えんぴつ様の言う通り
倫太郎は祈っていた。一心不乱に祈っていた。右手に握ったえんぴつを額に押し当て、全身全霊で祈っていた。ひとしきり祈った後、意を決したようにえんぴつを軽く放る。倫太郎の右手を離れたえんぴつは小さく放物線を描きながら落下して、テーブルと乾いた音を立てた後にコロコロと転がっていく。
えんぴつの向かう先を、倫太郎はじっと見つめている。そんな倫太郎を、妻の美紀は呆れて眺めていた。
倫太郎はえんぴつを父親から受け継いだが、その父親もまた父親から受け継いだらしい。
戦後すぐの事だったという。その頃の祖父は賭博に嵌まっていて、仕事が終われば賭場に入り浸っていたという。賭場といっても洒落たものではなく、地元のヤクザが仕切っていた丁半博打で、当たり前のように胴元のヤクザに金を吸い上げられていた。
その日も負けが込んでいて、胴元のヤクザにも止められる始末だった。それでも負けたままでは終われないと自棄になった祖父の目に飛び込んできたのが、三下の使っていたえんぴつだった。
無理を言ってえんぴつを一本貰い、ついでにナイフを借りてえんぴつの中程を六角に削る。表れた面に一から六までの数字を削り込んで、それをカラコロと転がした。
えんぴつの示す丁半はぴたりと一致して、見事に負けを取り返したということだ。その日を境に、祖父は一切の賭け事から手を引いた。
祖父を窮地から救ったえんぴつは、祖父から父親に引き継がれた。父親が倫太郎にえんぴつのお告げについて殊更に語ることは無かったが、やはり何かがあったのだろう。近所で火事があった時にはえんぴつを握りしめて我先に逃げ出して、大層母親に叱られていたのを倫太郎はよく覚えている。
そして現在、父親から倫太郎が受け継いだえんぴつはコロコロとテーブルを転がっていく。
倫太郎も、えんぴつを信じていたわけではない、今までは。祖父の語る武勇伝は、孫を喜ばせるための作り話なのだろうと思っていた。父親に真剣な顔でえんぴつを託された時には、父親の正気を疑った。しかし今、人生の一大事において、倫太郎の頭に真っ先に浮かんだのは親子三代に渡って受け継がれてきたえんぴつだった。
テーブルの端に置いてあったコップに当たって、えんぴつがわずかに跳ね返る。動きを止めたえんぴつが一つの数字を指し示した。四代目となる、倫太郎の子供の名前を指し示した。




