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ツンデレちゃんは試したい

作者: 黒月白兎

ふと、彼が視界に入った。

 時間は高校の授業中。隣の人と話し合うペアワークの最中で、私はもうペアと答えを出し終わっていたから暇な時間。ぼーっと周りの様子を見ていたら、クラスの女子と話し込む彼の姿が見えた。

 彼の名前は竹田たけた信しん。先月私に告白してきた、彼氏だ。


 むう……。


 別に、分かってる。ただペアワークをしているだけで信は相手に恋愛感情を持っているわけじゃないんだと。けれどもやっぱりもやもやして、だから私は授業終わりのチャイムが鳴ったと同時に信の所に向かってこう言った。


「ねえ信、水筒忘れちゃって、ついでに財布も忘れちゃったんだけどさ。何か飲み物買ってくれない?」


 我ながら、反吐が出る。だって私はちゃんと財布を持ってるし、持ってなかったとしても今は春だし今日は体育も無い。だからどうしても我慢が出来ないわけでもないのだ。

 申し訳なさそうに頼んでいるけれど、内容は勝手以外の何物でもない。けれど、彼はそれでも柔らかく微笑んだ。


「うん、いいよ。じゃあ自販機行こっか」

「う、うん。ありがとう……」


 ああ、醜い。けれどその一言にどうしようもなく安心させられる。彼は私を嫌ってない。彼はまだ私の彼氏なんだ。そう思って彼の気持ちを心の内に留めた。

 自分の欲求が満たされて、次第に申し訳なさが募ってくる。嫌われたくないし、ちゃんと謝っておかなきゃ、という。

 教室から自販機までは少しの間廊下を移動する必要がある。廊下には生徒がまばらに見てこちらを見てくるけれど、私たちが付き合っていることは既にまあまあ知られているからそこまで恥ずかしくなることも無い。どうせ信は気にしてなくて別の話を振ってくるだろうし、その前に私は口を開いた。


「ごめんね、わざわざお願いしちゃって。お金は明日返すよ」

「ああうん、大丈夫だよ。俺も丁度自販機行きたかったところだし。それに椿の頼みだしね」


 やっぱり、彼は優しい。私なんかとは大違いだ。私はいつだって自分本位で、自分が嫌われないかばかりに怯えている。

 全く、そんな私の名前が椿だというのはなんて皮肉なんだろう。椿。花言葉は、控えめな優しさ。私にかけらも当てはまらない言葉だ。偶に、椿ちゃんは優しいねなんてことを友達に言われることがある。けれどきっとそれは嫌われることを怯えるあまり相手の意見に沿っているだけで、根本的に何かが違っている。


「何飲む?」

「あ、うん。じゃあ麦茶で」


 気付くともう自販機の所についていた。何か話していたけど、私は何を話していたのだろう。全然覚えていない。無意識で会話をしていたらしい。

 彼に、いや彼に限らず仲のいい人に今回みたいなことをすると、大体いつも私はこうなる。

 本当になんなんだろう。自分で他人を試して、ほっとして。そしてそんな疑うような真似をした自分を恥じている。


「——椿?」

「……え? あ、ごめん、ボーっとしてた」


 ああ、またやってしまった。自分の内側に籠って、ふと気づいたら信がペットボトルを持ったまま首をかしげていた。

 今度は無意識にならない様に気を付けながら、笑ってありがとう、と麦茶を受け取る。喉が渇いていたのは本当の事なのですぐにキャップを外すと、信が笑ってこちらを見ていた。


「ん?」

「いや、さっきまでは心ここにあらずみたいな感じだったけれど、ちょっと戻ってきたみたいだったから。良かったと思って」

「心ここにあらずなんてそんなこと……」


 バレてたんだ。いや、まあそうか。多分空返事になってたんだと思うし。


「人になんかした後、椿はたまにそうなるよね。人に迷惑かけちゃったんじゃないかって悩んでる」

「……」


 何を返せばいいのか分からない。違うよ、と言えば良いのだろうか。でもそれもなんだか違う気がする。確信しているような口ぶりだし、罪悪感からだろうか、今は嘘をつきたい気分でもなかった。

 私の困り顔に信は微笑む。

 辺りには誰もいない。だからか、何か言おうとしている信の顔を見て緊張が走った。

 だって、私は、こんなにうじうじ悩んでいるのはきっと普通じゃない。

 人は普通ならば、基本的に他人から嫌われることは無い。だって普通ということはつまり社会という大多数が生み出したものなのだから。だから特別好かれることも無いけれど、平均的な他人から嫌われることはありえない。

 けれど普通じゃないと何も分からない。『普通』という一種の評価基準から逸脱したものは全て個々人によって好き嫌いが別れてしまうからだ。だから、何も分からない。

 私は嫌われたくない。信は勿論、誰にでも。だから私は普通でありたいし、逸脱した姿を他人に認識されることを極端に恐れている。


 信が言葉を紡ごうと息を吸った。

 怖い。怖いよ。話の流れからして、いきなり嫌いになるなんてことは無いと思う。けれど少し不快になったかもしれない。心の中で顰めているのかもしれない。

 そう怯える私にとって、信が言った言葉はある意味予想できなかった言葉だった。


「もっと、人を頼ったっていいんだよ」

「……え?」

「椿は人に頼み事をするのをいつも怖がってるけど、皆そんなことじゃ椿を嫌いにならない。……俺なんか、特にそうだよ。俺は椿の事をそんなことで嫌いにはならない。むしろ、どんどん頼って欲しいな」

「……」

「勿論俺だって椿を頼ることはあるだろうし。頼り合うのがフェアってもんだろ? それが普通じゃんかさ」


 小さな微笑みを浮かべながら、どこか諭すように信は言う。

 でも信、その言い方は、なんだかずるいよ。

 アンフェアなのは良くない。フェアなのが『普通』の状態だよって言われたら、私は何も反抗できない。だって私はなによりも『普通』に憧れているのだから。

 だから。


「……うん、ありがとう」


 そういって、頷くしかなくなってしまう。


 信は私の様子ににこりと笑い、私の手を取って自販機に背を向けた。そろそろ授業開始のチャイムが鳴る頃だ。この学校ではチャイムの鳴り終わりに教室に入れば怒られることは無いけれど、早く行かないと廊下を慌ただしく走る羽目になりそうだ。

 だというのに、信はふと、もう一度止まった。


「——あ、そうだ。あと一つ言いたいことがあるんだった」

「ん、何?」

「……椿さあ、別に俺を試す必要なんてないんだよ? 俺は椿が好きだから。椿は、俺のことは嫌い?」


 若干の苦笑交じりで、振り向きながら言われた言葉に思わず驚きの表情が隠せなくなった。試してるのすらバレていたとあっては、もう何にも隠せないな。ならせっかくの機会だ。恥ずかしいからと抑えていた気持ちも、今日くらいは言ってみようか。

 でも、いざ言うとなるとやっぱり恥ずかしいわけで。一回逃げて気持ちを落ち着けてからにしたいところだけど、手を握られているからそういう訳にもいかなくて。

 しょうがないから、顔だけ少し背けさせた。


「わ、私も信のこと好きだよ……」


 ああ、恥かしい。きっと今私の顔は真っ赤に違いない。繋いでいる私の手もやっぱり熱くて、手汗が出てないかが気になってさらに緊張してくる。

 手汗かいてるだろうなあ。だから今すぐ手を離したい。でも、彼の手は離したくない。


「初めて言ってくれたから嬉しい。もう一度言うけど、俺も椿の事は好きだよ。でも付き合ってるんだからさ、ほら。ちょっとくらいは、信じて欲しいなあ。偶に試したくなるのは分かるんだけどね?」


 顔を背けているから表情は分からないけれど、彼はどうやら柔らかく微笑んでいるようだった。全く、本当に彼は優し過ぎる。

 私は、いつも自分が嫌われないかって怯えている。だって私は私の事を信じていないから。自分の事を好かれるような良い人だって思っていないから。好意を感じたって、それは相手が勘違いしてるだけなんじゃないかっていつも思ってる。ふと私の本当の姿を見たら幻滅されるんじゃないかって。

 けれど。少し、私の事を信じても良いのかもしれない。

 私は私が信じられない。けれど、私の好きな人が私を好いてくれているのだから。

 彼の事は信じていたい。だから、彼の好いているものも少しは、私も信じてみたいと思うのだ。 

 私は私を信じるのではなく、彼の好きなものを。それを、私は信じたい。


 柔く風が凪いでいる。廊下につけられた窓からそれが入ってきて、それに押されるように私は彼に顔を向けた。


「そうだね。その気持ちと、その気持ちを向ける価値が私にもあるんだってことを、これからは少し信じられるようにするよ」


 だから、ありがとう、信。


 その感謝の心を載せて、私は精一杯の笑みを彼に見せた。

 御読了ありがとうございました。

 

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