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第5話 sideウィルフレッド

 ほんの少しだけ、時は巻き戻る。


(出だしからこれとは、前途多難だな)


 何事も即断即決、いついかなる時も冷静さを失わず、二四歳という年に見合わぬ泰然自若さで知られるウィンザー王国の国王ウィルフレッドは、実に珍しく戸惑っていた。

 その理由は、言わずもがな、哀れに自分に怯える少女である。

 どう扱えばいいのかわからず、正直、困り果てていた。


(つくづく不憫な娘だ)


 卓抜した戦略家たるウィルフレッドである。

 自分の嫁になる人間のことは、調べられることは当然調べている。

 彼女が正妃の子でないことも、市井で暮らしていたのに王家の都合で呼び戻され、身代わりにウィルフレッドの下へと差し出されたことも、知っている。

 他人には思えず同情も覚えていたが、


「……俺が、怖いか?」

「っ!」


 一応確認すると、アリシア王女がビクッと身体を強張らせる。

 どうやら大当たりのようである。


「色々、俺の噂を耳にしているのだろう? 正常な反応だ。気にするな」


 この言葉通り、恐怖でこうなるのは、別に彼女だけではない。

 これまでにもよくあったことだった。

 彼女はその中でも、なかなかひどい部類ではあるが。


(そういえばセドリックにも、『貴方は言うなればドラゴンですから』と口癖のように言われていたな)


 どうも自分は、まったくそのつもりはないのだが、無意識に他人を威圧してしまっているらしい。

 そこにいるだけで、寝ていてさえ人は勝手に恐怖する。

 本人的には優しく撫でたつもりでも、その力で、威圧感で、言葉の爪で、相手を薙ぎ倒し、切り裂いてしまう。

 呼吸しているだけでも、鼻息で吹き飛ばしてしまう。

 そういう存在だ、と。

 ひどい言い草だとは思うが、事実から見るに的を射てはいるのだろう。


(まあ、いつものことだ)


 別にその辺をとやかく言うつもりは、ウィルフレッドにはなかった。

 この手のことはもう慣れっこすぎて、今さら(・・・)気にもならない。

 そんなことより、彼が気にするのは今後のことである。


(これが部下なら簡単なんだがな)


 適度な恐怖ならむしろ発奮させる材料だから放置すればいいし、業務や体調に支障をきたすレベルならば、自分とは合わなかったのだろうと配置替えすればいいだけの話だ。

 幸い、王宮にはやらねばならぬ仕事は腐るほどある。

 適材適所で振り分ければいいだけのことだ。


(さすがに同盟国から頂いた嫁となると、そうもいかないが)


 性格が合わなそうなので別なのと取り換えてくれ、などとはとても言えない。

 言えば、せっかく結んだ同盟関係にヒビを入れること請け合いである。


 ウィルフレッド個人としては、このまま田舎のほうの家族の下に返してやりたいところなのだが、自分たちの結婚には冗談抜きで二国の命運がかかっている。

 この二国に住む何百万という人々の生活も。

 一個人の都合で別れるわけにはいかないのだ。


(とは言え、市井で育った何も知らぬ娘に、これ以上、こんな茶番に付き合わせるのは酷だな)


 この結婚に愛などはなく、あるのは国家間の打算のみだ。

 重要なのは、ウィンザーとバロワが縁戚関係を結んだ、という一点である。

 それだけ叶えば、御の字である。


 ならば形式的なことや対外的なことはすべて、こちらが引き受ければいいだけの話だ。

 公式の場に妻がいないというのは多少面子的に面倒臭いことにはなりそうだが、型破りさでは定評のあるウィルフレッドである。

 これまた今さらだし、自分ならばどうとでもできるだろう。

 事実、してきた。


「セドリック」

「はっ」

「王女はどうやら体調不良らしい。残念だが輿入れのセレモニーは取りやめに……」


 しよう、そう言いかけたその時だった。


「お待ちください!」


 凛とした声が背中から響く。


「ん?」


 わずかに眉をひそめつつ、ウィルフレッドは振り返る。

 一瞬、誰かわからなかった。

 声はアリシア王女のものだ。

 だが、その声に宿る覇気・・は、先程までとはまるで別人である。


「どうした?」

「っ!」


 とは言えその威勢も、ウィルフレッドが彼女に目を向けるまでである。

 視線が合った瞬間、アリシア王女はまた表情を固く強張らせる。


 怖いのだろう。無理をするな。

 そう言おうとしたが、すんでのところで思いとどまる。

 アリシア王女はそれでも目を反らさず、こちらの目をこれでもかと睨みつけてきたからだ。


「もう大丈夫です! セレモニーを続けましょう!」

「…………」


 その毅然とした豹変ぶりに、ウィルフレッドは思わず目を奪われる。

 怖くないはずがない。

 証拠に今も、彼女の身体は小さく震えたままだ。


 それでも、意志のこもった強くまっすぐな瞳を自分へと向けてくる。

 彼の知る女は誰も、このような瞳を自分に向けてくることはなかった。

 先程の少女のように怯えるか、自分の背後にある権勢を求め媚びてくるか、そのどちらかでしかなかった。


 だから少しだけ意外で、新鮮で、そしてとても美しいと感じた。


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