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第2話 sideウィルフレッド

「「「「「っ!?」」」」」


 ウィルフレッドが姿を見せた瞬間、場の空気が凍る。

 皆、息を呑み、表情を固くして頭を垂れる。

 中には血の気が引いたように青い顔の者や、カタカタと身体を小刻みに震えさせる者もいた。


「良い。手を休めず続けろ。移動のついでに様子を見に来ただけだ」

「「「「「はっ!」」」」」


 きびきびとした返事とともに、皆、各々の仕事に戻っていく。

 ここは国の財務を担当する官僚が詰める政務室だ。

 関係部署から日々、様々な資料が送られてきており、室内はもう書類で山積みである。

 彼らは日夜それらを精査し、問題があればウィルフレッドに報告するのが仕事だった。


「では引き続き、頑張ってくれ」


 労いの言葉とともに、ウィルフレッドは部屋を後にする。

 少しして、背後から一斉に安堵の吐息が漏れるのが聞こえた。


「随分と怯えられたものだ。どんどんひどくなってないか?」

「今回の件も含め、最近は次々と不正を摘発してますからね。次は我が身と戦々恐々としているのでしょう」


 ふんっと鼻を鳴らすウィルフレッドに、隣を歩く主席秘書官のセドリックがハハッと苦笑いをこぼす。


「叩けば埃が出そうだな。怯えた奴はきっちり調べておけよ?」

「はっ。しかし、今のところ彼らはまったくのシロです」


 すでにもう調査は終わっているらしい。

 仕事の速いことである。


「ふん、ならば堂々としていればよいものを」

「陛下は寛大な方ですが、一方で王としての果断さも持っておられます。何も身に覚えがなくても、もしやと怖くなるのが人間というものですよ」

「らしいな。まあ、きちんと働いてくれれば俺はどう思われようと構わん」


 他人事のように、ウィルフレッドは言う。

 事実、他人の評価など、彼には心の底からどうでもいいことである。

 この国難に、そんな些事・・に構っている暇などないのだ。


「ああ、しかし、今日来るという我が花嫁には、居心地の悪い想いをさせるだろうな」


 思い出したように、ウィルフレッドは言う。

 冷酷無比と称されるウィルフレッドであるが、まったく情がないわけでもない。

 彼自身は蚊の食う程にも思わぬが、この状況が大多数の人間にとっては針のむしろであることは一応わかっている。

 女性という生き物が、とかくそういうことを気にするということも知識としては知っている。

 顔すら知らない相手だが、出だしから苦労をかけそうで、他人事ながら(・・・・・・)同情するウィルフレッドである。


「あ~……お願いですから、王女殿下には優しく接してあげてくださいね」

「重々わかっている。元よりそのつもりだ」


 ウィンザー王国としても、バロワ王国は東の盾とも言うべき重要な隣国である。

 疎遠に扱えば、両親へとその事を手紙などで愚痴ったりすることも十分にあり得る。

 そして嫁を軽んじることは、転じて実家の国を軽んじるということだ。

 得てしてそういうところから内政干渉を招いたり、同盟関係にヒビが入ったりすることも歴史上ままあった。


 現在のウィンザー王国には他国と争っている余力などない。

 財政的にも、軍事力的にも、だ。

 この婚姻同盟は、是が非でも継続しなければならないのである。


「わかっておられるのなら結構です。いつもみたいに、スパスパ言葉の刃で斬ったらだめですよ?」

「こっちは斬ってるつもりは一切ないんだがな? いつもあっちがなぜか勝手に傷つき泣き出すんだ」


 かつては辺境軍司令官、今や国王ということもあって、ウィルフレッドは近づいてくる女性に事欠かない。

 が、どうにも長続きした試しがない。


 というより、ほとんどはそういう関係になる前にいつの間にやらそばからいなくなっているというのが常だった。

 まあ、代わりはいくらでもいたし、彼としては他にやるべきことも多かったので特に関心もなかったが。


「陛下、女性の心というものはデリケートなんです。ズバズバ核心を突かず何重にもオブラートに包んで言うのが基本です。また相手の話にはどんなに大したことなく聞こえても、まずは相槌を打って、親身なそぶりで『それは大変だったな』と言いましょう」

「……それは不誠実というものではないか?」


 わずかに眉をひそめて、ウィルフレッドは返す。

 敵ならばいくらでも騙して陥れもするが、他国の人間とは言え、一応は同盟国で、嫁になる人物である。

 ウィルフレッドとしては、長期的に良好な関係を維持できることを望んでいる。

 そんなその場しのぎの心にもないことを言っていて、果たして関係が長続きするのか、はなはだ疑問であった。


「男女関係において、誠実さなんてものは百害あって一利なし、です」

「ほう? なかなか斬新な意見だな」


 誠実さが大事だと言うのが、世間一般の認識であるということぐらいは、そういったことに疎いウィルフレッドも知っている。

 しかし、セドリックは今でこそ真面目そうななりを演じているが、これで若い頃から数々の女と浮名を流してきた生粋のプレイボーイである。

 いわば男女関係のプロの意見だけに、ここは傾聴しておくべきだろう。


「男と女では、優しさの概念がそもそも違うのです」

「ふむ」

「まず断言しますが、一〇人中九人の女性が、陛下の言う誠実さで対応すれば、内心でムッと顔をしかめるでしょう」

「そうなのか?」

「はい。彼女たちはアドバイスなど求めておりません。欲しいのはひたすら肯定の言葉だけでございます」

「肯定の言葉だけ?」

「はい」


 セドリックが神妙な顔で重々しくうなずく。

 ウィルフレッドは少し考えて、


「……つまり、彼女らは真正の馬鹿、ということか?」

「~~~~っ!」


 セドリックが顔を手で覆い、絶望したような嘆息が漏れる。

 少々、不服である。


「お前の言ったことをそのまま受け取れば、そういうことになるだろう?」

「どこをどう受け取ったらそうなるんですか……」

「説明がいるほどのことか? 耳の痛い言葉ほど、自分の悪い部分を気づかせてくれ、成長のきっかけとなる。お前だってそれは体感としてあるだろう?」

「それは、その通りですが……」

ひるがえって、肯定の言葉しか受け入れられないようでは、その成長のチャンスを不意にし続けるということだ。その間、他の人間は当然、成長する。結果、相対的にさらに馬鹿になっていく。まさに真正の馬鹿というしかあるまい」


 証明終了とばかりに、ウィルフレッドは断言する。


 ウィルフレッドの脳裏に思い浮かんだのは、先々代の父王と、先代の兄王のことである。

 彼らは諫言する忠臣たちを遠ざけ、耳障りのいいことを言う者たちだけをそばに置いた。

 その結果、調子のいいことだけ言って裏で私服を肥やしまくる佞臣が跋扈し、この国は大きく傾いた。

 やはり馬鹿の所業以外の何物でもないではないか。


「しかし、世の全ての女性がそんな馬鹿であるとはさすがに信じがたいのだが?」


 素朴に思ったことを質問する。

 一応、ウィルフレッドにも何人か女性の知り合いはいるが、そこまでひどい人間とも思わなかった。


「もちろん、賢い方も大勢おられます。しかし、男女関係となると、色々勝手が変わると申しますか……」

「ふむ、恋愛は人を馬鹿にする、とはよく聞くからな」


 古来、破滅しか先のない恋愛に身を焦がす者は男女問わず後を絶たない。

 恋愛にはそういう魔力のようなものがあるのかもしれない。

 どうしようもなく異性に心惹かれ前後不覚になる、などという経験のないウィルフレッドには、いまいちよくわからない感覚ではあるが。


「そういうことを言ってるのではございませんが……」

「ん? そうなのか?」

「はい、これは男女の機微と言いますか……陛下! お願いですから王女には優しく接してあげてくださいね!? それこそ壊れ物を扱うがごとく!」

「出来得る限り善処しよう。バロワとの同盟はうちの生命線だからな」


 ウィルフレッドとしては最大限に前向きに受け入れたつもりだったのだが、


「……頼みますよ、本当の本当に」


 セドリックの心配は、全然ぬぐえないようだった。

 まあ、彼の気持ちもわからないではなかった。


(おそらく俺には、人として大事な何か(・・)が欠けているのだろうな)


 子供の頃からなんとなく、漠然とそう感じていた。

 他の者たちは通じ合えているのに、自分だけがそれがわからずキョトンとする。

 そんな経験が多々あった。

 おそらくはその欠損のせいだろう。

 具体的にそれが何かと言われると、雲を掴む感じでまったくわからないのだが。


(あえて言えば、人の心といったところか)


 もっともウィルフレッド自身は、きちんと心があると思っている。

 ないと言うのなら、今こうして考えている自分はいったいなんだという話だ。

 だから多分、心がないわけではないが、心の何か(・・・・)が欠けているのだ。


 とは言え、卑下するつもりもない。

 むしろ自分のその性質を気に入り、自負も持っている。

 そういう人間だからこそ、情に振り回されずに冷静で合理的な判断ができるのだ。

 三年前の戦乱で、絶望的な状況の中で薄氷の勝利を掴み、部下たちと国土を守れたのは、ひとえにこの資質のおかげも多分にあったはずだ。


(ただ……花嫁には同情するしかないな)


 自嘲するように、ウィルフレッドはそんなことを思う。

 こんな自分が、果たして誰かと連れ添うなどできるのだろうか?

 良好な関係を築いたりできるのだろうか?

 彼女を幸せにできるのだろうか?

 この欠損を埋めない限り、叶わない。


 なんとなく、それだけは確かな気がした。

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