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孤高の王と陽だまりの花嫁が最幸の夫婦になるまで【長編版】  作者: 小鳥遊真


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第11話 sideウィルフレッド

『この者たちは、国王の命に反し、不正に税を搾取し、民を苦しめた。その罪、許しがたく、よってここに打ち首獄門の刑に処す』


 ウィンザー城の城門には、上記の立札とともに、三つの生首が晒されていた。

 残酷ではあるが、一種の見せしめであり、同じことをすればこうなるぞ、という他の者たちへの抑止効果もある。

 ウィンザー王国だけでなく、この大陸では一般的な風習である。


「おいおい、またかよ」

「三日に一回は誰か晒されてるよなぁ」

「街も警吏たちが頻繁に歩き回ってるしなぁ」

「文字通り獲物を探してるってか」

「自分の意に反する者には見境なしか」

「おおこわ、俺たちも粛清されないようにしねえと」


 それを眺める民衆たちがヒソヒソと噂し合う。

 この一年あまり、王都での日常風景であった。

 ところ変わって――


「なんて噂を耳にしたんですけど、本当のところどうなんです?」


 婚礼を挙げてから、ちょうど一週間目のことである。

 執務から寝室に帰ってくるなり、新妻からのこのド直球な質問に、ウィルフレッドは思わず目を丸くする。


「最近良く思うのだが、君は怖がりなようで、実は恐れを知らないな」

「えっ!? もしかしてやっぱり聞いちゃダメなことでした!?」

「いや、別に聞いてもらっても、俺は全く問題はない」

「あっ、なら良かったです」


 アリシアは驚き慌てたかと思えば、ほっと一息つく。

 普段、海千山千の古狸どもを相手どっているだけに、これぐらいで一喜一憂する姿に、ウィルフレッドは微笑ましさを覚えずにはいられない。

 とは言え、危険極まりない行為であることも確かだった。


「ただ……自分の悪い噂に機嫌を悪くする王は多い。噂した人間まとめて皆殺しなんて事もよくある話だ」


 あまり脅かすのは本意ではないが、注意喚起ぐらいはしておくべきだろう。

 実際、歴史を紐解けば、この手の事例には事欠かない。

 彼女のしたことは一歩間違えれば、人の首が物理的に飛びかねないことではあったのだ。


「ああ、らしいですねー」


 しかし、ウィルフレッドの予想に反して、アリシアは特に怯えた様子もなく、まるで他人事のようである。

 ますますウィルフレッドは心配になる。


「いや、だから、そんなことを安易に訊くのは危ないぞ、と」

「え? でも陛下はそういうことしませんよね?」

「…………」


 あっけらかんと言われ、ウィルフレッドは一瞬、反応に困る。

 当意即妙なウィルフレッドにはまずないことなのだが、彼女と話していると、しばしばこういうことがあったりする。

 まだ出会って一週間だというのに、だ。


「……君は、ちょっと簡単に人を信用しすぎなんじゃないか?」


 とりあえず思いついた心配を口にする。

 最初はあんなに怯えていたというのに、この一週間ですっかり打ち解けリラックスしているように思う。

 それ自体はウィルフレッドにとってはとてもありがたいのだが、少々警戒心が足りず、ノーテンキすぎるのではないかとも感じる。


 こんな調子で魑魅魍魎はびこる王宮内でやっていけるのだろうか。

 小狡い連中に騙され、ひどい目に遭わないだろうか。

 いいように使われないだろうか。

 その光景がありありと目に浮かぶのである。

 だが――


「えー、ちゃんとその人を見て、信用するかどうか決めてますよ、わたし。これでも人を見る目にはけっこう自信あるんです」


 当の本人は、ウィルフレッドの心配など露知らず、自信満々に言う。

 ますます不安を覚えずにはいられない。


「その目は節穴だ」


 きっぱりと断言する。

 こういうのはきっぱりはっきり告げておくべきだろう。

 それが本人の為である。


「ふしっ!? さすがに酷くないですか!? まだ出会って一週間の陛下になんでそんなことがわかるんですか!?」

「俺をいいひとだとか言っているからだ。俺は断じてそんな人間ではない」


 ウィルフレッドの手は、すでに数多の血で汚れている。

 直接でも数百人、命令を下したという間接的なものまで含めれば万単位だ。

 そしてその事を悔いてすらいない。

 必要だからやった。それだけでしかない。

 そんな罪深く冷徹な自分がいい人だなどとあるわけがないのである。


「まだそれを言いますか。陛下はいいひとです!」

「だからそれが節穴だと言っている。君の言葉を借りれば、出会って一週間の君に、なんでそんなことがわかる?」

「それぐらい一週間もあればわかります! というか初日でわかりましたし!」


 わずかの逡巡もなく、鼻息荒く言い切ってくるアリシア。

 この自信はいったいどこからくるのだろうか?


「君はもう少し人を疑ったほうがいい。君はもうこの国の正妃だ。下心を隠しいいひとの仮面を被ってすり寄ってくる輩など、これからごまんと出てくるはずだ。一日や二日で他人を信用してはいけない」


 問題が起きれば、それは彼女一人の問題では済まない。

 正妃という立場は、多くの人間を好むと好まざるとにかかわらず巻き込む。

 そうなってからでは遅いのだ。


「さすがにそんなの信用しませんよ」

「いや実際、一日で俺を信用していたじゃないか」

「だって陛下に下心はないじゃないですか。最初に全部包み隠さず教えてくれましたし」

「それ自体が嘘だと言う可能性もあるだろう?」

「嘘をつくならもっとマシな嘘をつくでしょう? 新婚初夜にあんなこといきなり言われたら、普通の奥さんならまず怒りますよ?」

「むぅ……」


 三度反論に詰まるウィルフレッドである。

 あの時の事に関しては、確かに彼女の言う通りだと認めざるを得ない。


 セドリックに話した時も、唖然とされてしまったものだ。「いきなり初日から何を仰っているんですか!?」と。

 ウィルフレッドとしては、こういうことは後で話すより、先に話しておいたほうが問題が変にこじれないと思うのだが、世間の考えはどうやら違うらしい。


「ふふっ、ね? けっこうほら、人をきちんと見ているでしょう?」


 腰に両手を当て、大きく胸を張り、アリシアは勝ち誇ったようにふふんと鼻を鳴らす。


「……そのようだな」


 渋々ながらも、ウィルフレッドは同意を示す。

 彼女の言うことは、少々、いやかなり、お花畑がすぎるし、認識が甘い。

 この万魔殿のごとき王宮では絶対に通用しない。食い物にされるだけだ。

 それは間違いないのだ。


 なのになぜか反論に窮してしまうのはいつもウィルフレッドのほうなのである。

 わけがわからない。


「というわけで、そんな人を見る目があるわたしが断言します。陛下はいいひとです」


 そう言って、新妻は嬉しそうに、楽し気に、ふんわりと微笑んだ。

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