のままで良い訳がない、できることなら、楽しかった頃を取り戻したい。でも、選択肢などないのだ。


 きっと今が最後の機会なのだろう。彼が僕に手を差し伸べているのだ。でも、その手は僕にはより深い泥沼へ引きずり込むような、弱々しいく感じられてならなかった。


 きっと手を取ることはできないそれは今日ここに来る前からわかっていたことだ。でも、ここに来れば変わるかもしれない、何かが僕の背中を押してくれるかもしれないと、そう思った。


「このままでいいんだ、、、僕は。」


 何かを求めたら、何かを犠牲にしなくてはならないだろう。何かを犠牲にするくらいだったらもう何も求めない、そう決めた。そう思う他にないのだ。


 彼の手首からは痣がのぞいていた。こんな暑い日だというのに長袖のシャツを着ている。

 そんな彼の痛みを自ら半分背負う度胸なんて、僕にあるはずもなかった。


 僕と蕨には確かな確執が生まれ、離れていってしまうのだと思った。


「お前!、、、俺は、このままじゃ嫌なんだよ。俺たちが何かしたのか?そうじゃないだろ!あいつらの気まぐれのせいでこんなことになって、何もできなくなって、いいのかよ?」


 蕨が声を荒らげる。


 わかっている。気持ちは同じだ、でも、、、


「手向!あいつらに奪われたままでいいのかよ。何もしないままでいいのかよ?」

「いい訳ないだろ!でも、でもっ、、、こうするしか、ないんだよ。」


 思わず大きい声が出てしまった。一度言葉にした感情は堰を切ったように外へと溢れ出してきた。


「僕だって、できることなら取り返したいよ。なんで俺らなんだって何回も何回も何回も何回も思った!だけど、何が理由でも原因でもきっかけでも、もう、もう二度と取り戻すことなんてできないんだよ!」


 もう、言ってしまった。後戻りはもうできないし、きっといつ後悔することとなるのだろう。そんなどこか投げやりな思いのまま、蕨の顔を見た。


 蕨は、僕の予想とはかけ離れた顔をしてた。声を荒らげた僕に萎縮するでもなく、悲しい表情でもなく、僕に対する怒気すら孕まない、どこか余裕のある顔つきだった。今までに見たどんな彼の表情とも違うそれに、僕は少し、戸惑った。


「俺も少し前まではそう思っていたよ。でも、もう変わったんだ。今の俺ら、いや俺ならできる。奪い返そう、奴らから僕らの青春をさ。」


 そう言うと蕨は、僕の方を見て笑った。その顔は僕に恐怖さえ感じさせる何かがあった。


 彼は変わってしまった。少なくとも、以前の彼はこんな表情をするようなものではなかった。何か、彼のうちに生まれた恐ろしい何かを、本能が察した。


「とにかく、僕はもういいんだ。それが言いたかった。」


 僕は机の上に代金を置き、捨て台詞のようにそういうと走って店を出た。


「おいっ、待てよ」


 もうあそこにはいられなかった。彼と話し続けているとおかしくなってしまいそうだったのだ。


 僕は最初、彼の手を弱々しいといった。あれは大きな間違いだ。彼は何かこの状況を打破する手段を持ち得ているのかもしれない。だとしてもその後に彼と、あの彼と付き合い続けていけるなんて到底思えなかった。


 ーーーーーーーーーー


「、、、なんか走っていちゃったね。」

「青春を奪い返すだかなんとか言ってたな、なんのことだろ。」

「具体的なことはあまり分かりませんでしたね。」

「でも何か、あの二人と他の誰かとにトラブルがあったことはほぼ確定ですわね。

「そうデスね、誰とトラブルが起こったかをサーチすれば、色々わかるかもしれまセン。」


 青春を奪い返す、随分と大仰な表現だが、一体何が起こればそんなことを口にするのだろうか?彼らの接点は部活と聞いた。部活といえば俺の好き嫌いはともかく、青春の代名詞の一つと言っていいだろう。


 その部活に関係のあることなのだろうか。


「二人の話からして、財田川くんが犯人とはちょっと考えにくいかなあ。」

「そうですの?私はそれなりに可能性を感じました。二人の仲もあまり良好とは言い難い感じでしたし。」

「そうかなあ?」


 照葉の言葉に已結が返す。


「まあ、俺も已結と同意見かな。分かったこともそれ以外ほとんどないに等しいし。」


 走って出て行ったところを見るに財田川は激情型のように見受けられる。二人の間にもなんらかの確執があるようだし、第一他に容疑者になり得る人物がいないと言うことも大きい。


 具体的に何が起こったかは分からないが、それでも疑うには十分なピースがすでに揃っているのだ。


「七海と藍崎先輩はどう思いますか?」

「うーん、私にはちょっと、、、」

「ワタシもよく分かりませんデシた。」


 海住はともかく真白に関して話すら真面目に聞いてなさそうだな。


 まあ、依然として情報は少ないままだが、思えばそもそもここで財田川と致道が会うこと自体計算外の出来事だ。着実に情報は増えて行っているといって良いだろう。


 何も焦る必要だってない、部の存続の是非を決めるのは確か半年後の生徒会会議である。そこまでに結果を出せば良い。


「にしても、財田川くん行っちゃったから、尾行はここでお終いだね。」

「そうですね。」


 このあとみんなで昼飯を食べに行った後に解散した。


 ーーーーーーーーーー


 その日の我が家にて


「たらいま」

「お兄ちゃん!おかえりー。私はほかいまだよ。」


 その言葉通り詩替は体にバスタオル一枚巻いただけの、生まれたままの姿にかなり近い状態である。


「おま、そんな格好で玄関まで出てくんな。誰かに見られるだろ。」

「えー、でもお兄ちゃんを出送って出迎えるのが私の生きがいだし。」

「そんなのが生きがいかよ。ってか俺が今日朝出る時お前まだ寝てただろ。矛盾塊かよ」

「まま、そんなこといいから、早く入ってよ。私も湯冷めしちゃうし。風邪ひいたらお兄ちゃんのせいだからね。もしそうなったら看病してもらうから。」

「理不尽だ。」

「妹はもう死んでないんだけれど。」


 よく考えたら詩替とシエスタって似てるな。今気づいてしった。だからこいつはよく昼寝しているのか。


 口ではこういっているものの、妹の看病は普通にご褒美だ。弱っている妹の顔を見れる特権はデカい。なんなら生きがいと言ってもいいかもしれない。


「あっ、扉さん。おかえりなさい。」


 読んでいたまんがから顔をあげ、カロシッソちゃんが言う。


「ただいま。そのまんがどう?」

「とっても面白いです!この世界は文明だけじゃなく娯楽も発達してますね。」

「それは良かった。」


 しばらくすると、夕飯の時間になった。


「そういえばお兄ちゃん、今日は私のことをほっぽり出してどこ行ったの?」

「部活の集まりだ。部を存続させるためにはとある事件を解決しないといけないらしくてな。」

「どんな事件なんですか?」


 俺は二人に今回の事件について話した。


「なるほど、部活を存続させるって大変なんだねえ。変な部活物に必ずと言ってもいいほどあるもんね、生徒会にいちゃもんつけられる回。」

「あるよな、そもそもなんで部費もらってないのに存続がどうとか言う話になるのか全くわからないんだよなあ。」


 そういえば部費って申請したらもらえるんかな。文化部だから日本文化の研究とか大義名分付きで小説とか帰るかもしれん。


 と言っても、文化部がなくなったら他の部活に入らなくては行けなくなってしまう、普通にそっちの方が面倒だからなあ。結局頑張ってこの事件を解決に導くしかない。


「なんかアイデアない?」

「ない。」


 なんでこいつ即答なんだ?普通枕にうーんとかつけるだろ。俺が詩替に呆れていると、


「扉さん、その生徒たちが被害に遭われた時間と場所ってわかりますか?」

「まあわかるとは思うけれど、なんで?」

「いえ、大したことではないと思うんですが、少し気になることがありまして。」

「わかった。すぐ持ってくる。」


 その後、俺は照葉に聞いて件の情報を教えてもらった。ちなみにこれが初LINEである。手が震えた。


「なるほど、、、」


 それを見ると、カロシッソちゃんは顔をしかめた。


「どう、何かわかった?」

「、、、」

「カロシッソちゃん?」

「あ?すいません。えーと、なんでしたっけ?」

「何かわかったことあった?」

「特には、魔法を使えば少しはわかるかなと思ったんですが、、、」


 そういえばこの世界には、魔法というものがあるのだった。というか、この魔法とやらを詳しく研究したりした発表したりすればノーベル賞とか取れてしまうんじゃあない?と思ったが、それは普通に面倒臭いからやめた。


 それに魔法なんてもんを世界に公開したら、なんか悪の組織から追われたりしそうだしね。


 さらにしばらく探したが、特にどころか全く収穫はなかった。


 ーーーーーーーーー


「さて、これからどうしよっか?」

「そうさねえ」


 いよいよ行き詰まってしまった。本来であれば相手のアクション待てばいいのかもしれないが、今回は暴力事件を追っているわけで、そのアクションとは次なる事件ということになる。要するに、待つという選択肢はない。


 そもそも、何か事件なりが起こった時に、犯人を探すのは、もちろん罰を与えたりするためでもあるけれど、被害者や他者を安心させ、次なる事件を防ぐためであるだろう。


 と、その時、唐突に小鳥遊先生が教室へ入ってきた。


「お、いるな。お前ら、調子はどうだ?」

「特に進展はありません、、、」


 キャラクター故かまとめ役のようなポジションに収まった照葉が申し訳なさそうに答える。


 こういうときに進捗状況を聞いてくるやつは気に食わん。なにか明確な進展があったら言っているし、こういうヤツに限って自分は何もしないのに文句言うんだよな。


「ま、当たり前か、私たち大人が軽く調べてもわからなかったわけだし、警察でもないお前らがものの数週間でわかるはずもないよな。」


 俺の考えとは裏腹に、小鳥遊先生の様子は穏やかだった。まあ、俺らはダメ元かよ、という思いもなきにしもあらずだが。

「そう、今回私がここにきたのは、進んでいるはずもない進捗状況を聞いて、できてないと言う事実を有言化させることによってプレッシャーを与えるためではないのだよ。」


 えと、心とか読んでる?独身極めすぎて読心術使えるようになっちゃった?ちなみに俺は少しだけ読唇術を勉強していたけれど、普通に『い』『き』の違いがわからんかったからやめた。というかいつ使うんじゃ。


「それでは、何をしにきたんですの?」

「いや、事件とはまったくもって関係のないことなんだが、ほら、この部上級生がいないだろ?だから引き継ぎとかできてなくて、部長を決めないといけないんだ。すまんな、私も完全に失念してたよ。」

「本当に関係ないな、、、まあいいや、早く決めちゃおうぜ。」


 さて、ここで皆に沈黙が走った。もちろん仕事がありそうなので俺はやりたくない、後輩二人のどちらかにやらすのも不自然だろう、ということは照葉か真白かになる。さて、どう押しつけたものか、、、いっそ真白が、『ワタシがやりマス!』とか言ってくれないかなあ。


「後すまん、藍崎が来たのは年度の途中だろ?だからそれだとバレたとき面倒だから藍崎以外がやってくれ。」

「じゃあ、私がやります。」

「ああ、まあそうだよな。一年にするわけにもいかんしお前がしかいないよな。」


 先生はこちらを一瞥してから言った。俺を忘れている訳ではなさそうだがむしろ傷ついた。そもそも自分で言うのもなんだが俺クラスで影めっちゃ薄いからこいつ俺がどんな人間か知らんだろ、決めつけやがって。


「一応連絡先を交換するルールになってるから、今スマホ持ってるか?」

「はい」


 照葉と連絡先を繋ぎ終えると、書類を作ると言って小鳥遊先生は去っていった。


「そういえば私、真白ちゃん以外とは繋がってないね。いい機会だし、みんなで繋ごうよ。」

「いいですね。私も穂希ちゃんの以外は持っていないです。」


 かくして、連絡先交換合戦の火蓋が切って落とされた。書くまでのことでもないと思うが、俺は文化部部員誰の連絡先も持っていない。連絡先を聞くことは告白にも等しいと云う(かぐや様より)。


 なので俺から聞く訳にはいk


「扉〜アドレスシェアしまショウ。」

「お、ああ。」


 俺のQRコードを読み取る真白。少しすると真白から、よくわからんよろしくスタンプが送られてきた。目には目を、歯には歯を、スタンプにはスタンプを返すのが礼儀だと聞く。とりあえずけんた食堂のよろしくスタンプを送りつけた。


 ちなみに、俺の連絡先には交換だけしてスタンプ2個飲みのやりとりと言うクラスメイトの男子のものが三つほどある。いつどんなタイミングで交換したかは忘れた。


「三軒茶屋先輩、繋ぎましょう。」

「おう」


 残りの三人とも、無事に個交を樹立し、連絡先に新たに三つの名前が加わった。連絡先とは恋絡先、つまり恋が絡む先と書くわけだ、だからなんだというのだ。。これで俺の童貞も卒業かという短絡的な妄想に、しばし浸った。


「そういえば皆さん、自己紹介文に痛いこと書いてませんね。」

「ああ、そんなのあったな。あれ何書いてもイタいよな。」

「そうなんですよね。悩ましいんですよ。」


 どれどれ、全員分のやつを確認しておこう。まず真白、なし。何かは書けよ。


 照葉、『二年二組』陽キャっぽい(小並感)。


 已結『エル・プサイ・コングルゥ』特に意味はないけどなんかイタいな。あと自己紹介の段階からもう切る気満々じゃん。


 海住『よろしくお願いします!』特に言うこと無い感じ。

「確かに全員大したこと書いてないな。」

「へえー、そんなものがあるんデスか。全く知りませんでシタ。」

「へえ、意外だな。普通数年使ってたら気づくけどな。」

「今までWhatsAppしか使ってなかったんデスよね。誰もやってなかったんでジャパンに来てから使い始めまシタ。」


 国が違えば連絡手段も変わるわけか、当たり前といえばそうだがそんなに違うんだな。


「扉先輩は『LINE始めましたです』ね。これって最適解じゃ無いですか?」

「そうだろ、痛く無いように見えるだろ、でもな、これにしたのライン始めてから四年目くらいなんだよ。」

「え、、、急に、アイコンを初期設定にして無頓着感出してる逆にイタいやつみたいに思えてきました。」


 何がこれ一番イタいかって、誰とも繋いでいないのに色々考えてこれにしてるところなんだよな、我ながらもはやホラーだわ。


 とか話していると、俺含めた全員の携帯がなった。開いてみると、文☆化☆部という名前のグループに招待されていた。なんだこれ?遊☆戯☆王か?とか思いながら参加と書かれたマークを押すと、照葉からのメッセージがみれた。


『一応グループも作ってみたよ〜』


 適当に成り行きで交換した連絡先だったが、この後すぐに役立つことになる。


 とっぷり日も暮れた夜。夕食にはまだ早い時間で、俺が部屋で漫画を読んでいると、携帯が鳴った。どうしたのかな、とスマホを開くと、例の文化部のグループでまた照葉が何か言っていた。


『今、先生から連絡が入ったんだけれど、この前被害にあった蛇腹くんって子が、今日また被害にあったらしいの。今回は結構傷も重くて、足を骨折してるとか。』

『足を骨折とは、なかなかにひどいですね。どうして骨折に?』


 わかりにくいと思うがこれは真白の発言である。


『先生から聞いた話だと、階段から突き飛ばされたらしいよ。当たりどころが悪かったら危なかったかもって』。


 それはひどい。


 しかし骨折にもなってくるとただの喧嘩とかでは片付けられないだろう。エスカレートしてきているようだし、然るべきところに相談に行くだろう。俺たちもそろそろお役御免かもしれない。


 結局部の存続の話はどうなるのだろうか、参加することに意義があるとか言っているくらいだし、評価してくれると思うが、、、


 ーーーーーーーーーーー


 次の日の放課後、俺たちは被害にあった蛇腹の元へやって来ていた。


「これ、お見舞いなんだけれど。」

「ああ、わざわざすまないね。」


 已結が持ってきた菓子折りを手渡す。同じ男子だからって押しつけやがって。


 蛇腹の顔を見ると、心なしかやつれていて、明らかに元気がなさそうだった。


「腕、大丈夫?」

「ああ、普通の骨折だそうだ。まあなんというか、足じゃなくてよかったよ。」

「サッカー部だからか、不幸中の幸いだったな。手首に怪我をしているけれど、何かあったのか?」

「ああ、ちょっと犯人と揉み合ってな。」


 会話が途切れた。他の奴らの方を見ると、早く本題に入れ!って顔をしている。仕方がない。意を決して俺は口を開いた。


「被害にあった時の状況とか、何か解決に役立ちそうなことで覚えていることってあるか?」


 彼はしばらく黙ってから喋り出した。


「解決の助けになりそうなことは、何も、、、ただ、お前たちもこの事件を追うのはもうやめた方がいい。」

「それは、なんで?」

「多分、そろそろ警察とかに任されると思う。そしたら犯人も多分すぐわかる。だのにお前らただの学生が、危険を冒してまで調べる必要はない。」


 少し間を置いてから、蛇腹はため息をつき、また話し始めた。


「あいつからは、何かとても、俺に対する憎悪を感じた。理由はとにかく、俺に対して並々ならぬ負の感情を抱いてる。あんまり邪魔をすると、あいつは、お前たちにも攻撃することを辞さないと思う。」

「その話を聞いた後にこんなことを聞くのもどうかと思うんだけれど、心当たりとかある、よね。」


 そういうと、彼は一瞬驚いたような顔をした。だが、すぐに怒りの表情へと変化していった。


 無理はないだろう、せっかく俺たちのことをおもんぱかって手を引けと言ったのに、そいつから心当たりは?とか聞かれたらイラっともくるだろう。そもそも人に恨みを買ったことを他人に告白すること自体に抵抗もある。


「とにかく、お前らに話すことは無い。帰ってくれ。」


 彼の口調は穏やかではなかった。もうこれ以上情報を引き出すことは厳しいだろう。


「分かった。突然押しかけてごめんな。お大事に。」


 みんなの方を見て、出て行こうと目で伝えた。

 外に出ると、海住が口を開いた。


「完全に拒絶されてしまいましたね。」

「そうだな、俺の言い方が不味かったかな。」

「それもあると思いますが、まあ今回は仕方ない範囲だと思いますの。」


 俺らが話していると、小鳥遊先生がやってきた。


「小鳥遊先生、こんばんは。」

「おう玉敷、他のやつもいるな。」

「どうかしたんデスか?」

「ああ、今回の事件を受けて、そろそろ警察とかに相談しようと考えている。」

「やっぱりそうですか。」

「ああ、校内で起きている事件もあるから、学校も重く受け止めている。」


 そういえば致道の件は学校で起きたんだったっけか。学校で暴力事件なんてことになったら、問題になることは避けられないだろう。というかみんな忘れているとはいえ、テロリストに襲撃されるような学校だからそろそろ防犯カメラとかつけたほうがいい。


 しばらく無言で何かを考え込んでいた小鳥遊先生が口を開いた


「だがなあ、ちょっと問題があってな。」

「問題ですか、どういった?」

「うーん、まあお前らには見せてもいいだろう。他言無用だからな。」


 そういうと、小鳥遊先生はスマートフォンを取り出し、ある動画を見せてくれた。


「これは、、、蛇腹くんだね。防犯カメラの映像かな?」

「なんだ、カメラがあったんデスか、ならソリューションじゃあないデスか」

「まあ見ていてくれ。」


 防犯カメラでバッチリ撮られているならすぐ犯人が分かりそうなものだが、見切れていたりするのかな?


 まず写ったのは一人で歩いている蛇腹、すると急に躓いたのか、よろけた。彼はすぐさま後ろを振り返り、虚空に向かって何かを言っていた。すると急に彼は暴れ出した。それはまるで、見えない何かと戦っているようなそんな感じで、狂気を感じるような不思議な必死さが彼にはあった。しばらくして突然彼の体は投げ出され、階段から転げ落ちた。


「、、、ど、どいうことなんですの?」

「さあ、わからない。彼は犯人の姿ははっきり見えたと言っているし、途中で暴れ出したのも犯人と揉み合ったと言っている。」

「え?でも何も写ってないよね。」

「、、、この人シラフでした?なんかヤバい薬でもやっちゃってるんじゃないんですか?」

「うーん、それも調べたんだが何もなくてな、正直頭を抱えているんだ。」


 どういうことだ?蛇腹にはなんらかの精神疾患でもあったのだろうか、だが他にも被害者がいる。彼だけがおかしいのか、それとも他の全員もなのか、皆目見当もつかない。


 だいたい集団で精神に異常をきたすことなんてあるのだろうか。一体何が起こっている?カロシッソちゃんの魔法が頭をよぎった。考えたくもないことだが、もしかしてあれが、、、


「まあとにかくもう遅い時間だからお前らは帰った方がいい。親御さんも心配してるだろ。これから先のことは追って連絡するよ。」


 と、事態を飲み込めないままこの日はそのまま解散になった。


 次の日は日曜だった。私立は土曜も学校があるところが多い。いつもならその分を取り返すため十時ごろまで惰眠を貪るところだが、今日の俺は出かけなければならなかった。


『先生から場所を聞きました、何かわかることはないか行ってみませんか?』


 全てはこの已結のメッセージから始まった。みんな賛同してあれよあれよと言うまに予定も決まり、俺は休日なのに出かけなくてはならなくなった。


 七つの大罪にも数えられる怠惰は、元はと言えば日曜まで働くことを咎めるものだったらしい、要するに俺、まじ怠惰。マヂ無理、リスカしよ、、、ってか平日にリスケしよ。まじで。


 と言いつつ、意見を通せるようなタイプでも無いし、カロシッソちゃんの件も気になるので、集合場所へと向かった。


 集合場所に行くとすでに全員集まっており、どこかの団なら全員分の飲み物を奢らなくてならない感じだが、うちの部はそんなしきたりはない。


 ところで別に時間に遅刻したわけでは無いのに、最後というだけでなんか遅刻したのと似たような気分になるのはなぜだろうか。


「扉君も来たし、行こっか。」


 事件現場はとある河川敷である。百メートルおきくらいに階段があり、そのうちのどれかに蛇腹は突き落とされたらしい。


 駅前の集合場所から事件現場に向かった。すると、そこには意外な人物がいた。


「お、カロシッソちゃん」

「扉さん、皆さんも、こんにちは」

「どうしてここへ?」

「え?えーと、そう、有名なケーキ?というのを食べに来たんです。テレビでやってたんで。」

「そうなんだ。」

「ええ、暇だったので。皆さんは?」

「前に話した事件覚えてる?それがこの近くで新しく起こったから、何かわかることないか探しに来たんだけれど」

「私もご一緒していいですか?」

「of couse全然OKデスよ!」


 と言った次第で、カロシッソちゃんも調査に参加することになった。魔法が使えるわけだし、それを使って奇想天外な推理をしてくれるかもしれない。もしかしたら、別のことも


 さてさて、歩き始めるとすぐに現場に到着した。


「どうしよっか?みんなで手分けして探す?」

「ツーマンセルでいいんじゃないデスか?カロシッソちゃんも入れたらちょうど偶数デスし。」

「確かに、二人一組の方が見落としも少なくすみそうですね。」

「そうですわね。」

「特に異論は無し。」

「私もです。」

「じゃあ、穂希ちゃんと七海ちゃんは一緒でいいでしょ、他は、扉くんとカロシッソちゃんが一緒でいいかな?その方がカロシッソちゃんもコミュニケーション取りやすいと思うし。」

「ということは、ワタシと照葉が一緒のグループデスね。」


 といった次第で組み分けが行われ、調査は開始された。


「刑事でもないし、証拠を探すつっても何からすればいいかわからないね。」

「そうですねえ。地面に落ちてるものとかに留意すればいいんじゃないですか?」


 二人して地面を見る。根こそぎ拾うんじゃあー


 しばらく(二十秒くらい)目を凝らして地面を見ても何も見つからなかった。そもそも推理小説の字面を見て犯人が分かったためしがない俺が地面なんて見ても何もわかるわけない。


 ここら辺を逍遥してても何にもならん。適度に時間を潰して行こう。何かあるんなら見つけるのは俺じゃなくて照葉とか已結あたりだろうし。


「暑いね、カロシッソちゃん喉とか乾いてない?」

「まあそれなりには。」

「ちょっと飲みもんでも買おうか。何がいい?」

「なんでもいいですよ。私ここの飲み物とかわかりませんし。強いていうなら甘いものがいいです。」


 カロシッソさんの好みとかわからないからなあ。俺はドクペだけれどこれは好き嫌い分かれるからなあ。なんなんだろうね?二十種類の杏仁豆腐味のあの求心力。カロシッソちゃんにはオレンジジュースとかでいいのかしらん。


 悩んでも仕方がないのでオレンジジュースを買っていった。


「はい、カロシッソちゃん。」

「ありがとうございます。」


 カロシッソちゃんはジュースを受け取ると飲み始めた。見る限りでは気に入ってくれたようだ。


「美味しいですね。何かの果実の絞り汁ですか?砂糖が入っているんですかね?甘くて美味しいです。」

「口にあってよかったよ。」


 さて、そろそろ本題に入ろうか、案ずるより産むが易し、意を決して口をひらた。


「ところでさ、前カロシッソちゃんが使った記憶を消す魔法って副作用とかないの?」

「いえ、そう言った例は聞いたことないですね。何かあったんですか?」

「いや、別に大したことじゃないから気にしないで。」

「はあ、分かりました。」


 カロシッソちゃんには自覚がないようだが、どう考えても今回はイレギュラーな状況である。魔法を使えないものが急に魔法にさらされた場合にのみ起きる、と言った状況も考えられるし、抜け落ちた記憶の影響で魔法が未完成のものになったということだって考えられる。


 いずれにしてもこれらの場合だったらカロシッソちゃんには分かり得ないことだ。カロシッソちゃんいたずらに本当のことを話してカロシッソちゃんが思い詰めさせてしまっても仕方がない。自分で考えることにしよう。


「そういえば、さっきこんなものを拾ったんですけれど、なんですかね?」


 手渡されたものはボタンだった。ちぎれたのだろうか、後ろの方に布がついている。


「これは服とかを止めるボタンってやつだ。そういや蛇腹、被害にあったやつが犯人と一悶着あったって言ってたな。」

「じゃあ、もしかしたら犯人のものかもしれませんね。」

「そうだね。お手柄かも。」

「喉も潤いましたし、もう少し探しましょう。」


 もう成果があったんだしサボってもいいんじゃない?と思ったが、やる気に満ち溢れているカロシッソちゃんの前でそのことを口に出すのは憚られた。


 少々面倒だがやるしかねえ。めんどくせぇめんどくせぇとどこかのホムンクルスのように心の中で唱えながら新たな証拠を探した。


 ーーーーーーーー


「照葉〜何か見つかりまシタか?」

「うーん、今のところは何も。真白ちゃんは?」

「同じくデス。」


 ずっと一緒に行動しているから当たり前なんですけど、日本ではこういう謎の確認をよくすると聞いたので一応。それにしも謎の文化ですね。


「ちょっと遅すぎまシタかね?」

「どうだろうね。他のみんなはなんか見つけたりしてるかな、聞いてみる?」

「いやいや、やめときまショウ、後でのおたのしみデスよ。」

「ふふふっ、それもそうだね。」


 その後も十分ほど探しましたが、一向に収穫はありませんでした。それにしても今日は暑い、こんな炎天下の中を証拠品探しとは、コナンくんでも至難の業でしょう。


 それにしても私たちの担当のゾーンは日陰が皆無です。扉たちの方にしておけばよかったと一瞬思いましたが、それだとカロシッソちゃんが可哀想だからやっぱり無理ですね。日向に甘んじるしかないようです。


「そう言えば真白ちゃんって日本語すごい上手だけれど、どれくらいで習得したの?」

「そうデスね、幸いこっちに来る前からこっちのカルチャーに興味があったので、三年くらい軽く勉強していまシタ。本格的にやり出したのはジャパンへ行くことが決まった二年前くらいからデスね。」

「なるほど、計五年ねえ。私も英語の勉強それくらいしているけれど、全く話せるようになる気がしないよ。何か苦労したこととかってある?」

「うーん、やっぱり省略が多いことデスかね。Iを省略するなんてイングリッシュだとほとんどありませんし。それと漢字デスね。」

「ああ、まあそれは日本人もわからないからね。読めればいいと思うよ。」

「あと発音もイングリッシュとかなり違いますからね。教わろうにもネイティブはアンカンシャスリィにできてるので、、、」

「ああ、何が分からないのか分からないってやつね。」

「特に難しいのが、、、like、、、そう、『ん』の発音ですね。日本語話者の人はアンカンシャスリィにやっていますが、実は五つくらい種類があるんですよ。例えば、進撃の巨人の二つの『ん』は、したの使い方が違うんです。」

「しんげきのきょじん、しんー、きょじんー!ほんとだ!日本語を話し初めて百年弱なのに全く知らなかった!」


 他にも本当は敬語とか難しいポイントは枚挙にいとまがありませんが、私の場合は敬語だけに絞ったのでまあなんとかと言った感じです。


 日本語は中国語やアラビックに次いで世界でも三位に習得が難しいとされている言語ですから、日本に生まれたことはラッキーですね。まあ英語圏の方がメリットは大きいでしょうけれど、日本語も美しい言語ですから日本人はもう少し誇りを持つべきだと思います。


 ちなみに私が気に入っている日本語独自の文化は一人称の多様さです。ニュアンスを理解するのには苦しみましたが、小説なんかで一人称だけでどんな人間かわかる、というか表現できるのは魅力的です。私はこっちに来るまで普通に『わっち』とかの人がいると思っていたんですが、、、いませんでした。残念です。


 他にも婉曲的な表現が多く、後から学ぶ人は苦労しますが、そう言ったものの全てが日本のカルチャーの魅力を底上げしていると思います。


「なるほどね、意外と自分が話している言語の難しさは分からないよね。」

「そうデスね。ワタシもイングリッシュより数倍難しいジャパニーズをすでに使えるみなさんが英語の習得に苦労しているのは謎デス。まあ、ワタシのジャパニーズもまだまだアンコンプリーテッドデスけど。」

「ニュアンスとかを含めて完全に理解するのは難しいよね。英語から生まれた翻訳語ってのもあるくらいだし、例えばsocietyに対応する言葉は明治時代にはなかったみたいな話もあるし。」

「Really?ジャパニーズでは社会デスよね。なんならサブジェクトにもなってるのになかったんデスか?」

「らしいよ、そう考えると今の日本人の考え方と明治時代以前のそれとでは結構差異があるかもね。」


 大変含蓄のある?(使い方合ってるんでしょうか)うんちくを聞けましたが、特に収穫はなく、私たちは手ぶらでみんなの元へ帰ることになってしまいました。

 日本には手ぶらで帰ったら手ブラにならなくてはいけない文化があると小耳に挟んだのですが、本当でしょうか?だとしたらお手上げです。いや、だとしたらお手を上げられないんですけれど、、、


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「証拠ねえ、証拠って何を見つければいいんでしょうか?」

「、、、というと?」

「ええと、例えば私たちがここで犯人のものと思わし何かを見つけたとしますわ、だとしてもそれがどれくらいこの事件の解決に役立つんでしょうか?」

「ああ、確かに、それが犯人のものだって証明もできないしね。」


 そう七海の言うとおり、今回の問題点はそこにあると考える。私たちの捜査力は皆無に等しいだろう。だが世の中の推理物が進展する時は往々にして何か新しい事件が起こった時である。今はまさにその時、ここが正念場といってもいいだろう。まあ、事件が起こる前に解決しないと意味が無いような気もしないでもないのだが。


 なにしろ先輩たちが頼りない。先のテロリストの一件では玉敷先輩は早々に捕まってしまったし、他の二人は活躍したけれど、正直普段のイメージだと活躍しそうとはあまり思えない。かといって私たちも何かしたわけではないのだが、、、ティクールには逃げられてしまったし。


 だが皆悪い人ではないし、文化部も楽しいので無くなってもらっては困る。


「今回は私たちが活躍する番ですわね。ティクールの時の失態を取り戻すつもりで頑張りましょう。」

「そうだね!」


 さてさて、こう意気揚々と捜索を開始したわけだが、世の中の創作のように勢いよくいくわけではない。十分ぐらいしたら暑さも相まってそもそも証拠なんてないんじゃないのかと思えてきた。


「何もないね。」

「そうですね、そう簡単には行かないとは思いつつ、意外と見つかるんじゃ、、、とか思ってた自分の楽観ぶりが恥ずかしいですわ。」

「そうだねえ、あの映像で詳しい場所までわかればよかったんだけど、暗ぎてよくわかんなかったよね。」


 まあ、文句を垂れていても仕方ない。


「ねえ、穂希ちゃん、犯人って、ほんとにいるのかな?」

「さあ、分かりませんの。でも彼も真に迫っている感じでしたし、ほんとに彼がおかしいか、なんらかのトリックによって写っていないのかどちらかとしか。」


 でも、そんなトリックなんて存在するのだろうか。それができてしまったらよの防犯カメラの全てを無用の長物に変えてしまうようなトリックが。いや、ないだろう。きっと彼は、、、


 ため息をつきながら地面を見ると、ふと二組の足跡が目に入った。途中で踏み荒らされて途切れてしまってはいるが、途中までははっきりとその足跡を追うことができる。


「七海!足元を見て!」

「あっ、足跡だ。これがどうかしたの?」

「これ、少なくとも一つはおそらく蛇腹のものですわ。」

「え?そんなこと分かるの?」

「ええ、この丸い模様がたくさん入っているほう、これはエアフォース1の足跡ですの。彼の病室に同じものがありました。」


 すごく綺麗でスニーカ好きの人なのだろうかと思ったから間違いない。エアフォース1はスニーカーに興味がない人も履きがちなものだが、興味ない人のエアフォース1とスニーカ好きのそれとでは天と地ほどの差が出る。


 蛇腹のスニーカーはかなり綺麗で、『おっ、同志よ』と思ったのでよく覚えている。


「へえ、穂希ちゃんスニーカー好きだもんね。こっちのはわかる?」

「こっちの方はおそらくコンバースですの。」

「ああ、言われてみればそう見えなくもないかも。でも二組あるってことは、そういうことだよね。」

「ええ、そうですわ。少なくとも蛇腹の正常性は証明されたと言ってもいいでしょう。あの映像も犯人が細工をしたと考えるのが自然ですわ。」


 この状況でもある程度の違和感はある。例えばコンバース、普通これから人を襲おうという時にこんな動きづらい靴を履くだろうか。それに一晩経ってもまだこんなに綺麗に足跡というのは残るものなのだろうか。だが、考えていたって仕方がない。


「ひとまず先輩たちに報告しましょう。」

「そうだね。」


 ーーーーーーーーーー


「おお、バッチリ足跡ついてるな。これが蛇腹のなのか。」

「ええ、おそらく。まあ昨日彼とは別にエアフォースワンを履いてここにきた人がいるかもしれませんが。」


 その可能性もあるが、蛇腹のものである可能性はかなり高いだろう。ということは、


「蛇腹の正常性は証明されたってことでいいんじゃないか。」

「そうですわね。なんらかの方法で犯人が映像に細工をした確率が高いかと。」


 なるほど、とりあえず同じ学校にヤク中がいなくてよかったと安心するべきか。それとも思ったより狡猾な犯人だと煩慮すべきか、それとも先に人生の伴侶を探すべきか。


「ところでさ、穂希ちゃん。こっちの足跡は何かわかる?」

「これはあれですよ、コンバースのオールスターですの。相当数の人が履いていますから絞るのは難しいかと、ちょうど今も三軒茶屋先輩が履いていますし。」

「おっ、確かに同じ形だわ。」


 確かに俺の靴の靴底と同じ形だった。それにしても足跡見ただけで特定するとは恐れ入った。俺はスニーカーとかそういうのには疎いんだけれどもこういうのって普通わかるのもなのだろうか。


「ってことは扉が犯人ってことでいいデスか?」

「ええ、そうなりますわ。」

「え?いやいや、俺はやってねえよ。」

「というのは冗談ですが。まあ怪しい人の中でコンバースを持ってる人を探せばいい、というかそれしかありませんね。」


 なかなか地道な捜査方法である。というかそもそも怪しいヤツ自体一人しかいないんじゃあなかったけ?


「ほんとにやってないんデスか?カツ丼食べマス?」

「うるせえよ、黙れよ」

「正しいのは?」

「俺。」


 うん、なにこの会話。


「じゃあさ、財田川くんだっけ?の靴がコンバースだったら確定ってことでいいのかな。」

「うーん、それだけで決めつけちゃうのも早慶すぎるんじゃないでしょうか。ほぼ間違いないとも思いますけれど七海ちゃんが間違っている可能性もありますし、、、私たちが見つけた足跡が証拠になるとも言い難いかと。」

「そうだなあ、いずれにしても決め手に欠けている感じは否めないよな。」


 だけど他に怪しいものもいないから、彼から探るしかないだろう。捜査というのは決めつけてかかり、間違っていたらごめんなさいでいいんです、と言うし。これ実際に警察にやられたら『ごめんで済むなら警察いらないんだよ』って返したい。


「とりあえず明日先生に掛け合って財田川くんと会ってみるのはどうでショウ?」

「そうだなあ、それでスニーカーなに履いてる?とか聞くのか?それで正直に答えるかどうかは結構怪しいぞ。」

「また尾行でもしますか?」


 もう尾行は勘弁してほしいところだ。人生で一回はやってみたいことだったが、別に二回目以降はやりたくもない。バンジージャンプと同じである。


 この日はこのあとみんなで飯を食べに行って解散の運びとなった。


 ーーーーーーーーーー

「ただいまー」

「おかえりー」

「お帰りなさい」


 帰ると二人の女の子が迎えてくれる。これって普通に天国なんじゃあないだろうか。と、いつもならあと一ヶ月足らずの両手に花を噛み締めるところだが、今日はそう言った気分ではなかった。


 別に蛇腹の身やこれからも間歇的に起こるであろう事件のをことを案じているとか、そういうことではない。というか調査している身でいうのもなんだが、別にサッカー部やらがどうこうなったって別になんとも思わない。リア充は少々痛い目を見た方がいいし、どうせちょっとくらい怪我をしたりなんだりしても青春の一頁として消化するだけだろう。


 と、そんなことはどうだって良い。ではなにが問題なのかというと


「二人とも、とうとう明日は父さんと母さんが帰ってくる。ずっと面倒で引き伸ばしてた言い訳を今日考えないといけないわけ、何か案がある人、ハンズアップ!」

「、、、はい!」

「はい。詩替」

「拾ってきたことにします!」

「これは、、、突破ー!!しねーよ。死ねよ。」

「ひどい!」


 まあ、拾ってきたというのは多少の齟齬を来すことは間違いなくあるとは思うけれど、あながち全く違うともいえない。が、そのまま説明しても結果は見えている。何かいい感じの言い訳とかはないだろうか。


 すると、カロシッソちゃんが控えめに手をあげた。


「あの、私が意見するのも何かと思うんですけれど、こういうのはどうでしょうか。」

「おお、なんでも言ってくれ。」

「あの、、、身元不明の子だと言ってみてはいかがでしょうか?」


 ふむ、身元不明というのか、それは少し厳しいだろうどう考えても警察に連れて行かれてさらに面倒なことになる。カロシッソちゃんが元いた世界にはそういった組織がないのだろうか。


 仕組みを説明してしまおうか、どうやって詩替に悟られずに伝えるか、と考えていると先に詩替の方が口を開いてしまった。


「うーん、カロシッソちゃん。それだとあれだよ、警察に連れて行かれちゃうよ。」

「警察、とはなんですか?」

「え?警察知らないの?ポリスだよポリスメン。そういえばカロシッソちゃんの出身ってどこだっけ?あれ?そういえばなんでうちに来たんだっけ?」

「あーそれはですね、えーと、その」


 ああ、そういえば詩替にも碌に説明していないのだった。というかよく今までこんな脆弱な設定でボロが出なかったものだなというべきか。


 ここで俺の頭に一つのアイデアが浮かんだ。まさに灯台下暗しな、青天の霹靂というべきアイデアだ。ちなみに何か素晴らしい作品に影響されて新たな性癖に目覚めることを性天の癖靂という。


「詩替、いいアイデアが思いついた。まずお前には」


 ーーーーーーーーーー


 次の月曜日の文化部部室にて。

「それにしてもどうやって財田川くんの靴の種類を聞き出そうかねえ。」

「尾行の時に写真の一つでも撮っていればよかったんですけどね。あっそれポンで。」

「そうデスね、でもそれ結構グレーじゃないデスか?」

「多分アウトだな、おっ立直。」


 ここ数日これからの目処が立たないでいる。だがここでテンパっても仕方がないので二日レンチャンでいつもの面子で麻雀をしている。ちなみにあれ以来麻雀卓が光ることはなかった。


「そういえばカロシッソちゃんが帰れるようになるまであとどれくらいなんデスか?」

「確かあと二週間くらいかな。」

「寂しくなっちゃうね。また遊びに来てもらおうよ。」


 テロリストの一件以来カロシッソちゃんは学校にはきていない。あれから小鳥遊先生の進言のもと若干の警備力の向上が行われたらしい。といってもあの一件を皆忘れてしまっているためあまり予算などが降りないらしい、やはり人間は何か事件が起きないとわからないんだな、という箴言も小鳥遊先生は残した。


 という訳で前より侵入がやや困難になっているという訳である。だが今回の暴行事件を受け学校での防犯カメラを増設するらしく、来るのなら今のうちだともいえる。


「そうだな、カロシッソちゃんもみんなと別れるのは寂しいといっていたし、今度来てもらうか。」

「じゃあさ。帰る前の日ぐらいにみんなでパーティーでもしようよ。扉くんの家に集まってさ。」


 提案が陽キャすぎるんよ。もし俺がうちに友達なんて招いたらお母さん涙でおぼぼぼって溺れちゃうよ。


 だがカロシッソちゃんを盛大に送り出してあげるというのはいいかもしれない。そんなことしたらお母さんじゃなくてカロシッソちゃんが涙で溺れてしまうかも知れない。そんな所見たら俺も溺れちゃうよ、、、


「まあいいかもな。おっ!ロン!」

「NO〜結構いい牌がそろってたのに、残念デス。」

「真白先輩はいい役狙いすぎなんですよ。もう少し上がることを意識した方がいいですよ。」

「そうですね、まず上がらないと話になりませんの。」

 真白は二人にレクチャーを受ける。この二人組の強さは健在で、アガりの半分くらいはこの二人が持っていく。そのさらに半分が俺、残りの四分の三が照葉、そのさらに残りが真白といった感じの勝率となっている。アガる時は得点の高い役をオールウェイズ出してくるとは言え、流石に弱い。


「じゃ、俺これで帰るわ。」

「扉くん勝ち逃げ?まだ東風戦くらいだよ。」

「すまんな、今日は親が帰ってくる日だから説明とかもあるし早く帰ろうと思って。」

「そっか、頑張ってね。また明日。」

「ああ、みんなもじゃあな。」

「はい!明日やりまショウ。」

「さようなら、また明日ですね。」

「カロシッソちゃんによろしくお伝えくださいまし。」


 学校を出るとまだかなり明るかった。今日は授業が早めに終わってから小一時間ほど部室にいたから、今はまだ三時ほどだ。一年生の頃は毎日これくらいの時間に学校を出ていた。


 部活や友達なんて高校では所属しない作らないつもりだったが、人の意思とは呆れるほどに弱いものだ。だが、今が楽しければ過去なんて関係のないことなのかも知れない。文化部に入って少しずつそう思えるようになった。


 ーーーーーーーーーーー


「ただいまー」


 家に入ると、どたどたという音と共に詩替が階段を降りてきた。流石俺を出迎えることを生きがいと語るだけのことはある。


「ちょっ、お兄ちゃん遅いんだけど。もうすぐ二人とも帰ってきちゃうよ。」

「まだ帰ってきてないんだからいいだろ。もう計画は決まってるんだし。」

「まあそうだけどさあ、もうちょっとこう、なんかないわけ?」


 なんだよ、こう、なんかって。言語化能力の低さが露呈したぞ。といっても言わんとすることは分かる。もっと緊張とかしろということだろう。


 だが緊張したって仕方がない。そもそも俺の中で成功することはすでに決定しているのだ。


 それから十分ほどして、鍵が開く音がした。意外と危なかったな、、、


「「ただいまー」」


 ふう、吐息を吐いてから三人で玄関へ向かう。大丈夫、計画通りやれば多分うまくいくはずだ。


「お、おかえり」

「おう、二人とも、仲良くやってたか?ちゃんと飯は、、」


 俺たち二人を見つめていた母さんの視線が横にスライドしていき、ある一点で留まった。


「え?その子誰?」



「で?きちんと説明をしてもらおうか。」

「えーと、話せば長くなちゃって一ヶ月くらいかかるんだけれど。」

「二週間の間で起こったことを一ヶ月かけて話せるんだったらお前は小説家になれ。」


 めんどくせえ親だ。お前も漫画家なんだから似たようなもんだろ、むしろ引き伸ばしにたけてるのは多分そっちじゃ。


 致し方なしカロシッソちゃんの方へ目配せする。カロシッソちゃんはかなり緊張しているようだったが、ぎこちなく頷いた。


「えーと、私が事情を説明させていただきます。えーと、まず私はカロシッソというものです。」

「おお、カロシッソちゃんね。外国の出身?それで、家に帰られないっていうのはどういうことかな?」

「すいません、ちょっと突拍子もないような、荒唐無稽な話なんですが、まず私は異世界からきました。」


 母さんは一瞬固まり、こっちを見てきた。何この子とでも言いたげな感じ表情である。まあ普通に考えて妄言。


「えーと、カロシッソちゃん?あのー、ちょっと飲み込めないというか、えーと、家はどこにあるの?」

「ナガルゼという所です。」

「えーと、それってもしかして、、、異世界?」

「ええ、一応、、、」


 またこちらを見てきた。こんなこと口で言って信じるひたはいないよな、というか母がこんなんで信じる人でなかったことに安堵する勢いだ。


 百聞は一見にしかずというし、実演が一番だろう。


「カロシッソちゃん、見せてあげて。」

「はい、わかりました。」


 そうすると、カロシッソちゃんはいかにも魔法を使いますといった感じで後ろを向いて手のひらを前に突き出した。母さんも固唾を飲んで見守っている。


 するとふらふらっと玄関から一つのマグカップが飛んできた。サイコキネシスというやつだ、こんな俗っぽい魔法も使えるんだ、低級っていっていたしこれくらいなら俺も使えるようにならないかなあ。


 そのマグカップをカロシッソちゃんが手に取るや否や、母さんが声を上げた。


「おー!すごいね!」

「そうですか。ではこれを持っていてください。」

「うん、」

「ちゃんと持っていてくださいね。行きますよー」


 カロシッソちゃんが指を振るといつの間にやらマグカップの中に白湯ができていた。なんかもうこれ魔法というよりかはマジックみたいな感じだな。


「飲んでみてください。」

「すごく甘い!ハチミツみたいだよ!」


 すっかり興奮しているご様子の母、無理もない、幼い頃からエスパー魔美とかCLAMPとかで育ってきた彼女にとって魔法とは憧れそのものである。それを現実で目の当たりにして興奮しないなんて、母さんの中の少女が廃る!


 詩替も、やっぱすごいねーとか頭の悪そうな簡単の声を漏らしている。


 やっぱといえば、そう、昨日詩替に事情を全て打ち明けたのだ。


「えー!カロシッソちゃんって異世界から来たの!?え?魔法とか使えちゃうわけ?」

「えーと、少しなら。」

「いいの?帰るの遅れちゃわない?」

「だいぶ低級なものをやるのでほとんど支障をきたしません」


 そしてカロシッソちゃんが今回と全く同じ魔法を披露し、似たような反応をした。


「へえ、これはちょっと信じるしかないね。」

「そうだろ、俺に関しては他の生徒の記憶を改竄するところを見たからな。」

「それで魔力を使いすぎちゃって一ヶ月貯めてから帰るんだっけ?」

「はい、そうです。」

「なんだー、それならそうと早く言ってくれたらよかったのに。」


 といった次第で詩替にはカロシッソちゃんのことを全て話している。これで詩替が完全に信じきったのを見て、母さんたちにも使えるのではないのかと考えたわけだ。何も嘘にこだわる必要もない。


「なるほどね、いやー、すごいものを見ちゃったよ。そんなカロシッソちゃんがなんでうちにいるの?」

「はい、少し突発的な事故でこっちの世界に来てしまったんですけれど、道中で軽く魔法を使ってしまって、それで帰りの魔力が足りなくなってしまったんです。そんな時に扉さんに会って家に泊まらせてもらって、食事までいただいてしまった次第です。」

「へー、扉がね。いや、見直したよ。魔力が貯まるまでどれくらいかかるんだい?」

「あと二週間ほどで貯まるかと、、、ご迷惑でしたらどこか別のところに参りますが。」

「いやいやいやいや、迷惑なんかじゃないよ。別に一人増えたって困ることなんてないしさ、魔法少女と一つ屋根の下で暮らせることは滅多にない経験だよ!是非是非ウチに止まっちゃて。」


 当たり前だ。こんな幼気な幼女をほっぽり出すような冷たい家庭なら俺も出ていく。幼気な幼女って頭痛が痛いかな?



 母さんの言葉を聞くとカロシッソちゃんは少しばかり緊張の表情が緩み、深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございます。恩返しもできなくなる私に親切にしてくださって、なんでも手伝える事がありましたらお申し付けください。」


 という訳で、カロシッソちゃんは二週間限定の三軒茶屋家の人間になったのであった。


「そういえばお父さんは?」

「そうだ、すっかり忘れてた。」


 詩替に言われるまで気づかなかった、影が薄い親父だなあ。そのうち髪も薄くなるのかなあ。


「ちょっとね、締切がどうとかいって出版社に行っちゃったよ。」

「へえ、大変だね。」

「お父さんもおられるんですね。ぜひお会いしてみたいです。いつお帰りになられますか?」

「ああ、多分だけれど明後日くらいかな。」


 ーーーーーーーーーー


 次の日、私と七海が一緒に昼食をとっていると、二人の携帯が同時になった。私たち二人と他の誰かが参加しているグループはクラスと学年単位のグループと、文化部のものしかない。クラス単位のものは通知を切ってあるから、おそらく文化部からの連絡だろう。


 私と言う人間は、七海の他におおよそ友達と呼べる人間は存在しない。これまで十分すぎるほどだったし、これからもそれは変わらないだろうと思っていた。少なくとも七海の心が変わっても、私は変わらないと思っていた。


 だが、文化部に入ってから心境に少し変化が生まれた、文化部の人たちは今のところ優しいし、彼女らとならば友達、になるのも満更でもないというか、もはや吝かではないと言ってもいいのではないだろうか。


 七海に対する気持ちは変わっていないが、彼女に依存したままではきっと駄目だ。他にも友人を作り、彼女に依存しなくなってから、彼女に本当の、、、


「穂希ちゃん!大変、また事件が起こったから文化部に来てって、玉敷先輩が」

「もうですか、とりあえず行きましょう。」

「うん」


 部室のドアを開けるとすでに先生を含めた私たち以外の全部員が揃っていた。


「おっ!二人とも来た。」

「よし、じゃあ始めようか。」


 私たちの入室を確認すると、椅子に座っていた先生が立ち上がり話し始めた。


「もう概要はは伝わっているかと思うが、またまた致道が被害を受けた。例によって防犯カメラとかには映っていなくてな、幸い軽傷で今は検査のために病院にいる。お前らが良ければ学校が終わったら病院に行ける手筈は整えるが、どうする?」

「もちろん行きマスよ!皆さんも行きマスよね。」


 他の皆も頷く、ここまで来て引き返そうなんて言う人がいるだろうか。少なくとも私は自らの名誉にかけても解決する腹づもりでいる。


「ああ、そうだよな。じゃあ各々授業が終わったらまたここに集まるということでいいな。」

「はい、了解しました。」

「よし、そろそろ授業が始まるから帰っていいぞ。」


 と言うことですぐに解散になった。教室に帰る途中、七海が話しかけて来た。


「今回の事件で何かわかることってあるのかな?また致道って人が狙われたってことは、財田川さんが犯人ってことなのかな。」

「いえ、二回にわたって致道が被害を受けたからといって財田川に繋がることはありませんの。もしかしたら外部でサッカー部と致道の両方と揉めた人物がいるかもしれませんし。」


 外部犯だとしたら探しようがない、だが、ネガティブな方向にばかり考えを巡らせてもいいことはない。学校内部の人間であることを祈る(同じ学校に暴力事件起こして防犯カメラの映像を捏造するような脳筋知能犯がいる方が嫌だが、、、)。


「でも、今回の事件を含めるともう二人も複数回に及んで被害を受けたものがいることから無差別ではなく何か明確な敵意があっての犯行であることがほとんど間違いなくなったと言えますの。だから、財田川が犯人である確率が高まったとも捉えられますわ。」

「なるほどね、確かに。」


 いずれにしても、致道に話を聞けば何かわかるかもしれない。それまで座して待つしかない。


 さて授業も終わり、一回部室に集まってから病院へ向かった。


「えーと、失礼しまーす。」

「あ、こんにちは。わざわざこんなところまで。」

「いえいえ、こちらこそ大変なの時なのにすいません。」

「いや、全然大丈夫ですよ。軽傷で明日には退院できるし、僕としては犯人が捕まってくれれば良いわけですよ。」


 軽傷、と言ったものの複数箇所にケガの処置が施されいる。酷いのはなかったのかもしれないが、大変だっただろう。


「それでは、いくつか話を聞きましょうか。」

「そうだな、大変だろうし、手短に済ませた方がいいよな。」


 授業中に作った聞きたいことリストを見ながら質問していく。


「えーと、ではまず、犯人の顔は見ましたか?」

「いや、、、見てないね。特徴も前に行ったのと同じかな」

「なるほど、、、そういえば時間は何時ぐらいですの?」

「昨日の夕方かな、下校中なんだけれど。」


 ここで急に扉先輩が口を挟んできた。


「下校中?具体的にはどれくらいだ?」

「え?あー、学校終わってうちに着くすぐ前くらいだから、一時間後くらいか、、、なんで?」

「ああ、いや全然大したことじゃあないから気にしないでくれ。已結、続けてくれ。」

「あ、はい分かりました。えーと、次は、、、、」


 この後もいくつか質問をしたが、結局既出の事実しか確認できなかった。


 だが、少し引っかかる。彼は何か、敢えて核心をつくところを、私たちが確信を持つことようなことを避けている気がしたのだ。そんな時先生が口を開いた。


「おい、お前ら、私はちょっと親御さんと話してくるからしばらく席を外す。もし終わったら帰ってていいぞ。」


 と、言い残し先生は病室から出ていってしまった。それを確認すると致道は、口を開いた。


「あの、すまない。さっき犯人の顔を見たかって聞いたよな。見てないってのは嘘なんだ。」

「え?なんでですの?どんな人でしたか?」


 彼は少しの間黙った、狭い病室の中で全員が彼のその後の発言に注目していた。じっとりとした空気が流れる。


「ああ、言うべきかどうか悩んでいたんだが、、、君たちには言うよ。犯人の顔を見たんだ。はっきりと、そいつは去年まで俺と一番近いところにいたんだ。」

「それって、もしかして、財田川さんですか?」

「!結構調べてたんだな。やっぱり話して正解だったか、、、そうだ、手向だったんだ、、、なんであいつあんなことを、、、」


 そう言うと彼は俯いてしまった。やはり財田川が、、、私たちの推理は間違っていなかった。だが手放しで喜べる状況ではとてもなかった。致道はかつての親友に裏切られ、私たちは同じ学校にこんなことをする輩がいたということになる。


 五分ほどだろうか、沈黙が続いた。それに耐えかねたのか、玉敷先輩が口を開いた。


「そう、じゃあ、私たちはこれ帰るね。お、お大事にね。」

「じゃ、お大事にな。」


 足早に病室を去ろうとした時、あることを思い出した。


「そういえば、彼の靴って覚えていますか?」

「あー確かコンバースだったよ。」

「わかりました。ありがとうございます。お大事に。」


 やはりあのコンバースは財田川のものだった訳だ。

 病室から出ると今まで一言も発さなかった藍崎先輩が口を開いた。


「いやー、やっぱり財田川さんだったんデスね。what should I do?先生が帰ってくるまで待ちマスか?」

「そうですねえ、いつ帰ってくるんでしょうか。」

「色々文句言われたりしていることも考えられますし、結構遅くなるかもしれませんわ。」

「俺が残るからみんなは帰ってくれ。ちょっと先生に話さなきゃいけないこともあるしちょうどいい」


 珍しく三軒茶屋先輩が名乗り出た。少しの間話し合ったが、いつ帰ってくるかもわからなかったので先輩に託して他の者は帰ることになった。


 とりあえず明日は学校が休みのため、致道を呼んで明後日にもう一回集まって結論をつけることにした。


 学校はこの事件をどう処理するのだろうか。そこらへんの裁量はよくわからないが、財田川は停学はおろか退学の可能性もあるだろう。それにしても、なぜ彼はこんなことをしたんだろうか、それもサッカー部とかつての親友致道を同時に。まだまだわからないことはあるが、そこは多分文化部の管轄外だろう。


 これで廃部は免れたというのに喜びの感情はなく、えも言えない暗い気持ちになった。


 ーーーーーーーーーー


 もうとっぷりと日が暮れた。いうまでもないかもしれないが普段本屋や映画以外だとほとんど出かけることはない。こんなに外にいたのはいつぶりだろうか、と思ったが、思い返せば最近文化部とカロシッソちゃんとで遊園地に行った時もこれくらい外にいた。


 部に入ってから随分と生活のリズムが変わったものだ。彼女らのためにもやれやれと何か成果を出したいところだ。


 前方に目標。夜空には月が見えており、地面は今日の昼に降った雨で湿っている。にわかには信じられないことだが、これが犯行が起こる日の条件だ。ヤクザなんかの中には人を殺す前には必ず手を洗う者など、何かルーティーンがあることも多いらしい。そんなものなのだろうか。


 俺の推理が正しければ、犯人はこいつで間違いがない。いや、正直なところ30%くらいだろうか。だが、少なくとも昨日の陥穽めいた発言は明らかにおかしい。昨日の話を加味すれば、彼が犯人である確率は高いだろう。あいつらに嘘ついて貴重な休みまで使って一日中尾け回したんだ、何か成果がなくては困る。


 それにしても、彼はどこに向かうのだろうか。次なるターゲットは今までのものから考えて竜崎、亜烏、左端のいずれかだろう。そう言えば、彼はどうやってターゲットの居場所を掴んでいるのだろう?いくら位でもやりようがあるとは思うが、防犯カメラの映像を作り変えてしまうほど徹底した犯行に及んでいるわけだ。


 だが、よくよく考えてみればおかしいところは枚挙にいとまがない。もう俺の中では答えは決まっている。


 そんなことを考えていると、ふと彼のさらに前に人影が見えた。背丈は俺と同じくらい、おそらく先ほどあげた三人のうちの誰かだろう。


 息を吐き覚悟を決める。先頭の誰かが曲がった、声をかけるなら今しかない、息を吸い、吐き、吸って、声を出した。


「致道!ちょっと待て。」


 俺の声を聞くと彼は少し驚いたようなそぶりを見せ、すぐに踵をめぐらせた。


「文化部の、、、奇遇ですね。」

「奇遇じゃあない。わざわざお前をつけてきたからな。」

「尾けてきた、なぜ?」

「白けやがって、盗人猛々しいとはこのことだなあ。致道、お前がやったんだろ?今回の暴力事件」

「はあ、、、そうだよ、俺がやったんだ。」


 致道は観念したのか、自分でそういった。だが彼の中に焦りや不安の表情は見受けられず、俺のことなんて気にも留めないような、むしろ少し喜んでいるようなそんな余裕を感じられた。


「なぜ、分かった?特に失敗したことでもあったか?後学のために教えて欲しい」

「いや、お前には失敗なんてなかったよ。ただ、昨日たまたまな、お前が財田川に被害を受けたと言った時間に、彼と会っていたんだ。それだけだよ、お前が怪しいという眼鏡をかけて見てみたら、少しは怪しいポイントがある。例えばスニーカー、普通そんなの覚えてる訳ねーだろ。あの足跡もお前がでっちあげた証拠だろ。そもそも一日も足跡が残るなんて考えられない。」

「なるほどな、じゃあ、そんなものを創って俺が何をしたかったか分かるか?」

「ああ、昨日財田川から全て聞いたからな、お前達の過去と、お前の現在。」



 昨日、部活を早めに切り上げた俺は財田川に話を聞きに行った。前に喫茶店での会話を聞いた時に感じていたある疑いを確かめるためだったが、安易に容疑者に接触すると已結あたりに怒られそうで、親の帰国に藉口して、他の部員には黙って行ったのだ。


 休み時間にはすでにコンタクトが取れ、彼の補修が終わるまで麻雀もしながら待っていたのだ。ちなみに俺が文化部関連の者以外で他のクラスの人と話したのはおそらく二年に入って初めてである。


「わざわざきてもらってすまないな、ちょっと聞きたいことがあって。」

「まあ、全然いいけど、サッカー部の暴力事件の件について聞きたいことがあるんだよね。」

「まあそうなんだけれど、少しお前のことを傷つけてしまう質問をするかもしれないが、いいかな?」

「え?うん、まあいいけど。」


 仕方がない、自らの辛い過去を他人に打ち明けるなんてのは誰だって嫌だが、今聞いておかねばならないことだ。腹を括って声を出した。


「君は、過去にいじめにあったことがあるか?」


 俺の質問はやはり予想外だったのか、彼の顔には驚きの色と俺に対する嫌悪の色が見えた。当たり前だ、他人の過去に土足で踏み入るようなこと誰だって良い気持ちになるはずがない。だが、意外なことに次に彼の中に見えたのは恐怖だった。


「な、なんで?そんなことを聞くの?」


 ああ、分かった。もうこの質問が答えのようなものだ。彼はまた同じことが繰り返されることを恐れているんだ。地獄かと思わせるほどの記憶をだしにされ、またあれが繰り返されることを恐れているのだ。


「安心しろ、俺にお前をまたいじめるような力や人脈はない。」


 彼はまだ黙ったままだ。だがもう一押し必要だろう。こんな事件のために自らリスクを背負うのは心底不服だが、仕方がない。


「俺も昔、昔といっても中学ん時だがな、いじめられてたんだ。本当にクソだよな、あいつら、あんなことをしたくせに、今は普通の高校に行って、普通に暮らしている、俺が殺しておけば良かったな今もまだそう思ってる、、、お前もそうなんだろう?これでも信用できないか?」


 自ら弱みを見せる、絶対にやりたくないことだがこいつになら良いだろう。それにきっと彼も分かる。結局いじめられた苦悩は被害者しかわからないのだ。


 俺の言葉を聞いて、財田川は少し安堵したようだった。ため息をついてから重く口を開けた。


「その通りだよ。俺は、俺と地道は過去にいじめに遭っていた。」

「やっぱりか、もしかして犯人はサッカー部にいるのか?」

「すごいね。そこまで分かってるんだ。というより、そこからたどり着いたのかな、僕たちがいじめにあっていたことを知ってる人、いたんだ。嫌になるよ、ずっと過去がついて回るのは。」

「いや、そんな奴はいたとしても知らない。俺がなんとなくそう思っただけだ。」

「そうなんだ、なんとなくであの聞き方は結構すごいよ。」


 まあ、なんとなくとは言ったものの、確信めいたものが俺の中にはあった。どんな学校にも必ず存在しているものだ。誰かがお天道様のもとで汗を流しながら青春を謳歌している時にも、誰かがお天道様の下を歩けないような人間から殴られ、搾取され、涙を流している、それが学校というものだ。


 クラスの暗いものがそのターゲットになることは決して珍しいことではない、何か同じ『匂い』のようなものを感じ取ったのかも知れない。


「まあな、辛いかも知れないがその話、詳しく教えてくれないか?」

「分かった。君になら話しても良いかも知れない。思い出すのも嫌なことだけれど、話て清算する、とはとても言えないけれど、楽になりたい節もあるんだ。僕の独りよがりな話になってしまうかも知れないんだけれど、それで良いかな?」

「もちろん。」


 そもそも彼を無条件で信用できるなんて毛頭思ってはいなかったし、それ以前に彼は唯一の容疑者だ、この時も八割くらいは彼が犯人で決まりだろうと思っていた。俺自身が、自分の中での善悪を決めるという、独善的な考えのもとにそこに立っていた。


「高校という新しい環境に入ったばかりの頃で、出だしは割と好調だったんだ。たまたま近くにいた致道と趣味があってね、すっかり意気投合したんだ。


 それで全能感、というと大袈裟だけれど、それめいたものがあったんだ。それで、彼と共に二人で同好会を発足してみようということになったんだ。部活の数も今ほど飽和状態になくてね、比較的簡単に作れた。今思えば、これは失敗だった。別に部室なんていらなかったしさ、でもやっぱり青春らしい事がしてみたかったんだろうね。


 最初のうちは特に問題もなく、二人で楽しくやっていたんだ。でも、そんな平易で平和な日常はあまり続かなかった。


 ある時、いかにもな、DQNとでも言えば良いかな、そんな奴らが僕たちの部室にやってきたんだ。本当に運が悪かったとしか言いようがないけれど、最初は顧問に見つからないように部屋に居させてくれ、みたいなことを言っていたんだ。内心いい気はしなかったけれど、僕らにそれを断ることなんてできるはずもなく、仕方なく同好会室に入れたんだ。


 一回許してしまったが最後、彼かがやってくる頻度は目に見えて増えていった。もう彼らが部室にいる日の方が多いくらいになった頃、彼らは部室に入り浸るだけでは飽き足らず、何買ってこいだとか、パシリにされるようになっていった。


 そんなある日、致道が彼らの行いに耐えかね、教師に話に行ったんだ。僕もよくやったと思ったよ。きっとこれで終わるだろうとね。、、、でもその考えは甘かった。彼らは教師に少し注意を受けただけで、ほとんどなんのお咎めもなかったんだ。


 はあ、僕が一番殺したい人間はその教師かも知れない、事なかれ主義もここまでくると立派な被害者だよ。まあ、これに関わった人間は全員殺してしまいたいんだけれどね。


 先生に怒られたあいつらは、まず蕨を殴った。あれは酷かったよ。今もたまに夢に見る。それを見せられた後にね、あいつらは僕に聞いたんだ、お前もチクったのかとね。


 僕はあの時の返答を今でも悔いている、でも、もう一度やり直したとしても同じことを返すだろう。何を返したか、もう分かるだろ?僕は蕨を売ったんだ。僕が本当に殺したいのは自分だよ、まあ、僕はまだこうして生きているから、あの時から度胸も何も、まるっきし成長していないんだね。


 そんなことがあって、彼らは蕨だけをターゲットに絞り、逆に僕は外れた。彼と会話をすることも、部活に行くことも全くなくなって、今は同好会も潰れた。でも、あいつらの蕨に対するいじめはまだ続いているよ。


 僕は、自分が嫌いだよ。自分の罪を贖う方法なんてわかっているのに、まだ保身のことばかり考えている。僕が誰より憎むあの教師と一緒さ。世界を変えるのはいつだって勇気のある人だというけれど、僕は自分の世界を変える勇気すら持ち合わせたいないんだ。それだけだよ。」


 そして、財田川の話を聞いた後、致道の見舞いへ行った。その時聞いた犯行時刻が、まさに俺と財田川が話していた時間だったのだ。


 そもそも彼の話を聞いた時、俺はもう彼が犯人とは思えなくなっていた。そんな矢先にその発言を聞き、致道への疑いを深めていったのだ。


 そして、今に至る。


「なるほどね、すこぶる運が悪かった訳か。」

「そうだな。お前は、いじめグループへの復讐と、財田川への復讐を同時に行ったわけだ。」

「はははっ、なんで悪役ってあんなに笑うのかずっと疑問だったけど、腑に落ちたよ。この状況、笑わずにはいられまい。」


 君の悪いやつだ、追い詰められている立場で笑うなんて。だが、彼は罪を認めた。これで事件は解決したということでいいのだろうか。このままうまく運べば小鳥遊先生の前で彼に洗いざらい全てを告白してもらおう。


 そういえば、まだ解けていない謎もあった。


「お前、防犯カメラにはどうやって細工したんだ?うまくやればあんなに綺麗に消えるのか?」

「ふふっ、知りたいか?見せてあげるよ。」


『見せてあげる』?どういうことだろうか。俺が言葉の意味を理解できないでいると、彼は何かを呟いた。


 次の瞬間、彼の周囲が光り出した。そう、もうここ一ヶ月で文字通り一生分見たであろう魔法陣が、彼の周りに浮かんでいた。


 それは黒い霧のようなものに変化し、彼の周りにまとわりついた。


「ま、魔法!」


 なるほど、人智や科学を超越したこれならば防犯カメラに映らないのも納得できる。カロシッソちゃんとテロリストというイレギュラーに晒されたのに、今回の事件に魔法が絡んでいる可能性を排斥したのは愚の骨頂だった。


 別に魔法に覚醒する者がいることくらいは考えられる、頭の片隅に入れておくべきだったのだ。


「負の精よ、彼を攻撃しろ!」


 彼がそう言うと、黒い霧が俺に向かって突き進み、壁に打ち付けられた。


「ぐっ、ゲホッ!グエ、ゲホっ。」


 情けない声が出る。痛い、痛いいたいいたいし胃が逆流するように気持ち悪い。これはまずい相手に喧嘩を売ったかもしれない、逃げないと、だが、こいつからそう易々と逃げられるか?


「さっき笑う悪役の気持ちがわかったと言ったろう。それはな、じっくり考えた計画が露呈したことへの徒労感と、イタズラがバレた時のような喜び。それにまだこちらの手のひらの上にいるのに得意げに推理を披露する相手の滑稽さが混じった、笑いだ。」

「クソが、思いっきり殴りやがって。うえっ。なんだよこの攻撃は、、、」

「ははっ、驚いただろう、これは俗に言う魔法というやつらしくてな、いつの間にか使えるようになっていたんだ。これは相手に対する負の感情に応じて攻撃できる魔法でな。この能力を自覚した時震えたよ。今こそあいつらに復讐する時だってな。この喜びがわかるか?あのクソ教師も殺したかったんだけどなああ、どっか行っちまって所在がわからん。」


 わかってたまるか、と言いたいところだが気持ちならわかる。俺でもそうするだろう。だが俺はこいつの過去にはなんら関係のない人間だ。そのとばっちりを受けるなんてまっぴらだ。


「俺はお前に恨まれるようなことをした覚えはないわ!」

「邪魔をしただろう。それだけで十分だ。だが、まあお前はたまたま関わっただけに過ぎないからな、サッカー部の奴らみたいに恐怖でじっくりとではなくすぐに殺してやる。」


 そうすると致道はこちらへ向けて手を突き出した。攻撃が来ることを直感的に察した俺は、痛む体に鞭を打ち、すんでのところで逃れた。


 腹が痛いもうそんなに動けそうにない。こんなことなら普通に運動部に入っていればよかった。そしたらこんな事件に巻き込まれて痛い目を見ることもなかっただろうし、もしそうなっていても逃げられるような体になっていたかもしれない。


 本当に、文化部に入ってからろくなことがない、、、だが、入ったことを後悔したくない。少なくとも部活は楽しかったし、、、いや、あえて言おう、、、友達もできた。これから仲を深める予定だった。こんなところで終わりたくない。それにこのまま真実は闇の中に飲まれ、このクソみたいな男だけがほくそ笑むなんて、俺の矜持が許さん。


 体は激しく痛むが、今際の際、火事場のクソ力で走る。が、その甲斐虚しく足を取られあっさりと捕まってしまった。


「逃げられるとでも思ったのか?バカにも程があるだろ。もういいだろ。」


 そして致道が俺に向かって手を振り下ろした時。


「マギア・オブ・ガーデスト!!!!」


 キャイン!という金属のような音が響き、俺の目の前で致道の黒い霧が弾けた。


「扉さん!安心してください!私が戦います!」

「カロシッソちゃん!」

「でも、魔法、帰られなくなっちゃうんじゃ、、、」


 致道の攻撃をいなしながらカロシッソちゃんは答える。


「ええ、出し惜しみはしないので、もう帰れなくなるかもしれません。」

「い、いいの?」

「当たり前じゃあないですか。扉さんは私の一番の恩人ですよ。あなたが死んで元の世界に帰るのなら、私はずっとこっちの世界であなたや、詩替さんや皆さんと生きることを選びます!記憶があってもきっとそうします。本当に良かった。恩を返せる機会があって。」


 俺なんかのために故郷へ帰るチャンスを捨てるなんて、、、いや、これも全て俺が不甲斐ないせいだ、そもそも昨日の時点で素直に他の奴らに話しておけばよかったのだろうか。

 恩を返すなんて彼女は言うが、俺は何もしていない。家だって親のものだ。こんな俺のために、、、


「くっそ、もう少しだったのに、、、ああもう!!なぜ何やってもうまくいかない?」


 致道が声を荒げると、それに呼応するように彼の魔法の威力が増した。俺を殺すことを阻まれたことで、俺、いや、カロシッソちゃんへの負の感情が増大しているのだろうか。カロシッソちゃんも少し押され気味だ。


「致道とか言ったか?今すぐ攻撃を停止せよ。」

「あ?なんだお前?辞めるわけがないだろ?早く観念して死ね。」

「お前、その魔法がなんの力を借りているのか分かっておるのか?」

「負の感情を具現化する精霊だろ?」

「違うわ、たわけ者。負の『せい』とは精霊の『精』ではない。精神の『精』じゃ。ふと言うのはそれを授けたものがカモフラージュのためにつけただけに過ぎん。それをむやみやたらと使っては、文字通り精魂尽き果てて廃人となるぞ!」

「黙れ!このガキが!」


 致道からの攻撃はさらに強まる。おそらく自覚はあったのだろう、図星を突かれた暴れるとは、こいつはカロシッソちゃんより子供だな、まあ俺も例外ではない気もするが、、、


「ダメですね。全く聞く耳を持ちませんよ。おそらくすでにかなり魔法を使っているようですから、精神汚染も進んでますね。」

「え?あ、そうだね。」


 待て待て、致道への口調と俺へのそれのギャップすごすぎて混乱する。だが、それをつっこめるような雰囲気でも状況でもない。


 精神汚染か、いやはや恐ろしい魔法だ。使えば使うほど自分の体と精神まで蝕んでいくとは、なんでそんな魔法がこいつに発現したんだろうか?


「少々手荒なやり方になってしまうんですが、仕方ないですよね。扉さんや私も死んじゃいますし、それにこのままだと彼自身も危険な状況にいるわけですし」

「そうだよね。勝てるの?」

「誰に言ってるんですか、余裕です。扉さんは死なせませんよ。」


 カッコ良すぎるセリフを吐いて俺のハートを射止めるながら、カロシッソちゃんはさらに続ける。


「えーと、二つばかり案があるんですが、一つ目はもう全力で攻撃魔法を使って致道を即死させることです。これは確実です。」

「うん、それは却下だね。」

「ええ、まあそうですよね。即死はやりすぎにせよ、腕を切断するとかして戦闘不能に陥らせつという案が一つ目ですが、」

「いや、もっと平和的な感じのやつないの?」

「そうですよね、これだと相手の魔法の関係上返って相手の力を増幅させることも考えられますから、あまりいい案とは言い難いですね。」


 そういう意味で言ったわけじゃあないんだけれど。もちろん俺が言いたいことは、カロシッソちゃんに命を助けてもらっている分際で言うのもアレだが、なるべく血が流れないことだ。


 致道には情状酌量の余地は十分にあると思う。俺も彼と同じ状況にあったら一度は使ってしまうだろうし、さらに精神を犯されているのなら尚更だ。少しくらい怪我をさせるのは仕方ないと思うし、それくらいは当然だと思う。が、どうにかして魔法を使えなくすれば更生の余地は十分にあるだろう、身勝手な意見かもしれないが治らない怪我はさせたくない。


「もう一つの案は?」

「こちらもそんなにいい案ではないのですが、私が彼の方に直接魔法を打ち込んでできる限り怪我がないように行動不能にします。ですが、正直こちらの案もあまり、、、」

「いい感じに聞こえるけれど、何か問題点でもあるの?」

「はい、私が彼への攻撃を仕掛けるときに、それだけで手一杯になってしまうので、扉さんの守りが疎かになってしまうんですよね。扉さんが怪我をするくらいなら、私としては致道を殺しす方がよっぽどマシです。こちらの世界は違うようですが、私たちの世界ではこれぐらいのことをされたら殺すのが常識ですし。」


 なるほど、倫理観の違いか。まあ、他の言葉は通じているのに、警察が伝わらなかったことを考えると、あまり法整備が整っていないのかもしれない。そんな世界だったら殺されかけたらやり返すなんて当然のことだろう。


 というか、なぜ言葉は通じるのだろうか?言葉は使われるうちにどんどん変化して行く、別の世界でここまで同じ言語になることってあるだろうか。いささか疑問に思えたが、考えている場合ではない。


「後者にしてくれ。自分の身は自分で守れる、、、俺が言うと説得力皆無だな。だが頼む、俺は致道に少しシンパシーを感じている部分もある。彼はまだ立ち直れると思うし、彼と話してみたい。」

「、、、分かりました。泉さんがそう言うのであればそうします。ですが、少しでも泉さんに危険が及ぶのであれば躊躇しません。」

「ああ、分かった。カロシッソちゃんも気をつけて。」


 頷くと、カロシッソちゃんは智道の方を向き直した。


「お?作成会議は終わったか?俺をほっぽり出してくれやがって、まあいい。早く今考えた生兵法を披露してみやがれ。」

「はっ、弱い犬ほど良く吠えるとはこのことじゃな!もっとも、己と相手の力量すらわきまえん今の貴様はさしずめ蟹の穴入りと言った方が正しいか?」

「このガキがッ!殺す!」


 挑発するカロシッソちゃん、これだと相手の力が強まっていく一方だと思うのだが、何か作戦でもあるのだろうか。


「では、扉さん、行きますよ、私が動き始めたらとにかく右に走ってください。」

「お、おお分かった」


 俺に小声でそう伝えると、カロシッソちゃんは致道の魔法を躱しながら彼に向かって一直線に走り始めた。と同時に俺も言われた通り右に向かって走る、背中が痛い、、、やっぱり殺してもらおうかなあ。


 うまい具合に避けてそれなりに近いたカロシッソちゃんだったが、ある地点で躱しきれなくなったのか立ち止まり、防御魔法(多分)を発動するそれをみた致道も、一旦攻撃を停止した。


 思ったよりも苦戦しているようだ。何か手伝えることがあるかと考えたが、どう考えても足手纏いだ、ただただ傍観するしかない。


「貴様、もう降参したらどうだ?」

「正気か?それはどっからどうみてもこっちのセリフだろう」

「貴様、死にたいのか?」

「安い脅しだな、啖呵を切っておいてその程度か?だが、その質問nにあえて個タルトすればNOだ。俺だって死にたくないに決まっている。」


 まさか、カロシッソちゃんも致道を殺すつもりではないだろう、ならばこのやりとりでどう言った効果を望んでいるのだろうか。これで致道が降参するはずもないだろう。


「そうか、なら質問を変えよう。殺す覚悟はできているのか?」

「なぜその覚悟をしなければならないんだ?俺はこの能力を得た時から奪われる側から奪う側になった。ただただ憎い相手を何も考えずに屠ることが俺の生きがいだ。」

「なら良い。人を殺す予定なら殺されても文句は言わせまい。」

「まだ言うのか、いい加減お前らこそ諦めて降参したらどうだ?楽に殺してやる。」


 と言うと致道は、再び攻撃を開始した。彼の放った魔法はカロシッソちゃんを目掛けて突き進み、彼女も三度防御魔法を展開した。


 致道の魔法があと少しでカロシッソちゃんに届かんとする時、彼女は何かに気付いたのか、不意に右側、すなわち俺がいる方向に駆けてきた。


「扉さん、危ない!」


 カロシッソちゃんがこちらに駆け寄り、勢いのままに混乱していた俺を突き飛ばした。


「痛てて、、!カロシッソちゃん、背中。」

「ああ、これくらい問題ないですよ。」


 魔法はカロシッソちゃんの背中を掠めていたのだ。彼女の背中下からは鮮血が滴り落ちている。彼女は大丈夫だと言うが、どうみたって大丈夫じゃないような大きさの傷だった。


 俺が、もう少ししっかりしていれば、彼女は自分の身を犠牲にする必要などなかったのだ。また俺は、この子を傷つけてしまった。


「はははっ、やるな。これが絆ってやtッ!!?!」

「黙れ。」


 俺らの方を見て嗤っていた致道の声が、これにならない悲鳴に変化した。咄嗟に彼の方を見ると、彼の右腕にあたるべき場所がなく、その付け根から血が噴き出ていた。


 致道も、俺ですら言葉を失っていた。ただ一人、カロシッソちゃんだけが冷静にまた口を開いた。


「デッド・オア・アライブ」


 カロシッソちゃんがそう唱えると、何かが割れるよな音がしたあと、彼の右腕が生え始めた。


「貴様、図に乗るなよ今回に限っては扉さんに免じて許すが、次にやれば今度は腕ではない。お前の首が体から飛ぶ。」


 もう誰も口を開かなかった。すっかり怯え切った顔の致道は、その場に倒れ込んだ。もう憎しみの感情なんて超えているのだろうか、今まで彼の周りに揺蕩っていた魔法のもやは消え去り、耳が痛いほどの静寂の時間が訪れた。


「マギア・オブ・シンギラシティ」


 ほんの少しの間をおいて、カロシッソちゃんがまた魔法を唱えた。いつかの時に彼女がティクールに放った魔法と同じものだ。その時と同じように光る鎖によって致道の体が拘束される。


「面倒な呪いじゃな、、、アンチ・マギア」


 カロシッソちゃんがそう呟くと、致道の体は魔法陣に包まれた。今までの傾向からして、アンチ・マギアと言うのは多分彼の魔法を奪う魔法のようなものだろう。


「よし、扉さん、彼から魔法を奪いました。もう大丈夫ですよ。

「そう、これで一件落着?かな」

「扉さん、申し訳ありません。ちょっと彼を傷つけてしまいました。言い訳になってしまうんですが、あの時、扉さんにもう少しで怪我をさせてしまい背負うになってしまって、致道に、そして自分への怒りで少しばかり自分を見失いました。」

「いや、ありがとう。」


 正直なところ、躊躇もなく致道の腕を消し飛ばしたことにはいささか、いや、かなり、恐怖すら覚えたが、カロシッソちゃんも怪我をしているのだ。責められるわけがない。


 結局生えたんだのだから、腕の一本や二本ごときどうだっていいだろう。それくらいの報いは受けて当然だ。


「そういえばさ、なんでここにきたの?」

「えーと、まず最初は致道がおかしいと思っていました。犯行が起こるタイミングっていつも夜中だったんですよ。それなのに致道の時だけは学校が終わってすぐくらいの時間。それに他は単独犯ですが致道の証言だけ明らかに複数犯のように受け取れます。」


 確かにそうだ、他のものは全て皆突き飛ばされて転んだり、車に轢かれかけたりだったが、彼だけ『囲まれて』殴られたと言っていた。よく考えて他と比較すれば、彼のものだけ異質なのは間違いがない。


「それに夜とさらに複数の条件を制約に他者に魔法を譲渡するタイプの呪いがあります。なのでその時点で彼が犯人であると概ね断定しました。」

「なるほど、複数の条件ってもしかして雨が降ることとか?」

「はい、流石扉さん、気付いていましたか。」


 なるほどな、、、待てよ。でもまだ疑問が残る。なぜ場所が分かったかと言うことだ。俺のように近くで見張っていたのなら俺の姿も視界に入るだろう、それなのに声をかけなかったとは考えにくい。


「場所はどうやって分かったの?」

「場所に関してはこちらを利用しました。」


 そう言って彼女が見せてくれたのは、引きちぎられたボタンだった。これには見覚えがある。そうだ、証拠品集めの時に俺たちが見つけたものだった。後輩二人組の足跡の方に気を取られて完全に失念していた。


「結果的に言うとこれは致道のもので絵間違いありませんでした。何回か魔法にさらされたものはしばらくの間魔力の主と轢かれ合う性質を持ちます。これで致道が魔法を使ったことを察知したらすぐに向かっていました。なので、扉さんがピンチに陥るまで助けられ中っったんですよね。すいません。」

「いやいや、カロシッソちゃんがきてくれてなかったら多分死んでたし、感謝しかないよ。」

「最初は已結さんや海住さんが見つけたところが事件現場だと思っていたので関係ないものかと判断して言わなかったんですが、そのうち魔力が宿っていることに気づきました。」


 なるほど、それをGPSがわりにして俺のところ、もとい致道のところまでやってきたわけか。


 カロシッソちゃんは俺と違って忘れていたわけじゃないのか。と言うかあんなに暑い中苦労して見つけた(カロシッソちゃんが)物を忘れるとか、俺は何をやっていたんだ?


「でもさ、これで元の世界に帰れなくなっちゃったね。今の状態から貯めるまでにはどれくらいかかるの?」

「えーと、ざっくりですが八十五年くらいですね。」


 ーーーーーーーーーー

「というわけで、カロシッソちゃん元の世界に帰れなくなっちゃった。」


 今日は父さんも含めた家族全員の前でことの顛末を説明する。顛末と言っても、100%が真実で話す訳ではなく、むしろ嘘の部分がメインだ。どの部分に嘘を織り交ぜたかというと、死にかけたところだ。


 もちろん普通に親だから、子が死にかけたとあれば正常な判断ができない可能性もあるだろう。カロシッソちゃんが家にいづらくならないよう、犯人探しの段階でうっかり魔法を使ってしまったと言う体にした。


「なるほどね。」

「扉部活入ってたのか、やっと青春っぽいことをしてるな。」

「ほんとだよね。お兄ちゃんそう言うこととは無塩バターだと思ってたのに。」

「余計なお世話よ。」


 なんで俺は高校生にして盆暮れ正月に帰省した時に親に結婚はまだかと聞かれるOLの憂鬱な気分を味わわなければならんのだ。盆暮れにオカマになってこれを回避するボン・クレーと言う技があるとかないとか。


「なるほどね。まあ帰れないんなら仕方がないよ。放っぽり出したりするわけないでしょ。王族とまではいかないけれど、子供が一人増えたくらいで傾くほどの稼ぎじゃないから安心してよ、ね?父さん?」

「え?ああ、まあ。」


 頼りなさすぎて心配だわ。もっとシャキッとした返事の一つや二つできないのだろうか。だが、いつもあくせく働いて俺らを食わせてくれている両親には感謝と敬意を払うべきだ。


「本当にありがとうございます。見ず知らずの私にこんなに良くしていただいて。」

「これから見ず知らずじゃあなくなるしね。家族になるわけだし敬語じゃなくても別にいよ。」


 帰れないとなると、色々しなくちゃあならないだろう。戸籍とかあるわけないし、そこら辺はどうするのだろうか?


「あれ?そういやカロシッソちゃんって何歳?」

「何歳、とはどう言う意味でしょうか?」

「えーと、生まれてから何年くらい経ってる?」

「ああ、知ってます。春が何回きたかと言うことですよね。五回です。」

「五回!?五歳ってこと?」


 嘘だ、どう見ても見てくれは小学校高学年くらいである。だいたいいくら英才教育を受けているからといえど、五歳でこんなに流暢に話せるわけがない。


「あれじゃないか?世界が違うから、一年の長さが違うんじゃあないか?」


 確かに、よく考えたら公転周期とかも違うだろうから、一年が三百六十五日で全く同じであることの方が不自然だ。それこそ猿の惑星みたいなノリであれば別だが。これじゃあただ単に春が五回来ただと誤解されるな。


「じゃあさ、日が上ってから次に登るまではどれくらい?」

「それはこちらの世界とかなり近いですこっちの世界でいうところの二時間くらい違います。最初のうちは体内時計が狂って大変でしたけれど、もう慣れました。」

「じゃあそれを一日として、あっちの世界は何日で一年?」

「ちょうど七百日ですね」


 とすると、700×5÷365で、ちょうど十歳くらいということか。家族で計算のスピードがほとんど同じなのか、父さんが口をひらく。


「なるほど、、、十歳くらいか。すると小五ってことになるな。」

「手続きとかどうやってするのかね?」

「さあ?まあそこらへんは追々考えるよ。」


 まあ、そこらへんの手続きに関しては俺は全くわからないから、父さんに丸投げしよう。ごめんね。


「そう言えばさ、カロシッソちゃんってなんで言葉通じてるの?」

「確かに、俺もそれ気になってた。」


 俺の前から聞きそびれていた質問を、詩替が聞いてくれた。そう、異世界の人間なのに言葉が通じるのは普通におかしい。なんかそういうバフがかかっているのだろうか。


「ああ、これ、翻訳魔法という魔法がかけられていて、世界中いや、世界外どの言語でも行けるんですよ。」

「え?今まで聞いた魔法の中でダントツで興味深いんだけれど。」

「ね!それって私も使えたりしない?」


 異世界の言葉でも行けるくらいだ、この魔法が使えるようになったら英語は愚か、古典も、現代文への理解度だって上がるだろう。今までは興味本位だったが、これなら大枚叩いても習得したい人はごまんといるだろう。俺だってその例外ではない。


「いやあ、残念ながら翻訳魔法は『祝福』という極めて特殊な習得方法を取りますから、こっちの世界だと難しいですね。」

「そっかあ、残念。」

「でも、私この魔法あまり好きではないんですよね。」

「なんで?」

「いえ、何か、自分の言葉で喋っているような気がしないっていうか、みなさんと心を通わせられている気がしないっていうか、、、実は私が喋ってる内容は全部でたらめに翻訳されていて、みなさんの言葉も実は違うのかも、なんて思ったりすることがたまにあるんですよね。なので、いつかはきちんと日本語を習得して、拙くても、自分で選んだ言葉で皆さんと会話したいんです。」

「そっか、いつでも協力するからなんでも言ってね。」


 これを聞いて応援したくならない者がいるのだろうか。しかもこの悩みは非常に共感できる。皆誰しも、この世界は実はフェイクなんじゃないかとか、他のものは皆演技している他人なんじゃあないかということを考えたことがあるだろう。ただでさえそうなのに、見ず知らずの土地に飛ばされたのなら不安にならないはずがない、しかも記憶すら失っているのだ。


「カロシッソちゃん」

「はい」

「これからはなんだって気兼ねなく言ってね。全部は叶えられないけど、家族みんなで精一杯幸せにするから。」

「お、お兄ちゃん。幸せにする、家族って、プロポーズしてんの?流石に恥ずかしいよ。」


 黙って詩替の頭をこずく。結構強く。その様子を見て、カロシッソちゃんは笑い出した。


「ふふふふふ、扉さん。ありがとうございます。とっても嬉しいです。扉さん、それに詩替さん、お父様にお母様も、不束者ですが、これからよろしくお願いします。」


 そういうとカロシッソちゃんは、ゆっくりと頭を下げた。ということで、我が家に新たなメンバーが加わったのだ。


 ーーーーーーーーーー


 翌日の放課後、カロシッソちゃんも学校内に侵入でき、二人で部員と先生へ向け事情を説明することになった。


「という訳で、犯人は致道だった。」


 俺が事情を話し終えると、今まで少し険しい顔で聞いていた照葉が口を開いた。


「ちょっと待って、犯人だとかそんなことどうだっていいんだけど、なんで私たちに相談してくれなかったの?それでもしカロシッソちゃんが来なくて殺されていたらどうするの?扉くんが死んだら私たちが悲しむって分からない?付き合いは短いけれど少なくとも私は扉くんのことを大切な友達だと思ってるんだけれど、君は私やみんなのことを信頼してくれてなかったってこと?」

「そういうわけじゃあない。」


 思ったより強い熱量で言われ、少し気圧されたが謝るしかない。だがまあ、ここまで行ってくれるのは嬉しい。ドMとか抜きにね。


「謝って欲しいわけじゃあないんだよ。君が危険な目に遭うことがすごく嫌だ。別にね、こんなこというのもなんだけど、私からしたらサッカー部の人間なんてどうだっていいんだよ。生きてても死んでても。でも扉くん、君は違うよ、わからないかな?」

「悪かった。次からはきちんと都度報告する。」

「もう絶対危ないことしないでね。犯人と差しで会いに行くとか。他のみんなもだよ?」


 照葉はそういい終わると口を閉ざした。それにしても意外だった、照葉がこんなに怒っていることなんて、もちろん初めて見た。


「私が言いたいようなことは全て照葉が言ってくれたな。扉、お前には仲間がいるんだし、一人で解決しようとするな。一人じゃあできないことの方が世の中多いんだ。」

「そうデスよ。言ってくれたら喜んで行ったのに、正直ショックデス。」

「そうですね。確かに玉敷先輩のいう通り、事件の解決なんかよりも三軒茶屋先輩の命の方が大切なのは当然ですの。

「あんまり無茶をしないでください。でも生きててよかったですよ。」

「ああ、本当に申し訳ない。」


 リスクなどを考えずに致道に会いに行ったことは完全に考えが足りていなかった。今後は少しは考えてから行動しようと心に誓った。


「でも、カロシッソちゃんは帰れなくなってしまったわけデスか、もう帰れる方法はないんですか?」

「まあ、ないといえば嘘になりますが、まあないと言ってしまっていいくらいのものです。」

「どんな方法ですの?別にいうだけならタダですのよ。」


 そう言われ、カロシッソちゃんは少し迷っているようだが、口を開いた。


 確かにいうだけならタダだ。カロシッソちゃんはこっちの世界に関してはまだまだ知らないことも多いだろう。もしかしたらこっちの世界だったら普通に簡単なことで意外にも帰れたりするかもしれない。


「魔力が足りないことが原因ですから、たくさんの人を一箇所に集めて、その人達から少しずつもらうという方法があります。だいたい千人くらいでしょうか、その人達の感情を私たちの何かで昂らせれば可能かと、、、」

「なるほど、、、千人ですか」


 千人の感情を昂らせるとは、仙人でもない限り難しいだろう。確かに現実的ではないかもしれない。だが、


「確かにその方法はディフィカルトかもしれまセンが、きっといつか帰る方法が見つかりマスよ!」

「そうだな、諦めなければやりようはあるだろ。」

「まあ、元を正せば扉のせいでこんなことになったんデスけど。」


 それを言われるともう何も言えまい。これからはカロシッソちゃんに足をむけて寝れないな。


「いいんですよ。私にとって扉さんは恩人ですから、扉さんの役に立てて嬉しいです。元の世界に帰れなくなったことなんてそれに比べたら些細なことですよ。」

「これ言っていいのかわかんないんデスけど、いうほど扉何かしました?」

「確かに。」


 おい、納得すんな。と思ったが、確かに言われてみれば何をやったわけではない。たまたま家が空いていたから泊めただけだし、命を助けたりしたわけでもない。


「まあ、私が記憶を失っているからそこまで元の世界に未練がないと言うのもあるのかもしれませんね。でも、扉さんを助けたことには、微塵の後悔もありません」

「カロシッソちゃん、いい子だね。扉先輩、本当に感謝した方がいいですよ。」

「そうだな。」


 と言うわけで、とりあえず事情の説明と反省は終わり、この事件をどうまとめていこうかと言う流れになった。

「でもさ、致道が犯人だったって普通に驚きだよね。扉くんがたまたま見つけてなかったら多分普通にわからなかったもんね。」

「そうですね、でも、これどうしましょうか。致道は洗脳されていたようですし、責められないですよね。先生はどうすべきだと思いますか?」


 海住が小鳥遊先生へ質問を投げかけた。この件の処遇に関しては正直、一学生である俺たち文化部のてにあまる。流石に先生へ意見を乞うしかないだろう。


「そうだなあ。やはり今回の事件に関しては問題はいじめの方だよな。ただ、普通に話しても魔法がどうとか信じてもらえるわけがないしな、、、まあ致道に関しては不問と言う扱いでいいんじゃないかと私は思う。まあ私が話をしてきちんと反省させるがな。」

「そうだな。俺もそれがいいと思う。だが、サッカー部の連中に関してはきちんとした罰を受けなければならないよな。」

「それならワタシに良い案がありマスよ」


 ーーーーーーーーーー


 さて、次の月曜。俺たち文化部は、週に一回行われる教員会議に出席していた。


 教員会議はよくわからない会議室のような場所で行われていて、俺たちを除けばもちろん教員しかいない。別に何か悪事をしでかしてこの場にいるわけではないが効きすぎている冷房も相まって、この空間はお世辞にも居心地がいいとは言えないだろう。だが、これも悪を挫くため、真白の案の通り実行すれば、特に問題もないだろう。


 最後に入室してきた校長が席につくと、教頭が口を開いた。


「えー、では、今週の職員会議を始めます。今回はまず文化部の生徒から報告があるようで、文化部の方、お願いします。」

「は、はい。部長の玉敷照葉です。今回は、文化部で調査を実施していた暴力事件の件で報告したいことがあり、参りました。」


 照葉は緊張を顔に浮かべ、少し辿々しくしゃべる。


「残念ながら未だ犯人の特定には至っておりませんが、調べる過程で少し気になることがありました。」

「気になることとは?」


 教員の誰かが聞く。


「はい、簡潔に申し上げますと。被害者であるサッカー部所属の竜崎化霖 左端九 蛇腹只折 亜烏稀有と致道蕨との間に、いじめと見なされる行為が発覚いたしました。」


 一気に会議室がざわめく。当たり前だろう、学校でいじめが出たとなれば、それな入りに問題になり、イメージも下がるだろう。


 すると、一人の教員が口を開いた。


「サッカー部顧問の棚持たなもちだ。あの世人がそんなことをするとは思えない。」


 サッカー部の顧問だったのか、そりゃ否定したくもなるだろう。自分の部活からそんな奴がいたとなると責任を取らされるかもしれない。彼の言葉からは少しの必死さも感じられた。


「え、でも、、」

「だいたい、お前らみたいな学生にそんなことがわかるのか?え?そもそもこんな事件をが学生に任せたのが失敗だったんじゃあないですか?」

「見えましたよ。」

「え?なんだお前?」

「三軒茶屋扉です。彼はいつも部活をサボっているそうじゃあないですか。それに素行もよろしくないと他の部員から聞きましたよ。」


 癪に触る野郎だ。立場が弱いことをいいことに生徒に高圧的な態度で決めつけてくる教師、もう数え役満だろこれ。


「ま、まあ確かにそうだったかもしれんが、俺の部活にそんな奴がいるわけないだろ。言いがかりも大概にしろ。だいたい、証拠はあるのか?」

「ありますよ。照葉、見せてやれ。」

「あ、うん。はいこちらです。」


 照葉がこの会議までにかき集めた証拠写真を机上に出す。こんないじめなんて、わかっていれば写真の一つや二つすぐに撮れる。このヒロインにバトンを渡す感じ、すごい主人公っぽい!棚持とか言う男に、人生一のドヤ顔を見せつけた。


「流石に私たちでも、証拠もなくこんなことを言いにきません。それに、今回は致道さんもお呼びしています。」


 照葉が真白の方に目で合図を送ると、真白が立ち上がりドアを開け、そこに待機してもらっていた致道が中に入ってきた。


「失礼します。」


 そう、事前にいいところで致道を登場させる手筈を整えていたのだ。こいつは俺に、いやカロシッソちゃんに、弱みどころか命まで握られているため、協力させるのは簡単だった。


 証拠の写真も、致道にあえて火中に行かせ撮ったものだ。殴られているところを見るのは流石に少し良心が咎めたが、この前のツケと言うことでいいだろう。そもそも俺たちが報告しなければ終わることはなかったかもしれないわけだし、責められる義理はない。


 その写真を見た棚持は、流石に観念したのか、力無く席についた。


 会議室のざわめきは増し、今ではエスポワール号くらいになっている。そんな中、精悍な顔で静観していた校長が口を開いた。


「静粛に。」


 流石に校長。鶴の一声で一気に静かになった。そのまま続ける。


「致道さん。今までの話に偽りはないですか?」

「は、はい。」

「では、辛いかもしれませんが、どんな被害を受けたのか聞かせていただいてよろしいでしょうか。」

「はい。」


 致道は、これまでのこれまでのあの四人にやられたことについて話し始めた。内容としては概ね財田川が言っていたことと同じで、俺たちにとっては既知のものだったが、流石に聞いていると少し辛い。


 それは教員のものたちも同じなようで、彼の話が話が終わる頃にはみな暗澹たる表情になっていた。


「、、、わかりました。彼らの処遇に関しては近いうちにお伝えします。とりあえず文化部の皆さんと致道さんは一度退出してください。致道さん、また何かあればお話を聞かせてもらえますか?」

「はい、もちろんです。」

「で、では、失礼致します。」


 きちんとした処罰が下るといいのだが、というか退学でなければならない。いじめというのはがんと似ている。どこかでがん細胞が生まれれば他の普通の細胞にも伝播する。それに、直すときも少しお薬で一時的に弱めるだけではすぐに再発する、やはりメスを入れて摘出しなければならないのだ。


「どんな処罰になるのでしょうか?」

「さあ?わかりませんの。でも、退学でないと納得できませんわ。」

「でも、暴力振るってるところをカメラに収めたし、その可能性は高いじゃない?」

「小鳥遊先生がうまくやってくれるといいデスけど。」


 そう、一応俺たちの意向は小鳥遊先生に伝えてあるが、まああの人はそんなに偉い感じではないのでそれほど期待していない。だが、ぶん殴ってるところを抑えているし、流石に退学になるのではないのだろうか。


「あのー、扉さん。本当に申し訳ありませんでした。」

「もういいよ。あの時はおかしかったわけだし。謝るとしても俺じゃあない、カロシッソちゃんだよ。ところで、腕の調子はどう?」

「もうすこぶるいい感じですよ。握力もなんか伸びました。」


 カロシッソちゃんが生やした方の手を握って見せる致道。鬼化した長男の腕みたいにならなくてよかったよ。なんて思っていると、誰かが走り寄ってきた。それに一番先に反応したのは致道だった。


「手向!」

「蕨、今まで、本当にごめん。今のままで良いわけがなかった、なのに、二回も裏切って、、、もう君に合わせる顔がないけど、これだけ言いたくて。」


 彼は息を切らしながら言う。彼の目には、涙が浮かび、声も掠れていた。


「もう良いんだよ。この人たちが全部終わらせてくれた。」

「そっか、話して良かった。ありがとうございます。」


 俺らの方へ向けて深く頭を下げる財田川。人生で、これほどまでに感謝されたことがあっただろうか。今初めて、この事件を解決したことを心から喜べたような、そんな気がした。


「じゃあ、もう行くよ。元気でね。」

「待ってくれ。」


 そう言って去って行こうとする財田川を、致道が呼び止めた


「確かに、お前に裏切られたこともあった。それは忘れられない。でも、この高校生活の一年強で、よかったことは一つだけだ。それは、お前に会えたことだ。」

「でも、もう僕は蕨を裏切ったし、、、」

「そんなことは関係ない!お前と過ごした一年に比べれば、お前に裏切られた悲しみなんてちっぽけなものだ。だから、もう一度、やり直さないか過去のしがらみも全て忘れて、またあの頃の続きを始めよう。」

「そう言ってくれて嬉しいよ、でも、僕にそんな資格なんてない。」

「資格ならある、しかもその資格を持っているのは世の中で手向、お前だけだ。今度こそ、俺の手を取ってくれないか?」


 致道へ手を差し伸べる財田川


 いつの間にか二人の目から涙が滴り落ちていた。俺たちいることを忘れているくらい、二人意の世界に入り込んでいた。もうその時点で、彼がどうするべきかなんてわかりきっていることだった。


「ありがとう、本当に、僕で良いのかな」

「お前しかいないよ。」


 、、、てかなんだこれ。なんでこんなもん見せられてんの俺は?


 エピローグ


「お兄ちゃん、遅刻するよ。起きたほうがいいんじゃない?」


 詩替の声で目が覚める。ふと時計に目をやるとすでに七時を回っていた。六時にはセットしていたはずなのに、、、やはり機械は当てにならん。


 眠い目を擦りながらリビングへ上がると、すでに朝食が用意されていて、カロシッソちゃんは食べ始めていた。


「扉さん、おはようございます。」

「ん、おはよ。早いね。小学校ってこんな早かったっけ?」

「いえ、なんだか目が覚めてしまって。六時半くらいには起きました。」


 初めてこの世界の学校に通うのだ、緊張して目も覚めてしまうと言うものだろう。ちなみに、彼女の諸々の手続きは父さんと母さんがどうにかして首尾良く済ませたらしい。『どうにかして』の部分は聞かないでくれ、俺も分からない。


 俺たちの会話を聞いていた詩替が口をさんできた。


「別にこの時間なら早くないよ、、、お兄ちゃんが遅いだけ。」

「そうか?俺なんてカロシッソちゃんくらいの頃始業の十五分前くらいに起きてたぞ。」

「それで二十分かけて朝ごはん食べてたよね。」

「まあ、昔のことよ。俺のモットーはパーフェクト・リバティーだからな。」

「それだと六時起床の五分後から練習しなくちゃ」


 まあ、それも昔のことだし、、、今は廃部してるから。


「でも、カロシッソちゃん頭いいからね。話し方も知的だし、ほとんど気苦労はないんじゃない?」

「いえ、まあ勉強のことに関してはわかりませんが。不安なのはどちらかといえば人間関係の方です。」


 そりゃあそうだろ。正直小学校の勉強なんて遊びのようなものだ。王族である彼女が受けてきたであろう英才教育を持ってすればお茶のこさいさい朝飯前、piece of cakeと言ったところだろう。


 それに引き換え人間関係というのは難しい。今回の場合なんて特に小学五年生のほぼ完成した状態のネットワークに身を投じようとしているわけだ。うまくやらなければ闖入者くらいに思われる可能性もある。


「ふーん、そっか。まあ初めのうちは不安だよね。でも大丈夫よ。友達なんてすぐできるから。」

「おい、陽キャの考えやめろ。それが当然にできる人ばっかじゃないんだよ。」

「お兄ちゃんはできないんじゃなくてやらないんでしょ?やろうと思えばよっぽどのことがない限りできるよ。だいたい、ネガティブになっても仕方ないし、まずは話しかけることだよ。大丈夫、家には私もお兄ちゃんもいるしね。」

「まあそうだな。何かあったらなんでも言ってくれ。」

「はい、ありがとうございます。がんばります!」


 実際、カロシッソちゃんは新しい環境でもうまくやるだろう。住む世界が文字通り変わったことに比べれば、小学校に行くことなんて取るに足らない。


「そだ、お兄ちゃん、あれかしたげてよ。あの、ほら、カネを動かすだかネギを動かすみたいなやつ」

「『人を動かす』のことか?」

「そう、それそれ。私自己啓発なんてたまたま運良く成功した小物があたかもそれを実力かのように自分の考えを押し付けてくる感じが大嫌いだなんだけれど、あれは普通に感心したよ。」


 金を動かすだったらただの投資HOW TO本じゃねーか。ってか自己啓発をボロクソに言いすぎだろ。


 だが、確かにいいかも知れない『人を動かす』は考えてみれば当たり前のことしか書いてないが、それでも改めて読むと意識が変わる。新学期に必携の一冊と言っても過言ではないだろう。


「帝王学とか学んでんじゃね?どうなの?」

「あー、何かうっすら記憶にありますが、でもその本、ぜひ拝見したいです。」

「いいよ、ちょっち待っててくれ、着替えに行くついでに持ってくるわ。」


 そんな他愛のない会話を繰り広げ、しょうもない芸能人のニュースを見ながら朝食を平らげる。『この映画にちなんで、主演のお二人に最近買った一番高価なものを伺いました』って何?誰得なのそれ?ファンか、ファンだわ、あと強盗。


 自分の部屋に戻って着替え、出かけようとすると、詩替とカロシッソちゃんがやってきた。


「お兄ちゃん、待ってよ。私も行くから。」

「私ももう行きます。」

「あれ?まだカロシッソちゃんは早いんじゃあない?」

「いえ、初回ですし、少し早めに来るようにと担任の方に言われましたので。」

「そっか」


 扉を開けると、気持ちの良い風が吹き込んできた。


「「「行ってきます」」」


 そう言うと、俺たち三人は各々の目的地へ向かった。


 今日からまた、新しい日常が始まる。


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