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第3話 side アリシア

「うわぁっ!」


 馬車の中で、アリシアは窓の外の光景に感嘆の声をあげた。


「これがアヴァロン!? へええ、ブルボンとはまた違った趣がある街並みだわ! 歴史と伝統を感じるというか、さすが千年王都! うわぁ、うわぁ」

「こほん」

「あっ……」


 目の前の老紳士の咳払いに、はっと我に返ったようにアリシアは表情を強張らせ、ちょこんと席に座り直す。

 そしてちらりと上目遣いで様子をうかがうと、老紳士ははあっとそれはそれは呆れ果てたように溜め息をついていた。


「アリシア王女殿下。今は見逃しますが、あちらに着いてからはあまりはしたない真似は謹んでください。我がバロワの品位に関わりますゆえ」

「はい……」


 アリシアはしゅんっとうなだれるも、


(そりゃ頑張りはするけど、無理に決まってるでしょ! つい一週間前まで庶民だったのに)


 心の中で毒づく。

 一週間の教育ごときで、淑女になれたら誰も苦労はしない。

 せめて一ヶ月ぐらいは欲しいところである。


(てか、なによ暴虐武尽の魔王って!? ちょっと対応間違っただけでぶち殺されそうなんだけど……ひぃぃぃ)


 考えるだけでもうがくぶるだった。

 さっきのはしゃぎようだって、ある種の現実逃避だったのだ。


(逃げられるものなら、今からでも逃げれないかなぁ。でも、そうもいかないのよねぇ)


 家族を人質に取られた以上、アリシアに逆らう選択肢はない。

 あんなのが自分の実の父親かと思うと情けなさや悲しさや怒りや殺意がごちゃまぜになって渦巻いたが、家にはまだ幼い弟妹達と産まれたばかりの赤ん坊もいる。

 弟妹たちは自分が絶対に守ると母の墓前にも誓っている。

 

(とりあえずなんとか殺されないように頑張ろう)


 膝の上でグッと拳を握り、気合を入れ直す。

 生きてさえいれば、家族に会える日もくるはずだ。

 あんな父親の為に死ぬなどまっぴらごめんだった。


「む、着いたようですな」


 老紳士――バロワ王国宰相のリシャールがつぶやくとほぼ同時に、馬車が停止する。

 窓の先には王城が荘厳なそびえ立っていた。

 それを見た瞬間、


(ひぃぃ、やっぱ場違いだよぉ)


 入れ直した気合が、瞬く間に霧散していく。

 自分は王女とは名ばかりの、ほとんど庶民同然に育った人間なのだ。

 こんなところでやっていける気がまるでしない。

 だが、そんなアリシアの戸惑いなど無視して、きぃっと馬車のドアが開いていく。


「ほら、行きますよ」

「ちょっ、ま、待ってください。こ、心の準備を!」

「来るまでに十分時間はあったでしょう。ほら、早く。貴女の恥はバロワの恥になるのですから」


 ぐいっと手を無理やり引かれ、立たされる。

 視線の先には、騎士たちが重厚な鎧を着て、ずらっと並んでいて待ち構えていた。

 数十数百という目が、こちらを見ていた。


 普段のアリシアであれば、それだけで怖気づいていただろう。

 だがもうそんなものは、すぐに頭から吹き飛んだ。

 もっと恐ろしいものが、そこにはいたのだ。


 それ(・・)は、騎士たちが作った道を堂々と闊歩してこちらに近づいてくる。

 黒髪黒眼の若い男である。

 片目は眼帯で覆われているが、もう一つの眼はまさに獲物を狙う鷹のように鋭い。

 顔立ちは整っているほうだとは思うが、恰好いいとかどうとかより、とにかく怖いのだ。


 もう存在感の桁が、他の者たちとは二つほど違った。

 そこにいるだけで、見る者を圧倒、畏怖させる。

 そんな異様なオーラのようなものをひしひしと感じた。


「あ、あの方が……あたしの結婚相手、ですか?」

「そう、ウィンザー王国国王、ウィルフレッド・アイヴァーン・ウィンザー陛下です」

「無理むりムリ! 絶対無理です!」


 アリシアはぶるぶるぶるっと震えるように首を左右に振る。


 なんだあれは!?

 冗談抜きで、本当に魔王そのものではないか。

 想像していたのの一〇倍怖い。

 夫婦どころか、直視することさえできない。

 こんなの無理に決まっているではないか!


「今さらそんなことが通用するわけないでしょう。ほら」


 ずいっと背中を押される。

 しかもけっこう勢いよく。

 よろけるようにアリシアの身体は前へと進み、馬車のタラップを踏む。


 瞬間、カクンと膝から力が抜ける。

 恐怖と緊張で膝に力が入らなくなっていたのだ。


「わわっ!?」


 やばい! 転ぶ!

 なんとか両手でバランスを取ろうとするも、もはやどうにもならない。

 否応なく身体が地面に吸い寄せられていく。


 視界の隅で黒い影が駆け寄ってくるのが見えた。

 国王ウィルフレッドそのひとである。

 野生の獣を思わせるような、しなやかで素早い動きだった。

 それはまるで、物語に出てくるお姫様を助ける騎士そのもので――

 アリシアの顔はそのまま彼の胸元へとトスンと吸い込まれ――


 そして気が付けばその肘は、国王のこめかみを思いっきり打ち抜いていた。

 全体重を乗せた、まさに会心の一撃であった。

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