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Prologue sideウィルフレッド

 ウィルフレッドの人生は、いつも理不尽に彩られてきた。


 一応、王子として生まれはしたが、妾腹の出であり、またこの国では特異な禍々しい黒髪黒眼から、忌み子としていないものとして扱われてきた。


 流行り病にかかり左目を失い、醜い疱瘡が残ったことも迫害に拍車をかけた。

 それらの事に耐えられなかったのだろう、物心ついた頃には、母親は心を病み妄想の世界の住人となっていた。


 父王はウィルフレッドを目に入れるのも嫌だったのだろう、八歳の時、ウィルフレッドは辺境の地ハノーヴァーに幽閉された。


 その七年後、隣国アマルダ王国との戦いが勃発し、血風の中を必死に生き抜かざるを得なくなった事も。


 この身体に流れる忌まわしい父親の血が、否応なくウィルフレッドを新たなる動乱の渦中へといざなった事も。


 ウィルフレッドに剣と、武人としての心得を教えてくれ、心の中で父とも慕った恩人も、些細なことですれ違い、自分の下を去った。

 その後、亡くなったと人伝に聞き、仲直りの機会は永遠に失われた。


 そして今、腹違いの兄をこの手にかけねばならぬ事も。

 もうそういう星の下に生まれついたのだと諦めはついていた。


「なぜだっ!? ウィルフレッドォっ!?」


 縄で縛られ、両肩を兵士に押さえつけられ、地面に這いつくばった兄が叫ぶ。

 兄の名は、ジョン二世。

 このウィンザー王国のれっきとした国王・・である。


「貴様を見出し、王弟として正式に認め、将軍へと引き立ててやったのはこの余だ! その恩を忘れたか!?」

「恩……か。国威発揚の道具として、その方が都合がよかっただけだろう?」


 声を荒げる兄に、ウィルフレッドは冷ややかに返す。

 戦地に王族も家族を送っている。国民一丸となって祖国を守ろう!

 そのスローガンの体のいい生贄スケープゴートとして、それまで見向きもしていなかったウィルフレッドに白羽の矢を立てたのだ。


「確かに、そういう側面があったことは認めよう。だが! 余が取り立てなければ、未だに貴様は辺境の地で幽閉の身に甘んじていたはずだ!」

「まあ、そうかもしれないな」

「そうだろう!? だから……」

「ああ、まったく余計なことをしてくれたものだ」


 国王の言葉を遮り、ウィルフレッドは何とも苦々しげに嘆息する。


「なっ!? よ、余計なことだとっ!?」

「ああ、思えばあの時なんだろうな。運命の歯車が狂ったのは」


 皮肉げに、ウィルフレッドは口の端を吊り上げる。

 いやそれとも、運命の歯車が動き出した、と言うべきか?


 まあ、今さらどちらでもいいことである。

 やることは、変わらない。

 この手がどれだけ血に染まろうと、為すべきことを為すのみである。

 ウィルフレッドはすうっとその手に持っていた剣を掲げる。


「よ、余を殺すのか!? 余は半分とは言え、貴様と血を分けた実の兄であるぞ! それを手にかけるつもりか!?」


 恩の次は肉親の情に訴えかけてくるジョン王。

 ウィルフレッドは決してこの兄が嫌いではなかった。

 一個人としてみれば、決して悪い人間ではなかったし、他の兄姉に比べれば、そう悪い兄でもなかったと思う。

 が――


「ああ」


 淡々と、実に淡々とウィルフレッドは肯定する。


 そこに感情の色は全くない。

 罪悪感も、憐憫も、悲壮な決意も、後悔も、憂いも、迷いも。

 何一つない。

 仮にも肉親を殺そうというのに、だ。


「た、頼む! 命だけは助けてくれ! 王位は譲る! だ、だから、命だけは! 命だけは助けてくれ! し、死にたくない! 死にた……」


 ジョン王の涙ながらの命乞いは、しかし途中で途切れる。

 首が胴体に別れを告げることで。


「だったらもう少しましな王であればよかったのだ」


 その手に持った剣からポタポタと血を滴らせつつ、ウィルフレッドは小さく嘆息する。

 この男が暗愚だったせいで、ウィルフレッドは表舞台に上がらざるを得なくなった。

 まったく迷惑この上ない。

 彼としては、こんな魑魅魍魎あふれる王都などより、できれば辺境の地ハノーヴァーでのんびりしていたかったのだ。

 それで、満足だったのだ。


「おめでとうございます、陛下。これからは貴方がこのウインザーの王です。どうぞ、玉座にお座りください」


 すっと腹心の一人であるセドリックが進み出てきて、玉座へと手を指し示す。


 ハノーヴァーに幽閉されていた頃からの幼馴染であり、ともに死地を潜り抜け、肩を抱き合って笑った戦友でもあった。

 そんな彼も、今やもう敬語でしか接してくれない。


 いや、彼だけではない。

 この玉座に座れば、この国の全ての人間がウィルフレッドにかしずくことになる。

 この国で最も特別な存在――

 そして同時に、この国で最も孤高の存在になるのだ。


「ふん」


 ウィルフレッドはつまらなげに鼻を鳴らし、大股で玉座へと向かい、どかっと乱暴に腰を下ろす。

 ここまで来て、座らない選択肢はなかった。


 もう覚悟は定まっている。

 彼の手に残るのはいつも、この虚しさに満ちた栄光のみ。

 望むと望まざるとにかかわらず、この手の中に転がり込んでくる。

 そういう宿命なのだろう。


(因果なものだ。欲しいものは、欲しかったものは、全てこの手から零れ落ちていくというのに、な)


 心の中で、思わず諦めにも似た自嘲の笑みをこぼす。


 正直、全てをほっぽり出して旅にでも出たいところだが、そうもいかぬ。

 散っていった戦友や部下の無念は、果たさねばならない。

 誰かが大鉈を振るい、膿を出すしかないのだ。

 長い歴史の中で、腐りきってしまったこの国を立て直すには。


「これはまだ始まりにすぎん。この国に巣食う害虫どもをあぶり出し、一掃するぞ」


 この宣言通り、ウィンザー王宮では粛清の嵐が吹き荒れる。

 二年が経つ頃には、ウィルフレッドは『暴虐武尽の魔王』として国内外で畏怖される存在となっていた。


 だがそれで、彼は一向に構わなかった。

 血塗られた覇道であろうとも、自分にしか為せぬのであれば、ただ為すのみである。

 志半ばで逝った恩人や友の為、国の為、心を殺し、淡々とやるべき仕事をこなしていく。

 それが自分という人間に課せられた天命なのだろうと諦めてもいた。


 あの日、彼女・・に出逢うまでは。

になったのである。

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