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姫騎士は、異世界人の少女と血の約束を交わす  作者: null
三章 月明かりのない夜を

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月明かりのない夜を.1

礼節を欠いた戦いに何の意味があるのか

 食事を終えてからも約束を守るためか、しばらくの間、深白はアリアたちの部屋に残っていた。


 アリアは、せっかく時間を作ってくれているのだから、自分のほうからも色々とコミュニケーションを取らないと、と考えていた。だが、どうしてか一度身構えてしまうと言葉が出ず、ぶつり、ぶつりとやり取りをしているうちに、深白のほうから会話の主導権を取ってくれるようになっていた。


 家族や本国での暮らしに関することは、話し始めた途端にプリシラから注意を受けてしまったため、深白はより無難な内容に質問を変えてくれていた。


 例えば、好きなものの話。


 色、服装、動物、花、風景…。


 この手の話題は解答に困らないので初めは助かったのだが、一問一答みたいになってしまい、会話が広がらなかった。そのため、まとめるという形で少しでも分かりやすくしようと努める。


「とにかく、可憐なものが好きだな。私自身、可憐という言葉からは程遠いとよく分かっているから…自分には無いものを探し求めるのかもしれない」

「可憐、ですか」

「あ、ああ。似合わないとは分かっているが…」


「そんなことありませんよ」と深白がフォローしてくれるが、どうにも素直に受け止めることができない。


「いや。分かっているんだ。細身でこしらえているとはいえ、身の丈もある剣をぶんぶん振り回して戦うなんて…およそ、可憐とは程遠い」

「…まぁ、自分が自分のことをどう捉えるかは自由ですよね」


 ちょっと呆れられた感じの答え。間違えただろうか、と視線を逸らす。


 結局、まともに話を続けることができたのは、その後、親衛隊の二人を交えて行った真面目な話ぐらいのものだった。


「へぇ、アリア様がそう言うくらいだから、ただのごろつきってわけじゃなさそうだな、そのデニーロって奴は」


 孤児院での出来事を語ったところ、オフィールがシニカルな笑みを浮かべて感想を述べる。強い人間の話を聞くとき、彼女はいつも嬉しそうだ。


「ああ。立ち居振る舞いにも隙がなかった。万が一、相手取ることになったら、油断ならない敵になるぞ」

「…お、大男って聞くだけで、私は少し気が引けるのです」


 比較的小柄なプリシラが言う。彼女は150センチ前半しかないので、2メートル近くあるデニーロを前にすれば、なおさら身を固くするかもしれない。


「心配すんなって。チビに相手はさせねぇよ」からかうようにプリシラの脇をオフィールが小突く。「やるときは、私かアリア様だ」

「チビって言うなです。この野蛮人」


 プリシラに小突き返されたことで、二人のいつもの口喧嘩が始まってしまう。どうせ止めても無駄なので、ここは一つ、なかなかの技量があると確信している深白に対して感想を聞くことにした。


「あの男を見て、深白はどう思った?」


 深白は表情一つ変えず、視線をわずかに上へずらすと、明日の天気でも予測するみたいに告げる。


「んー…そうですね。私は正直、体つきではなく、頭の良さのほうが要注意だと思いました」

「頭の良さか」


 確かに、デニーロは一国の姫が自らを裁くと言ってのけているにも関わらず、海千山千の落ち着きぶりを示していた。あの冷静さは戦うときは間違いなく障害となりえるだろう。


「やるとしても、正々堂々と真っ向からやってくる相手には思えません。何か策を講じてきそうなものですから、アリア様たちも真正面から相手をする必要はないでしょうね」

「ああ、私も真っ向から来る相手とは思えない。だがな、深白。それでも私たちは、可能な限り真っ向からぶつかるつもりだ」

「え…?どうしてですか?」


 どうして、ときたか。不思議なことを尋ねるものだ。


「礼節を欠いた戦いに何の意味があるのか、私は常々疑問に思う。例えば、大臣や兄様は『人質を取れ』だ『兵糧攻め』だとか躊躇なく命じるが、その戦いに大義はない。獣や魔物同然、ただ勝てばいいだけの醜い闘争だ」


 ぺらぺらとよく口が回った。精神的な価値観の話や闘争の話なら、誰が相手でもこうらしい。昔からずっと考え続けてきたことだけに、語ることにも慣れがあるらしかった。


 ただ、深白はどうやらアリアの考えに驚きを覚えているらしかった。基本的に穏やかで感情の起伏に乏しそうに見える彼女が、珍しく理解できないことを端的に眉間の皺で示した。


「ただ勝つことだけでは――自分が生き残るだけの闘争では、何が駄目なのでしょうか?私も、その、人並み以上に戦いというものを経験してきましたが、往々にしてそんなものだった気がしますが…」


「もちろん、生き残ることも大事だ。しかしな、深白。戦いの中に清廉さや高潔さがなければ、そうして生き残った後、自分に胸を張れないと私は思うのだ」


「…そう、ですか」


 何か言いたいことはあるが、この場では飲み込む。そんな様子の深白に、思わずアリアは微笑んだ。


「そんなに不思議そうな顔をするな。あくまで、私の価値観だ。そうして生きてきたから、これからもそうしていきたいというだけのこと」


 他人に強要するつもりはないさ、と付け足せば、深白はゆっくりと瞬きをしてから、コーヒーのカップに目を落とした。


 茶色の水面に何か映っているのか、瞳のなかのオニキスはそこへ溶け込もうとするかのように微動だにしない。


 ややあって、深白は顔を上げる。


「勉強になります。アリア様」


 アリアはそう答えた深白の表情を見て、あ、と心のなかで吐息を漏らした。


 整然とした微笑。それが作り物だということは、アリアにもなんとなく分かってしまった。


 彼女と自分が生きてきた世界は、おそらく根本が違う。もしかすると、仮面の裏側では、お姫様がご立派なことを言っている、と一笑にふされたのかもしれない。


(どうすれば…深白の心根に触れることができる…?)


 そんなことを考えているうちに、プリシラが報告したいことがあると言って、四人が囲んでいるテーブルの上に帳簿を広げた。


「姫様、村の収支が記された帳簿を確認したのですが…、その、少し妙なことがありまして」

「妙なこと、だと?どういうことだ」


「あ、いえ、些細なことなのです。むしろ、喜ばしいことなのですが」とプリシラが帳簿の数字を指差す。「村の資産についてですが、確かにデニーロにふっかけられてはいましたが、赤字にならないところで維持はできているようなのです。もちろん、色んなところからお金を捻出していますので火の車同然なのですが…」


 確かに、記された数字はギリギリのラインで村の営みが保たれていることが記されていた。


 ただ、それでほっとしたのも束の間、同じように帳簿に記されたデニーロ一座に支払っている金額を目にして、思わずアリアは憤りの声を発した。


「なんだ、この金額は。相場の倍どころではない…くそ、人の弱みにつけ込む下劣な寄生虫どもめ…!」


 デニーロの沈着な顔を思い出し、ますます苛立ちが募ったアリアは、ぎゅっと拳を握って歯噛みした。


「同感なのです。しかしですね、姫様。私が気になっているのはそこじゃないのです」


 プリシラがクリーム色のキャスケットのつばを指でつまみながら、くいっと視線を上げる。


「姫様がおっしゃったように、これは法外でぶっ飛んだ価格なのです。ですが、それを支払ってもなお、この村はギリギリで成り立っているのです。少しおかしくないですか?」

「んなもん、たまたま金があったんだろ」

「野蛮人は口を閉じるのです」とジト目でプリシラがオフィールを睨む。


 ぴくっとこめかみに青筋を浮かせたオフィールがプリシラの頬をつねるのを無視しながら、アリアは確かにと顎に手を当てた。


 霧の村はたいした特産品にも恵まれていない貧しい村だ。唯一、名が知れているのはミストマリアぐらいだろうが、特筆するような利益は生まない。むしろ、それでなんとかできている程度のものだろう。


 それにも関わらず、村の資産はデニーロにたかられてもなお、黒字ギリギリを保っている。これはどこか違和感を覚えるものだった。


「だったら、隠し財産があったんじゃねえのか」

「何を馬鹿なことを言ってるのです。村の帳簿に載せていない財産なんて、脱法行為なのですよ。こんな堂々と使うわけがないのです」

「…それもそうか」

「ふん、考えてから物を言うのです、オフィール」


 余計な一言を付け足したせいで、プリシラの鼻っ面が指で弾かれる。どうして二人揃うとこうも緊張感がないのか、アリアには理解できないところである。


 そのうち、深白が身を乗り出して帳簿を調べ始めた。ヘッドドレスから覗く黒髪が、ぱらり、と彼女の胸元に落ち、天の川のような線を描く。


「何を見ているのです、深白さん」


 鼻を抑えつつ、少し批判的な声でプリシラが問う。彼女としてはあまり深白に関わり合いになってほしくないらしい。


「いえ、このお金はどういう名目で記載されているのかなと思いまして」

「『村民特別支出金』なのですよ」

「『村民特別支出金』?」

「そうです。ちょっと村の人に聞いてみたら、デニーロに払うお金を村人の資産から手出しして集めているそうなのです。時には他の村や町の親戚にもお願いしているみたいなのです」


 それを聞いての反応は三者三様だった。


 アリアは憂うように眉をひそめ、深白は考え込むように口元を抑え、オフィールはため息混じりに背もたれに体重をかけた。


「なんだよぅ、だったら出処はそれだろ。背に腹は代えられねえってことで、村の奴らがへそくりから親戚まで頼りにして金を出し合ってる。分かりやすいことじゃねえか」

「それは、そうなのですが…」

「なんだよ、歯切れが悪ぃな。どうしたんだよ」


 プリシラはどこか納得いっていない様子だったのだが、やがて、オフィールの問いに対して、「いえ、なんでもありません」と答えた。


 どう見ても、なんでもありません、という顔ではない。オフィールに限ってそれが分からないはずもないのだが、彼女はそれ以上何も言及せず、鼻から細く息を漏らしてプリシラの横顔を一瞥した。


 頭の良いプリシラが何かを気にしているのであれば、大事なことなのだろう。しかし、それを説明しようとしないということは、まだ彼女のなかで答えの輪郭が定まっていないということだ。


 プリシラはどこか完璧主義な少女なので、ここで食い下がっても教えてはくれないはずだ。無理強いすれば別だが、友として、主としてそんなことはしたくない。


「あ」


 不意に、深白が誰にも聞こえないような声を上げた。実際、プリシラとオフィールには聞こえていないようだった。


「どうかしたのか?」とアリアが問えば、深白はすぐに顔を上げ、寸秒口を閉ざしてから、「あ、いえ、何でもありません」と答えた。

「そうか…?」


 彼女が最後まで見ていたものへと視線を落とす。それは村の帳簿だった。指先は村民特別支出金のところに添えられていた。


 それから少し時間が経ち、四人のコーヒーカップが空になった頃、深白が「そろそろお暇します」と席を立った。


「外はもう暗い。送っていこう」


 自然と出た言葉に、深白はゆっくりと首を左右に振る。


「お気遣い、ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。むしろ、暗いほうが私は慣れてますから」

「…そうか」


 あまり執拗に食い下がって、鬱陶しがられるのも心配だ。


 アリアは大人しく引き下がり、また明日、洞穴のことで相談させてほしいことを伝えた。もちろん、深白のほうもそれを断ることはなく、「いつでもお待ちしています」と微笑んだ。


 やはり、可憐で愛らしい微笑だ。見ているだけで、心がどこまでも透けていきそうだった。


 深白は自身を邪険にするプリシラと、陽気に手を振るオフィールに挨拶をすると、最後にアリアのところへと戻ってきてこう言った。


「そうだ、あの、アリア様」

「なんだ」

「洗濯物とかどうなさってますか?」

「洗濯物?」何の脈絡もなく尋ねられて、アリアは声を高くする。「三人のものをまとめて置いてあるが…それがどうかしたのか?」

「よろしければ、私が洗いますよ。孤児院のみんなのぶんとまとめてになりますけれど」


 予想しなかった提案に、一瞬、動きが固まってしまう。


「あ、洗う、私の洗濯物を?」


 その中には、当然ながら下着だって混ざっている。それを深白に見られるというのは、とても恥ずかしくて抵抗感のあることだった。


「『私の』というか、『私たちの』?」小首を傾げてみせる愛らしさにも、今は反応できない。

「い、いや、とてもではないが、そんなことまでは頼めない。深白は召使いではないのだから――」

「そんなことはお気になさらず。むしろ、色々と黙っていたぶん、お詫びがしたいんです」


 木椅子に座ったままのアリアに対し、深白は立った状態だ。このときばかりは身長差が逆転して、こちらが見下されるような形になっている。


 少し新鮮な角度に胸がドキリとするが、今はそれどころではないと思い直し、アリアは渋面を作って異を唱えようとしていた。しかし、面倒くさがりのオフィールが「洗ってもらえるものは甘えましょうよ」などと言ったことで、結局、なし崩し的に洗濯物をアリアに手渡すことになった。


 自分が少し前まで着ていた服を胸に抱き、宿屋から出ていく深白。そんな彼女を表までは見送ることにした。


「その、色々とすまないな」

「いいんです。私と話すことで得られるものがあるなら嬉しいですから」

「それもだが…その、昼間は質問責めにしてしまった。申し訳ない」


 真剣に謝ったつもりだったが、深白はとぼけた様子で、「何のことでしょう?」と笑うと、こちらの反応を待たずして、「おやすみなさい、アリア様」と夜の淵に足を踏み出してしまった。


 深白が抱えた自分の肌着が薄っすらと血で染まっているのを見て、アリアは、どうか彼女を汚さないでと自らの血にすら祈りを捧げるのだった。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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