表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫騎士は、異世界人の少女と血の約束を交わす  作者: null
一章 寡黙な姫騎士
2/29

寡黙な姫騎士.1

「…もう一度確認するが、辺境の民は見捨てる、ということで間違いないか」


 抑揚に乏しい少女の声が、プリムベール城に設けられた会議室に厳かに響き渡る。


 静かで、淡々とした声に、周囲の老人たちが一瞬だけ言葉を詰まらせる。そうさせるだけの厳粛さが、装飾のあしらわれた椅子に座る少女からは放たれていた。


 宝石の付いたティアラで留められ、肩甲骨の下まで伸びたアイボリー色の髪。


 猫の目のように大きい、ダークグレーの瞳。


 そして、白銀とネイビーとで彩られた少女らしからぬ鎧…。


 善くも悪くも、彼女はこの部屋で最も浮いていた。為政者として腐った臭いもしなければ、海千山千という風格もない。


「アリア様、何も見捨てるということではありませんよ」


 眼鏡をかけた聡明そうな女性が、議会の隅で立ったまま少女――アリアにそう言った。


「ただ、全ての人間を救えるわけではない、というのが現実だと申し上げたいのです」

「それを『見捨てている』というのではないのか」


「私たちはきちんと、彼らにこの王国周辺への疎開を促しています。実際、そうして避難している民もいますことは、アリア様もご存知でしょう」

「だが、そうはいかない民もいる」


 アリアがそう言うと、女性は困ったふうに微笑んだ。その顔が子どものわがままを耳にしているときの表情みたいで、アリアの癪に障っていた。しかしながら、彼女はその沸騰しそうな感情を表に出すことはなく、同じように議会の席に座った面々を睥睨した。


「先祖代々受け継いだ土地を、自分が育った土地を捨てられない者もいる。体力的に長距離の疎開が厳しいという者も。そうした者を自己責任だと突き放すことは、『見捨てる』ことに他ならない――私は、そう思う」


 アリアの言うことには、確かに一理あった。特に彼女が持つ立場を考慮すればなおのことだろう。だが、彼女はあまりに日頃、政に対して関わりを持たなすぎた。


「もういい加減にしろ、アリア」


 アリアの発言を辟易とした様子で聞いていた面々のなかから、凛とした青年の声が響き渡った。


「大臣たちが、お前の子どもじみた発言にほとほと困っている」

「…お兄様」


 彼はアリアの五つ上の兄だった。名前はダムド。同じようにアイボリーの髪をしている美青年だったが、妹のように鎧で身を包んではいない。


「お前が言うことは道徳的観点で見れば『正しい』。だが『正しさ』など、今、この戦乱の時代においては人を惑わせるだけのものだ」

「しかし…」

「問題は山積みだ。新しく移り住んできた民の食糧問題、人の少なくなった村を経由しない流通計画、魔族の進行への備え、魔物被害への対策…」


 ダムドの発言にしきりに大臣たちは頷いている。アリアよりも、その兄であるダムドのほうを支持しているのは火を見るより明らかだ。


「ローレライ王国の王族として、俺たちにしかできないことは文字通り山程ある。――にも関わらず、お前がやってきたことは騎士の真似事ばかりだ。今更、そんなお前の言葉に耳を貸す大臣はいない」


 痛いところを突かれたアリアは、無表情の裏で苦渋に歯ぎしりした。


 確かに、自分は兄と比べると政について疎く、学びも議会への参加も精力的に行っていない、と考えたのだ。


 しかし…そんなふうに言われたからといって、ただ引き下がる性格でもないのがアリアという人間である。


「辺境へ攻めてきた魔物を打ち倒すのも、私たち王族の仕事です」

「そんなものは、騎士団にでもさせておけ」

「見捨てられた辺境にまで、騎士団は手を伸ばさない」


 皮肉で返されていることに気づいたのか、ダムドはやや眼光を厳しくしてからため息を吐いた。アリアもだが、整った顔立ちがその威圧感を助長する。


「…それで?何が言いたい」

「私が行っても構いませんか」

「結局はそれが目的か。戦馬鹿め」

「戦いが目的ではありません。戦いは、あくまで手段の一つですから」

「ふん、そうか、好きにしろ。だが、兵は出さん。父上亡き今、それらの全権は俺にある」

「ご心配なく、私と、親衛隊の二人だけで行きますので」


 そう言うと、アリアは議会の最中にも関わらず席を立った。


 人形のような可憐さを持つ彼女が鎧をまとっていると、とても不道徳な感じがしたが、その場の誰もが気にすることはなかった。むしろ、アリアがドレスで身を包んでいるほうが何事だろうかと騒ぎになるだろう。


 大臣たちのしかめ面に見送られている途中、ふと思い出したように彼女は体を反転させた。その場にいた老人たちの何人かが慌てて表情を取り繕ったが、元々アリアが興味を持つところではない。


「霧の村まで参りますが、お兄様はもうあの噂はお聞きになられましたか?」

「…『流れ人』のことか」


 アリアは話が早い、と頷いた。


『流れ人』というのは、アリアたちが今いる世界とは、また違う世界から流れてきたと言われる、いわゆる異世界人のことである。


 こちらに流れてくる際に『流星痕』という特別な痣を身に宿し、同時に、特別な力を手にしているという流れ人。彼らの伝承は数こそ少ないものの、この世界の各地に散らばっているため、信じている者も多かった。


 アリアはその一人であったが、ダムドは逆にその限りではない。


「噂が真実であれば、魔族を払うための力を借りられればと思っています」

「ふん、昔からお前はそれが好きだったな」


 鼻を鳴らしたダムドが顎で示したのは、会議室に置いてある銅像だ。


 一本の刀を構えて竜と対峙する女性の姿を象った銅像で、王国に伝わる伝承のワンシーンを切り取ったものでもあった。


 この国には、もう数世紀以上も前、自らを『侍の娘』だと名乗る流れ人がこのローレライ王国を守るために竜と戦い、それを打ち倒したという伝承が残っている。


 その名残から、今もこの国には『侍』という特別な爵位が設けられているが、実際にそれが騎士たちに与えられたことはない。なぜなら、『彼女』の希望で、『侍』の爵位には何の地位的価値も用意されなかったからだ。


 たった一人の力でこの世の最強の生物である竜を討ったことから、『彼女』は『竜星の流れ人』と呼ばれ、あちこちに伝承を残している。


 人間離れした伝承が多いため、誇大化されたお伽噺だと笑う者も多いが、アリアは決して嘘ではないと子どもの頃から信じ育ってきた。


 だからこそ、彼女は小さい頃から剣を握り、武道を嗜み、人を救うためにはいつかその力が必要となると考えてきたのだが…。


「馬鹿馬鹿しい、為政者がロマンチストであってどうする」


 兄のその言葉に、何人かが同調してアリアを嘲笑する。それで彼女は腸が煮えたぎるような想いをしたが、顔には出さず視線だけで老人たちを黙らせた。


「いいか、この国を脅かしている魔族を討ち滅ぼすのは、我々ローレライの人間だ。夢物語に出てくる剣士ではない。…それを忘れるなよ、アリア・リル・ローレライ」


 アリアは自分が彼と同じ王族の血脈だということを思い出させられると、途端に鼻白んだ気持ちになり、返事もせずにその場を後にするのだった。




 青天井の下、アリア・リル・ローレライは馬の背中で揺られながら、なだらかな坂を上っていた。


 崖から落ちないようこしらえてある柵の先を眺めれば、青々とした草原が広がり、風に吹かれてどこまでも行けそうな気がした。


 草を食んでいる大きな角のある牛型の魔物。遠い空には、光放つ尾を上下に揺らしながら群れを成して飛んでいる鳥型の魔物。


 魔物だからといって、敵対的なものばかりではない。こうして、人の世界に風景として溶け込み、共生するものも多い。


 一つ、強く風が吹いた。その拍子に、色とりどりの花びらがアリアの視界を覆った。


 通り過ぎる荷馬車、花の香り、極彩色の鳥たち…。


 アリアは自分が生まれ育ったこのローレライの国が大好きだった。それこそ、それを守るためなら命を惜しむ必要などないと信じ切っているほどに。


「何回来ても、うっとりするくらい綺麗な場所ですよねぇ、ここ」


 アリアの背後から、感嘆したような声が聞こえた。彼女の数少ない親衛隊の一人、オフィールの声だ。


 口調から自分が話しかけられていることを察したアリアは、肩越しに彼女を見やった。


 オフィールは、気の強そうな吊り目と、その端にある黒子が印象的な少女だ。


 うなじ辺りまで伸ばし、編み込みをあしらった金色の髪と瞳。前髪は片側が目を覆うほど長く、もう片側は耳にかけており、瞳の奥は、日光を宿したみたいに爛々とオフィールの快活さで輝いていた。


「ああ、フィヨルド丘陵一帯は流れる風の質が都市部とはまるで違うな。とても澄んで透明だ」


 微笑みながらそう返すと、オフィールは、「え、風ってどれも透明じゃないですか?」ととんちんかんな返事をした。


「オフィールらしい返しだな」


 つい口元を綻ばせると、彼女の隣で同じように馬を進めていた少女がオフィールの脇腹を小突いた。


「ちょっと、やめるのです。姫様に馬鹿なことは言わないでほしいのです」


 トレードマークのキャスケットを被った小柄な少女――プリシラは、肩まで伸ばした茶色の髪を揺らしながら姿勢を戻すと、「何だよ、馬鹿なことなんて言ってないだろうが」と眼尻を吊り上げるオフィールに重ねる。


「馬鹿なことを言っている、ということにすら気づかない馬鹿と友人だなんて思われたくないのです」

「なんだよ!?」

「なんです」


 アリアは睨み合いを始めた二人に、ため息混じりで一度馬を止める。


「オフィール、プリシラ、こんなところでケンカはやめてくれ。…民も見ている」


 アリアはそう言うと、坂に沿うようにして作られている水田のなか、二人のやり取りに笑っている農家の老人へ手を振って見せた。


 太陽の傾きを見るに、時刻はすでに昼間の三時を過ぎている。もう少しで彼らの作業も終わるだろうし、我々も、目指している霧の村にも到着するだろう。


 王女親衛隊の二人はバツが悪そうに顔を見合わせると、互いにしか聞こえない音で鼻息を漏らし、主と同じように老人たちへと手を振った。


「申し訳ないのです、姫様」とプリシラが肩を丸める。ただでさえ小さい彼女がそうすると、小動物が巣穴の奥で眠っているみたいだ。


「構わない。お前たち二人は、毎日何か言い合いをしないと生きていけないということは知っているつもりだ」

「うへぇ、酷い冗談ですよ、アリア様」

「ふふっ…すまない」


 珍しく花のように微笑んだアリアに、ついつい見惚れてしまったオフィールは、「私は風よりも、こうして目に見える花のほうが分かりやすくて好きですね」とはにかんだ。


「どの花だ?」と辺りを見渡す主に、「さて、どれでしょう」と嬉しそうにオフィールが返せば、プリシラがまたその脇腹を小突いた。


 軽鎧越しではあるものの、無防備なところを突けば息も詰まるらしく、オフィールは苦々しい顔でプリシラを睨み返す。


「痛えなぁ、もう」

「姫様を困らせないでほしいのです。そういうのが通じるお方じゃないのは、オフィールも知っているはずです」

「へへ、分かってるから、やってんだよ」


 小突き返すオフィールに、プリシラはしかめ面する。


「だったらなおさらです。姫様で遊ぶなんて、言語道断なのですよ」


 もう随分と見慣れた二人のやり取りを横目に肩を竦めたアリアは、「私はもう行くぞ」とそのまま馬を前進させて丘の上に立つ霧の村へと上っていく。


 それを慌てて追いかけたオフィールらは、アリアの馬の斜め後方といういつもの位置につくと、ここは呆れられないために一時休戦だ、とアリアの興味を引けるような話題を投げる。


「アリア様、本当にここにいるんですかね」

「いる?なにがだ?」

「なにって、そりゃあ『流れ人』に決まってるじゃないですか」


 アリアはその名前を聞くと、きゅっと唇をつぐみ、前を真っ直ぐ睨みつけた。


 彼女の頭のなかには今、兄から受けた忠告と嘲笑、そして、子どもの頃から夢見てきた『流れ人』への抑えきれない期待が同時に息づいていて、なんとも形容し難い気持ちになっていたのだ。


(国を救うのはローレライの人間だと言うのも、分からないでもない。ただ、もはや王族の誇りだけでは御し得ない段階までこの世界は来ているのではないだろうか…)


 アリアはそう憂いを抱くと、再び丘の下の草原を眺めた。


 風は確かに澄んだままだ。しかし、知性を得た魔物――魔族が人間の領域を無理やりにでも奪おうとしている今、この世界は黄昏を迎えていると言うべきだった。


 今になってどうして魔物がそれだけの進化を果たしたのかは分からない。分かるのは、彼らが人間を襲い、時には食らう禍々しい存在であるということだけだ。


 異文化同士の衝突に答えは一つしかない。歴史がそれを証明している。


 ――戦争と崩壊。


(そして、犠牲になるのは常に弱き者…か)


 人々が不用意に傷つく時代を終わらせるためには、やはり、新しい風が必要なのだ。


 アリアは、祈りを込めて口を開く。


「いてくれるといい…。この世界に、新しい風を呼び寄せられるような流れ人が」


 伝承にある、『竜星の流れ人』のような救世主が。

午後に続きをアップします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ