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姫騎士は、異世界人の少女と血の約束を交わす  作者: null
五章 鉄音

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鉄音.2

墓場まで持っていけねえもんのために、ふんぞり返ってやがる奴が多すぎる。

「行くぜえぇっ!」


 閃光玉の破裂音よりも大きく轟いたのは、オフィールの気迫のこもった声。獣が獲物に飛びかかる際に発する唸り声そっくりだ。


「ぬっ!?」とデニーロが驚いた声を上げて階段付近で止まる。


 あいつは手練だ。やり合うときはタイマンじゃないとどうなるか分かったものじゃない。


 オフィールは、何の合図もなしにプリシラが取った行動を当然のように予測していた。さらに、彼女がその後、自分に何を任せ、求めるかも、呼吸をするくらい自然に把握していたのだ。


 プリシラが薬品の入った毒瓶を四方に放った。


 彼女の正面に二つ、後方――つまり、自分の正面に二つ。そして、絶妙な位置に一つ。


 オフィールはこの一つを狙って駆けた。そして、それが地面に落ちるより早く、爪先でそっとデニーロのほうへと放った。


 サマーソルトの要領で一回転したオフィールの先、デニーロの近くに落ちた毒瓶の中身は催涙ガス。視界をやられた彼は無防備にそれを吸ってしまったらしく、激しく咳き込みながら二階へと手探りで避難していった。


 他のところでも同じように瓶が爆ぜた。


 ふわり、と巻き起こる煙に敵は慄き、距離を取ったが、これはただの煙だ。自分たちだって吸いかねないのに、毒瓶などプリシラが放るはずがない。


 一瞬で生じたパニックに目を白黒させているのは、煙の外にいた両側面の男たち。


「まずは、てめぇらからだ!」


 呆けた顔目掛けて跳躍し、刃を振るう。


 ぼん、と痛快な感覚と共に血飛沫が上がる。


 立て続けに剣を閃かせれば、同様に血の雨が降った。


 足りねぇ、とオフィールは戦いに集中している思考とは違う部分で考える。


 右を始末し終えたから、次は左。


 プリシラと入れ替わるようにして立ち位置を替える。


 相棒は、よほどの状況ではない限り人を殺さない。そもそも、そういう武器を選んでいない。


 それを甘いと揶揄する者もいた。


 どうせ、相棒が殺すのだから、その手を汚していることに等しいと。


 臆病者の、くだらない偽善だと。


 一度、そうしたことをプリシラに言った王城兵がいた。自分たちよりもずっと立場も金もある人間だ。


 立場に金、そう、立場に金だ。


 それが自分を強くしていると思い上がってやがった。


 ははっ、とオフィールは笑った。笑いながら、剣を素早く水平に薙ぎ、相手の無防備な腹を切り裂く。


 奇しくも、かつて、『そいつ』にしてやったことと同じようになった。


 まあ、逆刃でやったし、そいつはすぐに手当を受けたから、死にはしなかった。ただ、二度と廊下のど真ん中を歩くことはなくなったし、女の悪口を言えない人間になった。


 アリアとプリシラには死ぬほど叱られたが、別に構いやしなかった。そいつは、アリアの文句も言っていたから、当然の報いだった。


「オフィール、正面!」


 相棒の声に稲妻のように反応する。


 自分の体があまりに軽やかに機動するものだから、勢い余って敵の背後に回ってしまった。


 袈裟、逆袈裟の二連斬り。


 振り返って回し蹴り、倒れた相手の胸元を突き刺せば、また振り返って横薙ぎ一閃。


 煙が晴れる。


 怒涛の如く敵が押し寄せてくる。


「…それが、何だ」


 血の雨が降っていた。


 ――ぞっとするほど美しい、人間にプリミリティブな高揚をもたらす血の雨だ。


 オフィールは両腕を広げた。


 目に見えぬ血の驟雨を浴びながら、人間讃歌とはこういうもんだと高ぶりを覚えていた。


 不意に、上階のほうから凄まじい殺気を感じた。同時に、入り口のほうでも人の気配がしていた。


 自分の役目はこっちだ、とオフィールは反転しながら叫ぶ。


「墓場まで持っていけねえもんのために、ふんぞり返ってやがる奴が多すぎる!そうだよなぁ、おっさんっ!」


 凄まじい衝撃と共に、自分の体が押し込まれる。


 この場で耐えては骨が折れるか、武器がやられる。


 そう判断したオフィールは自ら後ろに飛び、受け身を取りつつ顔を上げた。


(やっぱり、強ぇ。なんていう殺気だよ、このおっさん!)


 何の躊躇もなく、デニーロが戦斧を両手に突っ込んでくる。


 それが、嬉しくてたまらなかった。


「てめぇはどうだ、なぁ!?」


 ぶん、としゃがみ込んだオフィールを狙って下段薙ぎ払いが迫る。


 オフィールは低い姿勢から、一気に高く飛んだ。宙を翔けるような軌道は、途中でデニーロの肩を踏んだからこそできた芸当だ。


 空中で体をひねる。そうしながら、全身の筋肉を使ってデニーロのうなじ目掛けて剣先を光らせる。だが、それはとっさに振り向いた彼の戦斧の柄で防がれてしまった。


 大きく距離を取りながら、オフィールは舌なめずりした。


「…よっぽど、お前のほうがならず者だな。女」

「オフィールだ。自分を殺す人間の名前くらいは覚えた状態で土に還らせてやるよ。デニーロ」



 建物の中に足を踏み入れようとしていると、不意に、オフィールの大声が外にまで響いてきた。


 彼女が戦いに夢中になっているときの声だ。人間相手――しかも、猛者がいるとなると、オフィールは自分でも制御できないくらい昂りを覚えてしまうらしかった。


「プリシラさんが独りです。行かないのですか?」とアリアの隣で深白がおもむろに立ち上がる。

「ああ、分かっている。行くさ」


 アリアはぶっきらぼうに返事をすると立ち上がり、逃げも隠れもせず、堂々と一同の前に出た。


 白銀をあしらった鎧が霧のなかでも、西日をかき集めて弱々しくも鮮明に輝く。


 時刻は、すでに午後三時を回っていた。霧の濃いこの地方では時間の感覚が曖昧になりやすい。


「そこまでだ」


 オフィールを筆頭に、戦いに夢中になっている連中は気づく気配もなかった。だが、多くがアリアの出現に驚き、手を止め、彼女のほうを向いた。


「私はローレライ王国第一王女、アリア・リル・ローレライ。無益な戦いはやめて投降しろ。そうすれば、命まで取るつもりはない」


 名乗りを上げるときまで、彼女は淡々としていた。深白が後ろでその姿をじっと見つめていることにも気づかず、アリアはその場を動かず、相手の反応を待った。


 古い建物だ。壁のところどころには穴が開いている。そこから隙間風に乗って入ってくる霧が、ぼんやりと足元をかすませていた。


 連中は、依然として躊躇している様子だった。国を相手取るような真似をしていいのか自分自身では判断できず、雁首揃えてオフィールと交戦しているデニーロを見やった。


「姫様」


 その隙に、プリシラがこちらに駆けてくる。対人戦をあまり得意としない彼女に怪我がなくてよかったと、胸をなでおろす。


「無事のようだな」

「はい。オフィールのおかげなのです」

「そうか…遅れてすまない」


 プリシラは一度深白のほうを向くと、一瞬だけ眉間に皺を寄せた。しかし、ややあって、唇を尖らせると、「深白さんも、無事でなによりなのです」と呟いた。


「プリシラがオフィール以外の心配をするなんて…明日は槍が降りそうだ」と目を丸くする。


 深白も驚きだったのか、口をぽかんと開けて静止すると、時間をかけてから、「プリシラさんも、ご無事で何よりです」と返した。


 プリシラは気恥ずかしさをごまかすみたいに咳払いをすると、激しく切り結ぶオフィールとデニーロをじっと見つめた。


「お分かりとは思いますが、ああなったらもう、オフィールは止められないのですよ」

「だろうな」


 とはいえ、ここで加勢しては逆上したオフィール自身に斬られかねない。アリアは、一先ず戦闘の意思がなさそうなデニーロの部下の武装を解くことにした。


 一歩、前に出る。そうして、建物のなかに足を踏み入れようとした瞬間のことだった。


 チリッ、と首筋に電流のような感覚が走る。


 これは、殺気だ。


 ほとんど無意識で体を反転させ、何千、何万と繰り返してきた抜刀を行う。


 響く鞘滑りの音を追い越しながら剣を薙ぎ払う。


 プリシラを挟んだ向こうで、深白が銀にきらめく刃を抜き放ちながら、駆け出していた。


 ほんの一秒にも満たない短い時間、アリアは逡巡した。


 自分の予測通りに相手が動いているのかと。


 しかし、すぐにその思考は消えた。


 一瞬だけ交差した、黒耀の瞳が言葉もなく告げていた。


『アリア様はそっち』、と。


 アリアは浅く頷くと、目を白黒させているプリシラ目掛けて剣を横薙ぎに一閃した。


「ぴっ!?」


 プリシラが悲鳴を発する。あまりの出来事に硬直してしまったようだが、無事、深白に腕を引かれて刃の軌道から脱していた。


 青い刃が代わりに捉えたのは、同じように青い大きな鱗だ。


「くっ…!」


 天井に潜んでいたエキドナが、壁に空いた穴を抜けてプリシラの頭上から奇襲を仕掛けていたのだ。


 いち早く気づいた深白がプリシラを伴って回避し、そして、アリアが一斬振るった。


 硬い尾に弾かれてしまったわけではあるが、追撃の手は緩めない。


 アリアは両腕を引いて大きな溜めを作ると、左下から右上へと、空気を切り裂く強烈な一撃を繰り出す。


 鉄同士がぶつかったような高い音が響いた。かと思うと、エキドナの尻尾がぶわりと浮き上がり、彼女の逼迫した表情をアリアの前に覗かせた。


 間髪入れず、倒れたままでプリシラが毒瓶を一投する。エキドナは辛くも身をねじってかわしたが、割れて吹き上がった毒霧を見て青ざめていた。


「よほどプリシラの毒が恐ろしいらしいな、エキドナ」

「可愛くない子たちね、本当に!」

「ふん、よく言われる」


 アリアが皮肉を口にすると、エキドナは鬼の形相を浮かべて、建物のなかで呆然と主の指示を待っている男たちを怒鳴りつけた。


「何をやっているの、貴方たち!早くこいつらを、その子を殺しなさい!」


 男の一人が、「いや、でも」と怯んだ様子を見せる。


「いい加減にしなさいっ!魔族と組んだならず者なんて、生かしておいてもらえるわけがないでしょうっ!死にたくなければ、やりなさいっ!」


 彼らもエキドナの言葉を聞いて、それもそうだと納得したのだろう。青い顔をしたまま武器を構え、もはや道はないと決然としたふうに間合いを詰めてきた。


 この目で確かめるまで、魔族と人間が組むなどありえないことだと思っていた。だが、たった今、エキドナ自身の口から発せられた言葉に疑念の持ちようもなくなってしまった。


 魔族が魔物を操り、人里を襲わせる。そして、それにより困窮した人間を助けるという大義名分の元、ならず者たちが報酬を頂く。


 醜悪なるマッチポンプだ。貧しく、追い詰められた人間の足元を見た所業。


 全くもって許しがたい、畜生の有象無象。


「そうか…いよいよ救いがない」とアリアは自分に向かってくるデニーロの部下たちを睨みつけた。「デニーロ、私を怒らせたな…――斬って捨てる」


 とん、と深白がアリアの背中に自分の背中を押し付けた。彼女の接近に気づかないほど怒り心頭になっている自分を認識し、改めて冷静さを自らに欲した。


「あちらは私とプリシラさんで時間を稼ぎますから…早めに加勢をお願いします」


 カナリアが鳴くみたいに綺麗な声。自然と心が落ち着く。


「いいのか?面倒事は避けたいんだろう?」

「…意地悪を言わないで下さい。頂いたぶんは働きます」


「頂いたぶん?」と尋ねれば、深白は赤い舌で唇を舐めて、その意味を示してみせた。「血の対価か…分かった。任せるぞ、深白」


 代償として、高いのか安いのか…自分でも分からなかった。


 だが、深白のほうから言葉を交わしてくれたことは、純粋に嬉しいものがあった。

本日は午後にも更新いたします。


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