マナミとの出会い
昼下がり、いつものように、遅いシャワーを浴びて、ご飯でも食べに出ようとしていたら、ちょうど、越野さんからメッセージが届いた。
「よう!今、モコモコでメシ食ってんだけど、隣りにすっげぇ綺麗なネェちゃんがいるぞ!!!」
いつも通り、女好きの越野さんから、綺麗なオネエチャン発見の連絡だった。
もう長いこと、色恋から遠ざかっていた僕は、その都度、ハイハイと適当に越野さんをあしらっていた。
しかし、越野さんの綺麗なオネエチャン速報にに反応したというわけではないが、腹も減っていたし、モコモコに行かない理由はなかった。
モコモコに着いて、ドアを開けると、カウンターで冷やし中華を食べている越野さんの後ろ姿があった。
「お疲れ様です」と言って、僕は、越野さんの左横に座った。
「おぅ、俺はもう食ったから、お前はお前で注文しろ」
越野さんは、ナプキンで口元を拭きながら言った。
「じゃあ、いつものボロネーゼで」と注文しながら、僕は、越野さんの右横の女性をチラリと見た。
確かに、このへんでは見かけないような、背筋の凛とした、エキゾチックな美人だった。
時折、イヤリングと交差するうなじが綺麗で、カウンター越しに佇むボディラインが妖艶だった。
小声で越野さんが囁いた。
「どうだ、綺麗だろう?お前んとこのアルバイトかモデルにでもスカウトしてやろうか?」
越野さんの、個人的な下心だということは、明らかだったが、断らない理由はなかった。
しかし、越野さんの後ろで、その女性は、モコモコ店主の小森さんと親しげに会話をしていた。
僕は、店内で他のお客さんに声をかけたら、小森さんは嫌がるんじゃないかと思った。
「越野さん、やっぱり、店内で声を掛けるというのは、ご迷惑じゃありませんか?」
僕は、そう囁いたものの、越野さんは、もう、すっかり、その気になっていた。
「そんなの関係ねぇよ!だから、お前はダメなの」
小森さんと話し終えて、その女性が会計を終えて出ようとすると、越野さんは、一目散に立ち上がった。
齢65歳にして、この行動力である。僕ですら、呆気にとられていた。
「あの、モコモコには、よく来られるんですか?」
越野さんは、小柄の見た目の割に声が大きく、女性は足を止めた。
なんだかんだ、一時は上流階級に身を置いていた越野さんは紳士的でもあった。
「ええ。といっても、今日で3回目ですが。どうか、なさいました?」
「いや、実は、彼がこの近くでお店をやっていて、そのアルバイトを探してましてね・・・」
話を聞くと、彼女は、マナミさんという方で、近くのホテルで期間限定のリゾートバイトとして働いているということだった。
マナミさんは、嫌がるそぶりなどなく、むしろ、嬉しそうだった。
僕は、越野さんに言われて、マナミさんとSNSのアカウントを交換した。
マナミさんは、独身者ということで、ホテルのディナータイムで働いているらしく、うちで夜アルバイトするのは難しいということだったが、店員役のモデルだったら、できそうだということだった。
連絡先を交換すると、これからホテルの仕事があるからということで、マナミさんは足早にお店を後にした。
僕は、図らずも、エキゾチックな美人と知り合えて、高揚していたが、間髪を入れず、横から、越野さんが囁いてきた。
「おい!後で彼女の連絡先を共有しろよ!俺がご飯に誘い出してやるから」
僕の高揚は一瞬で冷めて、僕は、この男の下心に利用されているだけだということを理解した。
僕は、マナミさんとの出会いに数年来の恋の訪れとときめきを感じつつも、それ以上に、マナミさんと親子以上に年の差が離れた越野さんの言動に恐怖と不安を感じ始めていたのだった。