焦がれる金魚
ひらり。
赤い透けた尾びれを動かすように、彼女が動く。
赤色のワンピースを着て海辺を歩いているその姿は、水から飛び出し、苦しむ金魚のように見えた。
綺麗なのに惨く、哀しいのに美しい。
彼女をファインダー越しに見るとき、美しさの定義を知る。顔の作りではなく、バランスでもない。そこにあるのは、怯えない目だ。
モデルのほとんどは圧倒的に自分の顔に自信がある。
微笑み、挑発し、髪を靡かせてそのスレンダーな体に合うポーズをそつなくこなして、商業的に完璧なパッケージを提供してくれる。そういう意味では信頼は厚い。
けれど、面白くないのだ。
あれらは中身を一切見せない。
しかし、彼女は違った。
切れ長の一重の目、小柄な体型に、癖毛の髪。一般的には受けがいい部類ではないが、真っ黒い服を着せてカメラの前に立たせると、驚くほど存在がくっきりと浮かび上がった。
ただ、直立不動でレンズを見る。
素人ならばカメラや周りのスタッフが居るなかで姿勢よくただじっと立つなどできはしない。けれど、兄の連れてきた「原石」とやらは、素人に見えないほど、あまりにも堂々とシャッターの音を聞いていた。
一切怯えのない目を見るのは初めてだった。
「なに」
彼女が笑う。
その哀愁のある横顔を逃さずに撮れば、彼女はこちらをようやく見た。
潮騒だけが空を包む海辺で、たった二人だけで、古いフィルムカメラを構え続ける。
「いんや。綺麗だと思ってたところ」
「カメラマンは口がうまくないとね」
「おー、だから俺は売れっ子よ」
「ばか」
笑う。
しかし、今度は撮らない。
自分だけに向けられた本当の笑みを、不特定多数に見せることも金に換えることも嫌だった。
「結婚、おめでと」
彼女が言う。
「俺じゃなくて、兄貴に言えよ」
「言えないからあんたに言うんでしょ」
レンズに怯えない彼女が唯一怯える相手が、兄だった。
好きだから怖いのだ。
ひたすらに、ただ一人の男を焦がれた彼女の七年は、今日とうとう本当の終わりを迎えてしまった。
「ありがと」
「んー?」
「今日。これ仕事じゃないでしょ」
見抜かれていたが、別に隠してもいないので適当に笑っておくと、彼女はくるりとその場で回った。
ひらり、
ひらり
やわらかに揺れるワンピースが歌う。
ファインダーの中で、彼女が遠くを見て微笑んだ。
美しく、恐ろしいほど怯えない目で。
また、シャッターの音が二人の間に降り注ぐ。
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なろうラジオ大賞投稿三つ目です。