第15話 sideアリシア
「そういえば、また、城門に生首が晒されていたそうですわよ」
「今度はだれ?」
「それがあのアラン殿ですって」
「アラン殿!? あの御用商人の!?」
「ええ、いつも温和な笑みを浮かべて優しくて……冤罪ではありませんの?」
「そんな気がしますわね」
「案外イケメンだったから、かもしれませんわね」
「ああ、あの王は左目が……」
日がな一日、自室にこもっていても気が滅入る。
元々、アウトドア派なことも手伝って、宮殿内のいろいろな場所を散歩するのがアリシアの最近の日課になっていた。
当然、そんなことをしていると、冒頭のような噂話も聞こえてくるわけで。
「ひ、妃殿下!?」
「こ、これはその……っ」
「ん? どうしたんですか?」
キョトンと知らないふりをして、アリシアは小首を傾げる。
ちょっとわざとらしすぎたかもしれない。
でも腹芸なんて出来るたちでもないので、これぐらいで勘弁してほしかった。
「き、聞いておられなかったならいいのです」
「妃殿下のお耳にいれることではございませんから」
「あ、それでは私たちはこれで」
そそくさと女官たちが足早に去っていく。
ウィルフレッドが恐れられてる関係で、どうやら自分も恐れられている節がある。
下手に告げ口でもされようものなら怖いだろうし、仕方ないと言えば仕方ない。
「んー、でもほんと、陛下って人気最悪よね」
あんなに一生懸命に国の為に尽くしていると言うのに、本当に報われない。
今回の女官たちの話など、ただただ違和感しかない。
「あああっ!」
突如、天啓が降ってきて、アリシアが奇声を張り上げる。
先日、いいひと論争で話が脱線してしまったせいで、肝心要の噂の真相を聞くのを忘れていたことを、今更ながらに思い出したのである。
「どうなされました、妃殿下!?」
お付きの女官たちが慌てて駆け寄ってくる。
「あ、な、なんでもないの。虫がいてびっくりしてしまって」
ちょうど庭園を散歩中だったので、それらしいことを言って適当に誤魔化す。
彼女たちはバロワ王国からあてがわれた者たちで、アリシアの監視役である。
自分の言葉はそのままバロワ王国に伝わる。
どんなことでも、なるべく情報は与えたくなかった。
「そうですか。しかし、正妃たる者がそう軽々しく奇声をあげてはなりません。バロワの恥となりますゆえ」
「はい。すみませんでした」
とりあえず表面だけは殊勝に頭を下げておく。
心の中ではあっかんべーをしていたりするが。
「今は陛下との仲もよろしいようですが、そんな調子ではいずれ愛想を尽かされますよ。そうならないためにも精進なさってくださいね。家族の為にも」
「……言われなくてもわかってます」
女官の釘差しに、アリシアはグッと唇を噛み締めつつ頷く。
事あるごとに、家族を引き合いに出してくる。
本当に嫌な人たちだと思う。
アリシアはこれまで人並みにバロワへの愛国心を持ち合わせていたつもりだが、最近はもう急降下一直線である。
(ほんと……人の噂って当てにならないものね)
バロワ王(もう父とも呼びたくない)は、バロワ国内では、家族思いの優しい王だと結構親しまれ、評判が良かった。
だが実際は、実の娘相手に家族を人質に脅迫してくる卑劣漢である。
国民のために頑張ってるアピールは盛んにしているが、実際に民の暮らしがこの五年良くなったかと言えば、そうでもない。
一方、ウィルフレッドの評判は国内外で最悪である。
いくら敵国とは言え、多数の民間人を含めた数万人を容赦なく焼き払い、実兄を殺して王位を簒奪し、王位に就いた後も家臣を次々と粛清する凶王だと畏怖されている。
だが実態は、ちょっと不器用なだけで、とても誠実で優しい人だった。
(なにより仕事熱心よね)
仲睦まじさアピールのために、一応同じ寝室で寝起きしているのだが、だいたい仕事から帰ってきても、ほとんどの時間、延々と書簡に目を通している。
聞けば中央の人間のみならず地方官吏に至るまで意見書を募り、その全てに目を通しているのだとか。
『仕事熱心? むしろこれは将来サボるための投資だ。隠れた賢人を見つければ、仕事を任せて楽ができるからな』
と、本人はうそぶくが、そもそも直近では仕事量を大幅に自ら増やしているし、半端な人間に仕事は任せられないという強い責任感の表れでもある。
普通は自分が楽をするために、もっと適当に妥協する。
だからこそ、思うのだ。
その絶え間ない粛清にも、何か理由があるのではないか、と。
自分の意に反するから殺す。
そんな人間にはどうしても見えないのである。
「これはやはり聞くしかないわね」
うむっとアリシアは思いを新たにする。
心がもやもやした状態では、どうにもおさまりが悪い。
とりあえず今夜にでもまた聞いてみるか。
そう思っていたその時だった。
「ん、アリシアか。君も散歩か。奇遇だな」
不意に背後からちょうど件の人物の声がした。




