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姫騎士は、異世界人の少女と血の約束を交わす  作者: null
七章 異世界人の私と、貴方の約束

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異世界人である私と、貴方との約束.1

場所だけ変わっても、自分が変わらないのでは意味がない。

 ぼそり、と吐き出される言葉。


 確かな決着を胸に、アリアがこちらを振り向く。


 真っ赤に染まりつつある彼女だったが、その美麗さは損なわれることはなく、むしろ、むせ返るような鉄の匂いで、艶やかな印象を強めていた。


 すると、大量に血を流したこともあって、不意に深白の膝から力が抜けた。


「深白、大丈夫か!?」


 がくん、と地面に両膝をついたところ、アリアが慌てて駆け寄ってきたが、深白は軽く頷いて相手の体を押し返すと、ぺたんとその場に座り込んだ。


「ええ、まぁ、はい…。ちょっと、くらくらしますし、すごい眠いですけど、なんとか」

「そうか…」


 短く呟いたアリアは、数秒、口を閉ざしていたが、そのうち相変わらずの無表情で、深白の胸元で輝く痣を見つめて独り言を発した。


「流星痕…」


 さて、何と返そうかと迷っているうちに、徐々に痣の光が弱まっていく。


 アリアは一度、強く目をつむると、顔を片手で覆い隠した。そんなふうに表情を隠さずとも、なかなかのポーカーフェイスだと思うが、と苦笑いしていると、そのままの姿勢で彼女はため息混じりに問いかけた。


「はぁ…この期に及んで、まだ隠していることがあるな。深白」

「え?あー…ええ、まぁ。でも、なんとなくお気づきでしょうし…」

「ごまかそうとするな」


 一刀両断。怒っているのだろう。


「ちゃんと、その口から聞かせろ」


 パッ、とアリアの顔を覆っていた手がどけられる。


 予想通り、そこにあったのはいつもの美しく、冷淡な顔立ちだ。


 これはもう、ごまかしようがない。いや、別にここまで来てごまかす必要もないのだ。


 深白は、後ろ手に自分の手を握ると、下から覗き込むような姿勢になってアリアへと己の正体を明かした。


「ごめんなさい、アリア様。私は貴方たちが言うところの『流れ人』です」


 ――『流れ人』。その身に『流星痕』という特別な力を持つ痣を宿す、他の世界から流れ落ちてきた存在である。


 自分の事情を知っているシスターから、アリアたちが『流れ人』を探していることは聞いていた。


 捕まえられたりはしないだろうが、黙っていたほうが身のためだと。とりわけ、流星痕の力――『流れ出た自身の血を自在に操る力』――を知られれば、自由の身ではなくなるかもしれない、との忠告を受けて、大人しくそれに従っていたのだ。


 叱責されるかと思っていた深白の予想に反し、アリアはこちらをじっと見つめたまま硬直していた。


 伝わらなかったのだろうか、ともう一度、同じ説明を重ねる。


「えっと…つまり、異世界人、ですね」

「言われなくても分かっている」


 突き放すような口調。これは怒っているに違いない。


(…血を貰えるかも、なんて思ってたけど…。それどころじゃなさそう)


 アリアは鋭い眼差しのまま、一歩、二歩とこちらへ近寄ってくる。斬られるということはないだろうが、思わず警戒してしまい、胸の十字架を握る。


 昔からの癖だ。不安になると、ついついやってしまう。


 すると、アリアは腕を伸ばせば触れられるくらいの距離まで来て、足を止めた。


 優れた造形の顔がそこにある。血を浴びてもなお、まとう雰囲気は神々しく、清冽だ。


 ほんの少し、彼女が目を伏せる。


「…やっと、会えた」

「え?」


 聞き間違えかと思ったが、ほんの少しだけ微笑んでいるように見えるアリアの顔から鑑みるに、どうやら、そうではないらしい。


「アリア様…?」


 彼女の名前を口にすれば、アリアはゆっくりと顔を上げた。


 いつもは無感情な顔をしているアリアの表情が、とても幼く見えた。それくらい、嬉しそうな笑顔だったのだ。


 髪と同じアイボリーの眉毛は見事なアーチを描き、長いまつ毛は陽の光を求めて伸びる青々とした葉のように広がっている。そして、桜色の唇は可愛らしい弧月を覗かせた。


 深白は、アリアがいつも冷淡に見える表情をしているだけあって、こんなに可愛い表情もできるのか、と唖然としながらも、胸の奥で何かが疼くのを感じた。


「深白」

「あ、はい…?」


 綺麗すぎる声音に、思わず声が裏返る。


 アリアは一瞬、何かに迷っているようだったが、直に意を決した面持ちになって先を続ける。


 私とアリアのこれからを、運命づける言葉を。


「私と一緒に…本国まで来てくれないか?」

「アリア様と…?」


 言葉の意味を十分時間をかけて飲み込んだ深白は、思わず、彼女の隣を歩く自分を夢想した。


 プリシラやオフィールのように、アリアのそばに仕える自分の姿を。


 そして、深白はゆっくり首を左右に振った。


「私は…アリア様に相応しくはない人間です」

「相応しくない、だと?」

「はい。ちょっと…くすみすぎているから」


 黒という色ほど、無粋で圧倒的な色はない。


 他の鮮やかな色たちを飲み込み、黒に変えるその野蛮さ、下品さは比べようもないものだ。


 だが…白月の光は惜しみなく黒にも注がれた。


「おい、なんだその言い分は。私と一緒にいたくないから、妙な方便を用いているのか?それなら、はっきりとそう言ってくれ。遠回しなほうが…き、傷つく」

「いや、一緒にいたくないわけじゃありませんよ」

「だったら、いいだろう」

「でも…あ、こっそり後ろからついて行くなら…」

「断固駄目だ」

「う…」


 少し困ったなぁ、と顔を曇らせていると、不意に、アリアがまた笑った。


「私の隣に誰を選び、相応しいとするかは私が決める」


 座り込んだままの私に対し、アリアが手を差し伸べた。


 月光だ。


 あの日から、ずっと自分を導いてきた月明かりが…今、人の形を得て、私の行くべき道を照らし出してくれている。


「行くぞ、深白」


 そんな気がして、私は彼女の手を握り返すのだった。



 エキドナの一件は、思いのほか収拾までに時間がかかるらしかった。


 魔族と人間が結託して起こした事件ということもあって、一ヶ月も経っていない今でも、すでに王国中で知らない者はいない。


 加えて、とても希少な『魔族を討伐したケース』であること、しかも、それをやってのけたのがアリア・リル・ローレライ、王女本人と流れ人であったので、それは大きな騒ぎになっていた。


 あの洞窟に潜る前に、すでにアリアは手紙で騎士団を呼びつけていた。そのため、彼らの到着を待って、深白はアリアと共に馬車へと乗り込み、王都プリムベールへと向かった。


 プリシラとオフィールは、未だ霧の村に残っている。


 オフィールはたいした傷ではなかったのだが、プリシラのほうはやはり、エキドナの攻撃で何箇所か骨折しており、数ヶ月は養生が必要そうだということであった。オフィールは、その護衛…という名目でアリアが置いてきた。


 プリシラ自身が精製する薬のおかげで、見通しより早く王都に戻れるだろうとのことだが、アリアがきちんと休んでから戻るよう二人に命じていたのを覚えている。


 主なりに二人へご褒美というわけだ。知り合って間もない自分から見ても、オフィールとプリシラの間には、ただの仕事仲間、友人、という関係を超越した絆があることは明らかだった。


 野暮なことは言わないし、面倒だから関わるつもりもない。だが、事実上の長期休暇を貰った二人が、顔を見合わせて微笑んだあの顔から滲み出る多幸感には、はっきり言って、憧れを覚えずにはいられない。


 深白は用意された衣装に袖を通し終えると、自分の身の丈よりも大きな窓の向こうへと身を乗り出し、外を眺めた。


 ケルト音楽が聞こえてきそうな、行商通り。そして、そこを行き交う人の群れ。窓の下には、鎧を着た兵士が何人もいる。


 他にはどうだろう。


 青い空を舞う、鳥だか魔物だか分からない、名も知らぬ生き物。


 少し離れた場所に見える、大きな橋と川。その流れに沿って視線を動かせば、何艘もの帆船が停泊している港と、ぞっとするほど青い海が見える。


「…霧の村にいた頃と比べると…異世界って感じかな」


 別に、どうでもいいけどね、と心の中で付け足す。


 異世界だろうと、元の世界だろうと関係ない。


 ひとところに留まって生きた記憶がほとんどない自分にとって、故郷の郷愁はない。よって、世界の境界線もまた意味を成さない。


 それに…場所だけ変わっても、自分が変わらないのでは意味がない。他の世界に行けば、それだけで幸せになれるなんて都合のよい話は、現実逃避が染み付いた者の考え方だ。


 自分は変われるのだろうか、などという考えが脳裏をよぎった瞬間、思わず、深白は笑った。


「はは、下らないことを考えるようになったなぁ、ほんと」


 開いた窓に映る自分の額を指で弾く。叶いもしない夢見事を考えるようになった、愚かで哀れな自分への戒めだ。


「ま、あんな美人は向こうにはいなかったけどね」


 深白は脳内にアリアの姿を思い浮かべた。


 アイボリー色の美しい髪、灰色の深い瞳、凛とした背筋。それから、白銀があしらわれた青の鎧、コートがたなびく様も向こうではそうそうお目にかかれない気がする。


 不意に、コンコン、とノックの音が聞こえた。


 待ち人だ、と脳内の像を消す。本物に会えるのに、空想はいらない。


「どうぞ」と呼びかければ、扉が開いた。顔を覗かせたのは、アリア・リル・ローレライだ。

「終わったか?」


 男勝りで厳格な口調。だが、深白は薄々勘づいている。彼女は思ったよりも、可愛らしい性格をしていることに。


「はい。いかがですか?」


 アリアは、くるりと回ってみせた深白に対し、「ふむ」と顎に手を当て、思案げに視線を投げると、爪先からつむじまで観察した後、「似合っているな。想像以上だ」と歯の浮くような台詞を口にした。


「ありがとうございます。アリア様」


 軽く頭を下げつつ、お礼を返す。それから、少しだけアリアを困らせてやろうと唐突に思い立ち、短いスカートの裾を指でつまんで言った。


「でも…この親衛隊のスカート、少し短くないですか?もしかして、アリア様の趣味とか?」

「ち、違う!」


 慌てて訂正するアリア。まだ、顔だけはいつもの無表情であるが、このアンバランスさがどうにも魅力的だ。


「いいか、深白。この服は由緒正しき王女親衛隊の衣装だ。今ではもう儀礼用にしか扱われていないが、それでも、価値あるものなんだ」

「そうは言っても、ちょっとスースーしすぎるんですが…」

「おい!裾を持ち上げるな、は、はしたないぞ!」

「あぁ、はい。すみません」


 深白は、アリアの顔が少しばかり赤くなっているのを見て、これくらいにしてやるかと頭を下げた。


「下着が見えたらどうするんだ…全く、女の子なんだから、少しは恥じらいを持て」

「アリア様の前以外ではしませんから、ご安心を」


 深白の言葉に、アリアがさっと顔を片手で覆う。彼女なりにごまかしているつもりだったが、誰から見ても照れているのは明らかだ。


「…そ、そういうのはよせ。どんな顔をしたらいいか、分からない」


『そのままでどうぞ。十分に愛らしいです』という軽口が浮かんだが、さすがにからかいすぎだなと考え直し、今度こそ気を取り直して頭を下げる。


(それにしても、王女親衛隊かぁ)


 深白は自分が身にまとっている衣装を見下ろした。


 暗器を扱うには不便な軽鎧に、重い軍靴、極めつけは丈の短いスカート…。


 こんな格好、戦えたものではない。


 機動力は死ぬし、暗器の格納スペースもほとんどなく、ひらひらと舞うスカートは色んな意味で頼りなさすぎる。


 今すぐにでも脱ぎたかったが、今日の儀礼行為のためには必要ということもなんとなく理解はできていた。


 それから少しの間、アリアと深白は他愛もない話をしていた。


 こちらに来てから、何が一番美味しかったかとか、向こうの世界との違いは何なのかとか…そういう程度のものだ。


 やがて、親衛隊の部屋に置いてある柱時計がゴーン、と鳴った。


「時間だな」


 アリアは神妙な顔をして立ち上がると、深白へ向かって頷いた。それで深白が微笑み、自分と同じように席を立ったのを見て、問いかけた。


「深白…本当にいいんだな」


 曖昧な表現だ。だが、何の確認かは分かった。


「もちろんです。どうぞ、親衛隊として、剣として、私の力を使って下さい。その、コントロールできてませんけど、流星痕?とかいうのも含めて」

「…分かった。ならばもう、私も二度と深白の覚悟を問うような真似はしない」


 エキドナを倒した夜、アリアは深白に一つの提案をしていた。


 いや、提案というには少し違うか。それよりも、『契約』という言葉のほうが相応しい。


 力なき者が理不尽に潰されない国を作るために、王女親衛隊として力を貸してほしい。それがアリアの依頼だった。


 結局、深白は彼女の提案に従った。アリアに絆されたわけではなく、彼女が出した『報酬』の魅力に惨敗した、というべきだろう。


 それが何なのかというと…。


「アリア様こそ、本当にいいんですね?」


 深白は、アリアの行く手を遮るように回り込むと、下から覗き込みながら問いかけた。


「…何がだ」

「もう、分かっていらっしゃるくせに。『報酬』の件ですよ」


「…その件か」わざとらしく呟き、目を逸らす。アリアらしくない仕草だ。「人と約束するのに、嘘など吐かない。当然、約束は守るさ」

「ふぅん」


「な、なんだ、その『ふぅん』というのは。深白、お前…もう隠すことがないからといって、取り繕うことをやめたな!」

「ふふ、そんなわけありませんよ。やめてたら、とっくの昔に首筋に噛み付いてますから」

「お前なぁ…」

「え?駄目なんですか?そういう『約束』ですよね?」

「う…」


 そう、アリアが提示した条件というのは、深白の『渇きの発作』を防ぐために、自らがその血液供給源になることであった。


 無論、親衛隊として働く以外に、他の人間から血を吸わないことや、勝手にいなくならないことも条件とされたが、破格の報酬の前には些細な制約だった。


 ひとところに留まれない逃亡前提の生活を繰り返し、常に渇きの恐怖を感じて生きてきた深白にとっては、文句なしの待遇。だからこそ、彼女はアリアと共にプリムベールにやって来たのだ。


 そして、今日は親衛隊として王家や大臣と顔合わせをする大事な日。


 魔族を倒したという噂のせいで、どういう話になるかは予測もできないとアリアは言っていた。


 だが、そんなことはどうでもいい。


 重要なのは、その後に、『きちんと報酬が支払われるかどうか』だ。


「アリア様。もう最後の吸血から一ヶ月が経ってしまいそうです」


 洞窟での一件を思い出したのか、さっとアリアの頬に紅葉が散る。


「親衛隊としてきちんと所属するまではアリア様の怪我の治療に使っている包帯で我慢していましたが、さすがに限界なんです。…今夜、血を頂きます。いいですね?」


「…あ、あぁ」

「馬鹿みたいに飲むつもりはありません。アリア様の健康を害することがない程度にしますから」

「分かっている…」


 酷く弱々しい声。プリシラたちが聞いたら、熱でもあるのかと疑うところだろう。


「なんだか、煮え切らない返事ですね」

「…な、なぁ、深白。本当に直接血を吸わなければならないのか?傷をつけてから、新しい包帯に染み込ませるとかでは――」

「アリア様、約束は?」


 遮るように詰めれば、アリアも観念した様子で赤面して本音を吐露する。


「しょうがないだろう!洞窟でのアレ!とても恥ずかしかったんだぞ!」


 アリアにしては珍しく、必死な顔になっていた。それだけ本気で恥ずかしいと考えているのだろうが、今更、そんな言い分は通さない。


「そうですよね。恥ずかしいですよね、あれ」


 一言、深白は共感を示した。アリアはその言葉に何らかの期待をしたようだが、直後に深白が放った言葉が、その希望を呆気なく打ち砕く。


「それでは今夜、楽しみにしています」

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