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サイコパス  作者: 寅之助
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越野との出会い

 ようやくコロナ禍が落ち着いて、1年以上が経った。


 労働環境は激変し、人出不足はもはや社会問題となっていた。


 お客さんも戻ってきて、忙しくなってきたため、僕は、アルバイトの募集を再開した。


 しかし、働いた次の日には飛んで連絡がつかなくなったり、目を離せば備品を盗んだりと、とにかく、ひどい目にばかり遭った。


 ヒトっていうのは、どうして、こうも、利己的で自分勝手なのかと思った。


 先輩の経営者に相談しながら、いろいろと聞くうち、アドバイスされたのは、「自分より年上の男は絶対に雇うな!」ということだった。


 どうしても、年上の男というものは、本能的に年下の男の言うことを聞けないらしい。


 そんなある日、お店の電話が鳴った。


 普段は、電話に全くでない僕だったのだが、その日は、あまりに暇で、珍しく電話をとった。


 「あの、越野という者ですけど・・・ 求人の募集はまだされていますか?」


 電話越しにしわがれた声を聞いて、かなりご年配の方だと思った。


 「ええ、まだしてはいますけど。失礼ですが、現在、おいくつでしょうか?」


 「今年で、65歳になります」


 亡くなった親父と同じ年齢ではないか・・・


 「申し訳ありませんが、あまりご年配の方は雇わないようにしているんです」


 しかし、越野という男性は、やすやす食い下がろうとはしなかった。


 「いやぁ、実は、そちらのすぐ近くにうちの別荘がありましてね。夏場だけ、避暑地として滞在しているのですが。それで、もし、よろしければ、お忙しい時だけ、お手伝いしようかと思いましてね」


 「失礼ですが、別荘をお持ちのような立場のお方が、アルバイトで働く必要など、あるのでしょうか?」


 「あ、いえ、現金は、数千万円しかないのですが、資産は、数億くらいはございまして、いちおう、外資系企業の顧問もしているもので、生活費には、まったく困ってはいないのですが、去年、胃の手術をして、ちょっと、肉体的に、体を動かさないと、すぐに体調が悪くなるものでして、それで、週に2,3回ほど、近場のどこかで、アルバイトのお手伝いでもしようかと思いましてね」


 「なるほど」


 「私の別荘は、そちらのお店から歩いて数百メートルのところにございますので、そちらがお忙しい時に限って、お手伝いするという形でも構いませんよ」


 「なるほど。そこまで仰るようでしたら、一度、面接してみますか」


 「どうも」


 「ただ、面接しても、必ずしも、採用というわけではございませんので、その点は、あらかじめ、ご容赦ください」


 「承知しました」


 こうして、僕は、越野さんと面接したのだった。


 といっても、面接の前日の晩、アポイントもなく、越野さんは、うちを訪ねて来た。


 越野さんは、僕より背が低く、女性用のスキニージーンズを履いて、ヒョロヒョロの細身だった。


 黒縁の眼鏡をして、目がギョロギョロとしていて、本人が自嘲する通り、昆虫のカマキリにそっくりだった。


 しかし、ブランド物のスカーフを身にまとって、お金持ちのオーラは醸し出ていた。


 履歴書には、自宅や別荘の住所とともに、過去に役員を務めた企業名がズラリと並んでいた。


 聞けば、越野さんは、数年前に胃癌を患って、手術で胃を切除したらしい。


 そのため、今はましになって少しは食べられるようになったが、当時は、ご飯がほとんど食べられなくなっていたそうだ。体重は40キロしかないということ。


 結婚はしているが、奥さんとは別居状態らしい。もう何十年も会えていないという。

 

 そんな越野さんの身の上が不憫になったということもあるが、なにより、これだけ人出不足のご時世、必要な時だけ呼んで、お手伝いしてくれるというのは、とてもありがたいお話だった。


 僕は、越野さんのオファーを快諾し、翌日から、越野さんは、毎日、顔を出すようになった。


 しかし、いざ、働かせてみると・・・・・ 越野さんは、とても使えなかった。


 越野さんの働きぶりはとても雑で、とても僕の言うことを聞きそうにはなかった。


 5つしかないテーブルの卓番すら覚えられない、一度教えたことを何度も何度も聞いてくる、食器洗い用のスポンジで急にシンクを磨き出したり、お皿を割ったり、飲み物をこぼしたり、お客さんに失礼な言動をしたりと、散々だった。


 頼んでもないのに、残飯のネットをそのままゴミ箱に放り投げて、残飯の汁が飛び散ることもあった。


 もう勘弁してほしいと、僕は、遠回しに言って、越野さんに辞めてもらおうとした。


 「すみません、やはり、過去に重役もされていたような、越野さんのようなお方を、若輩者の僕には、とてもマネジメントできそうにはありません」


 すると、越野さんは、こう言った。


 「わかりました。私も、それなりの立場を経験してきた人間ですから。利害を絡めるとお互いにとってよくないので、今後は、ボランティアで手伝いますよ。私には、資産もあるし、外資系企業の顧問もしていて、収入は十分にあるので、お金は要りません。その代わり、手伝った御礼として、私を飲みに連れて行ってください」


 ただでさえ、人出不足の世の中である。


 無償のボランティアで商売を手伝ってくれるというのは、願ってもないお話だったが、同時に、心の中には、引っかかるものもあった。


 しかし、この時の僕は、越野さんのオファーを魅力的に感じてしまって、僕は、越野さんのオファーを快諾してしまった。


 いくら仕事ができないとはいっても、皿洗いや清掃のような単純作業だけ任せておけばよいかと、安易に考えてしまっていたのだ。


 まさか、このことが、後々、この夏の悲劇を引き起こすとも知らずに・・・・・

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