狙われた弓道部員
【狙われた弓道部員】
これは、今から15年前。
私が高校生だった頃、幽霊に命を狙われかけた実体験です。
少々長くなりますが、お付き合いいただけたら嬉しいです。
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1. やって来た大山さん
私は当時、強豪校の弓道部に所属しており、ほぼ毎日が練習漬け。休みなどほとんどなく、全国大会を目指す日々でした。
高校1年の11月。
練習中に右肩を痛め、しばらく安静を言い渡されました。レギュラーからも外され、気持ちはどん底。
そんな私を見かねてか、ある日、姉(当時高3)が自分の友人を家に連れて来ました。
その人の名前を聞いた瞬間、私は飛び上がるほど喜びました。
その方の仮名は「大山さん」。姉と同じ高校に通っている人です。
姉からよく話を聞いていた“霊感の強い人”で、霊視やお祓いもできるとのこと。
姉は私が会いたがっていたことを覚えていて、わざわざ呼んでくれたのです。
当時から霊感を信じる人は少なく、ましてや高校生の私が「ぜひ会いたい!」とまで言ったのが珍しかったのか、大山さんも興味を持ってくれたようでした。
気さくで、優しげな笑顔の似合う、どこか神秘的な雰囲気のある男性でした。
私は大興奮で質問攻めにしてしまいましたが、嫌な顔ひとつせず付き合ってくれました。
そして、どうしても聞きたかったことをぶつけました。
「僕、なにか憑いてたりしますか?」
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2. 霊視の結果
その瞬間、大山さんの表情が徐々に真剣になります。
やがて、私の右肩をじっと見つめ、口を開きました。
「……右肩、ちょっと気になるな。憑いてるというより、憑いてた“跡”がある。最近、何かなかった?」
ゾクッとしました。
部活を休んでいることは伝えていましたが、右肩を痛めたとは言っていませんでした。なのに、それをピンポイントで言い当てられたのです。
もう鳥肌ものでした。
私は肩の怪我のことを話し、右肩がどう“見える”のか尋ねました。
すると大山さんは、「人にはそのひとを守護する“膜”のようなものがある。その右肩の膜が破れてるんだ」と教えてくれました。
正直、怖さよりも「そんな世界があるのか」とワクワクしてしまいました。
夕方になり、大山さんは帰るため玄関へ。
私も一緒に外まで見送りました。
そのとき、大山さんがふと、ある一点を指差しました。
「ねぇ、あれって誰の自転車?」
私の通学用の自転車でした。
「早くなんとかしたほうがいいよ」と言われ、私は少し寒気がしました。
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3. 後輪に憑くもの
「なんでですか?」と聞いた私に、大山さんはさらっとこう言いました。
「だって、後輪に女の人がしがみついてるもん」
……言葉を失いました。
というのも、自転車には思い当たる節があったのです。
大山さんが来る2ヶ月ほど前から、タイヤが2週間に一度の頻度でパンクしていたのです。しかも、毎回違う場所が。
3回目の修理のとき、自転車屋のおじさんが見せてくれたパンクの原因は、信じられないものでした。
「なんでこんなもんが刺さるんだ……」と、見せてきたのは小さな石の破片。
4〜5ミリほどの細長い破片が、タイヤにまっすぐ刺さっていたのです。
自転車の話を伝えると、大山さんは「それだね」と頷きました。
「このままだと、事故るよ」と言われましたが、どう対処すればいいか分かりません。
戸惑う私に、「まあ、任せといて」とだけ言って、大山さんは帰っていきました。
数日後。
姉が私の自転車に、ペットボトルに入れた水をざばっとかけていました。驚いて理由を尋ねると、「聖水をかけてる」とのこと。
大山さんが姉に聖水の作り方を教え、自転車にかけるよう指示してくれたそうです。
その日を境に、タイヤのパンクは一切なくなりました。
初対面の私のためにここまでしてくれた大山さんには、今でも感謝しています。
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4. 通学路の正体
季節が変わり、肩も治り、日常が戻ってきました。
ただひとつ、毎日通る通学路の途中に、ずっと嫌いな場所がありました。
それは、急な坂道。
私の高校は隣町にあり、自転車で片道40分。
その上、山を一つ越える必要があり、夏場はまさに地獄の道のりでした。
坂の途中には橋があり、その下を鉄道の線路が貫いています。
近くに駅もありますが、かえって遠回りになるので自転車一択。
ある日の帰り道。
私は疲れきって、自転車を押しながら坂を登っていました。橋の近くまで来たとき、ふと欄干に目が向き、そこに名前が彫られているのに気づきました。
――「ちあかばし」
すべて平仮名でしたが、漢字がすぐに浮かびました。
「血赤橋」……まさか、とは思いつつも、不気味さが残りました。
夕食時、その話を家族にすると、父が「それ、“ちさか”のとこか?」と聞いてきました。
“ちさか”――地元では、その坂道をそう呼んでいました。
私は「“ち”って、血の“血”?」と冗談交じりに尋ねると、姉が真顔で「そうだよ」と答えました。
さらに姉は、地元の歴史好きな知人から聞いたという話をしてくれました。
私の通っていた高校がある地域は、江戸時代に商業で栄えた町。酒蔵や大阪の豪商である淀屋とも関係のある町家も現存しており、今では観光地の一部になっています。
しかし、当時の山道は治安も悪く、山賊が出没していたとのこと。
通行人を襲い、金品を奪い、命まで奪うこともあったとか。
その坂が「血で赤く染まった」ことから、「血坂」と呼ばれるようになったそうです。
あまりに残酷で、不気味な地名ですが……毎日そこを通っていた私には、ひどく納得できてしまいました。
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5. 繋がる事象
その話を聞いている途中、私はハッとしました。
右肩の異変。
自転車の連続パンク。
タイヤにしがみついていたという女の霊。
そして、大山さんの「どこかで拾ったんだろうね」という言葉。
全部が、一本の線で繋がった気がしたのです。
――あの霊は、最初に私の右肩から入り込もうとした。けれど、なにかの加護か守護により阻まれた。
だから、直接ではなく、間接的に――例えば、毎日使う「自転車」に憑いて、事故を装って――命を奪おうとした。
……そう考えると、ゾッとしました。
あのとき、もし坂道を下っている最中にパンクしていたら。
もしかすると、私はもうこの世にいなかったかもしれません。
右肩と自転車、それぞれ別の霊だった可能性もあります。
けれど、どちらにせよ、私は確かに“狙われていた”。
大山さんと出会わなければ、今ここにいなかったかもしれません。
今でも帰省すると“ちさか”を通りますが、もう自転車では通る気はありません。
いろんな意味で“つかれる”ので――。
終わり
余談ですが、関東某所には罪人を処刑していたことからかつて「血流れ坂」と呼ばれていた坂があるらしいです。